第2話 心を読む旅人
◇◇◇
世界がつまらない……。
健吾がそう考えたのはいつだっただろうか……父親が人を殺し、捕まり、人殺しの家族となった時か……
母親が精神をおかしくて……健吾と心中自殺しようとした時か。
いつかはわからないが世界から色が消えた気がした。
だが――世界が悪くないと思ったこともある。
その時期は今でもはっきり覚えている――
妹の夕と初めて出会った時だ。
あの時から健吾という人間が始まったのかもしれない。
◇◇◇
ゲームが始まって2時間。時刻は15時をさしていた。健吾は新宿でも有数のホテルの20畳ほどの地下警備室でくつろぎながら、昔の思い出にふける。
部屋の周りには近くのコンビニで拝借した菓子や弁当が散乱していて、まるで我が家のような態度だ。
30階建ての巨大なホテルだ。このレベルのホテルになると警備室も学校の教室ぐらい広く、数十台のPC、モニター設備などの設備がある。
この世界はでたらめで、どうやら電気は生きている……単純に人だけがいなくなっていた。
(ここの設備で過去の映像を見られれば何か調べられたかもしれないんだけどな……)
最もここの社員でもない健吾には警備システムにアクセスできない。そのせいでこの場所に入る手段もなく、扉を破壊した。
だが、その価値はあった。こうして出入口の監視カメラの現時点の映像を眺められるだけで、十分有益な場所だ。
「それにしても…………何で過去のことを今思い出すんだろうな」
自然とそんな言葉が口から出る。
久しぶりに『人の死』に触れて、ナイーブになっていたのだろう。先ほどまでのゲームを楽しむ子供のような笑顔が嘘のようだ。
現実から逃れたはずなのに、現実のことを考えてしまう。
「夕は無事か……? はぁ、こんな超常現象に巻き込まれて安否なんか確認できる筈ないのにな……それよりも今はゲームを生き残ることを最優先にしないとな……もう会えるかもわからねぇんだから」
健吾はそう自分に言い聞かせる様に言葉にする。
すると、いくらか心配する気持ちが薄れていくような気がした……健吾は自分でも薄情だとは思うが……今の健吾にはやることがある。
このゲームに勝つことだ。
そうすれば……何かが変わりそうな……そんな予感があった。
「さて……他の参加者はどうしてるかね……」
ホテルの周りに取り付けられている監視カメラの映像を眺めながら呟く。
健吾がこの場所をいの一番に陣取ったのはこのためだ。健吾の考えが正しければ、このゲームは情報が重要だ。
誰がどこにいるのか? どの能力を所有しているのか? 参加者の人物像は? そしてゲームのルール。
そんな情報に命が懸かっている。
その点、この拠点は言うことがない。
高級ホテルということもあり、監視カメラは百台近くはある。ここにいるだけで、参加者の侵入を知ることができる。
能力が『戦闘向きではない』健吾にとってはありがたいことこの上なかった。
(能力の『副産物』と『身体能力』が大幅に向上したとは言え、対策はしないとな。さて……俺の考えが正しければそろそろ『大規模な騒ぎ』がこの街で起こるはずだが……)
健吾は『火の能力者』のことを考える。火の能力者は中年男を殺すと、健吾には気が付かずどこかへ行ってしまった。
その雰囲気は戦いへの渇望にあふれており、もし見つかっていたら、間違いなく戦闘になり……そして、なんの対策もしていない健吾は殺されていただろう。
健吾としては命拾いした気分だった……。
(あのまま戦闘になれば俺は間違いなく『1度』死んでいた。それほどまでに火の能力者の力は凄まじかった。何せ20階建てのビルを人間が燃やすんだ……物理法則はどうなってるんだよ……真っ向勝負じゃ絶対に死ぬ――待て、なんだあいつは)
その時、健吾が見ていた監視カメラの映像に見知らぬひとりの少女が映し出されていた。歳は健吾と同じぐらいの17歳そこそこ。黒を基調としたワンピースを着用しており、日は出ていないが優雅に日傘をさしている。
身長は小柄で150センチあるかないかぐらいで……整った顔をしていて、どこかのお嬢様のようだ。
(かわいい子だな……まさに美少女って感じだ)
そして……何よりも健吾の興味を引いたのはその落ち着いた表情だ。
