第2話 平和な日常
魔術決闘で疲れたのか珍しく一足先に織神姫が寝た頃。
雲一つない黒のキャンパスに眩い光が幾つも輝き、夜の空を明るく照らす。
大きな月が存在感を放ちながら一等星に負けないぐらい大きく綺麗に輝く。
そんな夜空につい見惚れてしまう少女――北条真奈。
「あ~とても綺麗。こんな夜空の下で告白されたらロマンティックだよね~」
自宅のベランダにパジャマ姿の北条は一人呟く。
熱くも寒くもない程よく涼しい風が心地良く、部屋とベランダを繋ぐ星柄のカーテンをゆっくり揺らす。
ただし星に特別興味があるわけではない。
いつ見ても綺麗だから好きとちょっと乙女チックな理由は少女漫画に影響を受けてのことで織姫と彦星の話も信じているタイプの人間。他にはまだ見ぬ初恋の相手と赤い糸で結ばれる運命とかも本気で信じていたりもする恋愛妄想が好きな北条。
「後は壁ドンとか顎くいっとかされたいかも~!」
そんな北条にサプライズイベントが訪れる。
背後からゆっくりと迫る影。
その者は密かに悪い笑みを浮かべている。
無防備な背中に伸びる魔の手は恋愛脳フル稼働中の北条を現実世界に戻す。
「わぁ!」
「ひゃあいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
大声で驚かされたことで思わず声が裏返った北条とそのまま抱きつき「あはははは」とご満足の表情を見せる水上。
「もぉ……あーちゃん?」
「な~に?」
「心臓に悪いから止めてよ……おかげで変な声出ちゃったじゃん」
「あはは~ごめんごめん。真奈ちゃん怒った?」
「……怒ってないの気付いてるくせに……いじわるだね?」
「え? 私なんのことかわかんないな~」
「もぉ、あーちゃん!」
「真奈ちゃんが怒ったー」
「……むぅ~」
親しい友人に意地悪されたのにも関わらず喜んでしまう北条。
だって、そんなたわいのない時間がとても幸せで楽しい時間だから。
それと、幾らいじけたって本当は嬉しい気持ちでいっぱい。
本当は構って貰えて嬉しいと思う自分が胸の奥にいるのだが、それを表に出すのは恥ずかしいのでこれは一種の照れ隠しである。
ただし……北条の照れ隠しは分かりやすいことから水上には筒抜けになっており、口を尖らせて納得のいかない様子の北条に提案する。
「なら身体冷えちゃうから部屋に戻ろう? お詫びに甘えさせてあげる」
その提案に目を大きく開いて、満面の笑みで答える北条はとても嬉しそうに喜ぶ。
「本当!? なら戻る!」
お風呂上りで暖かい水上の手を握って部屋に戻る。
北条はそのまま自然な流れで水上に膝枕をしてもらい甘え始める。
まるで大きな猫のように無防備に水上の太ももに頭を乗せてくつろぐ。
そんな北条に対して優しく頭を撫で始める水上。
「それにしても今日の真奈ちゃんとても格好良かったよ」
「えへへ~、あーちゃんに言われると嬉しい!」
「そうでしょう、そうでしょう」
「あれ……?」
頭を撫でる左手とどさくさに紛れて伸びた右手が北条の柔らかくて弾力のある大きな果実を鷲掴みにして動く。
モミモミ。
今はお風呂上りで後は寝るだけということもあり下着を付けていない。
薄い布一枚を通して直にその感覚がお互いに伝わる。
そこで違和感を覚える水上。
「やっぱり」
「ひゃ!?」
突然のスキンシップに驚く北条に問いかける水上の声はどこか確信に溢れていた。
「また大きくなった?」
「…………」
茹でたタコのように一瞬で顔を真っ赤に染める北条。
顔だけじゃない全身の温度も急激に上昇する。
「うん、間違いないね?」
「…………」
そのまま涙目で訴える北条。
思春期の女子にとってそれはトップシークレットと言っても過言ではない情報。
果実を堪能した右手が今度は春休みに付いた脇腹のお肉に触れた。
手慣れた手つきなのは二人の夜ではある意味当たり前の光景であり日常となっているから。中学時代から甘える北条と甘えられる水上。女の子同士でお互いに心を許している関係とは言え……。
「は、恥ずかしいから……ノーコメント……ですぅ」
「なら認める?」
「…………」
返事はない。
だけど何度も首を縦に振ってなにかを認める北条。
