第5話 戦闘の始まり

  ◇◇◇


 時は少し遡る――。

 火の能力者『豊田龍治(とよだ りゅうじ)』は自身のアジトである地下にある薄暗く怪しげなクラブで、レストランからくすねた800グラムはありそうな大きめのローストビーフを手掴みして豪快にかじりつく。


 龍治は『昨夜の戦闘』の興奮を抑えきれないでいだ。思い出すだけで野性的な笑みがこぼれる


「あははは、昨日の戦いは愉快だった!! 『あの雷女』! すげぇ強かったな!! また戦いてぇ!!」


 龍治は既に二度の戦闘を経験している。

 一度目は一方的な戦闘は中年男相手の期待外れの戦闘だったが……二度目の昨日の深夜の戦闘は龍治の心をざわつかせ、強い高揚感を与えた。


 その戦いの中で『生きている』と……強く実感できた。


「逃したのは惜しかったな。もっとだ。もっと強い能力者と戦いてぇ! 今日は朝から能力者狩りといくか! かははは、まったくこの世界は最高だ!!」


 もっと……もっともっともっと強い奴と戦いたい。龍治の思考はすさまじくシンプルだ。

 昔から力だけで全ての物事をどうにかしようとしてきた……そして幸か不幸かそれができてしまった。


 前の世界では龍治に並ぶものはおらず……そんな思考の龍治に居場所などなかった。


 だからこそ――この世界を楽しみたい。


『ピピピピピピピ』


 気分よく肉を片手にテキーラをストレートで飲んでいると、待ちに待った電話がやって来た。

 この世界で普通の電話からかかってくるはずもなく、相手は1人に限定された。龍治は気分よく電話に出る。


『ごきげんよう』


「よおお、『心』!!! テメェのおかげで俺様はご機嫌だ! 礼に抱いてやってやってもいいぞ!」


『ふふ、下品な人。残念ながらわたくしは理想が高いのでお断りするわ。もっと頭がおかしくて、大きな矛盾を抱えている人が好みなので」


「あははは、ふられちまったな!! まあ、顔も見たことない女とそんな約束をしても仕方ねぇか! くくく、あんたからの電話は俺にとっては救いだ」


 龍治と電話しているの心を読むの能力者、七川三咲だ。

 三咲は龍治に有意義な情報を提供するスポンサーだ。


 もっともスポンサーと言っても……三咲が能力者の居場所の情報を提供して龍治が狩る。それだけの関係だ。

 だがそんな単純な関係でも互いに旨味がある。


『ふふっ、また能力者の居場所を掴んだわ』


「おお! 雷女か!? あいつはひりつくぜ!」


 龍治のとびつくような声に、三咲は薄く笑う。それはもう楽しそうな声色で。


『違うわ。貴方がそれなりのダメージを与えたから、彼女は早めに処理したいのだけどね。あの手のタイプは放っておくとろくなことがないわ。彼女はゲームのジョーカーになりえるかもしれない』


「かっかか、全然困っている感じじゃねぇな! いいから、早く新しい獲物を教えやがれ! そいつは強いんだろうな!?」


「ええ………」


 そこで三咲の声に影が差す、少女特有のどこかいじけているような声だ。


「それはもう。何せ、元々厄介極まりなく、ゲームに適した『性格』をしているのに……『最強の剣』を手に入れちゃったみたいだもの。ああ、妬けちゃうわ……めちゃくちゃに、ぐちゃぐちゃにしてやりたいぐらいに……」


「はん、俺様はテメェの事情なんか知らねぇよ!! 次は2人か……いいじゃねぇか!!」


「場所はメールで送ったわ。くれぐれも気を付けなさいな。相手は最強の旅人と――」


「御託はいらねぇよ」


 三咲が『忠告』を言っていたが、聞かずに電話を切った。

 そしてテキーラを飲み干し、肉を口に詰める。

 龍治は三咲から情報を得て、能力者――新島健吾の元に向う。


 小言などどうでもいい――

 強い奴と戦える――それが豊田龍治の全てなのだから。


   ◇◇◇


「切られてしまったわね……ふふふふ、でも丁度いい、わたくしの『パートナー』が近くまできている。ふふ、裏で動いていると知られたらパートナーに怒られてしまうわね。わたくしがとっている行動は彼が一番嫌いなものだもの」


