第3話 魔術決闘(デュエル)派閥戦
フラッグ戦とは名前の通り、両者の陣地に置かれた魔術フラッグと呼ばれる魔術道具を相手の陣地から奪い合う戦いのことである。勝敗は単純で相手の陣地に置かれたフラッグを奪うか、敵陣の魔術師を全員戦闘不能もしくは敵に降伏をさせることで決まる。
フラッグは所定の場所に配置され動かすことはできない。
今回使われるフィールドではフラッグはお互いに魔術決闘開始前に決めた場所に固定され、指定できる場所は全て目に入りやすい場所となっている。
デメリットはメリットであり、お互いに条件が同じなら後は知略による戦術が勝負の鍵となるのは必然。
見せかけのAランク魔術師の北条には限界がある。
だからこそ織神と水上の協力が必須。
なので――。
「姫? いける?」
『行けるで』
「なら後は任せるね?」
『任せてや! なら頑張るご褒美として姫好きって言ってくれへん?』
声を踊らせるように織神がお願いした。
「…………」
だけど織神が期待した声は中々聞こえてこない。
これは無理なお願いやったか……、と少し落胆する織神に――。
「…………きっ」
『ん?』
「……もぉ、ばかぁ///。姫大好きって言ったの!」
奇跡が起きた。
恥じらいながら大きな声で織神の願いを叶えた。
心の中で意思疎通を行い織神と体の主人格を入れ替える北条。
気合い十分となった織神は「好きやなくて大好きとかもう最高過ぎるで!」と大喜び。
表に出た織神はここから北条を演じる。
「私が防御と補佐を担当するからあーちゃんが攻撃担当とかどうかな?」
織神の言葉は水上にとって意外だったらしく驚いている。
基本的に敵陣突破を考慮して強い者が攻撃を担当する場合が多いのだが、織神の考えた作戦は定石とは真逆だった。
「私が攻撃なの? 真奈ちゃんの方が強いのに?」
フラッグ戦。
これには裏があり必勝法が存在する。
ただしそれが出来たら誰も苦労しないと鼻で笑われるような作戦のわけだが、自分の力に自信があり、尚且つ百パーセントの確率で水上をフォローできる自信がある織神は言う。
「フラッグを私が死守して完璧にフォローできれば第二種魔術師のあーちゃんの方が絶対攻撃担当にふさわしいからね」
「それは私の時間操作を使ってフラッグ奪取を早めるっていう理解でいいのかな?」
「うん。フラッグの奪取はトータルで五分間触れることで可能となるよね? だけど五分も待ってたら相手から攻撃の的にされちゃうでしょ?」
「うん……」
「そこであーちゃんの魔術の出番だよ。五分を三十秒まで縮めれば勝負が一気に決まる。その間は私が全部なんとかする! それならどうかな?」
かなり力技の作戦内容。
口で言うのは簡単だが、織神がしようとしていることは――。
自身の防御、自陣フラッグの防御、水上のフォロー、進軍してくる敵の対処、の四つを完璧にすると常人離れした作戦の提案だった。
だが人数差にハンデがある以上、リスクなしの作戦で勝てる程先輩たちが甘くないことを水上は知っている。
真剣な表情と真っ直ぐな視線を向ける北条の覚悟は本気だった。
親友ができる、というならそこに全てを賭けるのも悪くないと考えた水上は鼻で笑う。
「ふふっ。でも真奈ちゃんが言うならそれも一興かもしれないね」
「なら、いい?」
「うん。信じてる、真奈ちゃんならきっと有言実行するって」
「当然! 私は個人ランキング一位の北条真奈なんだから! まだまだこんなところで負けないよ! それに――」
「うん?」
「あーちゃんとならこの先もどんな困難だって乗り越えられるって思うの! だからその第一歩をここで踏み出すんだよ、私たち」
先輩たちが相手。
ただそれだけで緊張する状況なのに水上から見た織神は堂々としている。
まるで緊張など微塵もしていないようにも見えた。
それもそのはず。
今の北条真奈は北条真奈であってそうじゃないのだから。
「でも大丈夫?」
「なにが?」
「プロフィールを見る限りだけど鮎川先輩は真奈ちゃんと同じ第四種魔術を使うみたいなんだけど……」
水上の言葉が途中で詰まる。
二人の間に流れる空気が重たくなる。
「派閥戦ではBランク魔術師相手にも好成績なんだよ」
それは格上の魔術師相手にも勝てるだけの実力があるということ。
過去の戦歴は個人プロフィールに公開され誰でも見ることができる。
そこから推測できる内容は、派閥戦の最大のメリットとも言える個々の力関係の逆転現象を生み出しているということ。
