セブンスコード

シマアザラシ

第1話 デスゲームの始まり

 ショーというものは単純でわかりやすくなければならない。


 特別なルールなどいらない。10の特殊能力による殺し合い。ただ、それだけでいいのだ。私はこの世とは思えない熱き戦い、心躍る戦争をこの目にし、最高の娯楽、愉悦、快楽を得たい。


 だが……人と人が出会い、対立し、殺し合いをする以上を単純なはずがない……そこには大小さまざまなドラマが生まれ、ショーとしてはわかりづらくなる可能性がある。殺し合いをショーとするのは難しいものだ。


 もっとも人間の醜い生への執着がにじみ出るからこそ、このショーは甘美で美しいものになるのだから……。


◇◇◇


「なんだこれは……」


 高校生の新島健吾(にいじまけんご)は今の状況を何とか理解しようとしていた。

 だが、頭が現実に追いつかず、その場に立ち尽くすことしかできない。起こった現実離れしすぎて脳が思考を辞めているのだ。


 いうなればいきなり宇宙空間に放り込まれたような衝撃だ。言葉が出ない。じわじわとこの『状況』に対する恐怖感を覚え、身体が震え、喉が渇く。


 そんな混乱状態の中でも健吾の頭は今の状況を少しでも理解しようと周りを見渡す。


「…………」


 健吾は街にいる。


 東京の新宿。日本でも有数の繁華街で、数多くの飲食店、商業ビルや、街頭モニター、看板、4車線の大きな道路が目に付く。


 街の外観だけ見ればいつもの街の光景だ。

 ここへは妹と買い物に来ていた数秒前と何ら変わらない……街の外観だけは。


「こ、これは……どういうことだ」


 段々と今の状況を理解してきた健吾の声色のには明らかに強い困惑の感情が強く出ていた。

 町の外観は変わらないが……突如空が『血のような深い赤色』に染まり、健吾の周りにいた大勢の買い物客の家族連れ、ビルの警備員、喫茶店の店員最愛の妹――100人以上の人間がその姿がかき消えたのだ。


 それなのに街は人が消える前のままだ。街頭の大型モニターには人間が消える前と変わらず、ニュースが流れていた……その中途半端な日常がさらに言いえぬ恐怖心を煽る。


 そして、理解する。これは……この世の理を逸脱した現象だ。


「……俺の頭はとうとうおかしくなったか」


 超常現象が起こった……と、考えるよりは自分の頭がおかしくなった――そう考えた方が自然だし、簡単だ。


 だが、肌で感じる気温、自分の呼吸、周りの景色は夢ではありえない現実味があり、赤い空は幻覚では再現できないリアリティーがあるように思えた。


『ピピピピ』


 健吾が頭の中でごちゃごちゃまとまりのない考えをしていると……後ろポケットに入れていたスマホが着信を知らせる。


 非常識の中にいて、その日常的な着信音が健吾の思考を止めた。


(……何が起きてるかはわからない。だからこそ状況を把握しないとな……『夕』のやつ無事だといいけど……)


 健吾は妹の安否を心配しつつ、今の状況について考える。

 元々健吾は計算高く、あまり物事に動揺するタイプではない。クールと周りには言われるが……自分では冷めているだけだと考えている。


 かつて『近しい人の死を目の当たりした時』も冷静でいられた。

 もっとも……逆に言えば今はそんな冷めた健吾さえ思考が停止するほどの状況ということだ。


 しかし、着信音を聞いていつもの冷静さを取り戻していく……それが今の状況で役に立つ。健吾は自分が今すべき行動を冷静に選択するように心がけ、スマホの画面を見た。


(……これは)


 健吾のスマホに見覚えのない電話番号が映し出されていた。それも『tel:123456789』という、普通ではありえないふざけた電話番号だ。


「……さて出るべきか、出ないべきか」


 健吾は基本物事をマイナスイメージで考える。『どちらが得をするか』ではなく、『どちらが損をしないか』だ。


(出ることによって発生するデメリットはなんだ……こんな緊急事態なんだ。電話に出ることによって、被るデメリットなんて、正直想像がつかない。だが……出ないデメリットは思いつく)