 三咲は全然気にしているそぶりを見せずに、さらに歌うような呟きを続ける。


「ふふふっ、健吾君はわたくしからのプレゼントを喜んでくれるかしら……? 暴力という名のプレゼントを」


   ◇◇◇


 時は戻り、

 健吾が最初に感じたのは尋常ならざる――悪寒だった。それと同時に男の楽しそうな声が耳を微かに聞こえる。

 それは尋常ならざる興奮と歓喜、今この瞬間を楽しんでいる者の声だ。


『あはははは、ここに隠れてる能力者ってのはどいつだあああああ!!!』


 距離は離れている……普通の人間なら聞き逃すレベルだ。だけど、健吾の異常な聴覚は声を捉える。


 ねばりっこく心に絡みつき、死の恐怖がまとわりつくような感覚だ。


「…………火の能力者だ。距離は400メートルと言ったところか」


(的確にこっちに向かってきている……? 場所がバレてる……。はぁ、銃にも見つかったし、俺に隠れる才能がないのか、火の能力の応用か……それとも、『心』からおれの居場所を買ったか?)


「なんにせよ、放置はできないな……」


 健吾が小さく呟くと近くにいた香奈枝は悪戯っぽい笑みをこぼす。それには尊敬するような視線が含まれていた。


「へぇ~、私よりも数秒早く気が付いてたね……『血だらけの猛犬』は発動している私よりも。くすくす、すごいなぁ」


「…………」


(『血だらけの猛犬』……銃の能力の1つか。察するに索敵能力だな。こいつの話だとまだいくつも能力がある……)


「まったく、能力って言うのは不公平だな。貧富の差を感じる。嫌になるぜ」


「あはは、そんなに嬉しそうな顔で言われても説得力ないよぉ~? それでどうするの?」


 香奈枝は上目遣いで健吾を見る。その表情は健吾が次に言う言葉を期待するような感情が込められている。


「もちろん、せっかくのお誘いなんだ。迎え撃つ。だが――俺はまだお前を信用したわけじゃない。そんな奴と一緒に戦うなんて御免だ」


 健吾は突き放すように言う。その言葉に遠慮はなく、『邪魔をするな』という感情がありありと出ていた。

 それは明らかな拒絶だ。


「…………」


 香奈枝はそんな健吾をきょとんとした顔でまじまじと見て、軽くうなづく。


「うーん、私って尽くすタイプなんだよねぇ~」


「…………はっ?」


 殺されるかもしれない状況で真面目な顔でそんなことを言う香奈枝。健吾は意味がうまく呑み込めず、動揺を見せる。


 そんな健吾を置いてきぼりにして香奈枝は言葉を続ける。乙女的に恥ずかしいことを言っている自覚が香奈枝の頬を赤く染める。


 そんな感情は健吾が香奈枝に対して感じている「こんな時に何を言ってるんだ?」という感情と食い違っていた。


「わ、私は好きな人にしてあげたいの。君が望むならその……え、えっちなこと以外なら。今のところ」


「こんな時に何を言ってやがる? これから殺し合いをするんだぞ? こうやって、悠長に話してる時間も――」


『見つけたぜ!!!』


 備え付けの窓の外から声が聞こえる。もうホテルの真下まで敵は詰めてきていた。


「ちっ、的確に居場所を特定されてる……もしかして火も索敵能力があるのか」


「ああ、そうそう。使える人は珍しいけどねぇ~。赤外線のモニターみたいな機能を目に付与できるんだよね~。結構、能力を使いこなした人だなぁ」


「お前……」


 外の火も脅威だが、健吾は目の前の少女にも同じぐらいの脅威を感じた。

 この少女は殺し合いが始まる直前だというのに……余りも『現実』にいる。まるで現実を楽しそうに生きていた健吾の最愛の妹を思わせるように……。


 そう……香奈枝の表情も態度も普通なのだ……まるで試験前にテスト内容を話しているようだ。


 それが日常ならいい…だが今は『非日常』だ。


 そんな日常の一部と非日常が一体化している思考に健吾は同族感を持つ。


「なるほど……」


(思うところはある。命を懸ける戦いだ……こんな爆弾女いい加減な扱いにはできないが……でも)


 窓の外から火が大きく燃え上がるのが見える……言い争う時間がないのは明白だった。


「お前は好きにしろ……」


「うん! 勝手にする! そうだなぁ、最初は黙って見てる! でも君がピンチになったら私が助けてあげるね」


「…………」


(どこまで本気なのかわからないな。まあ、自分の身は自分で守ればいい……俺の目的は火の能力者との戦闘を楽しむことなんだ……)


 自分にそう言い聞かせ、健吾は戦場に身を投じる。香奈枝のことなど問題点はあるが……この高揚する気持ちを抑えきれない。


「なんにせよ……ついにバトルだ……」


 そう呟く健吾の頭の中にはもう『どうやってこの戦いを楽しむか』その思考に固定されていた。

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