第9話 最強のヒロイン

   ◇◇◇


 香奈枝が空也との戦闘を切り上げて数分後――

 新島健吾は雨が降る地上を避け、新宿に張り巡らされた地下鉄の内部を移動し、新宿3丁目のホームに到着した。


 普段なら人がごった返しているが、今は静かで電気だけがついている。


『グガガガガガガガガガガ!!! ガアアアアアアアアア!!』


 その時、獣のような声を聞いた――


 その叫びの距離は遠い……おそらく3キロ以上は離れている。だが、それでもその叫びからは得体の知れない化け物が近くにいる恐怖を感じる。


 さらには健吾の研ぎ澄まされた五感はその叫びに対して、言いえぬ不安を抱かせる。


「…………『獣』か」


 健吾は以前の心の能力者の七川三咲の言葉を思い出していた。


『リピーター『戦火の魔女』と能力者『獣』には注意なさいな。戦火の魔女は『16度』ゲームをクリアしてる怪物、獣は――出会ったら何を優先にしてもひたすら逃げなさいな。あれは能力者の範疇をゆうに超えている――化物よ』


「…………『魔女』に『獣』か中二病にはたまらない設定だな」


 健吾はわくわくしながらつぶやく。是非とも戦いたい――そんな気持ちが溢れてくる。


(獣は叫び声の方に行けば会えるだろう……魔女は……来たか)


『健吾君……!! よかった、まだ獣のところ行ってなくて!』


 その時、近くの階段から香奈枝が慌てた様子で降りてきた。


「相変わらず俺の居場所は把握してるみたいだな……」


「愛の力かな……!!」


「…………」


(俺って妹以外の女子には避けられる人生を送ってきたからな……こういう時、どういう顔したらいいかわからん)


「ん? ああ! 健吾君もしかして照れちゃってる!? うぅ、ああもうっ、可愛いなぁ! これが萌えというやつか!」


 香奈枝は身もだえながら、健吾に抱きつこうとするが……健吾はそれをさらりとかわす。


 香奈枝ほどの美少女に抱き着かれるのは男としては嬉しいが……戸惑いの方が大きい。


「むぅ、触れ合うのはもっと仲良くなってからって言ったけど! 凄まじくびしょ濡れになる最強の修羅場を潜り抜けたんだよ? 再開のハグぐらい大目に見てよ!」


「お前の例えはよくわんねぇよ……なんで泣きそうになってるんだよ」


 目の前の小動物のような少女に心を許したくなる……が、どうしても聞いておかなければならないことがある。


「さすがは『魔女』だな。この短時間で何人殺した?」


「……なっ! い、いやだなぁ……私は少し人生を悟る散歩をしていただけだよ? ま、魔女とか何? 確かに健吾君とベッドに入る時は性欲旺盛になって夜の魔女になるかもしれないけど! エッチの経験ないから知らないけど!」


 香奈枝は急に饒舌に語り始めて、何かをごまかすように目の前で手をぶんぶんと振る。


(はぁ……どさくさに紛れてとんでもないことを聞いた気が空けど……スルーしよう)


「俺は五感が強化されてる……お前からは血の匂いがする」


「…………えっ」


 健吾がそう話すと香奈枝は驚いた顔でたっぷり5秒ほど固まる。そして顔がだんだんと赤く染まり――。


「わああああああああああ!!! お風呂! お風呂はどこ!? すぐにお風呂入る!」


「いや……問題はそこじゃねぇだろ……」


「そこでしょ!? わ、私、気になってる男の子に血の匂いがするとか言われたんだよ!? よ、よし、今日はちょっといいボディソープ使ってシャンプーもいいのちゃおう。うん」


「…………」


(はぁ、こいつどこまで本気なんだろうな……あまり演技しているようには見えないけど……余裕なさそうだし)


「それで? 1人、2人は倒したのか? 魔女さん」


「…………あっ」


 健吾がそう聞くと、香奈枝は健吾から視線を外しギクっとする。まるで悪事がバレた子供のようだ……。


「い、いや、誰も倒してないです……うぅ、健吾君、私のこと知ってる?」


「16回ゲームをクリアしてる化け物なんだろ?」


「むぅ……『あの子』がチクったのかおのれ……」


「あの子? ああ、心の能力者のことか。リピーター同士知り合いなのか……あいつからは魔女がいると聞いただけだ」


「なら私じゃない可能性もあるじゃん?」


「お前みたいな『特殊な雰囲気』のやつは絶対に普通じゃない。お前の反応からして案の定だし。隠してたのか?」


「いや! 違うんだよ! 別に隠してたつもりはなくて! た、ただ、そんなの普通の女の子じゃないし……気になる人にいきなり嫌われたくないし……」


 香奈枝はぶつぶつと独り言を言い始めた。そんな香奈枝に健吾は首をひねる。


「? 何を慌ててるんだ? ゲーム16回クリアの魔女とか最高にかっこいいじゃねぇか」


「本当!?」


 香奈枝は目を見開きずいっと健吾に顔を近づける。その目は真剣でまるで戦闘の時のようだ……。


(う、うーんどう答えれば……そういえば妹の夕が『お兄さん、女の子はとりあえず可愛いって言っとけば上機嫌になります。好きな人限定ですが……』とか、言ってたな)


「あ、ああ、最高のヒロインだ。最高に可愛いと思うぞ」


「か、か、か、可愛い!? い、いや、よ、容姿には気を使っているつもりだけど……ま、まさか健吾君にそう言われるなんて、うぅ、ますますお風呂入りたい。うん、まずはお風呂。お風呂」