新入生である織神や水上はまだ知らないが二年生や三年生の間では知将の二つ名を持つ鮎川。
その名の通り頭が切れ、個人の魔術決闘においてもBランク魔術師相手に良い勝負をするほど。
魔術ランクと言うのが形ある形式上の物でしか測定されないために彼女はCランク魔術師のわけだが、実力で見れば既にBランク魔術師と言っても過言ではなかった。
「それに三年生の先輩相手にも勝ってる。学園ランキングは七百四十六位。つまり油断はできない相手なんだよ」
水上の言葉に織神が笑みを零す。
全身を流れる血が熱くなっていく。
敵が爪を隠した鷹ならば、こちらは正体を隠した龍となろうではないか。
どんな時も魔術師を次の高みへと成長させる即効性のある薬は一つ。
強敵と呼べる相手の存在。
ならばと織神は自分がその強敵となって立ちはだかることを決意する。
それが勝負を受けてくれた鮎川に対する最大の敬意である。
「一つお願いがあるんだけど、私を信じてお願いできないかな?」
「いいよ。なに?」
「それはね――」
奇策も奇策。
誰が聞いても考えもしない定石とはかけ離れた一手。
それを先ほどの作戦に付け加えた織神に水上は驚くより先に笑ってしまった。
「あはは~」
目の前の少女の機転。
一見博打のようで博打じゃない作戦。
もう笑わずにはいられない水上。
だって――。
「面白そうだね。いいよ、真奈ちゃん。その作戦乗った!」
「ありがとう!」
――鮎川と同じCランク魔術師の水上。
ならば同じCランク魔術師の鮎川にも勝てるはず、と楽観的に言うのだ。もう笑わずにはいられない。
もし本当にそうなら今日の一戦はある意味学園の歴史に残るかもしれない。
新入生が入学二日目にして名の知れた二年生の派閥を倒した、と。
■■■
敵がペテン師ならこちらもペテン師。
敵が爪を隠した鷹ならこちらは正体を隠した龍。
そんな感じで相手が考えることをこちらもしてAランク魔術師として正面から戦う覚悟を決めた織神は試合開始前に深呼吸をして心を落ち着かせる。
機は熟した。
後は派閥戦においても北条真奈は強いのだと周りに見せつけるだけ。
何処からか噂を聞きつけ集まった学園生たち。
その中には――。
「ん? あの時感じた殺気も混ざっとるな」
寝起きで感じた違和感がここにもあった。
ただし今すぐの危険はないと見て、その殺気が金色の髪をした生徒から出ていることだけを頭の片隅に置いておく織神。
気付いていながら気付いていない振りをする演技力は高く、相手にソレを一切悟らせない。
「どうしたの? 観客の人に視線を向けて」
魔術決闘前にお手洗いへ行っていた水上がやって来ては声を掛けてきた。
「なんでもないよ。ただ人が多いな~って思って」
上手く誤魔化す織神に何処か自信満々に答える水上。
「それはそうだよ。だってAランク魔術師の新入生と鮎川先輩の勝負。皆が注目して当然だよ」
「そんなに注目することかな?」
「当たり前だよ。真奈ちゃんの敗北は新入生じゃ鮎川派閥には現状誰にも勝てないことを意味して、その逆は今年の一年生は実力がある者が集う世代だって認知されることを意味してるんだから!」
「なるほど。その考えはなかった」
水上の言葉に納得する織神は「ふむっ」と頷く。
言われて始めて気づいた視点。
だけど今更それを知ったところで北条派閥がすることは何一つ変わらない。
観客がいてもいなくてもすることはただ一つ。
「なら今日はあーちゃんの大活躍が皆に見せられるね!」
その言葉にはっ! とする水上。
「う、うん……そうだね」
どうやら思い出したようだ。
自分の役割が何なのかを。
「失敗なんてないよ。もし敗北してもそれは悪いことじゃない。私たちは一回の勝ち負けに全てを賭けてるわけじゃないからね。だからもっと気楽に行こうよ!」
織神の励ましの言葉に水上の表情が少し柔らかくなる。
偉大な魔法師は皆最初から成功したわけではない。
世間が偉大と尊敬する者たちですら、目に見えない所では何度も失敗し挫折し苦労してきた。その事実は嘘ではなく真実であり、現に第四種魔法の頂点に立った織神姫も例外ではなかった。誰からも聞かれないから言わないだけ。
だから魔術師たちが必要以上に失敗を恐れる理由が織神姫にはわからない。
失敗や挫折は決して悪いことじゃない。
大切なのはその後。
そこからなにを学びどのように自分の糧とするか。
そこが大切なのだ。
そこに世間の目は関係ない。
この世に完璧な者などいない。
