第9話 決闘──①

   ◆◆◆



 な、なんとか間に合った。

 ギリギリだったけど、目の悪い中よくやったよ、俺。

 デジタルネイティブ世代で助かった。

 こんなもの思い付くなんて、自分で自分を褒めてやりたい。


 隣を歩くリアンナは、兜の下でもわかるくらい呆れた空気を滲み出していた。



「最初はどうするのかと思ったが……変な知識だけはあるのだな、ハザマは」

「画面の向こうには、俺には想像もできないくらいの天才がいるからな」

「意味がわからん」



 俺にはできなくても、俺じゃない誰かが持ってる知識を得られる。

 それが、インターネットのいいところだ。


 隊舎から出ると、すでにルーガが準備をしていた。

 周りには野次馬がいるみたいで、やいのやいのと騒がしい。



「ふん、逃げずに来たな」

「逃げていいなら逃げたけど、リアンナに脅されて」

「んなっ!? わ、私は別に脅してなどないぞ……!」



 後ろ指さされるとか言ってたじゃん。

 ああいうのを脅しと言うんです。



「ぐっ……! き、貴様ッ……なぜ貴様のような死んだ魚のような目をした奴がッ、隊長と懇意に……!」

「失礼な」



 死んだ魚のような目とか言うな、失礼だろう。死んだ魚に。

 俺が現れたことに驚いているのか、野次馬たちもザワザワしている。



「ハザマ、気をつけろ」

「おう。俺は騎士じゃないからな。何かあったらガチで逃げる」

「男として、そんなこと堂々と言うのはどうかと」



 うっせ。こういうのに男とか女とか関係ないんだよ。



「ま、心配すんな。俺は死なないから」

「ハザマ……」

「神公認チートがあるから傷つかないし」

「台無しだ」



 事実だから。

 リアンナが俺から離れて、俺とルーガの中央に立つ。

 リアンナが今回の決闘の審判をしてくれるそうだ。

 さて、いっちょがんばってみますか。



「逃げなかったことだけは褒めてやる」

「やったぜ!!!!」

「何を喜んでるのだ!?」

「いや、褒められたから」

「き……キッ……きっ……!」



 あ、やべ。怒った?

 激怒してるのか、シルエットがぷるぷる震えている。

 これぞまさに怒髪天。

 リアンナが両手を上げて、俺たちを交互に見る。



「両者、口を慎め。まずは互いに、礼」



 ルーガが剣を抜き、自身の前に垂直に構えて頭を下げる。

 俺もリアンナに教えてもらった通り、ナイフを抜いて頭を下げた。

 これが決闘の礼儀らしい。



「それではこれより、ハザマ対ルーガの決闘を始める」



 俺はカランビットナイフを逆手に構える。

 ルーガは片手で剣を持ち、だらんと下に下げている。

 緊張感が高まる。

 死なないとは言え、戦いなんて初めてだ。

 喉の奥を鳴らして、唾を飲み込む。

 野次馬たちも静かになり、俺たちを見ていた。


 張り詰めた糸のように緊張感が高まり続け……ピークに達する。



「──始め!!」



 リアンナの合図で、戦いの火蓋が切って落とされた。

 先手必勝……なのだろうか。わからん。

 とりあえずルーガの動きを見てから動いた方が……あっ、見ても意味ねーな。見えねーから。


 なら先に動く!


 ルーガに向かって走り出した。



「人が、より強い相手に向かうことを勇敢と言うが……貴様の場合は、蛮勇だ」

「ぇ……?」



 目の前に迫る刃。

 いつの間にか、俺の懐に潜り込んでいるルーガ。

 俺が1歩進もうとする間に、ルーガは10メートルの距離を詰めたのか。

 これが走馬灯? 思考が異様にクリアだ。

 視界も、人生で1番よく見えてる。

 やば、速い。避ける。無理。受ける。無理。弾く。無理。

 ──死ぬ。



「──フッ……!!」

「がっ……!?」



 容赦なく振り下ろされた刃が俺の肩を捉え、勢い余って吹き飛ばされる。

 隊舎の扉をぶち破り、転がりながら廊下をバウンドした。



「…………痛くはない、な……」



 これも、《鉄壁・S》スキルのおかげか。

 けど……こっっっっっわ。ルーガのやつ、普通に殺すつもりで振り下ろしただろ。

 心臓がバクバク鳴ってる。

 膝が笑って力が入らない。

 死にはしないけど、死にたくなるくらいのトラウマになりそうだ……。

 あー帰りたい。帰ってゲームしたい。ゲームないけど。

 このまま寝転がってたら、俺の負けかなぁ。

 ……リアンナ、がっかりするかな。



「あーくそっ!」



 別にリアンナにがっかりされようと、俺には関係ない。

 むしろ竜騎隊最強のルーガが相手なら、仕方ないとさえ思ってくれるはずだ。

 けど、俺にだってなけなしのプライドがある。

 男として、少しでも立ち向かう。


 気合を入れて立ち上がり、隊舎から外に出る。

 まさか立ってくるとは思わなかったのか、野次馬たちがザワついた。



「馬鹿な……確かに手応えはあったはずだ」

「スキルのおかげでな。ダメージゼロだ」

「チッ、スキル保持者ホルダーだったか。今の感覚……防御系のスキルだな」



 ご名答。言わないけど。



「俺の攻撃に耐えうるスキル……何かは知らんが、なら効くまで攻撃するのみ!」



 ぅっ……!

 こわい、怖い、恐い、こわいッ……!

 あーもう! 逃げたい!



「うおおおおおおおお!!」



 雄叫びを上げ、ルーガに向かって走る。

 ルーガは動かず、その場で剣を構えているだけ。

 多分、俺が防御系スキルを持っているから、無駄な攻めはしないようにしたんだろう。

 これなら俺にもチャンスはある……!


 カランビットナイフを振り回すが、ルーガは涼しい顔ですべて避ける。



「くそっ! 避けるな!」

「避けなかったら痛いだろ。俺は貴様と違い、防御スキルは持ってないんだ」



 そりゃそうだけどっ!

 でも避けられたら、俺の方こそ何もできないじゃん!



「まるで児戯だ。いや、まだ子供の方がうまくナイフを扱えるぞ」

「生憎だけど、生まれてこの方戦ったことがないんでね!」

「何? ……どれだけ平和な場所で育ってきたかはわからんが、あまりにも無駄が多すぎる」

「──ぇ……?」



 消えた。目の前から、忽然と。

 目が悪いって理由だけじゃない。本当に、神隠しみたいに消えてしまった。



「決闘において、相手の死角に入るのは定石だ」

「ッ……!?」



 う、後ろ……!?

 反射的に前方にジャンプすると、何かが俺の後頭部を掠めた。

 地面を転がり、ルーガから距離を取る。



「へぇ、今のを避けるのか。なかなかやるな」

「ほ、ほぼ直感だけどな」



 本当は避けなくてもいいんだろうけど、死の本能が避けることを選択してしまう。

 初戦の相手がこんな化け物とか、マジで勘弁して欲しい。


 なんとか体勢を整え、深呼吸する。

 さて、考えろ……考えろ、俺。

 今までゲームだって、何度も何度も強敵と戦ってきたじゃないか。

 勝つ奴はいつだって、思考を止めない奴だ。

 止めるな、考えぬけ……!

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