第8話 決闘準備
「チッ。あれだけ殴られてダメージがないとか、反則だろう」
「そんなこと言われても。でもダメージを受けないサンドバッグだと思ってくれれば」
「まだ殴り足らん」
あれだけしこたまぶん殴ってきて、まだ足らんか。
背中で不満をあらわにするリアンナ。
そんなリアンナに抱き着き、リオの背に乗って竜騎隊の建物へ向かっていた。
リアンナの近くであれば、ある程度行動を許されてるからな。
むしろ1人で家にいる方が危ないと判断された。
「まあ、私も確認不足だったのは確かだったな……すまない」
「本当だよ。俺の目が良かったら、お前の隅々まで全部見られてるんだぞ。もっと自分が美人だって自覚を持ってくれ」
「びっ……!? ば、馬鹿を言うな! そんな世迷言……!」
あら、照れてらっしゃる?
よかった。そのおかげで前の失言に気付かれずにすんだ。
しばらく飛んでいると、ルーフェンの街が近付いていた。
上空を旋回して、ゆっくりと隊舎へ降りていく。
昨日聞いたが、この旋回には意味があるらしい。
リアンナとリオが姿を見せることで、街の人々は安心するって言っていた。
自分たちが護っている。だから安心しろ、という意味なんだとか。
確かに、こんな巨大なドラゴンと竜騎隊の隊長が姿を見せたら、街の人は安心するだろうな。
昨日と同じように誘導され、竜騎隊の隊舎前に降りる。
リアンナ曰く、今日はこれから少しだけ書類仕事らしい。
それから街へ買い物に行くことになっている。
俺は邪魔しないように部屋の隅っこで大人しくするのが仕事、と言われた。
つまり邪魔なんですね。しまいにゃ泣くぞ──
「ハ! ザ! マァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
……え?
遠くから何かが猛スピードで迫ってくる。
誰だろう。なんか怒ってるみたいだし。
「む? 副長か」
副長、副長、副長……あ、ルーガか。
なんか面倒そうな予感。
「きっ、きっ、きききききききき貴様ッ、なぜ今日も隊長と一緒に……!? し、しかも朝から……!」
やっぱこいつ、リアンナのこと好きなのか。
だからこんなに取り乱して……。
これ、居候してるって知られたら、絶対やばいなぁ……言わんどこ。
「ああ、ハザマは私の家で居候しているのだ」
「おい」
「「「「「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」」」」」
ルーガだけでなく、この場にいる全員が絶叫を上げる。
そうなるよなぁ……なるよなぁ。
リアンナは、今でこそ傷を気にして顔を隠している。
だけど、その前は素顔のまま出歩いていたはずだ。
あれだけの美貌を持つ女性が、昨日今日会ったばかりの男を家に上げる。
驚くな、という方が無理な話だ。
「な、なぜみんな、そんなに驚く?」
「お前、たまに馬鹿って言われるだろ」
「し、失礼な! ……抜けてるとは言われるけど」
竜騎隊の隊長がそんなのでいいのか。
とりあえずこの場をどうにかしないと。面倒なことになる前に。
なんて言い訳しようか考えていると、わなわなと震えたルーガが剣を抜き、俺にそれを突き付けてきた。
「貴様……ハザマァ!! 僕と勝負だッ、決闘しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」
◆◆◆
「面倒なことになった」
「す、すまん。まさかこんなことになるとは……」
あの後は、リアンナがあの場を静めてくれた。
けど上がったボルテージは下がらず、なし崩し的にルーガとは決闘をすることに。
今は隊長室で、しょんぼりリアンナと一緒にいる。
『今日の午後ッ、再びここで待つ! 男なら逃げずに来い!』
時間と場所まで指定されちゃったもんなぁ……。
逃げてもいいんだけどね。俺、騎士じゃないし。
でも逃げたら、リアンナに恥をかけさせてしまうかも。
それも嫌だし……。
「なるようになるか」
「ま、待て。ハザマ、副長とやるつもりか?」
「まあな。ダメか?」
「ダメに決まってるだろ! 隊内の私闘はご法度だ!」
「なら問題ないな。俺、竜騎兵じゃないから」
「そっ……そうだが、なぁ」
リアンナは頭を抱え、深く息を吐いた。
「副長の……ルーガの実力は本物だ。ヒステリックなところはあるが、タイマンでは私でも勝てない」
「……マジ?」
「ドラゴンが一緒なら話は別だが、それだけは間違いないぞ」
え、ええ……? 今朝追い掛けられてた時も、リアンナの人外じみた動きに圧倒されたんだけど。
あれよりもヤバいってこと? 俺に勝てる要素なくない?
