第7話 雨の執事

   

    ◇◇◇


 時は少し進み――。

 健吾と龍治が戦っている場所から1キロほど離れた自然公園にて――。


 執事服を着た白髪の青年、水の能力者、『小川空也(おがわくうや)』は自身の幸福に感謝していた。


 空也は顔の整った美青年と言った感じの風貌で、どこか儚さを感じる雰囲気だ。


 その顔には張り付いたようなにこやかな笑みを浮かべている。


「……火と少年は逃しましか。しかし、手傷は負わせた。それに彼らを追う手段はいくらでもあります。……特に少年の方は何か『裏』があるようですし、早めに仕留めたいですね」


 白い手袋をした左手を天に掲げると、手袋に雨が染み込む。これは勝利の雨だ――。

 雨はさらに勢い増して振り続ける。


「あはは、本当に僕は幸運ですね。まさか、自分が『水』の能力を得て、雨が降るなんて……」


(さて……水の能力の副産物の雨を利用した『音の共有』である程度の戦況は理解しています……雨が降っている間に3人……できれば4人は仕留めたいですね……)


「『今回』のゲームはもう勝ったも当然ですね……」


 空也は自分の必勝の戦況を計算していた。今の自分は最強の能力者の一人、その考えで……。だからその『攻撃』に反応が一瞬反応が遅れた。


 ガンガン――!!


「…………!!」


 空也に放たれた弾丸――。それは空也が反応するよりも早く、水の壁が弾丸を防ぎきる。保険で外的要因に反応するように設置していたオートの能力だ……それは空也の『音の共有』をすり抜けたことを意味する。


『へぇ……オートで守る水の壁。能力を使いこなしているねぇ~。感心、感心。だけど、雨が降ってなければそこそこのダメージが入ってたんじゃない? そこは感心しないなぁ~』


 空也は今最も聞きたくない声を聞き、背筋が凍るような感覚に襲われる。


 咄嗟に振り向くとそこには50メートルほど先にこやかな笑みを浮かべ、大型ライフルをテンペストを持っている香奈枝がいた。


 香奈枝はそのままゆっくりと歩き空也との距離を積める。


 相変わらず「ちょっと昔の知り合いに会いに来た!」ぐらいの日常的な笑みだ。


「おやおや……貴女様も参加していらっしゃいましたか……『戦果の魔女』様」


「久しぶり~~3回前のゲーム以来だね。リピーターが再開するかどうかは完全に運営のさじ加減なのに、今回は質のいい『リピーター』が多いなぁ」


「……僕としては貴女様がいらっしゃるとは思いもよりませんでした」


 空也はそう言いつつも警戒をする。不可解なことが多すぎた。


『同じリピーター』でありながら決定的な実力を持つ香奈枝がわざわざ姿を見せたこと。


 遠距離主体であるはずの『銃』が近づいてきたこと。


 にこやかな笑みを浮かべている理由。


 他にも細かいのを上げればきりがない。それぐらい香奈枝の登場は空也にとってイレギュラーだ。

 それらの答えが出ない。


「ふふっ、混乱してるねぇ~。私が君に話しかけた理由がわからない?」


「……ええ、そうですね。貴女様は『暗殺のプロ』です。参加者を『死の意識すら感じさせずに殺す』。そんな貴女様が目の前にいて混乱しない人は稀でございます」


「酷い言われ様だなぁ。香奈枝ちゃんショック」


 香奈枝はたいしてショックを受けているような雰囲気はなくクスクス笑いながら空也を見ている。


「いや~、こんな感情初めてだからさあ、一言いいたくなっちゃった」


(戦果様の目的がいまいちはっきりしませんね……言葉をかわすのは無料、念のためお声をかけてみましょう)


 空也はにこやかな人当たりのいい笑顔で香奈枝に話しかける。


「…………僕からも一つ提案があります」


「うん? ああ、聞いてあげるよ。私の話を聞いた後だと、『そんな余裕ないだろうし』」


「……僕と手を組みませんか? 貴女様と今の僕が組めば……今から1時間でゲームを終わらせることも可能です。生き残らせる人間は戦力的に『獣』は固定。あとの1人は貴女様が好きにお選びください」


「断るよ」


 即答する香奈枝に空也はわずかに眉を顰める。そんな空也の反応とは裏腹に香奈枝は笑顔のままだ。


「……理由をお聞かせ頂いてもいいですか?」


 空也は笑顔のまま香奈枝に問いを投げかける。すると香奈枝は真剣な表情になり――。


「うーん、私は一途なんだよね」


「…………はっ?」


「基本男の人のお誘いは全部NGって感じ。こうやって2人で会ってるのも罪悪感に殺されそう……」


 香奈枝の言葉の意味が分からず、空也の表情が固まる。それは自分を『執事』と言い聞かせている空也の『素』が垣間見れた瞬間だ。


 そんな心理を感じ取ったのか、香奈枝は真剣な表情で言葉を続ける。


「あっ、驚くのはまだ早いよ? 自分では気がつかなかったけど私はヤンデレの才能があるみたい。健吾君が『不意打ち』で傷つけられそうになって頭に来ちゃった。雨が降った『程度』で天狗になってるドヤ顔を真正面からボコボコにしたいぐらいに……」


 そう言いながらライフルを構える香奈枝。そんな意味の分からない理解できない言葉を放つ魔女に空也は小さく息を吐き、にこやかなまま宣言する。


「…………理由はよくわかりませんが、残念です。今の僕は貴女様の能力を遥かに凌駕するというのに……」


「かもね。だけど、好きな男を傷つけられて、黙っているほど私ってお淑やかじゃないみたい。あーあ、健吾君がお淑やかな子が好きだったらどうしよう……」


 笑顔が一転、言葉の途中で落ち込んだような表情を見せる香奈枝。


「……理解できませんね」


「恋する乙女は最強ってこと」


 空也も構える。全ての『水を武器』にして戦う。今雨が降っている……それは武器が降り注ぎ、武器が相手の身体を濡らし、地面に武器が満ちていく。

 『今の自分は最強』、その考えを勇気に『魔女』に戦いを挑んでいった。



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