「ならちゃんと運動しようね?」
「はい……頑張ります」
どうしても甘える行動に伴う代償。
それはお互いの距離が急激に近くになるため、さり気なく触れる体から伝わる情報も沢山ある。そこに羞恥心で心を一杯にしながらも素直になる北条がとても可愛いくて大好きな水上。なので二人きりの時はわざと北条をからかうためにちょっとえっちな意地悪をしてみたりする。その代わり素直になったご褒美として今夜は北条の気が済むまで甘えさせてあげるのが水上の役目であり、二人の暗黙の了解となっている。
「でも、あーちゃんの方が柔らかくていい匂いするしもちもちして私好きだよ」
「そ、そんな言葉で喜ばないよ、私?」
「へぇー、小声で言われても聞こえないな~、もう一回聞かせて?」
「う、嬉しくなんか……嬉しいです!」
「よかった! なら、また頭撫でて欲しいな」
ゴロンと寝転がり頭を水上の太ももの上に置き直して手を持っていては催促する北条。
水上の手が優しく触れる度に気持ち良さそうに声をあげる北条はまるで大きな猫と言える。
「そう言えばここに来る途中で逢坂さんと会ったけど真奈ちゃんとご近所さんなのかな?」
実際に会話をしたことがない二人はお互いに首を傾ける。
だからと言って全く知らないわけではない。
北条と同じく逢坂佳奈美の名前を知らない新入生は殆どいないはずだ。
新入生次席、すなわち実技試験で二位だった彼女。
北条真奈がいなければ今年の主席に間違いなくなっていた人物。
当然二位である彼女はいずれ個人ランキング一位の座を手に入れるため北条に魔術決闘を申し込んでくると思う。
だから北条にとっては無視したくてもできない相手とも言えるわけだが、実際にそうなるかなど未来の話は誰にもわからないので特別警戒しているわけでもない。
ただ頭の片隅に多少の情報が入っているだけ。
「う~ん、どうだろう」
「でも買い物袋持っていたよね? もしかしたら真奈ちゃんと一緒で一人暮らしかも」
「料理ができる女。つまり逢坂さんはできる女っぽいよね」
「金髪美少女でありながら家庭的で魔術師としても優秀だと将来有望そうだよね。それに男子にも人気高そう」
「それわかる! 逢坂さんはたしか第五種魔術師だから魔術を使って平行世界の知識を手に入れてるんだっけ?」
「うん。あくまで噂だけどね」
「いいよね~、それで知識を沢山持ってきたら勉強しなくてもテストで百点取れるんだから」
「こら! 魔術をテストのカンニングに使おうとしないの!」
「あはは~、冗談だよ、冗談。半分ね!」
「もぉ~真奈ちゃんったら……」
冗談を言うだけの余裕がある北条とそんな彼女の将来が心配でため息をつく水上。
お気楽なのがいいのか、そうじゃない方がいいのか。
「あーちゃん? そんなに心配しなくても大丈夫だよ!」
「なんで?」
「一位は私の物だから!」
自信満々に答える北条。
その自信はスヤスヤと夢の中にいる相棒への信頼とも言える。
学園生活は北条真奈、魔術決闘は織神姫、と役割分担をしている二人。
そこに死角はない、と北条は確信している。
「そうじゃないよ」
「え?」
驚く北条。
てっきり個人ランキングの心配かと思っていただけに。
「私は将来真奈ちゃんが魔術犯罪者にならないかが心配なんだよ……」
「ちょっと!? それは酷い!」
実の母親のように北条を大切に思う水上が言う。
「テストでカンニングと言う発想がそもそもアウトなの! わかった?」
「うぅ……正論過ぎて言い返せない……ッ」
「返事は?」
「わかりました……。魔術を変なことには使いません」
「よろしい」
この状況は良くないと話題を変える北条。
「そう言えばあーちゃんは派閥どうするかもう決めた?」
「まだ決めてないよ」
「なら私と二人で派閥組まない?」
その言葉に少し考える水上。