「やっぱやめようかな」
「1度受けた決闘を反故にすれば弱虫の汚名を着せられて、生きている限り後ろ指をさされるぞ」
「お前のせいって自覚ある?」
「ごめんなさい……」
しゅん。あーもう、いちいちしゅんとするな。可愛くて責めづらい。
俺に逃げ場はない、か。
戦ったことはないけど……幸い、《鉄壁・S》スキルがあれば、死ぬことはない。
あとはもう1つのスキル、《誤字》ってのがわかれば、勝てるかもしれない。
……かも、だけど。
「けど、生身で決闘ってのは無理があるよな……なんか武器とかない?」
「む、そうだな……なら、この剣を持ってみろ」
リアンナが、壁に立て掛けていた剣を渡してきた。
いつもリアンナの腰に下がっている、あれだ。
形状は両刃剣。けど長剣のように長いし、厚さもある。
なんでこんな鉄の塊を片手で持ってんの、この人。
……一応、持ってみるか。
剣の柄を握り、気合を入れて力を込める。
「離すぞ」
「わ、わかっ──」
ズシッ! おっっっも……!?
片手じゃ絶対無理……!
両手でようやくだけど、持ち上げるだけで精一杯……!
「貧弱だな」
「お前がどうかしてんだよっ……!」
「何を言う。私は入隊時からこいつを振るってきた。15の時だ」
は? 15歳から? 何この人、ゴリラの化身?
とにかく無理。俺には到底扱えない。
リアンナに剣を返すと、不思議そうな顔で軽々と振るった。
「そんなに重いか?」
「重い」
「異世界人というのは貧弱なのだな」
主語がでかすぎる。怒られるぞ。
剣を立て掛け、リアンナはぐるりと部屋の中を見渡した。
「うーむ……となると、片手剣……いや、ナイフくらいしか無理か」
足元のガラクタを蹴りどかすと、埋もれていたナイフが出てきた。
ナイフが普通に転がってる部屋とか怖すぎ。
「これならいいだろう。大きさも重さも手頃だ」
「お、カランビット」
「知っているのか?」
「ゲームでは大変お世話になりました」
「げーむ……?」
それはまた後日。
けど、カランビットか……使い方なら、CQCで無限に見てたけど、実際に使うのは初めてだ。
当たり前か、普通に銃刀法で捕まる。
カランビットナイフを持ち、ゲームで得た知識をもとに体を動かしてみる。
「ほう、意外だ。使えるのだな」
「使い方だけ知ってる。使ったことはない」
「使い方を知っていて使ったことはないとは……いつたい、どういう生活をしていたのだ、ハザマは」
ゲームとアニメがお友達の自堕落な生活を送ってました。
ま、こいつがあれば、一方的にやられることはないだろう。
刃を鞘にしまって、腰から下げる。
な……なんか、一気に緊張してきた。
戦闘訓練なんてしたことないのに、いきなり決闘とか……ガクブル。
「……ん?」
足元にぼんやり見えていた何かを持ち上げる。
これは……あ……?
「リアンナ、ここにある物って、使っていいやつばかりか?」
「もちろん。全部ガラクタだ」
じゃあ捨てろよ。
けど今の俺には、ここにあるものは全部宝の山のように見える。
これがあれば、ワンチャンいけるかも。
「リアンナ、今から俺が指示するものを集めてくれ。なければ、リアンナの自慢のパワーで加工して欲しい」
「それは私が怪力だと言いたいのか」
「時間がないから、その問答は後で」
俺はテーブルの上に紙を広げ、リアンナにあれこれと指示を出した。
決闘まであと3時間。
間に合うかわからないけど、今はやるしかない。
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