 今の状況を鑑みた場合『出ないデメリット』の方が大きいと考えた。


 理由として、もし『このデタラメな状況を作り出した首謀者』がいるとしたら、電話に出ることによって情報が得られるかもしれないし、もしかしたら救助の電話の可能性だってある……もっとも何から救助されるかもわからないが……。


「こんな訳の分からない状況だ。どんな些細な情報でも得て損なことはないだろう…」


(まあ、電話に出ることによって催眠の類をかけられる奴だったら、詰みだけどな……まあ、そんなことができるなら、電話をしなくてもいくらでも方法があると思うし……)


 健吾は自分が依存しているゲームや漫画の世界を思い浮かべる。それは健吾が人生のほとんどを捧げて来た世界だ。


 生まれてから、いくつもの創作物に触れてきた『経験』が健吾の冷静さの要因なの かもしれない……。


「…………はい。もしもし」


 電話が鳴り始めて20秒。


 健吾は意を決して電話に出る。するとすぐに、若い女性の『くっくく』と笑う声が聞こえて来た。


 その声には明るさがある。まるで、学校の同級生と語り合うような空気感だ。

 日常では何一つ違和感のない声色。だが、この異常な状態の中でそれは酷く歪み、狂気を孕んでいるように思えた。


『くすっ、はろはろ~。わったしは! みんなのアイドル『シシミー』ちゃんですぅ~~。ふふふふふっ』


「…………」


 最初の笑い声と同じ、楽しさの感情を宿した声が耳に届く。やはり……その楽しさに違和感がある。


 思考を巡らす健吾を横にシシミーは話を続ける。


『新島健吾君。君は『殺し合い』に巻き込まれました~。ちゃんちゃん』


「はっ……?」


『ルールはすっごく簡単。『我々』が与えた特殊能力で10人が殺し合い、ラスト4人に残ること! 期限は3日! 3日過ぎて5人以上残ってると、キル数上位4人以外は死んじゃうからよろよろ~~。わおっ、めっちゃシンプル!』


「ちょ、ちょっと待て――」


 健吾は思わずシシミーの言葉に割り込もうとする。

 ゲームや漫画に依存している健吾とはいえ、話がいきなり過ぎてついていけなかった……。

 しかし――シシミーはその思考の遅さを許さない。


『きゃはは、待たないよ。だって……もうゲームは始まってるんだから――』


「…………」


 その声は先ほどのまでの楽しさという感情のほかに……明らかに真逆の感情が含まれていた。それは――『愉悦』と『狂気』だ。

 それがシシミーの言葉に妙な説得力を持たせ、健吾は言葉を失う。


 健吾は『過去』に……同じような人間の狂気に触れたことがあった。その経験が健吾の頭の中の警報器をガンガン鳴らしていた。


 この女は危険。決して逆らうなと。


(…………ここは黙って聞くのが吉だな)


「話を進めてくれ……」


『くすっ、君適応能力高いねぇ~よきかな、よきかな。ふふふっ、『優良物件』だねぇ。今回のゲームは荒れそうでスルーしようと思ってんだけど……私、貴方を推しちゃおうかなぁ」


 黙っていた健吾に対して、好意的な笑い声を漏らしながら話を進めた。


『でも……もう説明することはないんだよねぇ。あ、そうだ! 後で『メール』でも送られるけど、『能力の詳細』を教えてあげるね。ここまでは言っていいことになってるし!』


(メール……詳細……本当に殺し合いが起こるなら一番大事な情報だな)


『得られる能力は10の中からランダムに1つ。『火を操る能力』『水を操る能力』『雷を操る能力』『1度だけ死ねる能力』『催眠能力』『武器庫になる能力』『心を読む能力』『銃を操る能力』『本能のまま暴れる獣になる能力』『機械の獣を操る能力』……』


 シシミーが10の能力を説明し終える……。非現実的だ。


 健吾の頭に思い浮かんだのは、まずそれだった……。

 一部を除き、何も道具を使わずに人間ができることじゃない……。


 これはまるで――。


(本当に……ゲームだな)


