ユニークスキル
「召喚に応じてくれた勇者の卵たちよ。あらためて、そなたらを歓迎しよう。
ここからの説明は、我が国の魔法大臣がおこなう。今回の召喚の責任者だ。ジェロンド、よいな」
「はい、陛下」
ジェロンドと呼ばれた長身の男が進み出た。
柄のない黒いローブを着ている。フードを取ると、意外にも若い。青い瞳がこちらを刺すように見ている。
「勇者候補生の皆様。私がこの国の魔法使いを束ねているジェロンドです。まずは、あなた方がさっきまで倒れていた床をご覧ください」
指差す方向を見ると、そこには円と線を組み合わせた複雑な図形が描かれていた。
間違いない。ファンタジー漫画に出てくる『魔法陣』というヤツだ。
「この図形が異世界とをつなぐ出入口になっています。そしてもうひとつのカギは、あなた方が持つスマートフォンです。我々が使役する『精霊』との接触により、そのスマホは侵蝕され、すでに魔法道具として生まれ変わっています」
「精霊だって……」
俺はあわてて自分のスマホを見た。
スマホケースも保護シールも前のままだ。外見は全く変化がない。
「あなた方のスマホにも人工知能が入っているでしょう。それと同じです。科学ではなく魔法で構築された人工知能……我々はそれを『ミリア』と呼んでいます。
ここで言葉が通じるのも、そのミリアの機能のひとつです。手の届く範囲にスマホを置いている限り、あなた方が、我々の世界の言葉に困ることはありません」
「あの……えっと、ミリア。あの男の言っていることは本当なのか?」
試しに俺は、こっそりと自分のスマホに話しかけてみた。
「ハイ、ショウヘイ様。私はこのアイテムに宿る精霊、ミリアです。今は異世界の言葉を変換する仕事をしています。ご用があれば、なんでもお申しつけください」
それは女性の声だった。思ったより可愛らしい。まるでスマホの向こう側で、誰かが話しているようだ。
「……さっそく試した方もいるようですね。でも今は、私の話をお聞きください。
この王国は現在、大いなる脅威に直面しています。そのため我々は異世界から強大な魔力を持つ人間を召喚することにしました。あなた方は全員、優れた能力を持っています。それはもう、アプリで確認済みでしょう」
魔法大臣はここで。もったいぶるように言葉を切った。
「実は、その中でも圧倒的な数値を出した方がいます。
ご紹介しましょう。王国の守護者、勇者となることを運命づけられた男、ショウヘイ=サノです!」
パンパカパーン!
突然、ファンファーレが鳴り響いた。
足が震える。注目が集まっているのがわかる。
「えっ、まさか。俺?」
確かにアプリではランキング1位とか出ていた。
でも、そんなことあるわけがない。俺は凡人を絵に書いたような人間だ。子どもの頃から、1番なんてなんて取った記憶がない。
「驚くべきことに、彼のステータスは伝説の勇者さえも超えています。おそらくは、ドラゴンを片手でひねり殺すことも可能でしょう。
さあ、前に進んでください。遠慮する必要はありません。その偉大な能力の一端を国王陛下の前で披露してください」
俺は血の気が引くのを感じていた。
あんなアプリで、たまたま出た数値を本気にされても困る。
それに俺は目立ちたくないんだ。後で正体がバレたらどうなる。こんなところで調子に乗っても、いいことは何もない。
「すいません。それ、たぶん間違いです。俺にはそんな力はありません」
「……ご謙遜を。人工知能、ミリアは間違いません。
なんならもう一度鑑定しましょうか。皆様もどうぞ。スマホにステータス確認のボタンがあるはずです。そこに『ショウヘイ』と入力してから、タップしてください。最新のデータが表示されます」
まずい、まずい。まずい。
あわてて自分でも入力してみた。このままだと、勝手に勇者にされてしまう。さっさと確認するんだ。間違いだと証明されれば解放してくれるかもしれない。
「佐野クン、これ……」
「えっ?」
ほぼ同時に。スマホをいじっていた人間の全てがそれに気づいた。
『【異世界の戦士】、レベル1。体力8、攻撃力4、魔力2、最大レベル9』
なんだこれ、ザコじゃないか。
俺は
「こんなことが……」
気がつくと、ジェロンドが震えていた。
失望、怒り。ヤバい。目の色が普通じゃない。
「もしかして、怒ってますか?」
若き魔法大臣は、俺の言葉を無視した。
「こんなことはありえない。……そうだ、ちょっと待て。ユニークスキルがあるぞ。
ステータスを超える能力があるのかもしれない。いや、ある。絶対にある。あるからこそ『ミリア』に選ばれたはずだ」
俺もスマホ画面を見た。ユニークスキルを表示する。
『ユニークスキル、レア度最大。【ステータス偽装】。効果……虚偽のステータスを相手に信じこませることができる。この効果は実際のステータスには影響しない』
「ほ、ほら。やっぱり間違いでした、よ、ね……」
だんだんと、声が小さくなっていくのが自分でもわかった。
こんなクソみたいなスキル、なんの役に立つんだ。人騒がせなだけじゃないか。
「この私が、だまされたというのか。こんなインチキスキルに……。
い、いや。冷静になれ。まだランキング2位もいる。あれでも十分に勇者クラスの才能だ。うまく育て上げれば可能性はある」
魔法大臣はようやく顔を上げた。
「……うっ、うぉっふおん。失礼しました。
今のことは忘れてください。彼が選ばれたのは間違いでした。混乱させてしまったことを、この場の全ての方々にお詫びします。国王陛下、期待を裏切ってしまったことをお許しください」
「許す……もともと、全てを任せたのだ」
言葉ではそう言っているが、国王にもありありと失望の色が見える。
「佐野クンはどうなるんです?」
「あ、ああ。ランキング2位……いや、1位の方ですね。大丈夫ですよ。これは私のミスですから、彼には何の責任もありません。もちろん勇者候補生としての資格は失いますが、それだけのことです。
さあ、彼を連れて行きなさい。これから後の話は、彼にはもう関係がありません。元の世界に戻す準備ができるまで、別室で待機していただきます」
俺の両脇を固めるように、二人の兵士が現れた。
「さあ、こちらです」
「ふふふ、かっこ悪い」
「ばあか、このハッタリ野郎……」
連れて行かれる途中、他の候補生の口から、そんな言葉が漏れるのが聞こえた。
俺はもう、嘲笑の対象でしかない。ヒーローから詐欺師へ。望んだこととはいえ、最悪の気分だ。
「佐野クン、待っててね。後で行くからね」
ギィィィィ……バタン!
背後で扉が閉まる音を聞いて、俺はこの世界から完全に拒絶されたことを知った。
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