スキルと初戦闘

第7話 朝風呂

「貴様……ハザマァ! 僕と勝負だッ、決闘しろおおおおおおおおおお!!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」



 ……どうしてこうなった。

 俺に向けて剣を向けるルーガ副長

 盛り上がる竜騎隊の隊員野次馬たち

 とりあえず後ろを振り返ると、リアンナが頭を抑えて首を横に振っていた。


 本当……どうしてこうなった。



   ◆数時間前◆



「すかぁ……すぴぃ……ふがっ……?」



 ……ぁれ……ここは……?

 寝ぼけまなこを擦って、周りを見る。

 知らない部屋だ……どこだっけ……?

 ぼんやりしてわからない。

 眼鏡、眼鏡……あ、そうか。俺、リアンナの家に世話になってるんだった。

 てことは……。



「これ、現実かぁ……はぁ」



 転生という非現実をまだ処理しきれてない。

 相変わらず眼鏡もないし。

 とりあえず起きるか。


 与えられたベッドから這い出て、カーテンを開ける。

 うおっ、眩しい。

 太陽の眩しさだけは、異世界こっち地球あっちも変わらないな。


 ……ん? なんだろう、この風切り音みたいなのは。外か?

 手で距離感を測りながら、客室を出る。

 リビングに出たけど、リアンナはいない。

 ということは、あの音は……。


 靴を履いて家の外に出る。

 と、風切り音が大きくなった。

 こっちの方か……?

 家をぐるっと回って、竜舎の方へ向かう。

 あ、いた、リアンナだ。


 朝日が射し込む中、リアンナは剣を振っている。

 タンクトップに汗が染み込み、ぴっちりと張り付く。

 汗が弾け、朝日を反射して美しく輝いた。

 ……という、俺の心の妄想である。

 見えないので、そんなイメージということで。



「ふぅ……む? おお、ハザマ。おはよう。よく眠れたか?」

「おはよう。おかげさまで熟睡だ」



 近付くと、リアンナは少しだけ距離を取った。

 え、どうした?



「ち、近付くな。今の私は汗臭い」

「気にしないけど」

「私が気にするのだ……!」



 えぇ……? 竜騎隊って男所帯っぽいから、そういうの気にしないと思ってたけど。

 隊長であろうと、リアンナも女性ってことか。

 仕方ない。じゃあリオでも愛でてるか。

 竜舎に近付くと、眠っていたリオが起きた。



「リオ、おはよう」

「グルッ」



 おお、舌を出てきた。

 頬をちろちろと舐めてくる。

 でっかくて怖いけど、意外と可愛いところもあるのな。

 リオの鼻先を撫でていると、リアンナが「へぇ……」と感嘆の声を漏らした。



「あのリオが、私以外に懐くとは」

「これも人望だ──」

「アグッ」



 ばくんっ。あ。



「ちょ、リオ! ハザマを食べちゃダメだ! ぺっしなさい、ぺっ! 汚いでしょ!」

「おいコラテメェ!」

「アグアグ……ア? ペッ」



 ほげっ!

