第6話 火との激闘

   ◇◇◇


 2車線のラブホテル前の道路にて――。


 健吾は拠点であるラブホの前に陣取っている火の能力者、豊田龍治の前にやって来た。


 手には布で包まれた長ぼそい、野球のバッドのような形のものを持っている。それは火を操る人外の龍治に対抗するための『武器』だ。


 対して龍治の身体の周りには身に纏うオーラの様に火が浮遊している。


 まるで神話に出てくる神のようなプレッシャーに奥することなく健吾は歩を進め、龍治から5メートルほど離れたところで足を止めた。


「お前、火の能力者だな……」


(あの燃え盛る火……今感じられる熱気……あはは、マジで俺を殺す気だな)


 龍治は恵まれた体格の筋骨隆々の男でどこかの修羅場をくぐってきた『裏の者』のような雰囲気がある。


 あまり人を外見で判断しない健吾からしても普段の生活では関わりたくない人物だ。


「あははは、やっと出てきやがったな!! さあ、最高の殺し合いをしようぜ!!」


「ああ……そうだな。雨がくるまでには終わらせるか。天気……あんまりよくないしな」


「雨だァ? これから殺し合いをするって言うのに、変なことを気にするやつだな」


 そんなやり取りをしながらも、両者の内心は同じだ。戦いが楽しみで仕方がない――。


 ゲームを開始する子供のような無邪気さ。

 ただ……その感情が宿っている根本は別だ。


 龍治は己の力を誇示したい。

 健吾は自分が主人公の物語を楽しみたい。


「なんだぁ? お前も戦うのが好きなのか?」


「いや、ただの殴り合いには興味はない。俺が興味があるのは能力者同士の心躍る殺し合いだ」


(俺の予測通り、『火』は真正面の戦闘を好むタイプか……悪いけど、俺の能力は正面から戦うのには全く向いていない。だから、『能力以外』のもので戦ってやる)


 互いの緊張が高まり戦闘が始まろうとした刹那――。

 健吾は手に持っていた荷物の布をほどく――するとそこから綺麗な黒の刀身の刀が抜き身で出て来た。


「はっ……? それがお前の獲物か……? 『刀』なんていう能力あったか?」


「これは『黒眼』。警察の倉庫から頂戴した。とあるヤクザから押収したものらしい。あいにく俺の『能力』は戦闘向けじゃない。だから道具を使わせてもらう」


「戦闘向けじゃないだァ? はぁぁぁ、何だハズレか。あの女、適当なこと言いやがって」


 龍治は健吾の言葉を聞いた瞬間、せっかくの獲物が大したことと知り、あからさまに落胆の表情を見せる。


「ああん? そういえばお前もう一人仲間がいるんだろ? そいつを出せよ。2人がかりで――」


「ふっ、必要ない――」


 健吾がニタリと笑う……すると龍治の視界から突然かき消えた。


 健吾は龍治の死角、『人間の盲点を利用した』。


「はっ……?」


 龍治は戸惑いの声を漏らした瞬間、『死』の気配を感じた……自分は死ぬ、そんな考えに囚われ――。


「うぎゃあああああああ!!!」


 龍治の右腕の肘から下は大量の鮮血をまき散らしながら空中に舞った。

 そう、健吾が何のためらいもなく、動揺もなく、ただ歓喜の心で鋭い刃で龍治の腕を切り飛ばした。


(ああ……俺はこの世界で生きている)


 現実世界で何をしても得られなかった『生への実感』をひしひしと感じていた。


「こ、このヤロウ!」


「……ちっ、一撃で仕留めるつもりだったんだけどな。あんた反応いいな」


「調子に乗るなアああああああああ!!」


 健吾が連撃を加えようとすると、龍治は血走った眼を見開く。

 火が燃え上がり、龍治の両手を包み込む。


「くっ……!!」


 あまりの焼けるような熱気に健吾はたまらず距離をとる。熱さの問題はあるが……健吾にはこのタイミングで1つホッとしたことがあった。


(……大丈夫、俺は人を傷つけても冷静だ……戦える)