一般的に派閥とは人望があり強い者が数人から数十人のメンバーを集めて結成されている。人数の上限は三十人とかなり広めに感じられるが、実際三十人もいる派閥などほぼ存在しない。多くの派閥は十人前後となっている。これは各派閥のリーダーが持つ影響力が関係しており、一方的に後先考えずに勢力を拡大させると派閥ランキングが予想以上に上り実力以上のランキングを持ってしまい不本意に下位となった派閥に狙われるリスクが大きくなるためだ。できるだけ黒星を付けたくない学園生にとってこれは無視出来ないことであり、自分たちの力に合った適正なランキングの維持と実力に見合ったランキングの習得こそがレグナントが評価する中で重視している。言い方を変えれば派閥での黒星が多いと個人ランキングと学園ランキングが良くても派閥ランキングが足を引っ張り総合ランキングに大きな悪影響を与える。
「でも二人だと私のランキングが低いから真奈ちゃんにとって迷惑じゃない?」
「迷惑じゃないよ」
「どうして?」
「そんなの決まってる。私があーちゃんと組みたいから! それにあーちゃんは必ず私が護る! だからランキングとか気にしないで私と組もうよ」
期待に満ちた明るい笑みと声の北条に押された水上が決断する。
「なら組もっか。明日学園に派閥の申請書一緒に出しに行こうね」
「やったー! うん、絶対に行く!」
まるで子供のように喜ぶ北条を見て水上はそんなに喜んでくれるなら良かったと内心ホッとする。
そんな水上の心情を知ってか知らずか北条は無邪気に甘え始める。
まるで明日に備えるかのように……。
■■■
翌日。
ホームルームのチャイムが校内に響き渡った。
担任の先生から連絡事項が伝えられる。
「――昨日早速派閥申請をしてきた生徒がいるわけだが、興味があり自分たちも作りたいと思う生徒がいる場合は必要な申請書を記入して私の所に後で来るように。派閥申請の細かい内容は昨日配布されたしおり(アプリ)に書いてある。そんなわけで今日のホームルームを終わりとする、では解散」
本日まで座学の授業はない。
新入生が学園に慣れる為、本日は終日他学年との交流を目的とした自由時間が用意されている。新入生は先輩たちが所属する派閥見学や交流を楽しんだり、まだ見学していない校内を見て回ったりと今後のための時間となっている。校内はとても広く平面の面積だけで言えば東京ドーム五つ分とかなり広く、昨日の一日だけで全てを把握する事は不可能だ。
学園が魔術決闘(デュエル)による戦闘場所の確保を優先した結果である。
それとは別に近くの人口浮島も保有しており、そこもかなり広い。
ただし普段は立ち入り禁止区域となっており、学園生は学園の行事など特別な時にしか行くことが許されない場所となっている。
そんなわけで本日は新入生のためにその人口浮島も特別に解放されており、興味がある生徒は学園が用意した専用地下鉄で行くことができる。
「あっ! 真奈ちゃん今日はどこを探検する?」
ホームルームが終わると、スマートフォンのアプリを通して情報収集をする北条の元に水上がやって来る。
昨日お泊りしてずっと一緒にいた二人だが四六時中一緒にいても苦にならないほどに仲の良い二人は今日も一緒に行動することを登校前に決めていた。
「とりあえず申請書出して、この『天空の城』って所に行きたいかも!」
天空の城とはあくまで名前であり本当に空に浮いているわけではない。
ただし噂では理事長の気が向いた時に限り魔法の力を借りて標高三千メートルまで浮く、と学園の噂で言われており最後にその光景を見たのは五年前。その前は八年前、十一年前と本当に気の向くまま浮いているらしい。
約五年に一回は浮くことからいつかはそんな光景を見てみたいと思う二人。
「いいよ。たしか普段は立ち入り禁止区域で滅多にいけない浮島だっけ?」
「そうそう。なんでも魔術決闘専用の特別フィールドが沢山用意されてるみたい!」
スマートフォンの画面を水上に見せながら、天空の城について書かれたレビュー内容を説明する北条の気持ちはどこか軽くフワフワしている。
天空の城の前に北条がそのまま空に飛んでいきそうな感じ。
「わ~、それは楽しみだね!」
今日の目的が決まったので早速席を立ち、二人で担任の先生がいる職員室へと向かう。
必要な書類は昨日のうちにスマートフォンのアプリを使って記入しオンラインで送っている。
後は実際に担任の先生を通して承認してもらうだけだ。
そんなわけで一直線に職員室へと向かう二人。
五階建ての校舎の四階が北条たちのクラスがあり、職員室は最上階にある。