とてもではないが……その顔に浮かぶ感情は殺し合いに巻き込まれた者のではない。まるで、昼下がりにホテルにランチに来たような……そんな軽さが、妙に浮いて見えた。
(……さて、逃げる用意だけはした方がいいな。あいつが「雷」とか「水」とか戦闘特化の能力なら俺に勝ち目はない)
健吾がそう考えた瞬間――。
少女がにやりと笑う。それは今の状況を楽しんでいる顔だ……この歪な世界での殺し合いを。
健吾は感情的に同族感を持つ……この少女もこの世界を望んでいる人間なんだと。
「ん? 何か喋ってる……? う、うーん、これ音声を拾えるか?」
健吾はおっかなびっくりキーボードを操作する。パソコンの知識はそれなりにあるので、何とか監視カメラの音声を拾うことに成功する。
「よし、うまくいった。なんとかんるもんだな……」
すると――。
『クスクス、ああ、こんな素敵な出会いがあるなんて神様に感謝しなくてはいけないわね。ねぇ、私と『取引』をしない? 健吾君?』
「は……?」
健吾は急に自分の名前を呼ばれて、一瞬混乱するが……すぐのその「可能性」に思い至る。
監視カメラに向かってほほ笑む少女。まるで健吾がカメラの映像を見ているのがわかりきってるといった表情だ。
(いや……わかってるんだ。俺の現在地、そして……感情、『心』が、こんなことができるのは……)
『クスクス、ご明察、わたくしは『心を読む』能力者よ。そして――クスクス、健吾君には特別に教えてあげる。私は『旅人』です」
少女は監視カメラに向かってほほ笑む。それは楽しそうに……まるでお茶に誘われいるような雰囲気だが、。
その笑顔は純粋だ。だかろこそ――恐怖を感じる。
こんなでたらめな状況だからこそ、日常では心をいやす『純粋な笑顔』は、純粋であればあるほど『狂気の笑顔』に思えた。
普通の精神の持ち主なら気味悪がって少女と関わりあいにならないだろう。
「……………」
『クスクス、どうやら会っては頂けるみたいね』
しかし――健吾はあえて少女と会うことにした。
彼女が持つ雰囲気、そして『旅人』というワード……健吾は会わないことのデメリットの方が大きいと考えた。
◇◇◇
健吾は少女を新宿のビル街が一望できるホテルの一室に案内した。
あえて逃げ場のない上層の部屋を選択したのは少女を信用しているというアピールだ。正直……対策がない今は心の能力者に勝てるかどうか怪しいのだから。
それに相手は心の能力者だ。小細工なんてしても見抜かれる。ならば……情報を得るためにも友好的に取引を進めた方がいいというのが、健吾の考えだ。
最悪、健吾の得た『身体能力』ならば窓を突き破り、壁伝いに外に出ることも可能なので、逃げる算段もつけている。
「ふふふっ、東京を一望できるいいホテルですね」
そんな考えを見抜いてか、少女はホテルに入ると上機嫌で外の景色を眺めた。それは健吾がここに招いたくれたことをうれしがるような態度だ。
敵意はない。あるのは健吾に強い好奇心だけのように思えた。
無害そうな少女……だが、健吾は気を許さない。相手は心を読む化け物、そう決めてかかり、話を進めようとする。
「さて、取引のことだが……」
「もうっ、せっかちだわ。わたくしの能力を警戒していますの? それも無理もない話ではありますが……」
さっきまでの楽しそうな雰囲気とはうって変わり、つまらなそうに言いながら少女は大きめのベッドに腰掛ける。
さすがにいい材質を使ってるのか座った瞬間、少女の身体が少しベッドに沈む。
「あら、いいベッドですね。それで貴方は――」
「待て、質問をするのは俺だけだ。あと、余計なことは一切喋るな。それぐらいが取引として『フェア』だろう」
少女の言葉を遮り、健吾はぴしゃりと言い切る。
健吾は世界に退屈を感じ、二次元に陶酔できる数多のゲームや漫画を自分の知識としてきた。当然その中には心を読む能力者が出てくるものがいくつもあった。
それらを参考にした結果、導き出したのが……少女に質問させてはいけないというものだ。
「心を読む能力者というのは大抵、質問をトリガーとして情報を得る場合が多い。質問して、その答えを考えた俺の思考を読む」
(まあ、それが能力の全てというわけでもないだろうが……そうじゃなきゃ、俺の名前を知っていた理由と……何より……こいつの能力の『効果範囲』が気になる。こいつは距離がある相手の思考さえ読める筈だ)