 自分の精神にほころびがないことを確認する。


 初めて人を斬った……普通の人間なら手は震え、強い恐怖や罪悪感で精神に揺らぎが発生するだろう。だが、健吾にそんな感情は芽生えていない。


 芽生える感情は歓喜……ひたすらの歓喜だ。


「テメェ、普通じゃねぇな……」


 龍治は現実世界でも様々人間殴り倒してきた、力こそ全てを体現する男だ。

 そんな龍治が思う。


 この男はやばい。


 健吾の表情を見て、人間らしくない感情の発露を認識し、ようやく健吾を『殺すべき敵』だと認識する。


「かっかか!! なめて悪かった! テメェは最高だ!! テメェとなら最高の殺し合いができる!!」


 龍治は自分の斬られた腕を拾い上げると傷口に合わせる。

 火が舞い、ジリジリと皮膚を焼き、やがて腕は結合し、傷口が塞がっていく……。


「なっ……」


「かっかか、驚いたか! 俺様もよくわからねぇんだけどよお! 火の能力の『副産物』らしいぜ!」


「…………落とした腕を繋ぎ結合する再生能力……神経の再構築も思いのままか……つくづく、能力ってのは不公平だ!」


「はん!? そんな嬉しそうな顔で何を言ってやがる!! さあ、心ゆくまで戦うぞ!!」


「ああ……」


 健吾は再び龍治の『死角』を突いて奇襲を仕掛ける。

 龍治はそれに能力の火で応戦する。火が刃をはじき、刃が火を切り裂く。


 人間以上の運動能力を持つ健吾と火を操る龍治の戦いはまさに『人外』と呼べるものだった――。


   ◇◇◇


 黒江香奈枝はそんな二人の戦いをビルの屋上から見ていた。


 その顔は恋する乙女のようだ。


「す、すごいなぁ。健吾君、初めての戦いで、火を圧倒してるよ! あれなら私が出る必要はないかも……うーん、あの身体能力……『ボーナス』だけでは説明できないあなぁ。Sランク相当かも。何か秘密があるかもねぇ~」


 香奈枝はニコニコと上機嫌そうだ。『自分が見出した人間はすごかった!』と、どこか自慢気でもある。


 そんな時――。

 香奈枝の電話番号が鳴る。画面には『七川三咲(うざい)』と表示された。


 その名前を見た瞬間、香奈枝の心に影が差し込み、怒りがふつふつとわいてきた。


「…………今、私に電話を掛けられるってことは、『あの子』も参加者なんだ。ふーん」


 香奈枝は『犬猿の仲』ともいえる三咲からの電話を無視しようかとも思ったが、『前回のゲーム』のことを一言文句を言わなければ気が済まなかった。


「もしもし……」


『ごきげんよう……』


 二人ともとても不機嫌そうだ。


「よく電話できたね……まさにどの面下げってって感じ。前回私のこと裏切ったくせに」


『あれはゲームの流れ上仕方ないわ。

それよりあなたこそ……よくもわたくしのお気に入りの彼にちょっかいをかけてくれたわね』


「お気に入りの彼……もしかして健吾君のこと? ふーん、彼に手を出したら殺すよ?」


『それはわたくしのセリフです。あなたと男の趣味が同じだなんて吐き気がするわ』


「ふふっ、私も同じ気持ちだよ。私たち気が合うんじゃないかな? 吐き気がする」


 男を取り合っている修羅場のような状況だが、二人とも現実ではありえないぐらいの殺意が言葉に込められている。


『あなたが惚れるなんて、彼は相当な男みたいね……』


「『殺人鬼』に答えることなんてないんだけど……」


 香奈枝は言葉を濁すも……目の前で激闘を繰り広げている健吾について語りたくて仕方なかった。


 彼がどんなにすごい男か、誰かに聞いて欲しかった。それが、ゲームで裏切られた経験がある宿敵でも……。


 そこまで香奈枝の乙女思考は末期の状態だ。


「もう一目惚れだよ! ゲームの適応能力はもちろん……もう、何よりその思考回路が大好き。私って直観で生きている人間だから、なんとなくそういうのわかるの! なんかびびっときちゃった!」