もし居るとすれば前人未到とも言える全ての魔法を完璧に扱える魔法師がこの世に既に一人ぐらいはいても不思議ではないからだ。でも世界はそんなに甘くない。魔法師の一人となった織神姫はそれを知っている。
「私たちは神様じゃないよ。だから負けた時のことは負けた時考えようよ。今はただ勝つことだけを考えない? きっとその方が前を向けていいと私は思うよ」
明るい笑顔で優しく言葉を投げかける織神。
北条と同じく織神もまた水上には前を向いて歩いて欲しいと思っている。
いつも大切な存在を隣で支えてくれている彼女を織神は支えたい。
そんな風に思えるのは織神が北条を通して水上のことをそれだけ沢山知っているからなのかもしれない。
「そうだね。私頑張るよ。だからサポートはお願いね、真奈ちゃん」
「うん!」
魔術決闘(デュエル)に使われるフラッグ戦場に用意された空中時計が宣戦してから三十分が経過した。
瞬間、管制塔からホログラムのレーザーが射出され見届け人を登場させる。
「時間になりましたので両者の魔術決闘をこれより開始します。北条派閥のフラッグをX321Y145地点、鮎川派閥のフラッグをX421Y71地点にセットします」
声に合わせて管制塔から射出された片手で持てる大きさのフラッグがそれぞれの地点に着弾しセットされる。
どちらの陣営からも敵のフラッグが見える位置である。
直線距離にして両者のフラッグまでの距離は二百メートル前後とそこまで遠くはない。
全力疾走をすれば百メートル十秒の計算だと距離がその二倍であることから二十秒と言った所か。ただしこれは体力や妨害と言った物が一切ないことを前提に考えており、実際はそこまで早く到着はできないだろう。魔術を使わなければ……。
「試合時間は無制限。勝敗はどちらかが敵陣営のフラッグ奪取に成功した時、もしくはどちらかの陣営が戦闘不能や降参した時に決定する物としますが、各派閥の代表それで問題ありませんか?」
見届け人による最終確認が行われる。
「はい」
問題がないことを確認して返事をする織神。
「ないわ」
同じく問題がないことを確認した鮎川が返事をする。
「最終確認をこれで終わります。では魔術決闘(デュエル)開始の宣言にこれから入ります。五! 四! 三!」
自陣フィールドに立つ者と観戦する者全員に聞こえるぐらいの大きな声でカウントダウンを始めた見届け人。
カウントダウンを聞く全ての者に緊張が走る。
「あーちゃん行くよ?」
「うん、真奈ちゃん」
気合いを入れ直す織神と水上。
相手から突き刺さるような視線を既に感じるのは、鮎川派閥が本気だから。
下級生相手にも手加減はしない、と自信に満ち溢れ堂々とした態度の鮎川に油断や隙はない。むしろ敵は強敵と田中から聞いたのだろうか。織神を強者と既に認めているようにも感じらえる圧(プレッシャー)は水上にも向けられる。
「なら、こちらも行きます」
織神の真剣な眼差しが鮎川派閥へ向けられる。
もう無邪気な笑顔は何処にもない。
敵を牽制するように体内に溜め込んだ魔力を一気に放出する。
「……真奈ちゃんの雰囲気が変わった。スイッチが入ったんだね」
水上も覚悟を決めて戦闘態勢に入る。
「二! 一!」
カウントダウンはもう止まらない。
「零! 魔術決闘開始!」
開始の言葉と同時に織神が力を解放したことで空気がうねりを上げる。
――魔法に限りなく近い魔術。
人の域を超え、選ばれた者だけがたどり着ける境地。
それが鮎川派閥に向けられた。
「――時間の力、私を補助する奇跡を持って」
小さく息を吸い込んで吐き出した水上が胸を張ってゆっくりと歩き始める。
一歩踏み出すごとに四メートル進む。
魔術の力で自分に対する時間のみを飛ばす。
周囲から見た水上は瞬間移動を繰り返ししているように見える。
魔術名は未来時間(フューチャタイム)。
見る限り鮎川派閥は三人の防御担当と一人の攻撃担当でチーム分けをしたようだ。
向こうの攻撃担当は見覚えのあるCランク魔術師の田中麗奈。
二度目の対戦に何処か嬉しい気持ちになる織神。
昨日負けたのにも関わらずもう立ち上がり勝負を挑んでくる彼女。
実力差は完全に身に染みたはずなのに。
負けても挫けずに挑戦するその心意気と覚悟は尊敬に値する。
「こちらと同じく単騎でゆっくりと歩いてきますか。まるで強者同士が対峙するかのようにお互い構えず近づく形になるとは……予想外です」
序盤から激しい攻撃をしてくるかと思い、カウンターによる反撃を想定していたが早くも読みが外れる。
だけど落ち着いて状況を分析する織神。
