第3話 魔女のトキメキ
◇◇◇
同時刻――。
赤色の空は不気味な輝きを放っている。それが時間経過で夜に近づくことにより、赤黒くなっていく……。
それは一言でいえば不気味で、まるで世界の終末を思わせる景色だ。
そんな中、女子高生、黒江香奈枝(くろえ かなえ)は誰もいない大型駅ビルを上機嫌で散策していた。
この状況とは相いれぬ雰囲気で、そこだけ現実を切り取ったようだ。
「あっ、わああ、このアクセ可愛い! 『現実』に戻ったら買っちゃおうかなぁー。お金はいっぱいあるし、でもなぁー……」
香奈枝は160センチ程の細身な体形で、都内の名門の公立高校のブレザータイプの制服に身を包んでいる。
整った顔立ちで可愛らしい普通の女子高生だ。優しそうな雰囲気があり、さらには腰は細いのに胸部だけが大きく盛り上がっており、男受けしそうな外見をしている。
そんな女子高生がアクセサリーを手に取って、はしゃいでいる姿は微笑ましいが……。
しかし、今は殺人ゲームの真っ最中だ……それを考えると香奈枝が普通にウインドウショッピングをしているのは異常ともとれる。
「ふふっ、今度は新作の服を見に行こうな? あーあ、こんな時にかっこいい彼氏がいてくれたらもっと楽しくなるのにぃ……はぁ、『魔女』に彼氏なんてできるわけないか……」
香奈枝にとってゲームの中も日常だ。現実も非現実も同じだ。
それが『16回ゲームをクリア』し、同じ『旅人』から『戦火の魔女』と恐れられている黒江香奈枝の在り方だった。
「さて、最初は誰を倒そうかなぁー。今回のゲームはなんか嫌な予感がするんだよねぇ……『獣』がいるから? ……それとも。もしかして、他にも『セブンスコード』がいるのかもね。うぅ、それは楽しみだなぁ」
香奈枝は先ほどアクセサリーを見ていた同じ声色でそう呟く。
とてもではないが、人殺しがルールに組み込まれているゲームに参加中だとは思えない空気だ。それはどこまでも純粋で、透き通った感情だった。
◇◇◇
三咲との取引を終えた健吾は住処にしていたホテルを離れ、今は証券会社の自社ビルに住処を移し、警備室で非常食として備えつかられていた缶詰を腹に詰め込んでいた。
心が読める三咲相手に意味はないかもしれないが、場所を知られた以上は移動は必須、住処の場所が他者に知れ渡ればそれだけで致命傷になりかねないと考えたからだ。
移動の際に周りの地理の情報収集もしていたため、かなり時間を消費してしまった。
「……それにしても、この空間はどうなってるんだろうな……」
現在の時刻は23時。
ゲームが始まったのが15時なので8時間ほどが経過していた。
空は赤さを保持したまま太陽だけ沈んでいる……。そのせいで赤黒くなっており、無人の街の明かりと相まって、昼間よりも不気味な雰囲気をかもし出している。
このことから時間の概念はあるようだ。
「……どういう理屈かは謎だけど、現状はある程度わかった」
健吾はこの数時間を情報収集に徹した。
それで得たのは……電機はどこから供給されているのかはわからないが、生きている。だが、無線機やスマホなどで、現実の相手に連絡を取ることは一切できない。唯一つながると思わる『シシミー』にも悩んだ末、電話をかけてみたが……つながらなかった。
そして、ゲームの舞台となっている新宿の外だが……単純に『行けなかった』。見えない壁に遮られているのだ……その見えない壁の向こうも赤い空で無人の光景が広がってはいるが……行けない。
能力でなら見えない壁を破壊できるかもしれないが……攻撃手段を持たない健吾の能力では試すこともできないのが現状だ。
何もわからない……ただ、その事実だけがわかった。
「さて……そろそろ、動くか……」
健吾は現状を大まかに理解した。後は参加者としての本分を全うするだけである。能力者同士の殺し合いを。
最初の火と、中年男性の戦闘以降、健吾が捉えきれない小規模な肉弾戦程度はわからないが……少なくともビルが倒壊するような大規模な戦闘は行われていない。それを理解した上で健吾が動く。
「くくくっ、どうせやるな生き残るだけなんてケチなこと言わねぇ、めいいっぱい楽しんでやる。俺はこの世界では主人公だからな」