 普段の日常なら笑い飛ばすだけだ。それでおしまい。

 だが……今健吾がいるのは自分以外の人々が消え、空が血のように赤くなった非日常だ……それを踏まえるとシシミーお言葉を笑い飛ばすことはできない。


「くすっ、君はどの能力を得ると思う? 『能力の配布』は20分後だから! くははは、上手く使って生き残ってね。君なら『扉』を開けるかも~? くはは、でもこれは『君が望んだ現実』だよ。せいぜい楽しみな。今回は『災害』も『セブンスコード』も存在している大盤振る舞いなんだから」


 その言葉を最後に電話が切られた。

 狂気と楽しさが混合するシシミーの笑い声が脳裏から離れず、ずっと耳に残りつけた。


「これが……俺が望んだ現実か……」


 健吾はスマホをポケットにしまうと非現実的な赤い空を眺め続け……本能的に悟る

。もうあの『退屈な日常には戻れない』と……。


 その時、健吾の感情から恐怖が薄れ別の感情が湧き出てくる。

 それは絶望などのネガティブな感情ではなく……。


「……ふぅ、そんなこと考えてる場合じゃないな。シシミーの話が本当なら命がけのゲームなんだ。今は情報整理しないといけないが……」


 健吾は今の状況を頭の中で整理し、シシミーとの電話での会話は考察する。

 だが、うまく考えがまとまらない……どうすれば、最善の策か、わからない……。


(いきなり特殊能力と言われてもな……でも……)


「…………くくくっ、ああ、だめだ。感情を抑えられない」


 健吾は乾いた笑みを漏らす。

 今は訳のわからない状況だ。それは間違いない。


 普通の人間なら、動揺して錯乱するか、現実として受け入れず小馬鹿にしているだろう。だが……健吾が感じている感情は――歓喜と好奇心だ。


 健吾は今の状況に、子供がおもちゃを前にして持つワクワク感と似た想いを持っている。この超常的な現象の前であまりにも幼稚な考えだ。


 健吾も決して知能が低いわけではないのでそれは自分でも理解している。


 だが……健吾にとっては『普通の日常などに価値はない』。だからこそ、この非日常を簡単に受け入れられた。


(こんな『ゲーム』……ワクワクしない訳ねぇだろ……さて、俺はどの能力を得ることになるか……くくくっ)


 そう……健吾はこのゲームを否定するつもりはない。


 心の底から楽しむ……もう頭にはその考えしかなかった。子供みたいな好奇心が非日常にいるという恐怖を凌駕し、健吾を突き動かす


(まずは……メールが来るまでの間に、フィールドの端に行ってみるか……ルールが単純でも把握しなくてはいけないことはたくさんある筈だから)


 健吾は静かに歩きだした。この非現実に希望を感じながら……。


   ◇◇◇


 健吾がシシミーと電話してから30分後--。


 中小企業で営業をしている小太りの中年男性『早沢道長はやさわ みちなが』は絶望していた。

 デパートの地下にあるトイレで膝を抱えて恐怖に耐えていた。


 何もわからない……考えたくもない。突然……人が消え空が赤く染まった……そして、先ほどの電話の主『シシミー』は殺し合いをしろという……。


「もう……うんざりだ。上司や部下からは馬鹿にされて、僕だけ苦労して……それで最後は殺し合い……? ふざけるな、ふざける。何が特殊能力だ! 試すことができない『ゴミみたいな能力』でどうしろって言うだ!!!」


 早沢はぶつぶつと愚痴を漏らす。心の奥底から湧き上がってきたような重く、暗い声だ。


 早沢は自分の人生はろくなものではない……傍から見れば早沢自身の能力と気弱で逃げ癖のある性格の所為だが……早沢はそうは考えない。


『悪いのは自分ではなく、世界』そんな子供じみた言い訳を胸に今まで生きてきた。


 できれば生まれ変わり、人生をやり直したい。今ではない現実にいきたい……そんなことばかり考えながら毎日を生きていた。


 ――そして、その願いは幸か不幸か叶えられた。


 突如鳴り響く建物が崩壊するような轟音と軽微な地震。早沢がいる建物がガタガタと震え、その轟音は耳に残り続け、「ビルが倒壊して死ぬんじゃないか?」という恐怖心があふれてくる。


