第4話 運命の出会い
◇◇◇
健吾が銃からの襲撃を受けてから1時間後――。
そこから数キロ離れた新宿、神楽坂駅前にある無人のファミレスにて『二人の男女』が向かい合わせに座っていた。
一部の電気しか付けていないため、薄暗い店内――。
外は夜もふけ、赤い空が黒く淀むみ、周りには人の気配がまったくなく、まるで世界には二人しかいないような静けさだ。
「…………」
カチャ――。
ふと、その沈黙を女の方が破り、軽い音を立てて用意していたティーカップを手に取る。
薄い笑みを浮かべるその女は――心の能力者『七川三咲』。
三咲は緊張した面持ちで自分と対峙する『高校生』に対して言葉を口にする。
高校生の名は『宗像慎太(むなかた しんた)』。
都内の有名公立高校のブレザータイプの制服を着ており、身長は高く、180センチほどある。
真面目そうな顔立ちが特徴的で、その顔に緊張がありありと浮かんでいる。
「弱肉強食。それがこのゲームよ。弱いものは淘汰される。誰しも死にたくない……だからこそわたくしたちは生き残ることに情熱を燃やす……貴方は違うのかしら?」
「…………僕は違う」
三咲の問いに目の前に座る慎太は静かに否定する。その目には強い意思があり、まるで情けない自分を律するような言葉だ。
殺し合いゲームの中で殺し合いを否定する。それが慎太が導き出した決断だった。
人を殺さない……それはこの狂った世界において英断ともいえるべき決断だ。自分の命は危険にさらしてでも慎太は『人間として』生きたかった。
「……どんな理由があろうと、誰かが誰かを殺すなんて間違っている」
そんなこの非日常の過酷さ、恐怖を知らない子供じみた意見だ。だが、慎太の瞳は揺るがない。強く強固な意志を宿している。
それを対峙している三咲はそれを感じ取る。心を読む能力で鮮明に深く――。
慎太が冗談や狂言を吐いている訳ではなく、純粋に願い、確かな意思を持って言葉を紡ぎだしていることを理解する。
人の力になりたい。助けたい。
三咲が慎太の心を読んで小さく息を吐く。
「なるほど……善意の塊。貴方は『彼』とは真逆の人間ですね」
「? 彼……とは?」
「純粋にこのゲームを心から楽しもうとしている方ですわ」
「そうか……それが普通なのかもしれないな。人は力を手に入れたら試したくなる。それは歴史が証明している」
慎太は落胆したように苦笑いしながら呟く。
その表情と心には落胆や失望といった感情が見え隠れしつつ、自分が異常だと受け入れてる諦めもあった。
だが……それでも彼の意思は揺るがない。
(……わたくしの『勘』も馬鹿にできたものではありませんでしたね……今、この方と出会ったのは大きな強みになりますわ。純粋で真っ直ぐな思考――。ゲームに溺れない意志の強さ。それに……禍々しいほど燃え盛る善意)
三咲は慎太の心の声を聞く――。
人の役に立ちたい。
それが慎太の生きる意味であり、願いであり、本質だ。それは人が少なからず持っている考えなのかもしれないが……この状況、急に理不尽な殺し合いのゲームに巻き込まれたのに、赤の他人のことを第一に考えている。
そして慎太が特異な点は…その『皆』に慎太自身は含まれていないことだ――。
それは異常なことで、人間はそこまで綺麗なものではない。
そのことを、殺し合いのゲームに『6度』参加し、現実でも『殺人鬼』と言われる三咲はよく知っている。
(ここまで真っ直ぐ曲がった人間は初めて見ましたわ。だからこそ……そんな彼がゲームに巻き込まれた『理由』に興味がありますわね。それに彼の能力はとても有能ですわ……はぁ、『ゲームマスター』も皮肉なことしますわね)
三咲は慎太に丁寧に言い聞かせるように、喋り始める。
「……貴方の持つ能力『武器庫』。過去、旅人として様々な能力を見てきたわたくしが断言します……恐らく最強の能力の『セブンスコード』の1つでしょう。あの『獣』と真っ向から戦いを挑めるほどの――。貴方がその気になればゲームを数時間で終わらせることも可能かもしれません――」
旅人として、助言をする三咲の言葉を慎太が遮る。