『同感ね……はなはだ遺憾だけど。あなたから見て彼はゲームに適応できそうかしら? あの身体能力……尋常じゃない』


「ふーん、それが聞きたくてわざわざ私に電話してきたんだ」


 香奈枝は少し不満そうにするが……ニヤリと笑う。狂気を孕んだ笑みだ。


「健吾君はきっと『扉』を開くよ。もしかしたら『獣』さえも単騎で倒せる能力者になるかもしれない」


『……そう、貴方が参加者と自ら組もうとするなんて初めてだから……まさかとは思ったのだけど。ふぅ、聞きたいことは聞けたわ。それではごきげんよう』


「ふふっ、じゃあね。『心』の能力者さん」


『……わたくしの言葉から能力を見抜いたのね。本当に……恐ろしい人』


 三咲からの電話を切れる。


「…………あはは、健吾君は……私の王子様、私だけの王子様。誰にも渡さないんだから」


 香奈枝は健吾と龍治の戦闘を見ながら、つぶやく。その声と瞳は『魔女』と呼ばれるだけの深さと狂気があるようだった――。


    ◇◇◇


 絶え間ない攻防が続いていた。

 龍治は腕に纏った火を起点に火炎放射を起こし、健吾はそれを超反応で切り裂く。


「かっかか! すげぇ! すげぇ! 人間の動きじゃねぇな!」


 能力は圧倒的に龍治の方が優勢――というよりも健吾は身体強化の以外の異能を使っていない。いや……『使えない』。


 だが、身体能力は健吾が圧倒している。


 『火』身体ボーナスはBで決して低くはない、むしろ火はその能力の性質上、身体能力を上げることができるため、今の龍治は身体ボーナスA相当だ。


 それにも関わらず、健吾は圧倒しているのは旅人から見ればさぞ不思議に思えるだろう。


「ふっ、さすが俺。火の能力者相手によくやる。火って刀で斬れるもんなんだな」


 健吾は軽口を叩きながら、龍治が放つ火を切り裂き、龍治への攻撃を繰り返していた。


 身体能力からくるスピードで圧倒的な破壊力と攻撃範囲の龍治を翻弄している。数日前までただの学生とは思えない実力が健吾にはあった。


「かっかか! 刀の風圧で俺様の火を散らすなんて人間技じゃねェ! テメェ! 何者だ! 能力もなしにここまでやるなんてな!!」


「答える必要はない! その方がかっこいいからな!」


 龍治がひと際大きな火を左手に宿す。健吾はそのまま放たせては危険だ察知して、距離を詰める。

 健吾はここまで戦って龍治の身体の『ある法則』に気が付いてた。


(こいつ……いくら火が出せても五感は俺ほどの恩恵は受けていない。こうなると……俺の身体の異常なパワーアップが気になるが……自分でもここまで戦えると思っていなかった。いや……今は気にしてもしょうがないか)


 健吾は悩みを横に置き、戦闘を続ける。身体強化により、スタミナも人外の域に達しているため、あと数日は戦えそうだ。


 ただしそれは、戦闘が今のレベルのままなら――。


「かっかかか! いいじゃねぇか! いいじゃねぇか! テメェ相手なら全力を出してもよさそうだ! せいぜい気張れよ! それで1秒でも長く俺様を楽しませろ!」


「…………!!」


「今度の火はその鈍ら刀どうにかできると思うなよ!!」


 龍治がそう雄たけびを上げた瞬間、健吾の優れた五感がガンガン警報器を鳴らす。それは香奈枝に撃たれた時と同じような『死の気配』だ。


 それと同時に龍治の纏う火が燃え上がる。腕だけだった火が全身に燃え広がる。

 バチバチと火が弾ける音と、数段上がった熱気、龍治を視界にとらえるだけで目の水分が乾く。


「ああ、いい気分だぁ。行くぜ。『ホワイト•デストロイヤー』」


 龍治がそう口にした瞬間、火は赤から白に変化し……周りのコンクリート燃やすのではなく……溶かし始めた。


 空気が焼け、唇は切れ、喉がひりひりと痛み出してくる。コンクリート燃やしていた時点で常識外れだったが……今の龍治の火はそれすら比較にならない。


「…………おいおい。こんなのチートだろ」


 健吾は半歩下がる。それは恐怖からくるものだ……健吾の優れた五感と観察眼が答えを出した『今の状況の龍治の戦えば確実に死ぬ』と……。


(……ミスった。火があの能力を出す前に勝負を決めなければならなかった。あれは小細工でどうにかなるものではない……くっ、能力者の底を甘く見たか……)


