演技(ブラフ)魔術師は魔法使いの魂を内に持っている~学園理事長との因縁~
光影
第1話 演技と未来が作り出したきっかけ
ピンク色の花びらが沢山舞う季節がやってきた。
多くの人にとっては沢山の出会いや新生活の節目となっているのではないだろうか。
桜の木が沢山並ぶ道は新しい若人たちの門出を祝福しているようにも見える。
そんな道の先にある一つの校舎。
そこは元女子高で制服が可愛いく世間体も良く生徒の九割は女子生徒で占める学園である。
「――では、新入生代表の言葉」
先生の言葉に続いて、北条真奈は新入生代表として言葉を告げる。
「皆様初めまして。私は北条真奈です。これから三年間皆様と同じ場所で同じ時間を共有し数多くの出会いや学びを得たいと考えています。そして――」
軽く息を吸って視線を体育館に集まった新入生へ目を向ける。
数多くの視線に緊張して一瞬気を失いそうになるが偽物の最強として宣言。
「――皆様のお手本となれるように頑張りたいと思います」
(皆様が私のお手本になってください)
と、本音と建前を間違えずに告げる。
だが偽物の言葉に体育館のボルテージが一気にスパーク!
「「「ウォォォォォォ!!!」」」
たったこれだけの言葉で新入生千五百人の心に響く。
言葉を送った彼女は私立桜花学園始まって以来二人目となる天才魔術師。
大量の魔力を内に保有し、魔術を使う様は正に“美”であり見る者を圧倒するほどに洗練されている。
学生レベルではBランク魔術まで使えれば一流とされるが、北条真奈は十六歳にしてAランク魔術まで使うことができる。条件を満たせばさらにその上も……。言うなら【強者】であり、新入生の鏡。
去年入学した天才魔術師にして現在の生徒会長が一万年に一度の天才だとするなら彼女もまた同格とも言える存在。
もしかしたらそれ以上なんてことも……ありえる。
だからこそ多くの者は北条真奈の言葉に過剰に反応してしまうのである。
生徒会長に憧れて入学した学園の新入生の中に自分たちが憧れたもう一人の天才がやって来たのだ。テンションが上がらないわけがない。それに小柄低身長で童顔に合わせて胸はDカップの初心となれば男子も女子もそのあどけない可愛さに魅了されても不思議ではない。
そんな彼女は内心バクバクで心臓が今にも破裂しそうなのは誰も知る由はない。
「そして魔術師を超えた魔法師がこの中から現れることを密に願っています」
(誰か第四種魔法を私に教えてください……とほほ)
それから形式上のスピーチを述べて北条真奈の新入生代表の挨拶は無事に終わった。
だけどこれには大きな誤解しかなかったのだ。
北条真奈は確かにAランク魔術を使う事ができる魔術師なのだが、実際はそうじゃなかったりもするのだ。
大役を完璧に演じた北条真奈は内心『もうバカ! 二度としないから。ぷんぷん!』と擬音語がとても似合いそうな怒りを内に抱えながら席へと戻った。
――それは数日前のこと。
今年新入生として桜花学園に入学が決まった北条真奈は故郷を離れ福岡の博多区で一人暮らしを始めることとなった。
桜花学園は福岡県福岡市にある博多駅から学園専用直通線でおおよそ二十分の所に作られた巨大人工浮島(メガフロート)にある。これは魔法師を目指して多くの魔術師を育成する機関として国が莫大な予算を投じて開発した魔法魔術育成機関の一つでもある。そこの経営者にして理事長が第三種魔法の頂点と呼ばれる『魂の高次』にたどり着いた『肉体を捨てた不老不死魔法師』――『宵闇輝夜』(よいやみかぐや)なのはとても有名な話だったりする。
そんな理事長と深い因縁を持つ第四種魔法の頂点――織神姫(おりがみひめ)の魂が北条真奈の内に存在しているわけなのだが、彼女の気まぐれで入学実技試験を本人と入れ替わり行ったところ…………軽々と全ての項目で満点を出してしまったのだ。
ここから後の祭りへと続く。
それを見た学園の偉い人たちが今年の新入生代表は北条真奈しかいないと言って、本当はEランク魔術しか使えないのにも関わらず北条真奈が新入生代表の挨拶をすることになったわけだ。
