交易商人
男は俺たちを雇い主のところまで案内してくれた。
金持ちってのは乗ってる馬車からして違う。ドアが開くと、そこには上等なシートに座った中年の男がいた。それともう一人、俺と同じくらいの年頃の女性が乗っている。この男の娘だろうか。
「ゴルドー、どうした。何かあったのか?」
「は、はい。でも、いい方の事件で……コイツが旦那の護衛に加わりたいって言うんです。ちょっと手合わせしたんですが、かなりの腕前ですぜ。
急な話なんで、月に金貨2枚でいいって言ってます。ジェイロウの旦那、試しに、ひとつ雇ってみちゃあいかがですか」
交易商人は、不審そうに片方の眉を上げた。
「護衛は足りてるんじゃなかったのか」
「はい。でも、腕利きなら話は別です。モンスターの群れに出くわしても、コイツならあっという間に片付けちまうでしょう。安全の上にも安全に。旦那もそう言ってたじゃないですか」
「まあいい。今回はセリナもいるしな。大事なひとり娘のためだ。おまえがそれほど言うのなら雇うことにしよう。
私はジェイロウだ。王都を中心にして手広く商売をしている。まあ、商人としてはそこそこ成功した方だ。……君、名前は何というんだ」
「ジャックです。こっちは妹のサラ。おとなしい子なので、荷馬車の隅にでも置いてください」
パチパチ。
突然、馬車の中から手をたたく音がした。話にあったセリナという娘だろう。
彼女は茶色の髪を編んから、積み上げるようにしてまとめていた。フリルのついた真紅のドレスを着ている。どこから見てもお嬢様って感じだ。
「うわぁ、かわいい。それに、この女の子。ちっちゃいのに、まるで冒険者みたいな格好してるわ。……でも少し汚いわね。
お父様、まだ手続きに時間がかかるんでしょう。メアリにこの子の体を拭いてもらってもいい?」
「構わんが、適当にしておけよ。おまえはこれからロンド家のご子息と会うんだ。庶民に関わりすぎて礼儀を忘れては困る」
「だからその前くらいは自由に、やりたいことをするのよ。……ねえ誰か、メアリをここに呼んで。サラちゃん。いいでしょう。後でお菓子をあげるわ」
「お菓子?」
「お店で買ったチョコレートクッキーがあるの。王室の方も買われるそうよ。すっごく美味しいんだから」
「ちょっ、ちょこれんと……」
ソラはその言葉をくり返そうとした。だが、うまく発音できない。
「ふふふ、いいのよ。食べればわかるから。でも、後でね。さあ、メアリが来たわ。体をキレイにしてもらいなさい。それから少しおしゃべりをしましょう」
ソラは許可をもらおうとするように、俺の顔をチラリと見た。
そのお菓子を食べてみたい。顔にそう書いてある。俺が小さくうなずくと、ソラはお嬢様が呼んだメイドについていった。
「さあ、あんたはコッチだ。仲間を紹介する。みんなベテランの傭兵だぜ」
ゴルドーは一台の幌馬車を指さした。
他の荷馬車とは違って、二頭の馬をつないである。イザという時に遅れないためだろう。護衛が主人から取り残されたら話にならない。
幌を開けて中に入ると、そこにはもう、10人くらいの男が乗っていた。いきなり現れた新顔に、サッと視線が集まる。
「みんな聞いてくれ。コイツは新しい助っ人だ。パッと見は、ヒョロヒョロの兄ちゃんだが、凄腕だぜ。このオレが手も足も出なかったんだからな」
「まさか、冗談だろ」
「ケケケ……夢でも見てたんじゃないか」
あんまり友好的じゃないな。
統一感のない、だらけた雰囲気。マンガに出てくる不良学校の連中みたいだ。
ただし、この連中は学生じゃない。プロの戦士だ。体はゴツイし、右にいる奴の胸板なんかレスラーなみに厚い。以前の俺ならビビって逃げ出していただろう。
だが、今の俺には圧倒的なステータスがある。
ゴルドーが俺を見た。
「傭兵ってのは自分の目で見たものしか信用しないもんだ。あんたの腕を、少しばかり拝ませてやっちゃあどうだ」
「そうだな……」
アレ、やってみるか。
居合斬り。
時代劇で見ただけだが、たぶん【剣聖】なら楽勝だ。
「ほうら。コイツ、黙っちまったぜ。本当は怖くてチビってるんじゃないか。誰かオムツを貸してやれよ……」
よし決めた。この男だ。
さっきからずっと豆を食っている。
豆を指ではじき、落ちてきた所を口で受け止める。その繰り返しだ。
豆が空中に放たれた瞬間、俺は剣を抜いた。
ビュッ。風を切る音がする。
「な、なんだ。落ちてこないぞ」
口をあけて豆を待っていた男が、不思議そうな顔をした。
その時にはもう、俺の剣は鞘に戻っていた。チン。剣を使ったのがわかるように、ワザと音を立ててやる。
「まさか、いま抜いたのか。こんなに狭い場所で……見えなかったぞ」
「お、おい。これ……」
豆を食っていた男が突然、震え出した。
手のひらに俺が切った豆がのっている。
そこに男たちが群がった。
「切れてるぜ。それも中心から真っ二つだ」
「こんなに速く剣を抜ける奴がいるのか。聞いたことないぞ」
ゴルドーが、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
「これでわかったろう。コイツは強い。チョッカイを出すつもりなら、命を捨てる覚悟をするんだな。
さてと……このとおりケンカをするのには最悪の相手だが、仲間にすれば、これほど心強い男もいない。わかったらおまえらも、ジャックさんにアイサツをしろ」
ゴトゴトと馬車が揺れた。
「お、おい。みんな立て。整列するんだ。狭いから頭をぶつけるなよ」
「いいな。ちゃんと腹から声を出せ」
ズラリと並んだ男たちが、手を後ろに組んだ。
その場の空気がピシッと引きしまる。
「ジャックさん! よろしくお願いします」
男たちの声が、気持ち悪いくらいに完璧にハモった。
うげっ。俺が苦手な体育会系のノリだ。
「ジャックさん、その技はどうやって覚えたんですか。教えてください」
「修行はどこでしたんです。いや、それよりも。まずは出身地かな。オレは南のダーラの出身なんです。知ってますか」
い、いや。こういうの苦手だから。慣れてないから。
「ジャックさん、師匠と呼んでもいいですか」
「ジャックさん……」
「外の空気を吸ってくる」
俺はなんとかこの場を逃げ出した。
その時の俺は、ベタな偽名にしたことを心から後悔していた。
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