 ちきしょう、本当にペってされた。

 多分俺の《鉄壁・S》スキルがオートで発動して、食えないってわかったから吐き出されたんだろうけど。



「グル……ぐるしゅぴぃ」

「あ、寝た。どうやら寝惚けてたみたいだな」

「夢うつつで殺されかけたんだが」

「まあまあ、ハザマにはダメージが通らないのだし、良いではないか」



 良くねーよ。俺じゃなきゃ死んでるよ。

 くそ、朝から唾液でべたべただ。

 当の本人はいびきかいて寝てるし。



「うぇ、生臭い」

「さっさと風呂に入ってこい。朝食はそれからだ」

「いいのか? リアンナの方が、先に入りたいんじゃ……?」

「私はもう少し鍛錬をする」



 と、素振りを再開した。

 はー、大変だな、隊長ってのは。

 世話になりっぱなしだし、何かしらお礼をしたいけど……なんも思い浮かばん。

 まあ、それはおいおいだな。まずは風呂でゆっくりさせてもらおう。


 昨日教えてもらった風呂場まで行く。

 シャワーや広大な風呂までついている。異世界とは思えない。

 昨日聞いたけど、これらすべて魔法が関わってるらしい。

 特に風呂は、いつ入ってもいいように常に適温を維持していて、浄化の魔法で雑菌を殺しているんだとか。

 なんなら地球よりハイテクなまである。

 体を洗って、いざ湯船へ。



「……はぁ〜……溶ける……」



 風呂の気持ち良さは、異世界も地球も変わらん。

 何を隠そう、俺は大の温泉好きである。

 多分これは温泉じゃなくて、普通の風呂だろうけど。

 でも脚を伸ばして入れる風呂ってのは、それだけで開放感がある。


 広い風呂場は怖いって人がいるけど、俺は特に思わない。

 むしろ広い方が好き。


 朝から大浴場に入れるって、ぜいたくだよなぁ。

 あぁ……なんだか眠く……。






 ──ガラッ。ピチャッ、ピチャッ……キュッ、ジャァ〜。



「んぁ……?」



 ……あ、やべ。風呂入って寝落ちしてた。

 っぶねぇ。湯船の中に落ちなくてよかった。

 いかに《鉄壁・S》が強くても、さすがに溺れたりとかしたら死んじゃうと思うし。


 お湯で顔を洗い、タオルで拭く。

 長風呂しすぎたかな。そろそろ出て……いや、待て。さっきから水が流れてるような音が聞こえるけど……。



「ふんふん♪ らら〜♪」



 あらやだ、綺麗な歌声。

 ………………じゃなーーーーーーーーい!?!?

 まままままままさかっ、この声は……!



「むっ、シャンプーが切れそう……買ってこなくては。ハザマの分も買ってこないとな……」



 り、リアンナああああああ!? なんでっ? なんで入ってんのアイツ!?

 えっ、俺に気付いてないの!?


 あーくそっ! 視力が壊滅してる上に湯気のせいでシルエットすら見えない!

 って、何普通に見ようとしてんだ俺は!?


 や、やばい。これは非常にまずい。

 俺がここにいることがバレたら、まず間違いなく激怒するだろう。

 最悪、出てけと言われる可能性が高い。

 それだけは避けなくては。

 でもどうする。シャワーの位置的に、今リアンナは背を向けているけど、振り返るのも時間の問題だ。

 あーもう! なんで寝落ちなんてしたんだ、俺は!


 心臓が痛いくらい高鳴る。

 あーくそ、視力さえ良ければあのナイスバディを拝めたのに。

 ……いや、それはダメだろう。ただのクソ野郎だ。

 それに、今鏡一の中の鏡一が首をもたげている。

 この末端の鏡一を見られたら、俺の異世界ライフは終わりを告げるだろう。

 そんな未来はマジで回避しないと。


 さて、どうやってここから抜け出すか。

 あえて堂々と行けば、バレないか?

 ……いや、ないな。バレるに決まってる。

 ならこっそりは?

 出入口はシャワーの真横。こっそりも何もない。


 あれ、これ詰んだのでは?

 なんなんだよ、俺の異世界ライフ。

 1日1回は詰まないと生きていけない呪いにでも掛かってるのか?

 潜って身を隠すか? いや、それより誠心誠意土下座を──



「ふぅ……ん? ……ハザマ?」

「あ」



 ……ばれますた。

 流れる冷たい空気。膨れ上がる殺気と怒気。

 リアンナはタオルで大切な場所を隠し(隠し切れてないけど)、ゆらりと立ち上がった。



「き……きっ……キッ……!」

「ストーーーーーーップ!!」



 ピタッ。あ、本当に止まった。



「こほん。リアンナ、俺からお前の体は見えてない。湯気のせいでシルエットもわからない。だから落ち着いて聞くんだ。いいか? 俺は風呂に入っていた。そして脱衣所には俺の着ていた服が置いてある。つまり俺がまだ入ってるという予想は容易に立ったはずだ。だからこれに関して、俺はまったく悪くない。むしろ普通にお前の方が悪い。だから俺が怒られる筋合いはないはずだ。オーケー?」

「遺言は終わったか?」

「遺言じゃないわ」



 リアンナはゆらりと立ち上がると、ゴキッと首の骨を鳴らした。

 やばい。見えてないのにめっちゃ怒ってる気がする。怒気が半端ない。



「《鉄壁・S》のおかげでダメージはないんだよな? ならしこたま殴っても問題ないな?」

「精神的なダメージがでかいからやめて欲しいに1票」

「却下だ」






 この日、朝から1時間の全裸鬼ごっこの末、1日の目標である1万歩は達成できた。

 失ったものはでかすぎすぎるけど。

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