『おめでとう! 真奈!』
「嬉しくないわよ! 全部姫のせいだから!」
『そんな怒らんでも……よくない?』
「よくない! この居候!」
ぷんぷんと頬っぺたを膨らませ怒る北条真奈を見て「あぁ~今日も超可愛い~」と思う織神姫はそれを見て眼福だと喜びを得た。
内心こんな可愛い子に相手してもらえるなら毎日だって怒られたっていい! と思う織神の感受性に北条はため息しかでない。
その後も怒る北条だったが……一目惚れしたというふざけた理由だけで北条真奈という器に魂でやって来た織神が反省することはなかった。
居候する者のために北条真奈は演技(ブラフ)をした。
彼女の目的を果たすための協力者として北条真奈は三年間演技を続けていかなければならない。
それが北条真奈に課せられた運命だった。
ただし彼女との約束を果たせた時は織神姫の力を持ってして――なんでも一つだけ願いを叶えると約束した。
全ての根源にして魔力の源に直接自分の魔力回路を接続(リンク)させることができる魔法師。だけど数百年を超える歴史上未だ七人しか人類が魔法を扱えるようになって魔法師としてその存在を極めた者はいない。魔法とは万能の奇跡、魔術とは万能を真似た奇跡、と言うのがこの世界の謳い文句である。そんな凄い魔法師の一人が北条真奈に頼る理由そして北条真奈が織神姫に望む願い――それらはお互いの秘密であり、今では仲が良い二人でもお互いに詳しくは知らない。最初はお互いに叶えたいことがある為、手を組んだに過ぎなかった関係。それが今では北条真奈のプライベートに干渉してくるほどの仲良しコンビとなっている。
話を少し戻すが、織神姫の存在を魂レベルで認知できるのは北条真奈だけでそれが災いを呼び人前に立つことが苦手な北条真奈が新入生千五百人の前に立たされ怒っていた理由だった。
■■■
入学式を無事に終えた北条真奈はクラスでホームルームを受ける。
担任の先生から今後の予定と学園が作った独自のシステム『桜花学園ルール』などの説明を詳しく聞く。とは言っても、形式上のことは入学式のしおりに書いており、その捕捉を担任が口頭でしているに過ぎない。
桜花学園ルールを簡潔に説明するなら、進級や進路に関わる総合ランキングシステムと言ったところだ。
まずランキング。これは大きく個人ランキング、学園ランキング、派閥ランキングの三つに分けられる。それぞれのランキングを元に総合的に判断された総合ランキングが自分の最終評価となる。この最終評価即ち総合ランキングがそのまま成績となり進級にかなり影響してくる。また学園独自ルールで評価が一定期間悪い者は強制退学となる。それは理事長が介入してこない限り学園最高意思決定機関――レグナントが判断を下す。尚詳しい評価基準は公表されていない。そして下位ランキングの者から挑まれた魔術決闘(デュエル)は必ず受けなければならない、これが一番重要で忘れてはいけないこと。
魔術決闘(デュエル)とは名前通り魔術を使った勝負のこと。その勝敗に応じて日々変動する順位を学園生たちは奪い合い少しでもランキングを上げ最終的に総合ランキングを上げるのが学園生に求められた試練とも言える。
「――以上のことから桜花学園ルールの説明を終える。尚今説明した桜花学園ルールはこの説明を受けた現時点から卒業まで適用される。この後の放課後を使い早速先輩や同期に試しで勝負を挑んでもいいが退学にだけは気を付けろよ、若人共。では解散!」
情報の多くは専用のアプリを使って習得することが可能となっている。学園生が持つ個別専用IDを使うことで自身のスマートフォンでいつでも確認できることが強み。現在の自分のランキングや校内地図や学園行事などもアプリを使えばすぐにわかる。
そんなわけで自分のステータスがどのように学園に評価されているのか早速確認する北条。
去年の夏過ぎまで一人ではEランク魔術師の烙印を押された落ちこぼれだった。
それは今でも変わらない。
