売りこみ
「ずいぶんと長かったんだね」
ソラは例の木刀を握ったまま、荷物を守るように立っていた。
護衛のつもりなんだろう。小さな冒険者として、結構サマになっている。
「悪い悪い。でも、考えがまとまったぞ。これから俺は……」
ん、何か変だ。
ソラが固まっている。呆然とした顔だ。
「ショウヘイお兄ちゃん。前となんか違う」
「違う? 俺は別に……」
あっ、そうだ。さっきステータスを調整したんだ。
俺が偽装スキルで最初に選択した職種は【剣聖】だった。ステータスは『体力203、攻撃力450、魔力0』。これで本来のステータスの十分の一になる。
追手は、間違いなく魔力の大きい人間をマークしている。
魔力が0でも戦える最強の職種が【剣聖】だ。
簡単に言うと、剣の達人ってイメージでいいらしい。特に攻撃力の450は【剣聖】のMAXステータスだ。剣技と力だけでも大きな岩を両断できる……らしい。
「すごい。空気がピリピリしてる。さっきまでは弱いと思ってたのに……もしかしたらお兄ちゃんって、すっごく強いの?」
もう、ゴマかすのは無理だな。
さっきも感じたがソラは鋭い。俺はあきらめて、正直に告白することにした。
「だまして悪かった。実は俺には、自分を強く見せたり弱く見せたりするスキルがあるんだ。それを使っていつもは、本当より弱く見せてる」
「どうして? 強く見せるならわかるけど……」
「強すぎると友だちになってくれる人がいないんだ。わかるだろう。この前会った奴なんか、俺のことを『化け物』とか言ったんだぜ」
「ソラはそんなこと言わないよ。ショウヘイお兄ちゃんはソラを助けてくれたもの。冒険者の仲間だもの」
「そうだな、俺にはソラがいるもんな。仲間ってのはいいもんだ」
いつも、距離感ばかりを考えて立ち回ってきたモブキャラには痛い言葉だ。
特別に嫌われてもいないが親友もいない。それが向こうの世界での俺だった。
「じゃあ、その仲間からのお願いだ。当分の間、俺とソラとは兄妹ってことにしといておいてくれ。それから、俺が強く見えても弱く見えても騒がないこと。……今回は隊商の護衛として雇ってもらえるように、ソコソコ強く見えるようにしておく」
「ごえい?」
「適当な商人を捕まえて雇ってもらうんだ。とりあえず目的地まで同行して、ギルドの登録をする。ジゼルに行くのはそれからだ」
「わかった」
ソラは首が折れそうなくらい、勢いよくうなずいた。
準備ができると、俺たちは城門に向かった。
城門の付近は出入りする人間で賑わっていた。内側から眺めると、外からの列の方がずっと長い。
スマホで確認すると、ちょうど午後2時30分。中世みたいな世界で正確な時間がわかるのが、逆に不思議な気がする。
城門は王都にある唯一の出入り口だった。
モンスターの侵入を防ぐ結界も、門の周辺だけは解除されている。
裕福そうな商人、商人……と。
俺はミリアが教えてくれたとおりの人物を探した。
上等な馬車を何台も持っていて、護衛を何人も連れている男。積荷は香辛料か陶磁器なんかがいいらしい。
よし、これだな。
上等な馬車を何台も連ねていて、武装した男がまわりに何人も立っている。
狙いが定まると、俺はまず護衛の中で一番強そうな男に目をつけた。
ミリアの査定では攻撃力68。これでも平均よりはかなり高い。
「俺を雇ってくれないか。損はさせないぜ」
そう声をかけると、その男はふん、と鼻で笑った。
「最近は不景気らしくてな。そういう売りこみがよくあるんだ。悪いが、護衛はオレたちだけで十分だ。わかったらさっさと、どっかに行きな」
「ゴブリンくらいならいいだろうさ。でも最近は街道沿いにもにもヤバいのが出るらしいじゃないか。全滅してから後悔したんじゃ遅いぜ」
思ったよりも言葉がスラスラと出てくる。
どうやらこれもスキルの効果らしい。ステータス偽装をしている間は、その設定にふさわしいキャラを無理せず演じることができる。
「おまえにそれだけの実力があるって言うのか?」
「いいから試してみろよ」
「忘れるなよ。挑発したのは、おまえだからな……」
ブワッ。
男はいきなり剣を抜き、俺に斬りかかってきた。風圧が鼻先まで届く。
オイオイ、やめてくれよ。今回の設定だと魔力がゼロなんだ。前回みたいに魔力の鎧じゃ防げない。当たったら腕を斬り落とされて終わりだ。
だが、俺の方がはるかに速かった。
俺は紙一重の差で攻撃をかわし、次の瞬間には、抜いたばかりの剣を喉もとに突きつけていた。
「な、なんだ今のは。見えなかったぞ」
チートで悪いな。
俺は心の中でつぶやいた。
【剣聖】のスピードは圧倒的だ。ミリアの話だと、これが魔力なしで人間が到達できるギリギリの速度らしい。
だが、まだ演技の途中だ。俺はさっきの仕返しをするように鼻で笑ってやった。
「どうする? この腕を他の奴に売ってもいいんだぜ」
「わかった、わかったからその剣をどけてくれ」
俺は、わざと時間をかけて剣を鞘に入れた。
「今なら安くしとくぜ。いつもならひと月で金貨3枚はもらうところだが、特別に2枚でいい。実はちょっとした事情があって、妹と旅をしているんだ。荷物が少し増えるが、これだけの隊商だ。それくらいは問題ないだろう」
「コイツが妹か……似てないな」
男は値踏みするようにソラを見た。
ウソが苦手なソラは、木刀を胸に抱えたまま黙っている。
「そんな質問はしてないぞ。さあ、俺の気が変わらないうちに雇い主のところへ連れて行け。ここで仕事にありつけなかったら、野盗にでもなるしかない。そうなったら、次に会った時があんたの最期だ」
「そ、それは困る。ちょっと待ってろ。すぐに話を通してやる」
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