第8話 魔女

   ◇◇◇


 同時刻――

 豊田龍治はおよそ10分前に『水の能力者』の奇襲を受けて、健吾との戦闘を中断し、デパートの地下街に1人逃げ込んでいた。


 怒りをあらわに足音を鳴らし、酒売り場に入り、高級酒コーナーのガラスケースを拳でたたき割ってブランデーを取り出し一気にあおる。


 そして――。


「くそがああああああああ!!!! 」


 咆哮を上げて、飲み切ったブランデーの瓶を床にたたきつけ、派手に瓶が砕け散る。


「絶対に許さねぇ! あの水ヤロウ……! ああああああああああああああ、くそおおおおお!!!」


 イライラする……。

 せっかく下らない現実を捨てて、素晴らしい世界に来れたというのにーー。


   ◇◇◇


 2年前――。


 龍治は海外のとあるスラムの出身で、力こそ全てという環境で育ってきた。力のないものは死に力あるものだけが至福を肥やす、単純な世界。


『またボスが1人で敵チームを壊滅させたのか! あ、あの人は鬼だな』


『ああ間違いない。ジャパニーズオーガだ』


『下らねぇこと! 言ってるんじゃねl!!』


『ぼ、ボスいらしたんですか!?」


『テメェら!! さっさと次の強い獲物を探してこい!!』


 だが……そんな力だけが全ての世界でも……限度はある。龍治は力を持ちすぎていた。


『もうあの人にはついていけねぇよ。利用するには強すぎる』


『ああ、住む世界が違う……化け物だ』


 恵まれた身体能力に悪知恵が働く頭、野性味あふれる危機管理能力。

 その全てが誰よりも遥かに上回っていた。


 そんな龍治が集団から疎まれ迫害されるのは自然の流れだった。

 しかし、その集団による暴力さえ、龍治は力で対抗し、返り討ちにした。


 さらには信じて目をかけていた『仲間』と『妹』にさえ龍治の力を恐れ離れ、裏切られた……。


『ボス、死んでください……あんたを殺せば、俺達は組織に迎え入れられる』


『テメェらああああああああ!!!』


『あんたはいい兄貴だったが、俺達はあんたの強さについていけない……』


 全てはみんな弱いのがいけない……そう龍治は考え世界に絶望していった。


   ◇◇◇


 そんな龍治がやっと手に入れた全てを出し切れる本気の戦場――それが今いる世界だ。


 それなのに……つまらない邪魔が入ったのが許せなかった。さらには勝ち続けてきた龍治から敵に命を気遣われるなど、屈辱以外なにものでもなかった。


「健吾ぉぉぉ!! 決着は必ずつけてやる!! 絶対になぁ!!」


 龍治初めて対等な殺し合いができる相手に心が躍る。その敵意はまさに燃え盛る火のようだった。


   ◇◇◇


 同時刻――。

 新島県健吾は龍治とは真逆の方向のオフィス街に逃げ込んでいた。


 今いるのは建築系の会社のビルの10階建ての7階のオフィスで、当然誰もいないので赤い空と相まって不気味さを感じる。


「………もう傷が塞がり始めてる……この身体自然治癒能力も高いのか」


 健吾は応接に室にあったソファーに座り『水』の雨の弾丸で負った怪我の応急処置をしながら、『冷静に冷静に』と自分に言い聞かせる。


(火との戦闘を邪魔されたのは非常に腹立たしいが……正直、命拾いした……あのまま戦えばもしかしたら『一度』死んでいたかもしれない。はぁ……マジで融通の利かない能力だな……)


「…………ん?」


 自分の能力の脆弱さに頭を抱えていると……その時、ビルに人が入る気配を感じ取った。

 健吾のいる7階から距離は離れていたが、優れた五感はその足音を正確に聞き分ける。


(この足音……聞き覚えがある。心か……くそ、咄嗟に忍び込んだビルだから、逃走経路が確保できてない。くっ、それがわかっての来訪か……話があるってことか?)