タバコが吸いたい。なら火を出すか、と百円ライターで代替えができる程度の基礎的な魔術しか使うことができない北条なのだが学園の評価は【Aランク魔術師:個人ランキング一位:学園ランキング???位:派閥ランキング???位:総合ランキング???位】となっていた。個人ランキングは一学年単位の順位を表し学園ランキングは全校生徒単位の順位、派閥ランキングは個人が任意で所属する派閥の順位となっている。基本的にどの生徒も派閥には入るという暗黙のルールがあるので今は未所属のため存在しない。というのも派閥ランキングがないと総合ランキングでその分の加点がなく厳しい評価を受けるためそのようなルールが学園歴史の中で生まれたと言うのは結構有名な話で北条も入学前からある程度は知っていた。
学園生活を送っていく中で勝手に???位は魔術決闘の評価を反映して更新されていくらしい。だから今はデータがない表示となっていて、バクではなく、更新までに最初は少し時間が掛かる。これは先ほど担任の先生が説明してくれた内容だ。
「うわ~レグナント見る目なぁ~い」
ポロっと零れた言葉。
これが北条の本音。
簡単に言えば学園最高意思決定機関――レグナントの判断に不服だというわけだ。
本当に見る目があるなら北条真奈という魔術師の評価をするべきで北条真奈の器を借りて替え玉試験を行った織神姫の評価をしてはならないからだ。
「やっほー真奈ちゃん。相変わらず実技満点の噂は強烈だね~」
スマートフォンから視線を上げると中学時代からの親友――水上愛莉がいた。
思わず頬が緩む北条。
「あーちゃん、大好きだよ~」
「きゃぁ!?」
「うへへぇ。柔らかくてもちもちしてる~」
「もぉ~あーちゃん! まだ皆いるから甘えるのは後にしてね」
身体を乗り出して水上の柔らかくて弾力合っていつもいい匂いがする胸に頭を押しつけて堪能するも、頬を赤色に染めた水上の手によって離されてしまう。
恥じらいを含んだ表情はどこか嬉しそうに見えなくもない。
「むぅ~」
全然甘え足りないと北条が頬っぺたを膨らませて抗議するが水上の細い指で突かれたことで口から息が抜けてしまう。
「えい!」
「きゃぁ!?」
「あはは~」
「もう……あーちゃんのいじわるぅ~」
北条にとって水上は生きていく中で絶対に必要な存在。
例えるなら空気である。
水上が持つ愛情なしでは北条は生きていけない。
一言で表現するなら北条の癒しの存在と言える。
どんな時も隣にいて支え助けてくれる優しい親友。
それに相談相手としても優秀で中学時代に進学に悩んでいた北条にここを勧めてくれたのも水上。
だから感謝してる、だけど尊敬もしてる。
それはある意味――水上も同じ思いを心の内に抱えており相思相愛のような関係。
「後で甘えていいから今は我慢してね真奈ちゃん。それでこの後どうするか決めた?」
「決めてないよ? あーちゃんは?」
「なら学園探検してみない?」
「いいよ。どこか気になるところでもあるの?」
「私一人だと心細いから真奈と一緒に色々な所行きたいなって」
「わかった」
席を立ち上がる北条を見てクラスに残っていた生徒の視線が集中する。
それに合わせて不自然とも言えるタイミングでクラスの出入口付近に集まる五人組の女子グループ。
留学生や編入生を含み、全校生徒約五千人。
その氷山の一角として早くも注目される北条の座を狙う者は多くいる。
そこに学年、性別、魔術師ランク、クラスメイト、先輩後輩etcは関係ない。
なぜなら頂に立てるか立てないかで卒業後の名声や富を大きく左右するからである。
だからこそ駆け引きはもう始まっていると言える。
だがそんな視線に気付いていながら気付いてない振りをする臆病者。
臆病者だからこそ――周りの視線に敏感になった。
臆病者だからこそ――演技も上手くなった。
臆病者だからこそ――周囲の顔色から色々察することができるようになった。
そんな北条の手を優しく握る水上の温もりはとても穏やかで安心できる。
そして「いいなぁ~イチャイチャできて」と一人呟く織神の存在もまた北条にとっては心の支えでもあった。臆病者だからこそ知った。人は身近な者たちによって支えられることで生きていけるし、誰かのために頑張れるのだと。