クラスを出て上の階に繋がる階段に足を向けると、多くの生徒が同じ方向に向かって歩いていた。
生徒が作る流れに乗って歩く。
「皆私たちと一緒かな?」
「そうかも。皆考えることは同じなのかな?」
「そんな気はするね」
派閥間の移動は基本的にレグナントもしくは学園の職員(担任)の許可が必要になるが審査事態は厳しいわけではない。あくまで不正がないようにするのと、学園が把握するための形だけの審査に近いからだ。ただし派閥を脱退すると新規の結成や移籍が一ヵ月間できないぐらいの制約しかなく、そこに実質的なペナルティーはその期間中の派閥ランキングが反映されないことぐらいだ。尚この期間中に新しく勧誘を受けることは可能で制約解除と同時に新しい派閥に加入する者は多い。そんなわけで全校生徒が多い学園がデータの更新に余裕を持つために制約が生まれたわけだが、大半の生徒はあまり気にしていないデメリットとなっている。なぜなら一ヵ月という期間程度なら個人ランキングと学園ランキングの二つでカバーができるからだ。
「人混みで離れないように手繋がない?」
「もぉ~、何でそうやってすぐに甘えようとするかな~?」
「えへへ~、ダメかな?」
「今はダメ。それにはぐれても職員室なら近いし迷子にはならないでしょ?」
「……そうだけどさ……むぅ~」
頬っぺたを膨らませるも、期待した効果が得られないので手を繋ぐことを諦める北条。
もちもちとした柔らかい手から感じられる温もり。
細い指が絡み合う感覚。
だけど触れた瞬間は少しひんやりとして気持ちいい手のひら。
控えめに言って北条にとっては最高なのだが、どうやら今回はお預けのようだ。
横目で不服だと訴える北条に気付いてクスクスと笑う水上はどこか嬉しそうに笑う。
そんなことをしているとすぐに最上階にある職員室へと到着。
すぐに担任の先生の所に行き、新規派閥結成の手続きへと入る。
職員室に設置されたパソコンのモニターを見て不備がなかったことから三分程度の簡単な注意事項だけを説明され無事認められることとなった。
北条派閥(派閥ランキング???/七百二十位)
所属人数二人。
リーダー:北条真奈(Aランク魔術師)
現在の情報を確認する。
とても簡単な内容でしかないが、スマートフォンの画面に表示された文字を見て嬉しい気持ちになる北条と水上。
学園に認められこれから二人で活躍していく姿を想像すると心が躍る。
それに合わせて足も軽くなり、職員室を退出した二人は次の目的である天空の城へ足を向ける。
■■■
学園の地下一階に用意された駅のホーム。
そこでアプリ内に用意された電子学生証を改札口で提示することで『天空の城』に直通で繋がっている専用地下鉄に乗車する。
学園から『天空の城』までは所要時間五分と結構短く、わくわくした気持ちで妄想を含ませる二人にとってはあっという間の時間だった。
専用地下鉄が到着し、地上に繋がる階段を駆け上がると二年生三年生の先輩たちが出迎えてくれる。
「ようこそ~天空の城へ!」
元気な声に驚く新入生たちに声を掛けてくる先輩たちの姿に北条は感激してしまう。
常日頃から魔術決闘でピリピリとしているのかと思ったが、聞こえてくる声から色々な派閥の先輩たちがここにはいて、皆優しそうな人たちと思ったからだ。
勧誘の仕方も強引ではなく、もし良かったら~……という感じで手作りのパンフレットを配ってそこで興味がある新入生に説明をする、と北条の想像以上に平和な光景の数々。
派閥とは印象も大事で、仲の良い派閥はランキング争いを意図的に避けたり交友関係を気付き協力関係を結んだりもする。社会で例えるなら企業関係に近く、こうして学園生たちは派閥を通してコミニケション力を養うことで、将来を豊かにしていくわけだ。様々な所で学園による教育が行われており、その全てが総合ランキングに何らかの形で反映されている。
「す、すごいね、真奈ちゃん!」
「う、うん。す、すごい!」
思わず感激の二人は言葉に困った。
視界の先に等間隔で建設された七つの東京タワーによく似た建物。
それぞれの色は違う。
だけど魔術の種類をモチーフにして作られた七つのタワーはイルミネーションの綺麗な光を放ち、新入生たちの心を刺激する。
