魔法戦士

 王都を出て、最初に馬車が止まったのは夕暮れ時だった。

 ……とは言っても、そこは見通しがいいだけの荒地だった。

 出発が遅れたため、日のあるうちに宿泊予定の都市に着くことができなくなった。都市の城門は日暮れと共に閉まる。間に合わなければ野営するしかない。


「ショウヘイ……じゃなくて、ジャックお兄ちゃん。戻ったよ」

 焚き火の準備をしていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


 ソラだ。ずっとオッサン連中の中にいると、それだけでホッとした気分になる。

 振り返ったとたん、俺は思わずプッと吹き出しそうになった。


「な、なんだよ。その頭……」

 ソラの髪には尻尾みたいな三つ編みが五本もついていた。編み方が雑なだけじゃなく、太さもバラバラだ。


「セリナの『れんしゅうだい』になってあげたんだ。嫌だったけど、お兄ちゃんにこれ、あげたかったから。戦利品だよ。『チョコれんとクキー』って言うんだ」

 ソラは手のひらにのせた一枚のクッキーを差し出した。


「おまえは食べたのか?」


「ううん。でもまだ、お礼してないから。お兄ちゃんがいなかったら、ソラは奴隷に売られてたんだ。お金だっていっぱい使わせちゃった」


「ばあか、俺たちは冒険者の仲間だろう。仲間を助けるのは当たり前だ」

 俺はそのままクッキーを握らせて、そっと返した。


「食べないの」

 不思議そうな顔をする。


「甘いものは苦手なんだ。それよりその髪、ほどいてやる。ここに座りな」


 そういえば、前にもこんなことあったな。

 俺はふと、向こうの世界の妹のことを思い出した。

 あの時は、お祭りで綿菓子を髪にくっつけたんだっけ。気持ち悪いって泣きながら言うから、ほどいてから髪を拭いてやったんだ。



「……おまえが、ウワサの【剣聖】か。子ども連れとは余裕だな」


 ようやく髪をほどき終わった頃、俺はひとりの女性に声をかけられた。

 女戦士……いや、騎士だろうか。銀の胸あてをつけ、腰には細身の剣を吊るしている。瞳は薄い青色、髪は輝くばかりの金髪だ。

 ただ、その鎧がちょっとエロい。胸あてはコルセットのようになっていて、バストを半分しか隠していない。首から下の谷間がモロに見えてしまっている。

 肩当て、すね当てはしているが下半身は布のスカートだ。

 アニメキャラのコスプレをした、北欧系の美女。向こうの世界で出会ったら間違いなくそう思う。


「え、えっと。もしかして僕のことですか……」


 まずい。設定を忘れてた。

 今の俺は、美人を見てドキドキしている高校生じゃない。冷静沈着な剣の達人だ。


「ふっ、なにを動揺している。剣の腕前は、そいつの面がまえを見ればわかる。その様子だと、ウワサも当てにならないようだな」


「そんなことないよ。ショウヘイお兄ちゃんは、すごく強いんだ。お姉ちゃんにだって負けないよ」


「ショウヘイ?」


「間違った。ジャック……ジャックだよ。とにかくバカにしたら許さない」

 ソラが立ち上がって反論してくれた。

 俺の名誉を守ろうとしてくれたんだろう。でも残念なことに、いきなり名前を間違えてる。コスプレ美女……じゃなかった。女戦士はフッと笑った。


「まあいい。強そうな男なら手合わせを願おうと思ったが、その必要もなさそうだ。

 それにこの子を失望させるのも悪いしな。邪魔をした。この隊商は私が守るから心配ない。モンスターが出たら、せいぜい足手まといにならないようにしてくれ」


 俺はイラッとした。

 それに、ソラの名誉もある。

「待てよ。名前くらいは名乗ったらどうだ」


「ああ、失礼した。私の名はシルフィ。冒険者ギルド所属のAランクパーティー『銀狼の牙』の【魔法戦士】だ。今回は特に望まれてこの隊商の護衛をしている」


 俺はスマホを探して、ポケットの中をまさぐった。

「ミリア、【魔法戦士】って何だ?」


「ハイ、戦闘時の魔力変換を得意とする戦士の総称です。剣に魔力を流して攻撃力を上げたり、逆に防御力を上げたりします。

 女性用の鎧に肌の露出が多いのは、男性に比べて筋力が弱いために、極限まで軽量化しているからです。決して男性の目を楽しませるためではありません」


「バ、バカ。そんなことまで聞いてないぞ」


「私には過去の検索履歴から質問を予測する機能があります。ちなみにスリーサイズも計測が可能ですが、お知りになりたいですか」


「余計なこと言うな。そんなことよりステータスでも教えろ」

 言ってしまってから、俺は少し後悔した。

 そんな機能があるなら、先に言ってくれ。うっかり拒否しちゃったじゃないか。


「ハイ、彼女の【魔法戦士】としてのステータスはレベル48、体力121、攻撃力99、魔力126です。特殊能力【魔力変換】は魔力を防御力や攻撃力に任意に変換する能力です。【オーラ斬撃】などの必殺技を取得可能で、戦闘系では最強クラスの能力を誇っています」


「これって強い方なのか?」


「ハイ、ひとりで並の傭兵の十人以上の戦力があります。現在、ショウヘイ様が設定している【剣聖】のステータスでも勝利が可能ですが、【魔力変換】はかなりチートな能力なので魔力0のままでは、かなりの苦戦が予想されます」


「人と話をしている最中に、何をゴチャゴチャと言っている。失礼な男だ。他に用がないなら戻るぞ」


「あっ、ちょっと待ってくれ。いや、待ってください」

 俺はあわてた。


 話の途中でスマホをいじるのは、確かに失礼だ。

 こんな美人を相手に、最悪な印象のまま終わりたくない。


「あの……えっと。そうだ。そのヨロイ、似合ってますね。まるで英雄物語アニメ彫像フィギュアみたいです。こんなの聖地コミケでも見たことありません。これからも一緒に、隊商を守るために頑張りましょう」


 パシン!

 俺が差し出した手を、シルフィが払った。

 声を出さずに、口の形で何かを言い、そのまま行ってしまう。


「ミリア。今のは、なんて言ったんだ」


「ハイ、『この、ヘタレめ!』です」


 げっ。なんか軽蔑されてる。

 何もしていないのに、まるで告白して玉砕したみたいだ。

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