だから北条は笑顔で水上のために言う。
「なにがあっても私があーちゃんを護るよ」
「ありがとう。頼りにしてるね」
「任せて!」
それは警告であり演技(ブラフ)。
親友に手を出せば私が相手になるという。
それは水上がクラスの標的にならないようにするための言葉でもあった。
言葉は小さな波紋のように静かに広がり、目に見えない拘束具のような役目を果たす。
演技に気づかない者たちはたった一言で駆け引きの場から引きずり降ろされ、出入口は解放され誰も二人に魔術決闘を挑まなかった。
彼女たちは騙されたのだ。
偽物の最強に。
だけどもし……。
偽物だとバレた時、北条に対して周りの皆がどう思うか……それはその時にならないとわからない。
だけど――北条に火の粉が降りかかると言うなら……。
■■■
学園探検を始めて、食堂、音楽室、美術室、家庭科室、技術室、体育館と順番に歩いて移動していると二人に声を掛けてくる者がいた。
「あれ? 貴女は確か北条真奈さんだっけ?」
今日は入学式なので二年生や三年生の多くは特別休日となっているのだが、生徒会や一部の有志者で構成されたボランティアグループの者は新入生のために登校し入学式の準備から片付けまでを教員と協力して行っていた。
そのお手伝いが終わり一息付いたタイミングでちょうど学園探検をしていた二人が目の前にやって来たので興味本位で声を掛けたのは田中麗奈。
「え? あっ、はい。そうですけど……?」
突然のことに驚いてあたふたとする北条とその様子を隣で見守る水上。
北条より十センチほど背が高い水上。そんな水上より更に十センチほど背が高く少し豊かな体系の彼女。だけど制服越しでは残念ながら胸の膨らみはない。と思われる彼女は黒髪ロングヘアーを髪ゴムでポニーテールにしながらゆっくりと二人に歩いて近づく。
「入学式のスピーチ凄かった。裏で見てたよ」
「あっ……はい。あ、ありがとうございます」
急に褒められたのとどう反応していいかわからない北条はペコペコと頭を下げてお礼を言う。
「あれ~? これは随分と印象が違うな~。もっと堂々としてる感じがしたんだけど、実際に近くで会って見ると全然違う」
イメージ像とかなり違ったらしくこちらも少し戸惑い始めた田中に水上が声を掛けることで二人の仲介に入る。
「えっと……先輩のお名前を聞いても良いでしょうか?」
「あ! そうだね、自己紹介まだだったね。私は田中麗奈(たなかれな)って言うの。Cランク魔術師で個人ランキング三百六十七位の二年生。派閥は鮎川派閥だよ」
「私は水上愛莉と言います。新入生で先輩と同じくCランク魔術師です。個人ランキングは三百六十位です。そして隣にいるのが北条真奈ちゃん。Aランク魔術師で個人ランキング一位の自慢の親友です」
隣でまん丸とした目で見つめて助けてとアイコンタクトによるSOSサインを受け取った水上が二人分の自己紹介を簡潔に纏めてする。
その様子にほっと胸に手を当て安堵する北条はうんうんと頷き最後だけ肯定する。
「そ、そうです!」
同級生の前では演技が上手くできても先輩相手だとまだ必要以上に緊張して上手く演技ができない北条に「大丈夫だよ、落ち着いて」と水上が小さい声で落ち着かせてくれる。
「うん。宜しくね、真奈ちゃん、愛理ちゃん!」
「「はい、宜しくお願いします」」
北条と水上から見た田中はとてもフレンドリーで明るくどちらかと言うと接しやすいタイプの人間だった。
そんなこともあり北条の緊張が少しずつ解けていく。
「それでね、真奈ちゃんに一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「お願いですか?」
「私と魔術決闘(デュエル)しない?」
その言葉に驚く北条。
そんな北条に向かってニコッと微笑む田中。
「私はAランク魔術師と呼ばれる真奈ちゃんと手合わせがしたいんだけど、残念ながらここの学園では去年の実績がある私の方が順位は上なんだよね。だから強制はできないけどどうかな?」
「あーちゃんどうしよ……」