「あれ? 真奈ちゃんに愛莉ちゃんじゃない」
声のする方向に首を向ける二人。
「「あっ! 田中先輩!?」」
驚く二人に近づいて挨拶をする田中は今日も明るく元気だった。
「やっほー! もしかして昨日の探検の続きかな?」
イルミネーションにも負けないぐらいの笑顔を見せてくれる田中。
愛想だけで言えば二人が出会った中で一番接しやすい先輩。
「はい。今日はあーちゃんとここを探検しようかなって思って」
「なるほどね。なら案内してあげよっか?」
予想外の提案に北条が喜ぶ。
スマートフォンの画面を使った探検より、天空の城について詳しい人物によるガイドが合った方が色々と安心感がある。それもそのはず。なぜなら天空の城も広いことから一度迷子になると中々思った所に行けなかったりと苦労するからだ。
「いいんですか?」
「うん。新入生の勧誘は私以外にもいるし、真奈ちゃんと愛莉ちゃんとは仲良くしたいしね。それに二人には是非鮎川に会って欲しいから」
そう言ってスマートフォンで派閥の仲間に連絡を入れて、親指を見せる田中。
そんな彼女の好意に甘えることにする二人。
「鮎川って……鮎川先輩のことですか?」
「そうそう。でもそれは最後でいいよ。ってことで案内してあげるから付いておいでよ」
「あ、ありがとうございます」
「お願いします」
二人がお礼を言って頭を下げると、元気な声で返事をする田中が二人のガイド役をしながら歩き始める。
「はーい! お姉さんに任せて!」
北条と水上は急いで小さくなり始めた田中の背中の後を追う。
途中知らない先輩から勧誘されそうになるが、田中が全部二人に変わって丁寧な対応をして断ってくれるのは彼女の人徳と道徳が素晴らしいからなのかもしれない。
■■■
案内された――天空の城。
そこは北条と水上の二人が入学前に噂で聞いた以上の場所となっていた。
全ての設備が最新でどんな魔術決闘にも対応ができるようになっていたからだ。
またAランク魔術師同士が本気で戦うことになっても耐えられるように魔術対策も完璧だった。
素人目から見てもわかる最新設備の数々は「ほんま凄いな~」と北条の中で今さっき起きた織神が見ても感心するほどだ。
『おっ! デートしよるん?』
今まで爆睡していたために、全ての理解が追いついていない織神。
「うん!」
『なんか嬉しそうやな?』
「まぁね! だってあーちゃんが楽しそうなんだもん♪」
そう言う北条も幸せそうな顔をしていた。
それを見て嬉しい気持ちになった織神は、
『ならお幸せに。用があったら呼んでや』
と、言って幸せの笑みで溢れる北条を静かに見守ることにした。
織神にとって北条の無邪気な笑みこそ眼福であり至高の品なのだ。
『それとちょっと気になることもあるしな』
北条には聞こえないようにボソッと最後に付け加えた言葉は一体……。
心の中に宿る魂――織神と北条が話す間も道案内は続く。
「――ここは主に派閥戦の中でも過激とされる拠点制圧戦を想定して作られているわ」
拠点制圧戦とは人為的に作られた廃墟街を舞台に各派閥が敵の拠点制圧を目的とした集団戦のこと。
広さは野球場程度の広さしかないが、地下三階まであり高低差を利用した戦術線が繰り広げられることになる。すぐ隣にあるフィールドは地下がない変わりに平面面積が三倍と様々な状況を想定して作られている。
「――それでこっちに見えるのは荒野フィールド。これはどの魔術決闘にもよく使われるフィールドで名前の通り障害物となるのは七個の大きな岩だけ。一般的には純粋な力比べに使われることが多いかな」
北条と水上のペースに合わせてさり気なく立ち止まっては解説をする田中はガイド役としてとても優秀で二人の質問にも的確に答えてくれる。
田中の親切は窮屈さを感じさせない相手に対する配慮を意識されており、北条と水上は途中から案内されていることすら忘れるぐらいに夢中になって各場所を見て回る。
「――気になってはいると思うけど、ここにあるタワーは管制塔で各フィールドの管理や魔術決闘の試合進行などを担っているのよ。だから百を超えるフィールドで同時に魔術決闘が始まってもそれぞれ設置された管制塔が全ての魔術決闘を円滑に進められるように動いてくれるわ」