「――魔力弾装填」
迫る敵は光の護封礼装(シャインベール)を身に纏った田中。
鮎川も魔力弾を生成し空中に待機させ戦闘準備態勢に入っている。
「――顕現せよ、破壊の力」
さらに鮎川派閥に対して圧(プレッシャー)を掛ける織神。
小さくも周囲へと響き渡る声は空間そのものに影響を与える。
昨日と違い魔力弾が雷の衣を帯びる。
速度、威力は昨日の比ではなくなった。
これなら光の護封礼装(シャインベール)を一撃で破壊できる。
対して百を超える鮎川の魔力弾には全て第一種魔術と第二種魔術が掛けられている。
「なるほど。そう来ましたか」
第一種魔術の根源は『あらゆる万物の創造』であり、あらゆる万物を創造することを想定して作られている。鮎川の生成した魔力弾を対象にすることでその数を今も増やしている。厳密に言えば複製していると言った方が正しいのかもしれない。
「解説するなら鮎川先輩が生成した魔力弾に同じくCランク魔術の『領域転移(ゾーンワープ)』を付与し、ソレをⅮランク魔術の『構造複製(ストラクチャークローン)』を使って量産……そこから考えられる戦術は物量作戦。さらに捕捉するならメインで動く者は二人、残りは私と鮎川先輩の差を少しでも埋めるためのカバー要員。そうすることで限りなく実力差を埋めようとしている、と言ったところですか」
付け加えるようにして、織神が呟く。
「そしてこの距離なら恐らく『領域転移(ゾーンワープ)』を付与された魔力弾を瞬時に私の頭上に飛ばしハチの巣にすることもできて、あーちゃんに対してもソレができますかね。もしくは二人同時にも考えられますか……さらに向こうの弾はある意味無限……これは厄介としか言いようがありません」
北条と田中が急接近する。
両者の距離は既に二十メートルもない。
前に数歩進むだけで手が触れる距離まで近づく二人。
だけど構えることすらせず、歩き続ける二人はお互いに敵のフラッグしか見ていない。
まるで目の前の敵には全く興味がないようだ。
有限の弾と無限の弾の撃ち合いが始まった時、勝つのは一体どちらであろうか……。
「二百や三百程度の転移持ちの魔力弾など怖くありません。真奈ちゃんは偉大な魔術師ですから」
お互いの声が届く距離になった。
水上が小さく微笑む。
それは親友に対する北条(織神)に対する絶対的な信頼からくるもの。
「そうなの? まぁ私も本気の鮎川がバックに付いているから真奈ちゃんの魔力弾は昨日より全然怖くないかな」
同じく、水上に釣られるようにして田中が口を開く。
派閥のリーダーに対する絶対的な信頼からくる安心感が彼女の歩みを力強くする。
「――魔力弾発射」
二人がすれ違った瞬間。
勝負を仕掛けた織神。
言葉によって生まれた四十二の魔力弾が目にも止まらない速さで田中に向かって飛んでいく。
「仕掛けてきたわね。転移! 魔力弾穿て!」
複製された魔力弾が水上の近くに転移する。
間髪入れずに降り注ぐ雨のように四方八方から水上を襲い始める。
「――時の狭間を超えて希望の光差し込む時、災い時の流れに置いて行かれる――遅延領域(スローゾーン)展開!」
水上を中心とした半径十メートルを対象とし敵味方関係なく全ての攻撃速度を奪う。
だが至近距離で撃たれた銃弾の前では二秒程度の効果しか得られない。
歩き続ける水上の力強い声に反応するようにして、織神が放った魔力弾が速度を上げる。
まるで雷の咆哮。
圧倒的な速度と威力で水上に降りかかる魔力弾を全て撃ち落としていく。
雷の衣を纏った魔力弾は減速する分さらに加速しその効果を相殺し無力化する。
「ふ~ん、これじゃまるでレーザー光線ね。でも――」
織神に向けられる手。
瞬間今度は織神の頭上にも水上と同じ魔力弾が姿を見せ、間髪入れずに発射される。
「――今も装填して発射してるソレを彼女に使えばアンタは攻撃と防御手段を失うと思うのだけれど一体どうするつもりかしら?」
湧き上がる白い旋風。
空気を圧縮して作られた雷が牙を向く。
迷いや躊躇いと言ったものを一切見せない織神の口と足が動く。
片足をあげ、地面に向かって振り下ろす。
たったそれだけで地響きが生まれ、この機に乗じてフラッグを狙い動こうとしていた田中の足をその場から動けなくする。
地響きによって生まれた亀裂から雷の龍が出現する。
雪よりも白く、太陽よりも眩しい光を放つ龍の咆哮。
そして――。
「――顕現せよ、破壊の化身――雷龍(ライトニングドラゴン)!」
宣言通り。