「真奈ちゃんが決めていいよ」
その言葉になにか思うことがあるのか、少し悩んでから口を開く北条。
「わかりました」
その言葉に「ありがとう」と返事をしてスマートフォンを取り出して学園専用アプリを開き魔術決闘の申請を手慣れた手付きで行う田中。すぐに北条のスマートフォンに魔術決闘の申請が通知でやって来る。それをタップして『承認』するとレグナントの代行者がすぐに何処からかやって来る。彼ら彼女は黒いマントで顔と体を隠しその正体は謎に包まれている。彼ら彼女らの役目は試合を見届ける者でありそれ以上でもそれ以下でもない。仮に事故による死についてすら言及しないただの見届け人である。そこに桜花学園ルール違反による何らかの不正があった場合のみ動く存在でもある。
「両者の申請を受理します。どちらかが敗北を認めるもしくは意識を失った時点で勝敗を決する物としますが問題はありませんか?」
北条と田中が頷く。
「あーちゃんごめんね? ちょっと待っててね」
「わかった。頑張ってね真奈ちゃん」
「うん! 私、頑張るよ!」
北条は今後のことを考えて今回のように先輩相手でも演技を上手く出来るようにと、ここで桜花学園での実践経験を必要とした。そして北条と織神の未来の第一歩として。魔術決闘自体は中学の時から定期的にしているので全く問題ない。後は――。
「姫? いける?」
『行けるで』
「ちゃんと手加減してあげてね?」
『当たり前や。魔術やないと勝負にすらならへんからな』
「そうだね。まずは個人ランキング一位の確立。誰もが認める代表になるよ!」
『任せてや。それに真奈の為なら世界を敵に回してでも戦うで!』
「……///。ばかぁ、あほぉ! き、急に変なこと言わないで! き、期待しちゃ……違う!さっさと代われこの居候!」
心の中で意思疎通を行い織神と体の主人格を入れ替える北条。
そんな北条が心の中でドキドキしているのは押しに弱い性格と少し恋愛脳も入っているから。
そんな北条を見て「今日も恥じらう真奈は超可愛いし構って貰えた!」と喜びながら表に出てきた織神は北条を演じて言う。
「対戦よろしくお願いします」
その言葉を聞いた見届け人が魔法を使い空中に巨大な数字を出現させる。
数字は『5』。
その数字はすぐにカウントダウンを始め零になったタイミングで二人の魔術決闘が開始となった。
少し離れた所から観戦する水上はすぐにわかった。
魔術決闘の開始ゴングはもう鳴っているのにも関わらず田中先輩がその場から動かない理由が。
「真奈ちゃんの雰囲気が変わった。それに気付いたんだ」
水上は知らない。
北条の中に織神姫の魂が宿っていることを。
ただ本気になった時、彼女が纏う目に見えないオーラが確かに変わるということだけは知っている。
だからこそ息を呑み込んだ。
普段は愛くるしい北条ではあるが、こうなった彼女を相手にして最後まで立っていた者を知らないからだ。
勝負は既に決したと水上は心の中で安堵し、静かに見守ることにした。
最初の声援以外はもう北条にはいらない。
水上愛莉が憧れ尊敬した魔術師がその気になったのだから。
「お見事です、先輩。ご武運を」
誰にも聞こえない声で呟いた水上の視線の先では北条と田中の視線が重なり合っている。
「どこからでも掛かってきてください」
その言葉は演技などではない。
力強く真っ直ぐに向けられた言葉には確かに目に見えない圧があった。
さっきまでの笑顔は何処にもない。
織神の真剣な眼差しが田中の余裕を奪う。
「…………隙が全くない」
一見ただ立っているだけのように見える織神。
だが対峙した田中の言葉は真逆。
内に秘めた魔力を放出させ、僅かな揺らぎを感じることでレーダー探知機のような使い方をする織神。
それはどんな些細な行動も絶対に見逃さないことを意味する。
その魔力を肌で感じ取ったのだろう。
それだけではない。
織神を中心に空気がうねりを上げる。
――魔法に限りなく近い魔術。
人の域を超え、選ばれた者だけがたどり着ける境地。
「なんて魔力。まるで魔力が意思を持っているようね……これがAランク魔術師」