 健吾は小さく溜息をはくと、ソファーにもたれかかる。ビルの高い天井を見つめる。


(……火との戦闘楽しかったな。俺の五感と身体能力は十分正面からやりあえる。白い火、やつに切り札を出されなければ……)


 自身の突出した身体能力に疑問は残るものの、先の戦いは健吾に忘れられない高揚感を与えた。


 もっと戦いたい……そんな考えが頭をよぎる。


『くすくす、話に応じてくださるということは、わたくしは嫌われていないようね。安心しましたわ』


 すると、心の能力者、七川三咲が応接の入り口からひょっこり顔をのぞかせる。

 その顔には小悪魔的な笑みが浮かべられている。


「やっぱり火に俺の情報を売ったのはお前だったか……あいつは一直線に俺のアジトに向かってきたから、おかしいと思ったんだ」


「ふふっ、気に入って貰えたかしら?」


「ああ、最高だ」


「それはよかったわ。気になる人に喜んでもらえて幸せだわ」


 三咲はそう言いつつ、スカートを気にしながら健吾の正面のソファーに腰掛けた。そんな些細なしぐさに少女の年齢にそぐわない蠱惑的な魅力を感じる。


「……それで? 今度は何の用だ? さっきの火との戦闘の礼だ。好きな質問に答えてやる」


「ふふっ、それなら一つ話を聞いて貰おうかしら?」


「話だと……?」


「ええ、あなた……このゲームに呼ばれる条件ってご存知? ……ふふっ、答えなくていいわ。知らないみたいね」


「……勝手に話を進めるな。事実だけどな。なんか条件はあるのか?」


「ええ……それは『現実世界に絶望している』ことよ」


「…………」


(なるほど……俺が呼ばれるわけだ)


 健吾は三咲の言葉をすんなり受け入れて、納得する。なぜならそれは『まぎれもない事実』だからだ。


「くすっ……わたくしが話したいことはそれだけよ」


 用はすんだとばかりに三咲はソファーから立ち上がる。


「…………?? お前何しに来たんだ?」


 そんな話だけならわざわざ危険をおかしてまで会いに来ることはない。健吾は三咲の真意がわからず首をひねる。


 三咲はそんな健吾を小悪魔的な笑みで見る。


「ふふっ、しいて言うのなら健吾さんのその可愛い顔を見に来たのよ。ああ、そうそう、最後に――あなたの持つ『死』の能力。『死ぬ』のはギリギリまで我慢した方がいいわ? 面白い『副産物』も持っているみたいだし」


(俺の能力を探るのが本命か……)


「はん、戦闘中に俺の心を読んだのか……お前に言われるまでもない。元から俺の切り札は『副産物』だ。1回死ねる能力なんていう、『試せない能力』を宛てにするつもりなんて最初からねぇよ。あくまで最終保険だ」