「クスクス、貴方、やっぱり……いいわね」
健吾の言葉に何か満足するものがあったのか、少女は楽しそうな声色で語りかけてくる。その言葉から堅苦しさが消えて、敬語もなくなり、親近感がある。
「あら、まあ……クスクス、『初参加』なのに能力への理解が鋭く、早い。思考を読んだ時も感じたけど、貴方やっぱり面白いわね……いいわ、質問をしなくてもこちらはある程度正確な情報を拾えるから、それで話を進めてくれる?」
自分の能力が分析されているにもかかわらず、少女は余裕を崩さない。
健吾が自分に危害を加えないのがわかっているのか、はたまたはこの状況にスリルを感じているのか、それとも何も考えていないだけなのか……情報を持たない健吾には判断が出来なかったが……少女の余裕は気になる。
この少女は今の状況に『慣れ過ぎている』感じがした。
「ああ……」
(この美少女は一筋縄ではいかない相手だな……でもここは仕方ない。心を読まれるデメリットを容認してでも、この女から最低限の情報は得た方がいい。こいつはいろいろ知っていそうだ)
「ふふふっ、貴方に損はさせないわ……でも、貴方と話してみて、どうしても1つだけ質問したくなったのだけど、いかしら?」
「ああ、だが……余計なことを聞けば――」
健吾は一呼吸置く、次に言おうとしている言葉を発すれば、後戻りできない気がした。そんな考えが一瞬よぎるが――。
「お前を殺す。俺にはお前を殺す準備がある」
健吾は躊躇いなく口にした。
もう日常に戻る気などない。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。その世界に望んで足を踏み入れる。
この時点で健吾は一般人として……壊れている。ゲーム始まって数時間で簡単にゲームを受け入れ過ぎている。
「クスクス、最高ね……確かに健吾君の『身体能力』なら、わたくしを殺せるわね。まあ、今の状況なら全参加者にわたくしは殺せるのだけど。わたくしの『能力』は戦闘面に関しましては、全能力者で『最弱』ですし」
だが、少女はそんな壊れた健吾を見て、心を読んでも、その顔に張り付いたような笑顔を消さない。むしろさらに口の端をつり上げて、楽しそうに笑っている。
少女が自分で言う通り、一歩間違えば自分が死ぬというのに。
健吾はそんな少女を見て本能的に感じる。
(ああ……こいつも俺と同じで壊れてやがる)
「クスクス、それは正解。それでわたくしの質問なのだけど……」
「ああ……」
健吾に緊張が走る。少女が余計なことを口走った瞬間に、人間としての道徳を捨てるつもりでいた。
だが――健吾の緊張をあざ笑うように、少女は笑う。
「クスクス、貴方童貞……?」
「……はっ? お、お前一体何を……」
少女の口から出たあまりにも突飛した質問に、健吾は思わず間抜けな声を出してしまう。それは健吾が全く予想していない質問で、ゲームに関係するとは思えない。
(な、何でそんなことを……)
「クスクス……」
そして少女はそんな健吾の反応を楽しむように笑う。
「ふふふっ、もう、答えなくていいわ。嬉しいわ。貴方はわたくしの運命の人なのかもしれないわね。こういうのに人並に憧れていたけど、実際そういう機会を得ると、考えていたよりもときめくわね」
「どういうことだ……?」
「初めては初めて同士の方がロマンチックじゃない? というお話よ」
「…………」
健吾は深く考えるのをやめる。心を読む能力者相手に、あれこれ考えるのは得策ではないと……感じた。
このゲームにおいて参加者の性格というのは重要な情報の1つだ。それをこれ以上探られたくなかった。
それに美少女に童貞と言われるのも……なんというか、精神衛生上よくない。
「ふふふっ、それでは健吾君、お話を続けましょう。名前ぐらいは名乗っていいわよね? 修二君に美少女と心の中で呼ばれるのはうれしいのだけどね」
(くそ……や、やりにくい相手だな)
健吾は少女の言葉に動揺しながらもうなずく。
「わたくしは『七川三咲(ななかわ みさ)』以後、お見知りおきを」
少女、三咲はひまわりのような微笑みを浮かべた。
健吾はその笑みに全てを吸い込んでしまうような、黒さを抱えているような歪みを感じる。
(さっさとこの取引を終わらせるのが先決だな。話せば話ほどこちらが不利なる)