 健吾の能力は戦闘向けではない。そのせいで『戦闘特化』の能力者の底というものを理解できていなかった。

 いかれた強さを持つ化け物ということを……。


「かっかか、今更ビビっても遅ぇ!! テメェにはどちらかが死ぬまで付き合ってもらうぞ!!」


 龍治は身に纏う『白い火』が健吾を襲う。火炎放射の速度が……さっきの火の倍はある。


「はあん! これもかわすか! おもしれぇ!!」


「……くっ」


 それでも健吾は白い火の速度についていく、紙一重でかわし、さらには迫りくる白い火を超反応により刀で振り払おうとするが……。


「ちっ……やっぱそうなるよな!!」


 健吾が刀で白い火に触れた瞬間、刀身がチョコレートのように溶けて曲がってしまう。


「かっかか! そんななまくら刀が俺様の本気に通用するはずがないだろう!」


「……この火はまるで粘液だな。物体にまとわりつく……こんなのくらったら、最期だ」


 龍治の能力言動を無視して考える。


(能力を使うには早い……なんせ俺の能力は使えばそれまでだ。ギリギリのギリギリ……参加者がせめて6人を切ってから使うべきだ……なら、この戦闘を手放すのは惜しいが逃げるべきだ。仕込みの『爆弾』を使えばうまく撒けるかもしれない。だけど……)


「かっかか! 小僧!! さあ踊ろうぜ! 死ぬまでよお!!」


「…………」


 楽しそうに戦う龍治を見ていると試したくなる。自分の『能力』を。何よりーー。


(ここで逃げるとか主人公じゃねぇだろ!!)


「……かっかか、その目、覚悟を決めたみてぇだな。名前……聞いてみたくなった。俺は豊田龍治だ。小僧、テメェ名前はなんて言うんだ?」


「新島健吾……」


「かっかか、そうか。健吾!!! テメェの全力を見せてみろや!!!」


 健吾は無言で龍治の言葉にうなづくき、『能力』を前提に作戦を立て始める。


(さて……どうやって『頭』に触れるか……あの火じゃ直接は触れねぇだろうし……だけど、あいつが白い火をすぐ出さなかったのはリスクがあるはずだ。例えば……制限時間とかな。今は時間を稼ぐ)


 だがその時ーー


 ぽつり、ぽつりと『雨』が降り始めた。


「…………!!!!」


 健吾はその瞬間血の気が引く、『恐れていた自体が現実になったからだ』。


「豊田!! 勝負は中止だ!!」


「ああん!? テメェ何を言ってーー」


「うるせぇ!! 俺はあんたが他の奴にやられるのは我慢ならない! あんたを倒すのは俺だ!! だから今すぐ建物……いやそれだとぬるい。分厚い鉄に覆われた地下に逃げろ!!」


「…………」


 龍治は突然の健吾の慌てるような剣幕に混乱する。戦い中冷静に戦っていた健吾がここまで動揺するなど、余程のことだと予想ができたからだ。


(これだけ派手に戦ってたんだ。他の連中が見ていないわけはない……俺の考えが正しければ……『あの能力』は最強になる)


『……繊細一隅のチャンスです。申し訳ございませんが、狙わせて頂きます』


 健吾の思考がフル回転している時、その声は空気に響いた。丁寧な青年の声ーー。


『シンフォニック・レイン』


 その瞬間、降り注いでいる雨はーー全て凶器に変わった。


   ◇◇◇


 ビルの屋上で健吾と龍治の戦いを観戦していた香奈枝はぼーっと熱い視線で健吾の様子を見ていた。

 まさに恋する乙女である。


「雨……ふふっ、あの様子だと健吾君は『この雨の危険性』に気がついてる。初参加なのにさすがだなぁ。『素人殺し』の異名を持つ能力なのに」


 そこまで呟いて、香奈枝は笑顔を消す。感情の切り替えが早く、普通の人が見たら情緒不安定に見えるだろう。


「……健吾君には手を出させない。『テンペスト・ログオン!』。愚かな敵対者を噛み殺すよ……」


 香奈枝がそう口にすると、いつか健吾を襲った時に使った大型のライフル『テンペスト』が姿を現す。


「さあ、大規模な戦闘がすぐそこまで迫ってるよ。私はここで大きな引き金を引く。血と殺気、死に誘われて『獣』も現れる……ここからがゲームの『本番』なんだから」


 香奈枝はテンペストを構えスコープを除いて目標を定める……それは龍治ではなく、もう一人の能力者。


「漁夫の利を得ようとしてるだもん、自分が狙われても文句はないよね……『水の能力者さん』」


 香奈枝がライフルの引き金を引くと同時に……ゲームは激動の時間に突入していく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る