健吾は最初のターゲットを決めていた。
それは唯一現在の『居場所』を特定している人物であり、恐らくこのゲームで難敵になりうる可能性がある。
「『火の能力者』。まずはお前だ」
健吾の不敵な笑いを含んだ声は空気に溶けて行った。
◇◇◇
「さて……行くか」
健吾が火の能力者の打倒を決めて数時間後――。
日付が変わろうという時間、『準備』を終えて自分が根城にしていたビルを出た。
背にはバスケットボールが二つ程度入りそうな大きめのリュックを背負っている以外はいつもと変わらない。
「…………」
健吾はこれまでの時間、何度も対火の能力者のシミュレートをした。しかし、勝つ確率は多く見積もっても4割。火の能力の『底』によってはさらに下がるだろう。
よって――健吾は6割以上の確率で死ぬことになる。
健吾も人間だ。勿論そのことに恐怖を感じないわではない。死ぬのだ。それが怖くない人間などいない……だが、それでも。
心にあるわくわく感が、恐怖を凌駕している。この死さえ蔑ろにする人間性こそが健吾の本質なのかもしれない。
「……雨……振ってこなきゃいいけどな」
健吾は赤黒くなっている空を見て呟く。雲が多く、湿気もある気がした……下手すれば一雨あると、健吾は考えていた。
「今更、ビビっても仕方ないか。さて、火の能力者はまだ『繁華街』にいてくれればいいが……」
昼間、健吾は他の参加者の場所を割り出そうとし、高い場所から街の外観を見ることにした。すると、とある場所が火の手や爆発が起こっているのを目の当たりにした。
情報が大事なこのゲームで自らの場所を知らせるように……。
(あれは……明らかに『誘っている』。自分を殺しに来る能力者を……ふっ、強い能力を得た奴は余裕があっていいな……さて向かうか……日本最大の歓楽街、歌舞伎町へ――)
◇◇◇
健吾が拠点を出てから30分程が過ぎた――
歌舞伎町まで数百メートルの裏路地を慎重に進んでいる。回りには飲み屋やキャバクラが入ったビルなどが多くあり、独特の怪しさをかもし出している。
さらにそれに夜の静寂さと、赤い空の不気味さが加わる。
電機は生きているので、街中は普段通り明るい。それなのにひと1人いないのだから、不思議な感覚だった。
健吾はまるで異世界に迷い込んだ感じさえした。
それと同時に――。
「おかしい……」
1つの違和感を持つ。
(俺の分析では火は自信家で、目に入った標的を焼き払う狂犬のような男だ……そんな男が、昼間あれだけやっていた他の能力者への挑発を辞めてから、1時間は経つ……)
健吾は言うほど火の能力者のことを把握しきれていないのかもしれない。言葉すら交わしたことすらないのだ。それも無理はないが……そうなってくると事情が変わる。
健吾の作戦は火の能力者が、能力を過信した馬鹿というのが前提なのだ。
(ちっ、『保険』があるとはいえ軽率だったか。他の能力者に狙われる前に撤退するべきだな……俺が用意した策は奇襲にしか使えない。それに……なんか嫌な予感がする)
今は好機ではない。健吾がその決断を下すのは早かった。健吾はこのゲームを楽しみたいだけで自殺志願者ではない。むしろ生に対してどん欲だ。
自分の命をチップの様に簡単にベッドするのに、泥をすすってでも、自分が楽しむために生きるタイプの人間。
そんなアンバランスさが健吾だ。
(ともかく、一度戻るか……はぁ、火の能力者はどうしたんだよ……拠点を変えてのか、ただ寝てるだけか、それとも予想以上に厄介な奴か……)
健吾は歩いてきた道を戻ろうとする――その瞬間、背中に寒気がゾッと押し寄せた。
それは能力によって引き上げられた五感による『死の予測』だ。
反射的に後ろに下がる――。
ガン!! ガン!! ガン!!
金属が地面にぶつかる鋭い音と共に、健吾が数秒前までいた場所の地面が小さい穴が3つできる。
「撃たれた――!」
そう考えた瞬間、健吾は周りを警戒する。明かりのついた飲み屋が立ち並んでいる……だが、人の気配は感じない。恐らく、遠く……視認できないような……遙か遠く――。
奇襲された焦りと、恐怖が心を蝕みながらも、健吾は対象を探す。
(くっ! 『銃の能力者』による超遠距離射撃か!?)
