ゴブリンの襲撃

「どうやら、お姫様に嫌われたみたいだな」

 ガストーが近寄ってきて、俺の肩をポンとたたいた。


「気にするな。いつもああなんだ。でもまあ、もう一人の姉ちゃんよりはマシだ。アッチは極端な人見知りだからな。オレも離れた所からしか見たことがない」


「お姫様って、どういう意味なんだ?」


「オレに聞いたなんて言うなよ。ウワサなんだけどな。実は、滅亡したどこかの王国のお姫様だとか……あれだけの美人だからな。言い寄る男どもを断るための、都合のいい言い訳にしてるんじゃないかって話もある」


「たしかに……」

 性格は少しキツそうだが、美人というのは完全に同意だ。

 というか、あんなに綺麗な女性は、二次元でしか見たことがない。


「自分より強い男にしか興味がないらしいから、どうせオレなんかは問題外だけどな。

 でも、あんたなら本気を出せば勝てるんじゃないか。ああいう突っ張った女は、一度崩せばチョロいぜ。男に尽くす女に、ガラッと変わったりするもんだ」


「ジャックには関係ないよ!」

 ソラが急に大きい声を出した。


「ジャックはソラと結婚するんだ。ソラはあんなオバサンより、ずっと若くてピチピチしてるよ……ねえ、お兄ちゃん。そうでしょ」


「はっはっは、面白い子だ。でも、ソラって誰だ? この子の名前はサラじゃなかったのか……」


 ヤバい。

 また間違えてる。

 俺はあわてて口をはさんだ。

「いいや。ソラっていうのは、こいつの別名なんだ。ホラ、よくあるだろう。芸名とか、ペンネームとか……」


 なんだ、その言い訳。

 自分でもあきれてしまったが、意外にもゴルドーは納得してくれた。


「ペンネームってのは初めて聞くが……つまりは、洗礼名や『あだ名』みたいなものか。それならオレにもあるぜ。

 でもまあ、どうでもいいが、実のアニキとは結婚できないって教えておけよ。オレもよく、娘から結婚をせがまれて困ってるんだ。お互い、モテる男はつらいな」



 その夜は、俺たち傭兵部隊が交代で見張りをすることになった。

 普通ならかなり緊張感のある仕事のはずだが、今回はそうでもないらしい。


「結界にだけは気をつけろよ。土の上に描いた、この線だ。

 魔力のない人間は気づかないからな。ふらりと結界から出て死んだ奴を、俺は何人も知っている」


「ミリア、結界ってなんだ?」

 今さら聞けない基礎知識は、コイツを頼るに限る。


「ハイ、基本的には王都に張ってあった結界と同じ種類のものです。魔力を持つ人間やモンスターの侵入を防ぎます。新しい結界を張るためには、レベル30以上の魔法使いが必要です」


「すると、もう一人の魔法使いの仕事か……」


「ハイ。この結界の強度から考えて、レベル50を超える実力者だと思われます。

 結界を破るには、結界を張るのに使った十倍の魔力が必要になります。この周辺でそれが可能な人間は、ステータスを解放した場合のショウヘイ様くらいのものです」


 ふぅうわああぁあ。

 隣を歩いていたガストーが大あくびをした。


「なるほど……さすがに剣聖様ともなると、凡人とは違うな。常に呪文を唱えて精神集中しているわけか。ところで、その呪文なんだが……俺にだけ、コッソリ教えてもらってもいいか?」


「ミリア、呪文ってなんのことだ?」


「ハイ。今の会話はナイショ話なので、ショウヘイ様の言葉は翻訳していません。相手には日本語が、まるで呪文のように聞こえているはずです」


「なんだよそれ。聞いてないぞ」


「ナンダヨソレ、キイテナイゾ……か。よし、覚えた。

 なるほど、効果がありそうな響きだ。これからは大事な時に使わせてもらうぜ」


 いやいや、それ。いらないから。そんなもん唱えても『ごりやく』なんてないから。

 否定しようと思ったが、事故が拡大しそうだからやめた。

 この世界で、いちいち恥ずかしさを感じていたら生きてはいられない。


 

 見張りは2時間交代だった。

 傭兵は12人いるから、一度やれば朝まで順番は回ってこない。


 思えば、召喚されてからずっと休みなしだった。一瞬でカタがついたとはいえ、戦闘だって何度もしている。

 何より精神が疲れた。これだけイベントが続いたのは、人生で初めてだ。


 ピーィィッ。

 ようやく眠れる……そう思って体を横にしかけた時、カン高い笛の音がした。


「な、なんだ?」


「おい、起きろ。起きろっ! モンスターだ」


 立ち上がった男たちが、ガチャガチャと鎧をつけ始める。

 俺も飛び起きて剣をつかんだ。


 もともと俺は、鎧を持っていない。【剣聖】の圧倒的な素早さがあれば防具なんて必要ない。仲間の傭兵たちにも、そう説明している。

 それにミリアの話では、魔力を解放した時の防御力は重戦車並らしい。鎧なんか着こんでも動きにくくなるだけだ。


 当然、俺は一番先に現場に駆けつけた。

 俺たちが野営しているのは見晴らしのいい平地だった。雇い主の乗った馬車を、六台の荷馬車が守るように囲んでいる。


「ジャックさん、あれを見てください」

 見張りの男は、目の前の空間を指さした。


 バン。

 目の前で、何かが結界にぶつかって地面に落ちる。

 日本猿くらいの大きさの生き物だ。それが次々と向かってくる。

 うわあぁ、なんだ。気持ち悪い。


「ミリア、ありゃあなんだ?」


「ハイ、あれはゴブリンです。ありふれた低級モンスターですが、この世界では最も危険な生物のひとつに分類されています。繁殖力が強く、仲間が増えすぎると人を襲います。人間の子ども並みの知性も持っています」


「……ミリアって誰です? ジャックさんのコレですか?」

 見張りの男が小指を立てた。

 向こうの世界のサインと同じだ。偶然かもしれないが、人間の考えることは、どの世界でもたいして変わらない。

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