「ふふっ、本心のようね。心を読む能力は細部まではわからないので……心配になってしまいました」


「お前に心配されるいわれはないんだけどな……火をけしかけたのはお前だし」


「ふふっ、それは失礼。健吾さんとはまたお話したいわね。それではごきげんよう」


 そう言い心は出て行った。


「くえないやつだ……何を考えてるんだか」


 戦闘能力は0の心を読む能力……本来はそこまで警戒する必要のない能力だ。

 しかし健吾にはあの『火』よりも厄介な存在のように感じられた。


「さて、そろそろ……俺も動くか。まだ雨は降り続いている『水』はこれを機に能力者狩りをはじめるはずだ。それに豊田との決着もつけてやる」


 健吾はゲームに心を躍らせる。健吾にとっては……この世界に現実世界にはなかった幸福が確かにあった。


   ◇◇◇


 時は少し過ぎ――。

 自然公園にて――


『水の能力者』、小川空也VS『銃の能力者』、黒江香奈枝の戦闘は先の健吾と龍治の戦闘に劣らないほど激しさを増していた。


 空也が雨を操り水の弾丸で大木をなぎ倒すも、致命傷になる攻撃は全てかわされていた。


 雨粒の弾丸はいくつも香奈枝の身体を貫通し、大量の血を身体にまとっている――が、それは致命傷にほど遠く、受けた瞬間香奈枝の『能力』によって治癒していった。


 さらに香奈枝は空也にじわじわとダメージを与え、左腕に関しては完全に撃ち抜かれ、能力の『副産物』である自己治癒を待つしかない状況だ。


「……まさか、これほどの『怪物』だとは。『銃』の能力はそこまで強くはないはずですのに……」


「魔女の次は怪物かぁ……むぅ、どんどん普通の女子高生からかけ離れていく気がするでござる……」


 空也は戦闘中に自分の中で湧き上がる恐怖の感情を抱きながら自然とそんな言葉が出た。

 雨の弾丸を一瞬で回復する能力のことを言っているのではない……空也が恐怖の念を抱いているのはその圧倒的な『戦闘センス』だ。


(決して……僕の猛攻に対して致命傷は受けず、こちらには精密に急所を狙ってくる。雨が降っていなければとっくに僕の急所を貫いているでしょう……彼女と僕では能力者としての『質』が違いすぎる)


 空也は前のゲームの経験により、『銃』の能力の弱点は熟知している。


 それは能力の換装、銃の切り替えに5秒ほど隙ができるということだ。だが、香奈枝は他の銃に一切換装せずにライフル『テンペスト』のみで空也を圧倒していた。


(……あのライフルも初めて見る形です。くっ、僕が知っている『銃』の能力とは別物だと考えた方が良さそうですね)


 数手のやり取りで空也は自分と香奈枝の実力差を実感した。

 その時、香奈枝がふと構えていたライフルを下げ、楽しそうな笑みを浮かべる。


「ふふっ、現状の戦力分析は済んだ? 尻尾を舞いて逃げるんなら見逃してあげないこともないよ? 私は大暴れして気は済んだし。ヤンデレタイムはお終い。健吾君の『獲物』を横取りするのも気が引けるし」


「こちらの考えはお見通しですか……ええ、それも1つの手ですね。プライドではこのゲームは生き残れませんから……」


 空也は過去に2度このゲームを経験している。その中で『何よりも自分が生き残ることを優先する』それは強く学んだことだ……だがこれはチャンスでもある、魔女を倒すーー。


「申し訳ございませんが……もう少しだけお時間を頂けますか? 『雷』の能力者が現れる前にはこの戦闘を終わらせますので」


「んん、なして雷?? 確かに『水』と相性は悪いけど、雨が降っている今なら『少し厄介な程度』でしょ?」


「ええ、能力だけで言えばそうですね……脅威度で言えば『獣』の方が数段上でしょう……しかし、問題はその能力者の女性です。ふふっ……」


 空也は不適な笑みを浮かべながら天に向かって手のひらを伸ばす。


「驚異的な『能力者適正』を持つのは貴女様だけではないのですよ……先の火様との戦闘見て確信しました……あの方も『天才』です……私みたいな凡人には頭の痛い問題です……」


「…………へぇ、それは楽しみだけど…………今はそれよりも君をどうにかしなくちゃいけないみたいだね。『切り札』を使う気だね」


「ええ……ここで貴女様が脱落すれば僕の生き残る可能性が格段に高くなりますから、もし通用しなければ……ふふっその時はその時です」


「……リピーターなだけあって、戦闘狂だね……だから君はエセ執事なんだよ」


「……エセですか。その通りでございます。僕は『ご主人様』のいない『出来損ない』の執事ですからーー」


 空也は一瞬悟り切ったような、自傷的な笑みを浮かべるが、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべる。