「七川さん、僕はこの能力を『被害者』たちに使うつもりはありません。使うとすれば……こんな無慈悲なゲームを作り出した犯人にだけだ」
笑みが混じっているが有無を言わせない、意志の強さが言葉にのっていた。
「…………くすっ、そうですか」
三咲は慎太が言うことに嘘がまったく含まれていないことを感じ取る。
だからこそ……恐ろしい。見てみたい。
この善意は、この絶望が支配する世界でどんな答えを出すかと……そして彼自身がどのように絶望するのかを……。
「間島さん、わたくしと手を組みませんか? わたくしの能力はきっと貴方の御役に立つでしょう……ええ、きっと……ふふっ」
殺人鬼は笑う。
それは楽しそうに……。
新しいおもちゃを2つの見つけたのだ。面白くないはずがない。
かたや、何よりも透き通った純粋さを持ち、ゲームを否定する善意の塊。
かたや、歪みだらけの出来損ないの純粋さを持ち、ゲームを肯定する愉悦の塊。
どちらも、三咲の心をざわつかせるには充分だった……。
◇◇◇
健吾は昼間に目星をつけたアジトの1つである東新宿にあるラブホテルに戻り、今のうちに少しだけ仮眠をとることにした。
心躍る銃との攻防から数時間しか経っていないので、健吾の意識は興奮状態だった。なので、目が冴えて全然眠くなかったが……。
身体は自分が思っているよりも疲れていたらしく、ベッドに入るとすぐに深い眠りについてしまった。
そして3時間ほどで目を覚まして絶句した――。
「おはよう! 今日はいい天気だよ! ……お空真っ赤だけど」
「なっ、お、お前……」
鼻をくすぐるのはバターのいい香り、視界に移るのは備え付きの電子レンジの前で笑顔向けてくる美少女だ。
髪は艶やかで、ファッションに気を使っている今時の女子高生――健吾はそれを見て、すぐに臨戦態勢をとる。
右手のひらを少女に向けて、『さも何かが手のひらから出るよう』によそおう。少女は慌てた様子で両手を自分の前で振る。
ハッタリだが、異能力が現実として存在しているこの世界なら、これでも牽制になる。
「ま、待って! 私に敵意はないから! あ、君の味方だよ? 信じられないと思うけど……」
「はあ? く、クソ、ゲーム中なのに敵の侵入に気がつかないとか、洒落にならないな……普通死んでる」
健吾は自分の迂闊さを呪いたくなる。
慌てた様子で吐き捨てるように言うと、少女は慌てた表情を消して、小悪魔的なにやりとした笑みを浮かべる。
「ふふっ、そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ? 君は私に敵意や殺意がほんの少しでもあったら、目覚めていたよ……絶対に」
「何で言い切れるんだよ……俺の熟睡っぷりをなめるなよ」
もうヤケクソで自慢げに語る健吾に、少女は無邪気に笑う。
「ふふっ、そんなところ強がらなくてもいいのに。可愛い。どういう原理かわからないけど、君の五感強化は能力者の平均値をゆうに超えてるからね。私の銃弾をかわすぐらいだし」
少女の言葉を聞き、健吾は少女の正体に思い当たる。さらに状況が絶望的だということを思い知らされる。
「……そうか、お前……昨日の『銃』の能力者か?」
「うん、そうだよ~。『銃』の能力者、黒江香奈枝。昨日はごめんね、いきなり攻撃仕掛けちゃって……」
「…………まさか、昨日殺されかかった奴だとはな」
申し訳なさそうに少女を見て健吾は頭を抱えてくなった。
(これはなんの冗談だ……? 殺し合いのゲーム中に敵が朝飯の用意してるとか、普通に狂ってる。くっ、冷静になれ……銃がどんな能力を持っているかはわからないが……おそらく戦闘特化の能力のはず……戦えば死ぬのは俺だ。ここは友好的な会話をして情報を引き出すんだ)
健吾は言葉の1つ1つに命を懸ける覚悟で言葉を紡いでいく。
「いや……これはそういうゲームだ。気にしなくていい」
「! ほ、本当!? ああ、よかったぁ……いきなり嫌われちゃったらどうしようかと思った」