織神姫が使役する雷龍がその姿を見せ、雷を纏った咆哮が全ての魔力弾を一掃した。
雷龍はAランク魔術の中でも破壊の象徴として多くの魔術師に恐れられている。
フラッグフィールドに突然として生まれる数々の雷の帯は錯覚だと正しく理解していてもそれぞれが自我を持っているかのように地面を、空を、フィールド内を自由自在に動き回っているように見える。
一面を支配した雷は全て雷龍が生み出していた。
見上げる空は雲一つない青空。
春の風と一緒にそこを駆けまわる雷はどう考えても自然現象ではあり得ない光景。
鮎川がもう少し手を伸ばせば届きそうだった勝利を一瞬でかき消す織神は小さく微笑む。
「残念ですが、そう簡単には負けません」
地響きが収まったことで、地面を這う雷の海を歩き始める田中。
一歩進むごとに光の護封礼装(シャインベール)が悲鳴を上げて、壊れては修復を繰り返す。
田中の魔力が尽きるのが先かフラッグにたどり着くのが先か。
それを補助するように鮎川の援護射撃が強力な物へと変わっていく。
「あーちゃん、そのまま行って。援護は私がする」
「わかった。信じて前に進むね」
「――魔力弾装填、発射」
攻撃担当である二人の足に力が入る。
走り始めた二人はそれぞれのフラッグまでの距離を残り十メートルまで素早く詰める。
「――加速する時間は時の流れを超える嵐となる」
水上が今度は織姫の援護射撃を対象に魔術を使う。
空気を切り裂く音と共に雷の衣を纏った魔力弾が田中と鮎川たちへ向けられる。
その数、百を超える。
声に力が宿った。
それだけでこの力。
そこに水上の魔術『加速時間(アクセルタイム)』が加わり、遂に魔力弾は音速の世界を超える。
水上の侵入を警戒して魔術決闘開始前に罠を仕掛けていた鮎川たち。
だけどその全てを撃ち抜いても止まることを知らない魔術弾は正に超電磁砲の一撃と遜色ない。
「チッ、可愛い顔してとんだ化物じゃない。アンタたち、出力を最大まであげて複製と同時に反撃するわよ、魔力弾生成、装填」
「――万物の理を理解しこの世に複製せよ!」
『構造複製(ストラクチャークローン)』を使った最高速度の複製で鮎川の生成した魔力弾が一気に数を増やしていく。
「――空間を超えし力は転移としてこの世に姿を見せる!」
『領域転移(ゾーンワープ)』を使い、走り始めた水上と遠距離から超電磁砲とも言える一撃を数百発単位で高速で撃ち続ける織神を狙い転移させる。
「――最大出力、限界突破(リミットオーバー)」
鮎川が本気になる。
短期戦で挑んでくる気になったのか、限界まで魔力を圧縮して魔力弾に乗せ攻撃力を上げる。
魔力弾を装填して全力の反撃(抵抗)を開始する鮎川派閥。
その攻撃の隙を縫って距離を詰めていく水上。
飛んでくる攻撃に十二の魔力弾を使い、織神の一発を防ぐ鮎川たち。
彼女たちが今どれだけ後先を考えずに魔力を消費し抵抗しているのかを考えれば勝負の流れは既に北条派閥に傾いていることは誰が見てもわかる。
「私にも攻撃してくるとはやはり一筋縄ではいきませんか」
深呼吸をして短い暗示。
「――雷龍」
織神はその場から一歩も動こうとしない。
避けようともしない。
フラッグを真後ろに最後の砦として立ちはだかる。
「――魔力弾装填、発射」
水上に襲い掛かる魔力弾の迎撃弾として素早く発射される。
「私がいること忘れて貰ったら困るよ!」
「忘れていませんよ?」
光の鎧から生まれた砲塔と伸びる砲身は両肩に二つ、両腰に二つの計四つ。
攻撃と防御を兼ね備えた田中の本気だったか。
「光弾装填。連射モード起動――フルファイア!」
ちょっと鮎川の方に目を向けた隙に五メートルまで距離を詰めてきた田中。
砲身に弾が装填され、八十八の光弾が一斉発射される。
だが――。
「なるほど、仲間の魔力弾を誘導弾とした至近距離からの砲撃」
だけど魔力の歪みから既に見なくても田中の行動を全て把握していた織神は落ち着いている。
「――昨日の今日でそこまで成長されているとはお見事です。ですが、私言いましたよね? 自分と相手に魔術を使ってこそ次の高みに行けると」
「そうは言われても私は不器用だからさ。でも不器用が不器用なりに考えた答えがこれだよ!」
雷を帯びた『雷龍の咆哮(ライトニングブレス)』が全ての光弾と飛んできた魔力弾を着弾前に全て撃ち落とす。
「今よ! アンタたちの本気見せてあげなさい!」
「うん! ――神聖なる時の中で奇跡の時間舞い戻る時、世界時間を逆転させる鍵として起動する――逆転の時間(レシーブオブタイム)!」
