ランクアップ

 バン、バン。

 バン、バン、バン。


 その間にも、見えない壁に追突するゴブリンは増えてきた。 


 目の前だけでも数十匹、全部で数百匹はいるんじゃないだろうか。

 おぞましい顔をしたモンスターは、無駄とも思える突撃を延々と繰り返していた。


「そんなこと、どうでもいい。それよりこれから、どうするんだ」

 

「ああそうか。ジャックさんは隊商の護衛は初めてでしたね。ゴブリンが現れたら、とりあえず結界の内側で待ちます。仲間が集まったら撃って出て、襲ってくるゴブリンを排除します。

 ゴブリンはバカですからね。そのまま放っておくと、何時間でも結界に突っこんでくるんです。フォーメーションさえ組めば、どうってことありません」


「なるほど……了解した」


 それだけ聞けば十分だ。

 俺は理解した。これはピンチじゃない。経験値を上げるチャンスだ。

 ゲームだとしたら、今はまだ序盤だ。ゴブリンの大量発生イベントがあったら、逃す理由はない。


 俺は剣を抜いて足を踏み出した。

「ちょ、ちょっと、ジャックさん。まだ、みんな集まってません。もうちょっと待ってからにしてください」


「これくらい、俺ひとりでやれる。任せとけ!」

 言い捨てると、俺は結界の外に出た。


 ミリアに聞いていたとおりだ。魔力を0に設定したおかげで、結界は何もないのと同じだった。越えたという感触さえない。


 キシャアアアアアァアア。

 俺に気づいたのか、一匹のゴブリンが向かってきた。

 背丈が低いから近寄ってからジャンプする。すごい跳躍力だ。真っ赤な口から、ふぞろいの歯が見える。

 

「遅い!」


 俺は間合いに入るや否や、ゴブリンを斬り払った。

 【剣聖】の研ぎ澄まされたカンが、瞬時に戦い方を判断してくれる。

 一人で多数を相手にする時は、剣で突いてはダメだ。死体から引き抜く間に隙ができる。その点、斬る動作なら隙がない。


 ゴブリンは、文字どおり空中で真っ二つになった。

 だが、ほとんど手には感触はない。速度だ。圧倒的な速度が真空を作り、カミソリのような切れ味を生んでいる。

 バシャッ。遅れて肉片が地面に落ちる。

 だが、確認している暇はない。


「よし次、来い!」


 シャアアアァァアア。

 もしかしたら、奴らは言葉を理解しているのかもしれない。

 壁に頭突きをくり返していたゴブリンの何匹かが、俺の方を向いた。

 次は、たぶん一斉に来る。

 だが、俺は冷静に敵を観察していた。ゴブリンは飛びかかる直前にタメをつくる。その瞬間だけは置物と同じだ。


 俺は逆に突進して、続けて二匹のゴブリンの首を斬り落とした。


 よし、敵の注意を引いたら次は移動だ。

 追いかけてくる敵の列が伸びたら、踏みとどまって反撃する。他の連中が追いついてきたら、また移動する。

 それを繰り返せば、敵に囲まれるのを防ぐことができる。


 ピロン。

 そんな時、ミリアの声がした。

「レベルが4に上がりました。ステータスを確認しますか」


 俺は無視して戦闘を続けた。

 

 ピロン。

「レベルが5に上がりました。ステータスを確認しますか」


 どうでもいいが、いちいちうるさい。


 ピロン。

「レベルが6に上がりました。ステータスを確認しますか」


 くそっ、気が散った。

 剣を振る角度が甘くなった。胴体を完全に断ち斬れずに、剣が途中で止まる。

 俺は力まかせに剣を振り回し、引っかかったままのゴブリンを弾き飛ばした。


「ミリア、もうちょっと静かにできないのか!」


「ハイ、ショウヘイ様。音声ガイダンスをマナーモードに変更しますか」


「い、いや。やっぱりいい」


 俺は十何体目かのゴブリンの首を斬り飛ばした。

 息をつく間もなく、次に向かう。

 ピロン。ピロン。ピロン……。


 うるさいのは間違いない。だが、そろそろ慣れてきた。

 それに、あの音のたびに俺は強くなっている。そう思うと励みになる。


「……いや、やっぱりいい。レベルアップすると、なんかテンションが上がる」


 三十匹も倒すと、ようやく敵が逃げ腰になってきた。


「これで終わりだっ」


 追いかけてさらに何匹かを駆逐すると、敵はわれ先にと逃げ散っていった。

 俺はようやく足を止めた。息を整えながら逃げていくゴブリンの群れを見送る。


 これ以上の深追いは禁物だな。

 俺の仕事はあくまで隊商の護衛だ。モンスターの殲滅じゃない。それに結界の中にはソラもいる。


 ピロン。

「レベルが18に上がりました。ステータスを確認しますか」


 俺はようやくミリアの声に耳を傾ける気になっていた。

 これだけランクが上がったのは初めてだ。どこまで強くなったのか、ちょっとゾクゾクする。


「ああ、そうだな。頼む」


「ハイ、ショウヘイ様は『【異世界の戦士】レベル18、体力2955、攻撃力3008、魔力4276』にステータスが上昇しました。なお、現在は【剣聖】に偽装中なので、この数値は隠れステータスになります」


 よし。モンスターとの最初の戦闘としては、まずまずだ。

 俺の最大レベルは9999だ。どれだけ強くなるのかわからないが、まだまだ伸び代があるらしい。



 

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