「……それで、なぜここがわかった。自分で言うのもなんだけど、かなり隠蔽工作したつもりだが……」
健吾はこのラブホテルに隠れる際に、備考などを警戒し、かなり複雑なルートを通り、神経を研ぎ澄ませてきた。
五感の優れた健吾に気がつかれずにここに来るのは……普通の人間には難しい。
「ああ、それは私の能力に関係するんだ。私の『銃』は三種の銃、3種の弾丸を使える。それで君を見つけたのは『血だらけの猛犬』っていう、物騒な名前の能力で効果は――」
「待て――」
健吾は自分の能力を自慢げにべらべらと喋りだす少女の言葉を遮る。
(この女正気か……? このゲームにおいて自分の能力は生命線のはずだ……それをぺらぺら喋るなんて……)
「ふふっ、君に隠すことなんてないよ? だから敵意を解いて欲しいなぁ」
殺し合いのゲームの中にいるとは思えない、友好的であたたかな笑顔。それが恐怖を駆り立てる。
健吾は目の前の少女に言いえぬ、悪寒を感じていた。
(勘だけど……こいつはただの馬鹿じゃない。確かな自信を言葉から感じる)
「……お前の目的はなんだ?」
「最初は君と心ゆくまで戦いたい! って思ったんだけど……冷静に考えたら一緒に戦った方が面白そうだと思って! だから私の目的は君とチームを組むことだよ……ふふっ、実際に会ってますますピンときちゃった! 君は私の王子様なの!!」
「はっ……?」
健吾が少女の思いがけない言葉に混乱していると、少女は顔を真っ赤にする。
「ん? あれ……きゃあああ、面と向かって告っちゃった!? こ、こういう時ってどういう顔をすればいいんだろ? け、経験がなさ過ぎてわからない!?」
「…………」
「あ、呆れちゃってる!? 呆れちゃってるよね!? そりゃそうか……え、えっと……」
「…………」
健吾の様子を伺うようにチラチラと視線を向けてくる少女。健吾は冷静に考える……。
「ふっ……俺は主人公だ。ヒロインが来ること想定内だ。いいだろうチームを組んでやろう」
迷った挙句、自分の中二病脳に身を任せることにした。健吾は手を下ろす。
(こいつは能力で俺の居場所を特定できる。しかも……『心』とは違い、強大な戦闘能力を持っている。ここで追い返すデメリットのが高い……)
「……くすっ、私ってヒロインなんだ。あーあ、こんな乙女チックな気持ちになるの初めてだなぁ。魔女でも恋ってできるんだなぁ」
「ん? 魔女……?」
『心』からそんな異名を聞いたような……偶然か?
「あ、ああ……な、何でもない……そ、そんなことよりも君の名前は!?」
「……お、おい近づくなって! 新島健吾だ……」
少女は何かを誤魔化すように健吾に顔を近づける。身内以外の女性と会話する経験の少ない健吾は多少ドギマギしながら、ベッドから立ち上がり、少女から距離をとる。
「あまり近づくな。チームを組むといってもお前を完全に信用したわけじゃない」
「うん! もちろん! 私も身持ち硬いんだよ! 触れ合うのはもっと仲良くなってからだね!」
「…………」
(会話がかみ合ってる気がしないが……はぁ、さっそく計画が狂ってきたな……まあ、生き残れるのは4人なんだ。チームを組むのは悪くないだろう。しかもなんの奇跡か俺に好意を持っている……美少女。まあ、都合がよすぎて怖いから『保険』はかけるけどな……)
この時、健吾は気がついていない。
「ふふっ、健吾君! 私、パン屋からハニートーストを買って来たんだ! 一緒に食べない!?」
「買ってきたって……店なんかやってないだろ?」
「お金はレジに置いてきたよ? あんまり意味はないけど……」
「律儀なやつだな……」
健吾とチームを組んだ少女、黒江香奈枝が最強の旅人『戦火の魔女』と言われる存在ということを……。
偶然にも健吾は最強のカードを手に入れた。
そしてそれと同時に――。
『あはははは、ここに隠れてる能力者ってのはどいつだあああああ!!!』
突然聞こえる叫び声。
かつてない暴力の嵐が健吾の元にやって来ていることに。
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