鮎川の護衛役の一人が完全詠唱を行うと、先ほど雷龍が撃ち落とした光弾と魔力弾が再び出現し水上と織神へ向けられる。
「任せて! ――オリジナルを完全解析した時、偽物が本物となる魔術の奇跡が起こる――完全複製(パーフェクトクローン)!」
「この詠唱は……まさかCランク魔術?」
織神が騙された。
鮎川を護る護衛は一人がCランク魔術師で一人がDランク魔術師かと使っていた魔術から想定したが、複製された魔力弾は全てオリジナルと同じ力を持っていた。
すなわち――
「四人全員がCランク魔術師だったのですか……」
「そう! そのまさかだよ! そして仲間の魔術の加護を受けた私の光弾も再装填されるってわけ!」
織神の視界の先では再び魔力弾に囲まれる水上の姿。
あれを全て受けたら水上は……。
だけどこちらを無視すれば、仮に生き残れても怯んだ隙に真後ろに設置されたフラッグを奪われてしまうかもしれない。
田中の扱う光の護封礼装(シャインベール)は触れる物の時間を加速させる。
それとは別に違う魔術で時間を加速してくる可能性を考えれば、田中をフラッグに触れさせること事態が危険だと考えなければならない。
「真奈ちゃん!」
危険に晒された水上の足が止まった。
戦場で動きを止めることはとても危険な行為。
織神は声を大きくして叫ぶ。
一秒でも早く動き鮎川が照準を合わせるのを遅らせるために。
「大丈夫! そのままフラッグをお願い、あーちゃん!」
「わかった!」
息を呑み込むも、再び足に力を入れてフラッグを護る三人に近づく水上。
それを見た織神の心臓が昂る。
自分でもなぜそうなったのかわからない。
どうやら鮎川の護衛二人は全神経をこの攻撃に向けており水上を対処する余裕は既にないようだ。当の鮎川も先ほどの無茶振りに魔力を全て使ったのか迫る水上に対して別の手段を講じようとはしない。
水上と織神に迫る危機こそが正に鮎川たちが今持てる全てを賭けた攻撃というわけだ。
「…………」
個々の力で劣っていながら、強者を倒そうと奮闘する鮎川派閥。
そっちが爪を隠した鷹ならこっちは正体を隠した龍。
鷹が龍を倒すのには相当な努力が必要だろう。
かつて鷹から龍になった織神はふとっ思う。
それは不可能ではない、と。
だが、今はまだその時ではない――と。
「――やはり見かけ倒しでは倒れてくれませんでしたか」
視界の先では水上が鮎川派閥のフラッグに触れ魔術による加速を使い我が物にしようとしていた。周囲には遅延領域(スローゾーン)を発動し万が一の攻撃にも備えている。
だったら織神がするべきことはもう決まったと言える。
敵の殲滅ではなく攻撃の殲滅。
深呼吸をして微笑む。
「これで終わらせます」
(これ結構疲れるんやけどな……あはは)
短い言葉に違和感を覚える鮎川と田中。
一体この悪寒はなんなのか? と考える二人。
鳥肌が立ったのは肌でも危機感を感じ取ったから。
思わず息をするのも忘れるぐらいの……なにかが……そこにはあった。
「――――ッ!」
そこで、田中だけは織神の些細な変化に気づくことができた。
前にも似たような感覚を確かにその身で感じたからだ。
「――魔力弾装填、発射」
織神の短い言葉。
「まさか――ここで!?」
発動の前兆が全く見えない魔術弾。
略式詠唱の一言で放たれるソレは一瞬にして百五十発。
かつて田中の光の護封礼装(シャインベール)を撃ち抜いた魔術弾が目で追うより早く織神と水上に対する全ての攻撃を対象に撃ち抜き始める。
一発ごとに生まれる凄まじい衝撃波。
再び明確となってしまう実力差。
それだけではない。
地面を這う雷が衝撃波に乗って鮎川たちへ襲い掛かり動けなくする。
その間にフラッグを奪う水上。
鮎川たちは目の前に水上が居て、ただ見ることしかできない。
雷が体に流れ、口すら動かせないからだ。
田中は目の前でただ立っているだけの織神を見て気づいてしまう。
まだ本気じゃない、と。
それともう一つ。
目に見えない魔力弾は北条真奈の肉体に流れる魔力が外の世界にいる自分たちの耳にも微かに聞こえるぐらいに加速して生み出されているのだと。
魔力弾の形を形成する前から魔力は明らかに血流の速度を上回る速度となり、そこからさらに加速させて作られた魔力弾はそのまま装填され発射されたのだと……。
並大抵の努力ではたどり着くことができない精密な魔力コントロールを織神はまたしても涼しい顔で行った。