「お前の目的はなんだ……? 俺に差し出せるもの等ないぞ」
「ああ、それは考えなくていいわ。クスクス、気が変ったわ」
「なんだと……それじゃあ、この取引はお前が俺の質問に答えるだけということか?」
「そうね。まあ、強いて言うなら、このホテルを出るまではわたくしを殺さないで欲しいのだけど……わたくし、その答えはもう得ていますので」
「……」
(やりづらい相手だな……さっさと終わらせてしまおう)
「クスクス、嫌われちゃったわね。結構悲しいものね」
「あんた、さっき『旅人』って言ったな。それは前回のゲームの参加者という認識でいいか? 漫画とかの場合なら、ゲームが終わった後、『旅人』になるか現実に帰るか選択させられる……っていうのがベタだけど」
健吾はこの少女と出会って1つの違和感を持っていた。それは二次元に触れていてその独特の感性からゲームに適応している健吾とは違う意味で、少女はゲームに『慣れ過ぎている』ように感じ取れた……。
なので『旅人』がゲームの常連者の隠語なのではないか? という考えに達した。
「ええ、大正解よ。わたくしは6度、このゲームを生き残っている。まあ、『旅人』といっても毎回与えられる能力はランダムですし、アドバンテージは情報と経験ぐらいかしら」
修二は少女の答えに内心ほくそ笑む。
(『旅人』か脅威な連中だ。でも……今の質問でこいつが嘘をついていなければこのゲームは繰り返していることが確定した……俺が望めばずっとこのゲームを繰り返すことができるということだ)
「クスクス、ええそうよ。喜んじゃって、可愛いわね」
「ふん、概要はわかった……最後の質問だ。一度のゲームに旅人は大体何人ぐらいいる?」
「あら、もう最後でいいの? もう少し、お話ししたいのだけど、わたくしの能力を考えると仕方ないわね。大体毎回多くて3人というところね。ふふっ、さっき心を読んだのだけど……ふふっ、『戦火の魔女』が参加してるみたいね」
(戦火の魔女……? 何だそれは……まあ、これ以上俺から聞くとつまらないよな)
健吾は小さく息を吐く。
もう三咲から聞きたいことはなかった。
「そうか……それがわかればいい。取引はおしまいだ」
「本当にいいのかしら? わたくしから引き出せる情報はまだあるわよ? 能力の詳細とか。特にわたくしは『レギュラースリー』については詳しいわよ。それと……ふふっ、健吾君と『チーム』を組むのも面白いかもしれないわね」
「…………」
三咲の言うことはもっともだ。健吾は心から得られる情報の一端にしか触れていない。他の参加者の能力、性格……など、このゲームに置いて最も重要な情報を聞き出そうともしない。
だが、健吾はそれでいいと考えた。
なぜなら――。
「そんなの聞いたらつまらないだろ? 俺は最低限のルールの把握のためにお前と取引したに過ぎない。そして得たかった情報は得られた」
(『心』の能力の性質も知れた。能力の作的範囲を考えればこいつはこのゲームに置いてジョーカーになりえる)
「ふふふっ、それはどうも。健吾君みたいな考えは嫌いではないわ。それではおまけしてあげる。忠告よ健吾君」
健吾は小さく舌打ちをする。これ以上の情報はゲームを楽しむ上で邪魔にしかならない。いうなれば大好きな漫画のネタバレを聞くようなものだ。
だが三咲はそんな健吾の心を察しつつも、言葉を続ける。
今まで顔に張り付いていた笑顔を消して、無表情になった――それは6度もの殺し合いを潜り抜けていた『旅人』としての表情だ。
「旅人『戦火の魔女』と能力者『獣』には注意なさいな。戦火の魔女は『旅人』の中でもさらに異質で『16度』ゲームをクリアしてる怪物。獣は――出会ったら何を優先にしてもひたすら逃げなさいな。あれは能力者の範疇をゆうに超えている――正真正銘の化物よ」
「…………」
ここまで恐怖心を一切見せなかった三咲は、初めて恐怖を孕んだような感情で語る。これは心からの忠告なのだろう、ということがすぐにわかる。
だが、健吾の胸中にはわくわく感がわいて出てくる。
(最強の存在……いいじゃねぇか)
結局健吾はこのゲームを楽しめれば何でもいいのだ。
例え自分の命を危険にさらそうとも……。
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