ゆっくりと深呼吸をして息を整える田中。
「だけどこんな機会滅多にない以上ビビってばかりはいられない! 行くわよ。我が勝利のため時を超える壁を持って――」
悪寒に急かされたように早口で詠唱を始める。
織神の魔術攻撃を防ぐため、光の加護(ライトシールド)を張り障壁として展開する。
「噂に聞いてるわ。真奈ちゃんは第四種魔術を使うって」
対して、織神は落ち着いた様子で状況を観察。
そして、ゆっくりと口を開く。
「――魔力弾装填、発射」
光の加護は第二種魔術に登録されている。
つまり田中の魔術は第二種魔法もしくは第二種魔術の概念とも呼べる『過去と未来の時間に干渉』が可能なのだろう。
だけど織神には関係ない。
一秒にも満たない時間で、言葉によって生成された魔力弾は三発。
それは雷のように一直線に進み、戦車の砲弾すら防ぐ障壁をいとも簡単に打ち壊す。
「っ、そんな? 時間干渉による緩和が全くできないなんて」
障壁に触れた物の時間を一時的に加速させることでエネルギーの消費を速めた弱体化が田中の狙いだったわけだが、圧倒的な力の前にそれは叶わない。
ならば、と田中は全神経を集中させて光の護封礼装(シャインベール)を使うことを決意する。
そうしなければ次の一手で負ける、と田中は即断した。
「希望の光は我を護る守護の光となりて降り注ぐ――」
詠唱を唱え終わると天から降り注ぐ光が田中を覆う。
身体に光で構成された鎧を纏った姿は歴戦の女騎士のようだ。
光の加護(ライトシールド)の倍以上の強度を誇るソレは簡単には突破出来ない。
時間にして一秒触れるごとに触れた物の時間を五秒進める。
仮に二十秒間持続する砲撃でも眩しい光を放つ光の護封礼装(シャインベール)の前では四秒しか持続できないというわけだ。
防御に特化した第二種魔術師を前に織神はただジッと相手の出方を伺うようにして見つめるだけ。
「Cランク魔術でありながらかなり強力な守備能力を持つ光の護封礼装を扱えるとはお見事です、田中先輩」
「褒めてくれるの? ありがとう。でも桜花学園の全校生徒を対象にしても片手の指で数えられる人数しかいないAランク魔術師の前では気休め程度にしかなってない、ってのが本音じゃないのかしら?」
「そんなことはありません。私の第四種魔術の根源は『破壊の権化』であり、あらゆる万物を破壊することを想定して作られた魔術です。つまり今回は相性がいいだけであって油断する理由にはなりませんから」
まるで幾戦幾万の戦場を乗り越えた猛者のような発言は北条真奈が北条真奈であってそうじゃないことを意味する。
相手が格下だから必要以上の手加減。
それは相手に対する無礼であり、大変失礼な行為だと知っているからこそ、余計なことはしない。相手の成長を願うなら、相手が求める強者であることが、真の強者の姿であり魔法師としての在り方。その先に織神が願う――理想がある。
「私は人生の先輩として田中先輩に胸を借りるつもりで今から攻撃します」
「ん?」
「私の攻撃と田中先輩の防御。単純な力比べです」
「なるほど、ね……」
「恐らく私に勝負を挑んだ理由。それはAランク魔術師と戦える貴重な体験だと考えたからではありませんか?」
かつて中学時代もそんな理由で多くの者から魔術決闘を受けた織神。
だから田中が勝負を挑んだ理由もなんとなくすぐに見当が付いた。
さっきの試し攻撃で戦意が失われないのなら、こちらとしてもそれ相応の対応をすることが魔術師(魔法師)としての最低限の礼儀だと思った。
「ええ、そうね」
「だったら――お望み通り、その期待に私の誇りを持って応えましょう」
織神が自分の熱い想いを乗せた言葉を送る。
一つの詠唱は一つの想い。
それは誰かのために使われるのではなく、自己のために使われることを目的として創造される場合が多い。
第一種魔法(魔術)は創造、第二種魔法(魔術)は縦軸の時間干渉、とそれぞれ意味があり、分野ごとに分けられている。
その中の一つ第四種魔法の頂点に立った者は魔法とは星のように巡る一つの奇跡でしかないと考えてみた。故に奇跡とは――神が人間に与えた力とも言えるのではないだろうかと。