「…………」


 慌てる香奈枝をよそに健吾は今の状況を冷静に分析し始めた。


(もしかして、俺は最強のカードを手に入れたのか? いや、この女が信用できるとは限らない。だけど……無闇に追い払うのは損するな。一緒に行動するべきだ。何より……この女は面白い)


 健吾の目的はこのゲーム楽しんで勝つことだ。その目的を達するために香奈枝を利用することにした。


 その決断が健吾の運命を決定づけるとは知らずに……。


   ◇◇◇


 健吾と香奈枝が再会する少し前――。

 新宿内にある大企業『竜胆カンパニー』の支社ビルの社長室にて――。


 若い20歳ぐらいのスーツ姿の女性『雷の能力者』、田中――いや、『竜胆つぼみ』は『火』から負った傷を能力による『副産物』により、ゆっくり、ゆっくりと丁寧に治療していた。


 その表情は暗く、目は虚ろだ……。


「…………帰りたい」


 つぼみはボソッとそう呟く。

 つぼみはこのゲームに巻き込まれる前までは現実に興味はなかった。

 

 実の親に名家、竜胆家へ売られた。それから優しい竜胆家の人たちの奴隷。


 奴隷と言っても竜胆家の人たちはとても優しく、つぼみが嫌がることは一切しなかった。対等な家族として扱ってくれた。

 そんな『家族』と過ごすうちにつぼみは思う――。


『……私はこの家族と一緒に過ごす資格がない。ここは私の居場所じゃない。家族との絆なんておこがましい。消えたい』


 それは『実の親に捨てらた』劣等感からくるものだと自覚していた……嫌というほど自覚していたからこそ、つぼみはどうしようもなく『世界に絶望した』。

 得られた幸せを素直に受け取れなかった……自己否定が止まらない。


 でも今は――。


「帰りたい……帰りたい……あの家に帰りたい」


 自分の愚かさを呪いたくなる……失ってから大切なものだったということに気がついた。

 つぼみは『火』との戦闘で『死』を覚悟した瞬間、『恐怖』した。死んで二度と『家族』と会えないことを――。


 気がついたら、能力を本能的に思いっきり振りかざし、戦場から逃げ出した……。


「絶対に生き残る……生き残って『家族』の元に帰るんだ。『私のまま』で……」


 つぼみの目に光が灯る。

 強い意志――決意がつぼみの中に芽生えた。


「でも……もし……私が人を殺したら家族は悲しむ……笑って食卓に並べない気がする。だから、私は誰も殺さないで現実世界に帰る」


 このゲームで夢を見ている子供のような発言だ。

 だが、香奈枝は本気だ――『自分のままで現実世界に帰る』。

 

 それが全てだ――。


「…………」


 その時、竜胆家当主の言葉が頭に浮かぶ。


『社畜の心得。つらい時には誰かに頼る。できないことを自分自身だけで何とかしようとするやつは3流だ。人間わがままなぐらいが丁度いい』


「そのためには仲間がいる――」


 そうしてつぼみは仲間を探し始めた。このゲームを生き残るために……。


   ◇◇◇


 新宿の地下、地下鉄のホームにて――

 健吾と香奈枝は今後のことを話あっていた。


「すぅーはぁー、すぅーはぁー……おほん、健吾君、私はすっごい魔女だから何でも聞いてよ!」


 健吾の言葉で取り乱していた香奈枝だったが、深呼吸をして落ち着いたのか、きりっと真面目な顔をして健吾に問いかける。


「今更真面目にされてもな……」


「さっきの見苦しい私は忘れて! お風呂入りたい! 綺麗に洗い尽くしたい」


「まだ引きずってるじゃねぇか……聞きたいことって言われてもな……俺はネタバレはされたくない」


「うーん、君ならそう言うと思った。ナイス中二病。でも……これだけは言わせて」


 香奈枝は呆れながらも心配そうに健吾のことを見る。


「『獣』とは絶対に単独で戦わないで……お願い。あれはこのゲームの開けてはいけない『ブラックボックス』なんだから」


「…………」


「『獣』の対処法は基本は『放置』と『集団討伐』しかない」


「…………」


「それほど強力な能力者なんだけど……」


 そこで香奈枝は健吾の顔をまじまじと見て、呆れたようにジト目でにらむ。


「……健吾君? 私結構真面目な話をしてるんだよ? 何でそんなに嬉しそうなの?」


「よし、お前は引っ込んでろ。俺1人で戦う。俺の邪魔をしなければ最後まで生き残らせてやる」


「ああああ! 健吾君わくわくしてる……!! 本当に危険なんだよ!? だいたい――」


 その時、頬を膨らませて怒っていた、香奈枝が言葉をきる。その意味はすぐに健吾にもわかった。


「電車の線路から……誰かが凄まじいスピードで近づいてくるな……」


「うん……やっぱ健吾君の五感はすごいね。私の能力索敵と同等だもん」


「そんなこと言ってる場合じゃない来るぞ」


 その時、バチッと何かが弾ける音と、白い閃光が一瞬視界をくらますと共に一人のスーツ姿の女性が線路に立っていた。


「雷の能力者だね……」


「ああ、真正面から来るとはな」


 健吾と香奈枝は警戒するが……女性は両手を上げて戦う意思がないことをアピールする。


「戦闘の意志はないわ。悪いけど……『能力』であんた達の会話を聞かせにらった。その上で提案があるわ」


「提案だと……?」


「ええ、特に男の方、健吾と言ったわね。私と利害が一致する――私と手を組まない?」


 雷の能力者、竜胆つぼみは真剣なまなざしでそう言った。


 

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