 その笑顔は顔に張り付いているようだった。


「貴女様が僕のご主人様になって頂ければ話が早いのですがーー」


「やだ、私は健吾君一筋なの」


「ふふっ、これ以上の会話は無駄ですね。戦果の魔女様、貴女様を殺させて頂きます。いきますよ――『アナザー・レイン』」


 空也は自らの頭上に空気中の雨を集める……そのせいで空也の周りだけ雨が止み、上空に数千、数万の『水の矢』を作り出す。

 それはもはや……『兵器』とよべるものだった。


 しかしーー。


「おーすごいすごい、すっごく綺麗な光景。健吾君と2人っきりで見たかったかも。とってもロマンチック!」


 香奈枝は観光名所を見るようにはしゃいだ反応を見せる。それは余裕の現れで、今の香奈枝は恐怖心を感じていない。


 いや、感覚が麻痺しているのだ。この命をかけた状況こそ、香奈枝の日常だから……。


「さすがは魔女……大した余裕ですね」


 対して空也は執事として丁寧に冷静に対応する。それは空也が自分で決め、『縛り付けられた』生き方だ。


 空也はーー『執事であることを自ら望み、押し付けられた』。それ以外の生き方を知らない。


 常に冷静にーーどんなことがあろうとも。この時まではーー。


『あーあ、綺麗なだけでいればいいのに。逃げればよかったのに。こうなっちゃ、私もやるしかなくなる。『ブラッド』ログオン』


 空中に浮遊していた水の槍が空也の意志とは無関係に、一斉に弾け飛ぶーー。


「えっ……?」


 空也にとっては何が起こったのかわからない……頭が状況を理解しようと思考を始める。


 数秒前と変わった点は3つ。


 1つ目は空也の能力が『強制解除』されたことにより、空也の周囲に雨が再び降ったこと。


 2つ目は笑顔で立っている香奈枝が手にしている銃だ。それは大型のライフル『テンペスト』から『真紅のリボルバー式の拳銃』に差し代わっていた。


 3つ目は自身の心臓から流れるおびただしい血と、強烈な痛みだ。


 撃たれたーーー。


「がはぁぁぁ、くあああ、い、いつの間に」


(いつの間に撃たれた? いや、それよりも『予備動作』と『能力の換装スピード』が速すぎますーー。くっ、あれも見たことのない銃! 恐らく今打ち込まれた弾丸の能力はーー『能力の強制解除』)


「わお、その顔、もう私の銃のカラクリに気がついたんだぁ。さっすが! うーん、『レギュラースリー』がこれぐらいで死なないことはわかってるから……ありったけぶち込む」


(ーー殺されます!!)


「僕を護りなさい! 『リバティ・レイン』!」


 空也がそう叫ぶと瞬時に水の壁が現れ、空也と香奈枝を遮る。だがーー。


「遅いーー。『テンペスト』」


「天候を操れる僕が逃げることしかできないなんて!! 『ミスト・レイン!!!』」


 その瞬間、空也の周囲の雨が細かくはじけ飛び、霧上になり空也の姿を隠していくが……この技を発生させ時には空也はわかっていた。


(くっ、この程度で逃げられるはずがありません――次の手を考えなければ)


 リピーターである空也は16回クリアという圧倒的な記録を持つ香奈枝の恐さを理解していた。だからこそ、もう一手何かをしなければあるのは死だけだと考える。


 背筋が寒くなり、じわりじわりと死の気配が近づいてくるのを感じる。恐怖、不安、焦り、敗北感、それらが心にわいてくる。


 さらに脳裏にはかつて失った『ご主人様』姿が浮かんでくる。


(ああ、僕は死ぬのか……)


 だが――。


『グガガガガガガガガガガ!!! ガアアアアアアアアア!!』


 そんな考えは遠くから聞こえた、このゲームの『最強のジョーカー』の咆哮にかき消された。凶暴で、野性的な声……だが、その中に女性らしさが混じっている。


 距離で言うと1キロ離れているかぐらいからの声――。2人がそれに反応する。



「…………!!」


「…………とうとう『獣』が起きたね。この声質……今回の『獣』は若い女の子なんだ……可哀そうに」


 香奈枝は悲しそうな表情を見せるが……何か思いついたのか、ハッとした表情になる。


「あああああ!! 健吾君に『獣』のことを注意してなかった!!! あ、ああ、どうしよう!? あの子、絶対に面白がって獣にちょっかいかけるよ!!」


 頭を抱える香奈枝。それは先ほどまで空也を圧倒していた魔女の顔ではなく、歳相応の高校生の顔だった。


「ごめん! 勝負はお預け!」


 そう言って香奈枝は能力者の身体能力ボーナスを生かしてその場を去っていく。1人残された空也は短く息を吐く……。


「……くっ」


 そして、張り付いていた笑顔を消して無表情で雨が降り注ぐ空を見上げる。


「だめだ、だめだ、だめだ、僕は執事になり切れていません、僕は執事になり切れていません、僕の唯一の生き方なのに……早くこの忠誠捧げられる僕のご主人様を見つけなくては。僕はいつまでたっても不完全です」


 感情がない、ただうわ言のように呟く。その顔に人間らしさはなく、まるで機械のようだった。

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