「――顕現せよ、破壊の力」
今まで真剣な表情で変わらなかった顔が変わった。
声は高らかに普段とは違い人影がない校庭に響き渡る。
空間そのものに影響を与える存在。
思わず息苦しく感じる空間へと変わっていく。
「――――」
多くの者はこの時点で戦意を失い降参する。
だが田中はニヤリと不敵な笑みを見せ始める。
恐らく彼女は未知なる力に興味を持っており、その興味の元凶とも呼べる興味心に心を踊らせているのかもしれない。
既に興奮した脳では勝てる勝てないと言った合理性のある判断は出来ていないはずだ。
魔法と魔術の対峙では百の確率で軍配は魔法にあがる。
それだけ魔法と魔術には力の差がある。
だけど魔術と魔術なら例えAランクとCランクの差はあっても魔法と魔術に比べれば大したことがないと言える。
魔法の特異性や超越性は魔術のソレを大きく上回るからだ。
「我に吹きかかる敵は力を失う銃弾の前に屈する――」
光の鎧から生まれる砲塔。
まるで巨大なロボットが武器を装備したような姿へと変わる。
砲身は両肩に二つ、両腰に二つの計四つ。
攻撃と防御を兼ね備えた田中の本気。
そんな彼女の目は何かを期待したようにただ真っ直ぐに北条真奈の器を使う織神へと向けられる。
Aランク魔術とは最も魔法に近い魔術。
それを扱えない田中にはわからない。
どれだけ精密な魔力コントロールを織神が行っているのか。
それはきっと針の穴に動きながら糸を通すように難しいはずだ。
なのに織神は涼しい顔をしている。
田中の視線を受けて、織神は嬉しい気持ちになった。
巨大な力を前にしても立ち向かう勇敢な魔術師が目の前にいるからだ。
胸の中で高鳴り始める鼓動。
血が熱を帯び熱くなる。
心臓の鼓動が強くなる。
「――少しばかり表現が違うかもしれませんが、その向上心には感服します」
返事はしない。
それだけの余裕はもう田中にはない。
そして覚悟を決め、彼女は口を開く。
「――光弾生成! ――装填 ――発射」
丁寧な完全詠唱で攻撃の準備に取り掛かった。
その様子を見てタイミングを合わせるようにして、
「――魔力弾装填、発射」
織神も口を開き言葉を口にする。
発動の前兆が全く見えない。
略式詠唱の一言で放たれた魔力弾は十発。
先ほどの倍の破壊力を秘めたソレは光弾を全て撃ち落とし、田中麗奈という魔術師を護る光の護封礼装(シャインベール)を撃ち抜いた。
凄まじい衝撃波が生まれた。
急いで二人から距離を取る水上と見届け人。
それもそのはず。
光の護封礼装(シャインベール)が悲鳴をあげ、再構築のため自動修復に入るが、光の輝きが弱くなりその効力を失い始めている。
次に織神の攻撃を受ければ耐えられない。
それ以前に、今の一撃で両者の力の差が明確になった。
それだけではない。
校庭の風景の一部として存在する大木が揺れるほどの衝撃は田中の肉体にも大きなダメージを与える結果となった。
田中を上回る攻撃力と防御力を持つ織神。
攻撃は最大の防御とは正にこのこと。
そして田中が一番興味を惹かれ一番認めたくないことがあった。
それは織神がまだ本気にすらなっていないことだ。
「光弾再装填。連射モード起動――フルファイア!」
砲身に弾が装填され、八十八の光弾が一斉発射される。
だが――。
「なるほど、威力ではなく数で勝負。その切り替えは百点と言えます。だけど――」
視認と同時に周囲に放出しておいた魔力の歪みから正確に全ての光弾の動きを予測し把握する織神。
「――陽動なしの攻撃では意味を成しません」
その言葉を具現化するように魔力弾が全ての光弾を着弾前に撃ち落とした。
攻撃を無効化した織神が足を進める。
安定した魔力供給によって織神は無限に魔力弾を生成し続けていく。
そして歩を進める織神を迎撃しようと第二波、第三波として放たれた光弾を正確に撃ち落としていく。
そこに狂いはなく、一ミリの誤差もない。
最早数え切れない戦闘経験を有する織神にとってそれはいつもの光景であり、何一つ特別なことではない。