「す、すごい……」
感動の連続に語彙力が著しく低下する北条。
「…………」
同じく感動の連続に言葉を失う水上。
「それで二人はもう派閥決めたの?」
「はい。私とあーちゃんの二人で派閥を結成しました」
水上は隣に立つ北条をチラチラと横目で見ながら答える。
「私じゃ実力不足って言ったんですけど、真奈ちゃんがどうしてもって言うので押しまけちゃいました」
「それにしては愛莉ちゃん嬉しそうだね」
「否定はしません」
「でも真奈ちゃんと二人だけの派閥だとこの先不安になったりしない?」
田中から向けられる疑問の眼差し。
黒い瞳にはドキッとする水上の姿がはっきりと映っている。
そんな水上を横目で見てどこか不安になる北条。
田中からの言葉はどんなに取り繕っても隠せない核心に迫る。
どんなに強くてもこの世には物量作戦と言うのが存在する。
言葉通り、物資や魔術師の量によって敵を圧倒し撃破する戦術であり人海戦術と呼ばれる物だ。
魔術師の世界でもそれは変わらない。
一人より二人、二人より三人、人数が増えれば増えるほど戦術の幅が広がり個々の力で劣っていても強い敵に勝てることもある。徒党を組み下剋上をすることを学園では許可されている。個別ランキングと学園ランキング、これは個人成績となるが、それだけでは生まれ持った物が大きく関係し乏しい者は魔術師としての成長意欲を失う原因となってしまう。
それを解消するための派閥は学園の魔術師が己の身を護り成長するための組織でもある。個人だけの力ではどうしようもできないことは派閥を組むことで解決する。それは合理的であり論理的でもある。
田中の一言に詰められた意味。
水上はソレに気づいた。
「そこは大丈夫です。だって真奈ちゃんは約束してくれましたから」
「なにを?」
「必ず私を護ってくれるって。ね? 真奈ちゃん」
「当然だよ! 大切な人を護るためなら火の中、海の中、魔術の中だってあーちゃんを護るために私頑張るよ!」
元気な声で自信を持って答える北条。
それは単なる口だけではない。
本当に北条が心から思っていること。
だから相手に伝わる熱量を持っていた。
「ならその言葉を先輩の派閥リーダーにも言える?」
笑顔の表情から放たれた言葉は挑戦状。
「当然です!」
「即答とはさすがね! なら二人を鮎川の所に今から案内してもいいかな?」
一度顔を見合わせる北条と水上。
アイコンタクトのみで意思疎通をして意見の交換を素早く終わらせる。
「はい」
「お願いします」
北条と水上の返事を聞いた田中は鮎川の待つ場所へと二人を案内する。
敵意は全く感じられない背中。
なのに、どうして緊張してしまうのだろうか、と北条は臆病になっていた。
だけど表には出さない。
最弱は常に最強の演技をし、親友に安心感を与える存在であり続ける。
その先に待つ、誰もが認める個人ランキング一位、と言うのが北条の目標だから。
荒野フィールドを抜けると今度はフラッグ戦によく使われるフラッグフィールドと呼ばれる場所へと案内された北条と水上。
二人はすぐに察した。
ここに鮎川派閥のリーダーである彼女がいるのだと。
フラッグフィールドに到着すると、二人の勘は正しかったとすぐに証明される。
北条より少し背が高く小柄な少女は長い黒髪を揺らしながら田中に向かって歩いてくる。どこか幼く見える体型ではあるが、魔術師としての風格を感じる様は憧れる。
「あら? その子たちは?」
田中とは違い何処か気が強そうな少女は田中の後ろに立つ二人を見て口を開いた。
「あー、この子たち? ほら今朝話した真奈ちゃんと愛莉ちゃんだよ。茶髪のロングヘアーの子が真奈ちゃんで黒髪ショートヘアーの子が愛莉ちゃんね」
二人の自己紹介をする田中の存在がいつもより大きく見えるのは、きっと鮎川が無意識に放っている目に見えない魔術師としてのオーラが大きいからだろうか。
緊張で口が動かない北条と様子見で静かに状況把握に努める水上。
何処まで行っても臆病者はやはり臆病者。
幾ら取り繕っても体は正直でやっぱり緊張してしまう。
心を許した相手にはそこまでないが、初対面の人で先輩となると余計に。
