金木犀

>>一際甘い香りのする方角を向くと、そこには橙の可憐な花が咲いていた。気づけばあたり一面にそいつがいる。もうそんな季節らしい。まあ、言われてみれば、たしかにとても手先が冷えるような気もする。


>>嗅覚は視覚以上に記憶に残るらしい。視覚の方が優位だというのに、不思議な話である。どうやら人は、思った以上に無意識下で記憶を収集しているようだ。なお、私にはそのような自覚はない。自覚がないだけかもしれないが。


>>金木犀は一般的に好かれる香りである。そうであることは、この時期になると頻りに売り出される商品の並びを見れば一目瞭然だろう。そのうち巡り巡った流行りに淘汰され消えていくのだろうか。そうであると嬉しいが。


>>……まあ、金木犀が、私はあまり好きではない。忘れたい記憶を呼び起こすからである。普段こそ無頓着な私が憶えているほど充満したあの香りの下で、……いや、よそう。彼女にも花にも香りにも、何にも非はない。悪いのは私なのだから。


>>しかし、なんだ。早く散ってくれ、とは思っている。大人気なくはあるが。まあ、なにせ良い記憶ではないのだから仕方ないと思ってほしい。誰しもそういう記憶はあるはずだろう。


>>来週も晴れの予報続きで、少し溜息が出てしまった。

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