「光弾が持つ時間経過による弱体化……全て意味をなさないなんて……」
これが北条真奈の中に宿る織神姫の実力の一部。
肉体的なハンデという意味では北条真奈は田中麗奈に大きく劣っていた。
魔力回路の質や魔術師としての生まれ持った素質。
幾ら織神姫の力が強力だとしても器は凡人以下の物を使っているに過ぎない。
故に――織神姫の力は膨大な時間と多大な努力によって形成された物と証明できる。
初めから努力せずにその境地に足を踏み入れられるのなら誰も苦労はしない。
それに努力しても報われるかなんてわからない。
それでも努力し頑張った者だけがたどり着ける境地――魔法師。
そういった意味では田中麗奈が相手している者は北条真奈とも言えた。
「未来に対する時間操作が敵の魔法だけに対してならCランクで止まります。その上、自分を対象にする、もしくは苦労するかもしれませんが過去に対する干渉を覚えればきっとBランクいやいつかはAランクにもなれるかもしれません。今回はこれでチェックメイトです。降参してください、田中先輩」
眼前に迫った織神が手を前に向ける。
百を超える魔力弾が手の合図を待つようにして田中を包囲し発射準備状態となった。
これを一度に受ければどうなるかは……最早誰の目にも結果は見えていた。
「……私の負けよ。降参するわ」
その言葉を聞いた見届け人によって勝負は織神こと北条真奈の勝利で終わりを迎えた。
勝負が決すると見届け人は姿を暗まし何処かへと行ってしまう。
「ほぉ」
ひと段落付いた事に安堵のため息と同時に北条真奈の意識が入れ替わる。
二人の試合を静かに見ていた水上が走って近づいて来る。
「真奈ちゃん~、お疲れ様」
「あーちゃん!」
そう言って抱きしめ合う二人。
「やっぱり真奈ちゃんは凄いよ! 私見てて格好良い真奈ちゃんに興奮しちゃった!」
「本当!? なら責任取って今夜はずっと一緒にいるね!」
「こら! そうやってすぐに甘えようとしないの」
「えへへ~、ごめんなさい」
頭を撫でられて気持ち良さそうに微笑む北条の視界に片膝を着くも清々しさを感じる表情を見せる田中がいた。
「完敗ね。まさか年下の女の子にこれほど凄い魔術師がいたとは」
「そんなことはありません。田中先輩の魔術は素晴らしい物でした」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「後は使い方一つで大きく化けると思います……って偉そうなこと言える立場ではありませんよね、私……あはは」
最後は苦笑い。
北条が信じる織神が言ったことをそのまま繰り返して言ってみたが、途中で畏れ多い言葉だと気づいた。
自分と織神では立場が違うと……。
だけど、それは杞憂となる。
「そんなことはないよ。私自身そう思うし」
「えっ?」
「強敵と言える真奈ちゃんと戦ってわかった」
「なにをですか?」
「私は自分に甘えていたって。苦しい研鑽から逃げていたんだって。だから感謝するのは私の方だよ。真奈ちゃん、貴重な時間とありがたいアドバイスをありがとう」
田中は立ち上がって笑みを見せる。
そして腰を九十度曲げ深々と頭を下げた。
「ちょっと顔を上げてください! 私なんかに頭を下げられても困りますから」
慌てて小さな両手で田中の両肩を持ち上げ顔を上げて貰おうと頑張る北条。
そんな姿に田中は顔を上げてクスッと笑う。
「本当に良い子なんだね。そうだ真奈ちゃん、愛莉ちゃん、私と連絡先交換しない?」
「別に構いませんけど……?」
「私も別にいいですけど……真奈ちゃんだけじゃなくて私もですか?」
「うん! 私二人と仲良くなりたいからさ」
「「わかりました」」
負けたばかりなのにどこか嬉しそうな田中に二人は返事をしてから連絡先を交換する。
学園で始めたできた北条と水上の先輩は明るくて好奇心旺盛な田中麗奈となった。
その後三人は近くのベンチに座り談笑を始め、夕暮れの陽を背にして帰宅する。
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