スキルの進化

「ねえ、お兄ちゃん。これからどうするの?」

 買い物がひと通り終わると、ソラが俺を見上げて聞いてきた。


「実は、俺はちょっとワケありなんだ。悪い奴らに追われてる」


「わるいやつら?」


「勝手に呼び出したクセに、必要がないと思ったら殺そうとするような奴らさ。役人もそいつらの味方だ。……とりあえず王都を出て、どこか別の町で冒険者ギルドを探そう。ソラもスラムの連中に知られたら嫌だろう」


「それなら、ジゼルに行きたい。お姉ちゃんを『すかうと』したパーティーが、そこに行くって言ってたんだ」


「それって、いつの話だ」


 ソラは指を折って数えた。

「ソラが5才だったから……ええと、2年前かな。

 お姉ちゃんを迎えに、わざわざこのスラムまで来てくれたんだよ。ソラにもお菓子をくれたんだ。甘ぁいアメ玉を両手にいっぱい。すっごく、おいしかった」


「それから連絡はないのか?」


「うん、たぶん忙しいんだと思う。冒険者の仕事はたいへんなんだ」


 俺は暗い気持ちになった。

 こんなにかわいい妹がいるんだ。2年間も放っておいて、手紙のひとつも出さないなんて考えられない。

 もしかしたら、もうソラのお姉さんは……。


 いや待て。調べもしないうちから、なにを考えてるんだ。

 まだ、そうだと決まったわけじゃない。それに、ここは日本とは違うんだ。気軽に手紙を出せるような仕組みがないだけかもしれない。


「わかった。すぐに行けるかどうかわからないけど、必ずその町にも寄る。問題は、どうやって王都を出るかだ。ソラ、ちょっと待ってろ」


 俺は物陰に隠れてスマホを出した。困った時のミリア様だ。


「ミリア……」


「ハイ、王都を出るための情報ですね。王都を囲む城壁には門がひとつしかありません。入るよりは簡単ですが、出るためには特別な検査があります」


「なんだ、まだ質問してないぞ。ずいぶん察しがよくなったな」


「今までの話から質問を推測しました。『人工精霊』の機能は使用者のレベルと連動して向上します。ショウヘイ様のレベルが3になったので、私も新モデルにバージョンアップしました」


「レベル3だって……」


 よく見たら通知が来ていた。ステータス画面を確認する。


『【異世界の戦士】、レベル3。体力1682、攻撃力2100、魔力2778』

 さっきの小競り合いのせいだろうか。けっこう数値が上がっている。


 えっと、続きがあるぞ。

『ユニークスキル、【ステータス偽装】が進化しました。【職種ジョブ偽装】が使用できます。

 ステータスの合計ポイントが10分の1になりますが、【剣聖】や【大賢者】など、あらゆる職種ジョブを偽装することができます。ステータスは自由に割り振ることが可能ですが、その職種の最大ステータスを超えることはできません』


「ミリア、職種って何だ?」


「ハイ、技術や魔法を極めた者に与えられる称号です。修行中の場合は【見習い魔法使い】など、称号の前に熟練度をあらわす言葉が加わります。

 もちろん実際に技や魔法を使うときには、その技能に応じた攻撃力や魔力が必要になります。レアな職種は必要な数値も大きくなりますが、条件さえ満たせば最初から最大奥義を繰り出すことも可能です」


 ステータスが10分の1になるのか。


 ……でも、ちょっと待てよ。

 普通なら使えないスキルだが、俺にはデタラメなステータスがある。

 攻撃力や魔力に極ふりすれば、かなり使えるんじゃないか。


「でも、そんな細かい設定、どうやるんだ?」


「ハイ、呪文で設定することもできますが、複雑な詠唱が必要になるので推奨できません。

 ショウヘイ様の場合は、この端末に直接入力することをオススメします。

 設定画面を開いてからステータスの部分に触れると、テンキーが表示されます。設定可能な範囲内で自由に入力してください。

 決定ボタンをタップするまでは何度でも変更が可能です。もちろん、【ステータス偽装】を使用する場合もテンキー画面での入力が可能です」


「なんだよ。それ、早く教えてくれよ……」


 俺は、王宮で起きた悪夢を思い出した。

 ユニークスキル【ステータス偽装】を無意識に発動させたせいで、俺は追放され、オマケにもう少しで殺されるところだった。

 そのおかげで、今もまだ逃亡中だ。


「『端末によるステータスの設定』は、今回のバージョンアップによる新機能です。詳細については使用上の注意をお読みください」


 使用上の注意……これか。なになに。


『バージョンアップによる新機能。【偽装スキル】を端末で設定する場合、ステータスをテンキーで設定することができます。

 ただしその場合、使用者の能力は設定したステータスに固定されます。設定を解除するまでは、本来のステータスは『隠れステータス』として全て無効になります』


「確かに、これなら暴走する心配はないな。でも……そうだとすると、解除するまでは弱いままってことだろう。緊急事態とかにヤバくないか」


「ハイ、ですから解除のための呪文コードと併用することをオススメします。呪文コードを設定しますか?」


「もちろんだ」

 俺は【YES】をタップした。


 考えるまでもない。命がかかっている場面もあるんだ。安全弁がある方がいいに決まっている。


「……ハイ、設定が完了しました。ステータス解除のための呪文コードは『ウスラハゲ』です」


「げっ、なんだそれ」

 俺は思わず咳きこみそうになった。


「呪文コードはランダムに設定されます。仮に異世界の言語と似ていたとしても、ただの偶然です」


「きゃ、却下! 却下だ。やり直す。何か別の呪文にしてくれ」


「イイエ、それは不可能です。一度設定した呪文は、【呪文コード変更】のスキルがないと変更できません」


「それってレアスキルなのか?」


「魔力を持っている人間ならほぼ全員が取得可能な、極めて平凡なスキルです。ただし、ショウヘイ様の能力はユニークスキルに特化しているので、今後も取得する可能性はありません」


 そっちがよかった……。

 一瞬、そう思ったが、すぐに思い直した。

 俺の【偽装スキル】は間違いなく壊れスキルだ。相手に実力を悟られないことがどれだけ有利か。この短い間にも十分にわかった。その上、状況に合わせて能力を変えられるなんて、神すぎる。


「仕方ない。それでいい。それで、さっきの話なんだが……安全にこの王都から出るためには、どうすればいい?」


「ハイ。魔法使いの国外逃亡を防ぐために魔力のステータスチェックがありますが、ショウヘイ様のスキルを使えば問題ありません。ただし、旅行者証明パスポートがないので外へ出るには保証人が必要です」


「保証人か……」

 俺もソラも今は天涯孤独だ。

 身元を保証してくれるような人間なんているわけがない。


「いちばん簡単なのは、交易商人の護衛になることです。

 交易で遠距離を旅する商人は、必ずモンスター対策の護衛を雇っています。その中には素性の怪しい者も含まれていますが、問題になることは、ほとんどありません。王都では、商人が役人にワイロを握らせるのが暗黙のマナーになっています」


「でも、どうやって護衛に雇ってもらうんだ。俺には何のコネもないぜ」


「イイエ、コネは必要ありません。護衛に必要なのは腕前だけです。

 ユニークスキル【職種偽装】で剣術の達人にでもなっておけば、誰でも喜んで雇ってくれます」

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