「へぇー。アンタが今年の主席なのね」
「は、はひぃ!」
緊張のあまりつい声が裏返ってしまった北条。
「……えっと……本当に主席? なんか弱そう……」
「…………」
緊張で言葉が上手く出ない北条。
人差し指を向けて、疑問の眼差しを向ける鮎川を見て田中が耳打ちする。
「大丈夫だよ。口はあれだけど根は優しい先輩だから」
どうやら聞こえていたらしく、すぐに反論する鮎川。
「ちょっと麗奈! 変なこと言わない! 私は優しくないわ!」
「は~い、なら私は少し黙ってますのでお二人でお話してください。ってことで愛莉ちゃん少しだけ私と一緒にお口チャックしとこうか」
水上の隣に移動する田中。
「わかりました」
頷き、田中と一緒に北条と鮎川のやり取りを見守り始める水上。
水上から見た北条は明らかに緊張していた。
田中に考えがあるのだろうと水上は敢えて北条に助け舟を出さない。
「私は鮎川正美(あゆかわまさみ)二年生でCランク魔術師よ」
「ほ、北条真奈です。一応Aランク魔術師です」
「知ってる。アナタ派閥は?」
「私とあーちゃんの二人で作った派閥にいます」
思う所があるのか、ふーん、と呟きながら視線を水上に向ける鮎川。
対してニコッと微笑んでは暖かい視線を返す水上。
「そう。二人だけでコネすらないアンタたちがこの先上手くやっていけるとは到底思えないけど?」
「その通りかもしれません。でもやってみないと分からないことだってあります!」
水上と一緒にいたい、という強い気持ちが北条に力を与える。
「もし疑うなら私とあーちゃんの本気見てからにしてください」
勢いで出てきた言葉。
もう後戻りはできないと覚悟を決める。
すると気持ちが楽になった。
余計なことを考えないで、後先も考えないで。
ただ真っ直ぐに今自分が心の内で思ったことを口にしていく。
「それは私に勝負を挑むと受け取っていいのか?」
「そうです」
すると、鼻で笑う鮎川。
「言っとくけど地の利はこちらにあるし、幾らAランク魔術師と言ってもこっちはそこにいる麗奈を入れて四人。勧誘に出した七人を戻さないとしても人数差は二倍。そこんとこ正しく理解しているかしら?」
「あっ……」
思わず出た言葉。
「えっ……?」
同じく思わず出た言葉。
まさか勢いだけで出た言葉だったとは思いにもよらなかった鮎川。
本当に今年の主席はよくわからないと言うのが鮎川の第一印象となった瞬間だった。
「今理解しました!」
「そ、そう……」
「勝負しましょう! こんなにも設備が整った所での勝負は滅多にできませんから!」
勝負する理由が変わったように感じられる鮎川だったが、そもそも北条の言葉はその場の勢いで出た言葉であり、ちゃんとした理由があったわけではない。ただ水上と一緒にいたい気持ちが率先して出ただけ。それを理解している鮎川ではあったが、鮎川は鮎川で今朝田中から聞いた言葉が本当かどうか確かめたい気持ちがあった。
なので断る理由は特別ないと判断する。
「わかった。申請のやり方はわかるわね? ここでは魔術決闘を申し込む側が対戦者に申請するのが基本よ」
「わかりました」
ポケットからスマートフォンを取り出す。
学園専用アプリを開き魔術決闘の申請を行う北条。鮎川が『承認』すると指令を受けた管制塔がホログラムの見届け人を出現させる。それは学園で行われる魔術決闘(デュエル)の見届け人と全く同じ恰好をしている。
ホログラムの役目は試合を見届ける者でありそれ以上でもそれ以下でもなく、桜花学園ルール違反による何らかの不正があった場合は素早くレグナントに報告し管制塔の指示を受けて動く存在。
「申請の受理を確認しました。申請内容にあるフラッグ戦で両者問題ありませんか?」
見届け人の言葉に北条と鮎川が頷く。
「確認しました。では三十分後に目の前にあるフラッグフィールドを使い魔術決闘開始となります。では三十分後に魔術決闘の戦場でお会いしましょう」
一旦役目を終えた見届け人は姿を消す。
こうして作戦会議時間を得た北条と水上は戦場となったフラッグフィールドに移動して作戦会議を始める。
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