体内の魔力回路や血管を一切傷つけずにソレを行うには一体どれだけの努力をしてどれだけの集中力を養えばできるようになるのだろうかと……田中は敗北の手前……直にソレを肌で感じた。
「あはは、凄すぎるよ……真奈ちゃん。また負けちゃったよ、わたし……情けない」
勝負が決すると見届け人は姿を暗まし何処かへと行ってしまう。
「いえ、先輩たちの連携攻撃にはかなり驚かされましたし、とても素晴らしい魔術決闘(デュエル)でした。対戦ありがとうございます」
会釈とお礼の言葉を言い終わると織神と北条の意識が入れ替わる。
観客の学園生たちの歓声が沸き上がる。
思わず、勝った側も負けた側も関係なしに驚いてしまうような声の数々。
「よくやった!」
「素晴らしい戦いだったぞ!」
「お前やっぱすげーよ! Aランク魔術師相手に正面から挑むなんて恰好過ぎるぜ」
「北条ちゃーん、水上ちゃーん、お疲れー! 先輩相手によく二人で頑張ったわね」
と、歓声に包まれるフラッグフィールドで北条が倒れている田中の所まで歩き手を差し伸べる。
「お見事でした。ギリギリの戦いに私自身熱くなれました」
全部出しきったかのように清々しい表情で差し出された手を取り立ち上がる田中。
心臓の鼓動がいつもより早いのか、手を通して伝わってくる熱と汗。
圧倒的な力の前に霞んでしまった彼女は今何を思い感じているのだろうか。
ふとっ、そんなことを思う北条。
北条は最強を演じ続けなければいけない。
それは同時に敗者の屍を越えて行くことを意味している。
屍となった者たちは一体どんな気持ちでこの瞬間を過ごしているのだろうか。
「なら、良かった!」
元気な声で答えた田中は付け加える。
「でも、真奈ちゃんの本気はまだ先にあるんだよね?」
その言葉は北条にとっては意外な言葉だった。
一瞬どう反応していいのかわからなくなる。
田中に対して嘘は良くないと思う良心と、一生懸命に頑張った相手に絶望を与えてしまうのではという不安な心が葛藤を始めた。
盛り上がる周囲の反応とは対照的に北条の心の中は冷めていく。
それでも決めた。
最強であることを。
だから勇気を持って、そして誰もが憧れる魔術師の一人として答えることにした。
「はい。魔力弾、それは第四種魔法師織神姫が考案した弾の仮の姿であり、量産を目的とし数による制圧や破壊を目的として作られた物(弾)です。ですが、オリジナルの弾はそれを遥かに凌駕します。第一種魔術では再現ができない弾は同じ階級の第一種魔法によってでしか再現ができない、その架け橋の上に私は今立っています」
その言葉は田中の心の中に強く響いた。
北条の言葉を一言で言い換えるなら既にAランク魔術師と魔法師の狭間の境界にいるということ。
田中と同じ世代の生徒会長。
その彼女が本気になった姿を去年誰も見たことがない。
それだけ彼女は特別で才溢れた魔術師だと誰もが思い、今後彼女の本気を引き出せる者は学園を卒業するまで現れないだろうと、多くの者が思っていた。
それなのに……田中はもしかしたらと思ったのか、息を吞み込んで何かを確認するようにして北条に問う。
「ほ、本気? その言葉……」
「はい」
たったそれだけの返事に田中は知ってしまった。
一体自分がどれだけ凄い魔術師相手に勝とうとしていたのかを。
「私は近いうちに新入生代表としてその座を確立しようと考えています」
「なんで?」
「それが私の第一目標だからです」
田中は思う。
もしかしたら北条ならそれができるかもしれないと。
「それはいつか次席にも勝って、新入生の皆が認める存在になるってこと」
「はい」
鳥肌が立った。
生徒会長のような学園の歴史でも才能が突出した者しかできない偉業を第一目標という北条に田中は言葉を詰まらせる。
北条なら本当にできるかもしれない、という思いとその先にある目標は少なくともそれ以上の目標であることは簡単に想像が付く。
だとするなら、北条の最終目標とは……。
「私は学園最強の座を手に入れます。それが私の目標です」
「あはは~」
その言葉に田中は笑うしかできなかった。
自分の力に酔いしれることなく、苦労する道を自ら歩もうとする北条。
その目標を達成することは全校生徒約五千人の頂に立つ必要がある。
そこには編入生だけでなく、国外からの留学生だっている。
簡単にはなれない。