健吾はパッと周りを見渡すと、数キロ先に高層マンションが建っているの見えた。
強化された『視力』でそれを視界に入れた瞬間、言葉では言い表せない程の悪寒が走る。
(あそこか! う、迂闊だった! 狙撃の可能性を考えて地下道を通るべきだった。くそ! 地下の密室によるデメリットに注意したのが裏目に出たか……くくくっ)
健吾は笑う。
(能力の『身体ボーナス』がなければ『1度』死ぬところだった!)
「くくくっ、これが殺し合いか!! 見てろ! お前に勝つ!」
健吾は身を隠すためにその場を駆ける。命からがらの必死の逃走劇だ。
一歩間違えば命を失っていたそんな状況を健吾は楽しんでいた。
自分はこの世界で生を謳歌している。その感覚が健吾とって堪らなく嬉しい。
◇◇◇
健吾が撃たれた直後――。
とある高層マンション屋上にて――。
黒江香奈枝は自分の身長ほどある漆黒の禍々しいスナイパーライフルを構えていた。
これは香奈枝の『銃』の能力1つである。
「…………嘘、避けられた」
小さく呟く声色には驚きが多分に含まれている。
必中の筈だった……能力の副産物として得た『超視力』により、相手の筋肉の動きを計算に入れて、人間ではかわせないタイミングで、さらには人間の死角を利用した発泡だ。
「追撃は……弾の無駄遣いだね。また回避されるだけ……テンペスト、ログオフ」
香奈枝がログオフと口にすると、ライフルはその場から消失した。元からそんな物はなかったかのように……。
「ふむ。でも……驚きだなぁ」
香奈枝は自分の射撃能力に絶対の自信を持ち、いかに人知を超えた能力者とはいえ回避されるとは思わなかったのだ。
「『耐えられる』なら全然わかる。『能力で防がれる』のもわかる。でも……『回避される』のは驚きだねぇ……能力によるものかなぁ。でも……私の攻撃をかわせるのなんて獣ぐらいのはず……後は『身体ボーナス』が高い、『武器庫』、『死』の可能性か……うーん、でもなぁ」
身体ボーナス。
それは能力による身体強化だ。最初の開戦時に全員に送られたメールにも記載があり内容は――。
【火を操る能力】身体ボーナスB
【水を操る能力】身体ボーナスB
【雷を操る能力】身体ボーナスB
【1度だけ死ねる能力】身体ボーナスA
【催眠能力】身体ボーナスC
【武器庫になる能力】身体ボーナスS
【心を読む能力】身体ボーナスE
【銃を操る能力】身体ボーナスB
【本能のまま暴れる獣になる能力】身体ボーナスS
【機械の獣を操る能力】身体ボーナスD
以上になる。
Cランクで通常の人間の約、倍の恩恵を得ている。そこから1つランクが上がる度に能力は跳ね上がる。
だが、これはあくまで身体能力を上げているに過ぎず、香奈枝のように能力の『副産物』で限定的に強化されることはあるが、身体ボーナスでは五感までは強化できていない。
だから能力や肉体に、銃弾が阻まれたのなら納得ができる
だが、標的は回避をした――。それは五感を強化している可能性が高い。
五感が強化されているとすれば、香奈枝の『超視力』ように能力による『副産物』が関係する場合だが……。
「私の銃弾を回避するほどの五感強化能力……厄介だねぇ~。もしかして……『扉』を開いちゃってる……?」
香奈枝は大して困ってないような口調でおどけながら呟く。
自分の能力が通用しない可能性がある敵の出現であるのに、香奈枝には言葉ほど慌てた様子はない。
それは自身の能力からくる自信と、『戦ってみたい』という願いが強く出ているからだ。
そんな香奈枝にとって――『彼』は興味を持つ対象だった。
「…………ん? あれ?」
そして、引き続き観察していた標的がこちらに視線を向けてくるのが見えた。
「こっちの位置を察してる。クスクス、あの人、命を狙われたのに笑ってる――。本当に面白い人。ん? 何か喋ってるみたいだね……なになに?」
香奈枝は超視力を応用した読唇術で言葉を拾う。
『くくくっ、これが殺し合いか!! 見てろ! お前に勝つ!』
「ふっ……あははははっ、なにそれ? 最高のプロポーズじゃん! いいね。いいね。顔も好みだし。くすっ、ゲームで人に興味を持つ始めてかも。ときめいちゃった! クスクス、楽しみが出来たなぁ♪」
香奈枝は陽気に笑う。
彼の言葉を胸に、まるで恋する少女の様に純粋で危うく……。
その笑顔は戦火を拡大させる……魔女だった。
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