1 不用品の運命
召喚されし者たち
頭がズキズキする。
目がかすんでいて、何も見えない。
いったい何があった?
スマホをタップしたところまでは覚えている。
それで突然、まわりが暗くなって……そうだ。委員長はどうした。あのゲームアプリはどうなった。
どうやら俺は床に、うつ伏せになっているらしかった。
ツルツルとした冷たい床の感触が、直接、手に伝わってくる。
「勇者候補生の皆様、ご不快な思いをさせて申し訳ありません。
軽い召喚酔いですので、すぐに治るはずです。これから状況の説明をさせていただきます。まずは立ち上がって、席におつきください」
何度かまばたきをすると、ようやくぼんやりと視界が戻ってきた。
そこは大広間のような場所だった。俺の他にも十人くらいの人間が床をはいずっている。委員長は……いた。少し離れた場所だ。うわっ。制服のスカートがめくれて、白い太ももが見えている。
お互いに目を合わせた瞬間、ハッとしたように委員長はスカートを整えた。見たでしょう。目がそう言っている。
やがて倒れていた人間が、ひとり、二人と立ち上がり始めた。頭を振ったり、額を押さえたりしている。どうやら体調は俺と同じらしい。
「おいおい、どういうことなんだ。説明しろよ」
「気持ち悪う……何か薬ちょうだい」
「いったいここはどこなの? 早く元の場所に帰して」
数えてみると、倒れていたのは俺を含めて全部で11人だった。そのうちの3人は女性だ。
同世代の人間が多かったが、中には中学生くらいの少年や、スーツを着た大人の姿もあった。俺と同じ高校の制服を着ているのは委員長だけだ。
共通しているのは、誰もが携帯電話を握りしめていることだった。俺たちと同じように、直前まであのアプリを操作していたんだろう。
落ち着け、落ち着け。
俺は胸に手を当てた。パニックにならないようにしないと。
まずは周囲の状況確認だ。
広間は高校の体育館と同じくらいの広さがあった。
だが、内装は全く違う。天井まで埋め尽くす色鮮やかな壁画に金銀がふんだんに使われた装飾。まるで美術館……いや、むしろ写真で見た中世の宮殿に似ている。
俺たちの両側にズラリと並んでいるのは甲冑をつけ、剣を腰に吊った戦士だった。
まるで置物のようにじっとして動かないが、こっちを見ているのは間違いない。逃げ出すのは不可能だろう。
正面の一段高い場所には、一対の玉座があった。
そこにいるのは、豪華なガウンを着た男性と女性だ。
黄金の冠をかぶっているから、たぶん王様と王妃様だろう。まるで小説やマンガに出てくるファンタジーの世界だ。
その時、国王らしき人物がすっと立った。
「私はこの国の国王、シャルナルク2世だ。まずは落ち着かれよ。召喚にともなう苦痛を警告できなかった非礼はわびる。だが、理解してほしい。我々が置かれた状況も切迫しておるのだ。
もちろん言葉だけでは納得できないであろう。まずは迷惑料として、これを収めてほしい」
国王が指示すると、役人風の男が近づいてきた。
俺たち一人ひとりにずっしりとした重みのある小さな袋を渡す。
「そなたらの世界でも、黄金は等しく価値のあるものだと聞いている。
この金貨20枚は、親衛隊の兵士の一年分の給料に相当する額だ。これを我々の誠意だと思ってほしい」
「き、金貨だって……」
誰かの声を皮切りに、そこにいる全員があわてたように袋の中身を確かめだした。
まばゆいばかりに輝く黄金の貨幣。よく見ると、表面には王冠をつけた人物の肖像が刻印されている。
「す、すげえ。本物みたいだぜ。これ売ったらいくらになるんだ」
国王は笑った。
「売らなくとも、この国ではそれで生活ができる。もちろん、これは手付け金のようなものだ。本物の勇者になれば、この何十倍もの報酬を約束しよう。
不自由をかけぬよう、候補生となった者には全員に、身の回りの世話をする奴隷をつける。どれも美しい少女たちだ。特に男性諸君には、満足してもらえるだろう」
まだザワついてはいたが、これでこの場はおさまった。
世話役の男にうながされるように、国王の前に並んだ席に座り始める。
「ねえねえ佐野クン、どうする」
委員長が俺のそばに来てささやいた。
「ちょっと怖いよ。金貨とか奴隷とか。ウサン臭くない?」
「騒いだって仕方ないだろう。兵隊たちに囲まれてるんだ。目立たないようにして、とりあえず様子を見よう」
そうだ。目立たないように。目立たないように……。
俺は心に刻みこむように何度も繰り返した。
とりあえずは歓迎されているようだが、これからどうなるかわからない。
勇者候補生というからには、試験みたいなものもあるんだろう。何かをやらされるにしても、順番は少しでも後の方がいい。
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