頂に立っていく中で個人的な恨みや嫉妬による私利私欲による魔術決闘をさせられたり派閥による集団戦による個人潰しだって残念ながら存在する。学園ルールを守って行われるソレは明らかに理不尽な魔術決闘となることが多い。だけど、それは中学の時にも実際にあったはずだ。社会問題の一例として例えるならイジメ問題のカテゴリーに属するそれらを簡単に解決することはできない。すなわち、学園理事長の血縁関係者である生徒会長と同じ場所に立つには彼女以上の努力と結果が必要となるわけだ。
魔術師とは持って生まれた才能とは別に地位や名誉、そして環境によって大きく左右される者でもある。
それに抗う才能しかない少女の姿に田中は可能性を見ることとなる。
「それはとんでもなく大きな目標だね」
「かもしれません。でも私はその先にある自身の願いを叶える為に歩んでいくつもりです。だから今日の戦いを通して田中先輩たちに私や私とあーちゃんならこの先もやっていけると認めて貰えたなら私にとってこの戦いはとても有意義な時間だったと言えるわけです」
さらにその先がゴールだという北条に田中はもう認めるしかなかった。
次元が違い過ぎる。
そう思えるぐらいに田中から見た北条の目標は大きくて過酷な道でしかなかった。
だからこうまでも清々しい気持ちになれるのだと理解する。
自分以上に才能ある魔術師が自分以上に努力している。
それなのに嫉妬するなんて恥知らずの自分がいていいわけないと。
そして田中の中で変化が起こり始める。
「ねぇ、真奈ちゃん?」
「なんですか?」
「私も真奈ちゃんみたいにいつかなれるかな?」
その質問に深い意味があったわけではない。
だけど、ニコッと微笑む北条の言葉は。
「無理です」
「だ、だよね……」
「勘違いしないでください。私は私、田中先輩は田中先輩です。だから田中先輩が私を超えたいと願えば私を超える可能性だってあると私は思います。でも私を憧れにしてしまえば私を超えることは無理だと思います。もし私を超えたいと願うなら、第二種魔法師の方を憧れにしなければいけないと思います。そう言った意味の否定です」
心の中で、あーああああああああ、そうだね。
と思える田中が百人居た。
ほんのちょっとの言葉でこんなにも北条の言葉が田中の心に響くのは今の田中と同じ境遇を北条が何かしらの形で経験し苦労したからなのかもしれない。
そう思うと、心に響いて当然なわけで。
田中の中で今回負けた根本的な原因がなんなのかもわかったわけで、もう認めるしかなかった。
「ありがとう。それもそうだね。それと真奈ちゃん?」
「なんですか?」
「大好きだよ♪」
その言葉にボンッ! と顔を真っ赤にして固まる北条。
女と女の禁断の関係が始まる……!? などと北条の脳が考え始めた瞬間だった。
そのタイミングで二人の元にやって来る者たちがいた。
「真奈ちゃんー、大丈夫? 怪我とはしてない?」
「…………」
「真奈ちゃん?」
「…………」
なにも答えない北条を見て水上が手を振る。
だけど目を開けたままブツブツと呟く北条を見て「あっ!?」と何かを閃いたかのように水上が耳元で囁く。
「他の子と妄想浮気してないよね?」
瞬間、恋愛脳が思考を停止し北条の意識が現実に戻る。
「はっ!? し、してません!」
すぐに全否定する北条に「後で事情聴取ね」と笑顔で言う水上。
どうやら疑いは晴れなかったらしい。
「アンタたち……どういう関係?」
遅れて合流する鮎川たち。
「まぁ……なんとなく想像は付くけど」
「気になりますか!?」
どこか嬉しそうに目をまんまるとさせる北条に。
「別にそこまでは」
と、どこか距離を取る鮎川。
鮎川は田中を通して北条のことを少し知っている。
だから遠慮したに過ぎない。
そこに一切の悪気はない。
ただ……恋愛に対して成功した記憶が一切なく強い苦手意識があるだけ。
過去に大好きだった女の子に振られた経験が蘇る前に話題を切り替える。
「それより連絡先交換しない? お互いにとって今後を考えるとメリットの方が大きいはずだし」
鮎川の提案で連絡先を交換する。
学園で始めたできた北条派閥と友好関係を結んだ派閥は田中麗奈が所属する鮎川派閥となった。
その後、鮎川が合流して田中と鮎川が天空の城を案内する。
その間も親切に色々と教えてくれる鮎川に北条と水上が徐々に心を許し、気付いた時には普通に仲の良い先輩後輩のような関係性になっていた。
時間が経過し太陽の陽と月の明かりが入れ替わる頃、いつもより遅い帰宅をする北条と水上の姿がそこにあった。
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