「ひっ、ひっぃぃぃぃ、ひいいいいいいいいい。な、な、な、なんだ!? い、今の音は!?」


 恐怖で体が震える。恐怖で思考が固まる。恐怖で涙があふれ……数秒すると生存本能が思考を占めた。早沢は節に思った『死にたくない……と』――。


「わああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 大きい悲鳴を上げてトイレから飛び出し、必死に走り出す――。

 恐怖が身体を蝕むが、それを振り払うように走り、数秒と立たずに4車線の大きい道路に出る。


 すると、まず視界に入ったのは『煙』だ。


 それは『火』だ。見たこともないような強大な火と煙。嘘かと疑いたくなるような光景で――20階以上の4つ隣のビルが大きく燃えている。


「なっ、なんだ、あれは――」


『あははっはははっはははははっははは、そうだ。この力は俺様のものだああああああ。あはははっははは、まんまとネズミが出てきやがったぜええええ!!!』


 早沢の声は低い男の笑い声によって遮られた。

 その笑い声には狂気、喜び、などの感情が含まれている。


「あっ、あっ………あ」


 早沢は30メートルほど先にいる男の姿を見る。

 20代前半ぐらいで180センチ以上ある身長に筋肉質な身体。


 そして何より特徴なのが――両腕の肘までの部分が大きく『燃えて』いた――さながら、早沢には男のことが『恐怖の魔王』に見えた。


 シシミーからきたメールの内容が頭に再生される。


「ま、まさか、『火の能力者』…………!」


「その通りだああああ!!! あはははっはははは、見せてくれおっさん! あんたの能力をな!!! これはそういうゲームだろ!?」


「ぼ、ぼ、僕の能力……」


 ――早沢は瞬時に悟る。自分が『得た能力』ではこの男には太刀打ちできない。

 それは絶望なほどに――逃げることもできない。頭の思考を占めていた恐怖が、考えることを辞めさせる。人間が恐怖に先に辿り着くのは虚無だ――。


 もう何も考えられない。


「あ、あ、あ、ああ、あああ……」


 ただ、涙を流して、よだれを出らして、虚ろな瞳で男を見る。

 早沢はもう生きることを諦めていた――。


   ◇◇◇


 同時刻――。

 健吾は歓喜していた――。


 シシミー言う通り『能力』を得て、とりあえず高い場所に行き街の全景を眺めて情報を得ようとして、駅ビルにやって来た時、その光景を目撃した。


 健吾は駅ビルの3階から、能力で上がった視力で100メートルほど先の道路を眺めている。そこには筋肉質の男と、小太りの中年男がいた。


「あ、あはははははっは、あいつ! 人の身体から『火』が出てやがる! 何で肉体が焼けない!? あれを操れるのか!? かっこいいい! 能力は本当だった!」


 健吾の感情は恐怖よりも好奇心が先行する。

 自分は間違いなくつまらない『日常』から『非日常』にいるという証明ができた。


「クククク、あの火でビルを4棟も燃やしたのか……今時のビルなんて燃えないようになっえいるだろうに。クックク、あの規模の能力を見ると……俺の能力は『ハズレ』だな」


 先ほどシシミーからメールで知らされた能力ことを思い出す。そう、健吾が得た能力は他の能力に比べて決定的な『欠陥』がある。


 今、火の男の前に出ればすぐに火炙りにあい、殺されてしまうだろう……。

 そんな絶望的な状況だが健吾は――


「ククククククク、あっははははははは、最高じゃないか! 最弱の能力で最強を倒す! これこそがゲームの醍醐味じゃねぇか!」


 健吾は視界で男に燃やさている中年を見ながら、そんなことを口走る。

 人の死さえを『ゲーム内イベント』として、脳内で処理され、ゲームの戦略を導きだす材料になっている。


 すぐにゲームに対応し、そんな感情や考えを抱く健吾は、日常に置いては異端だったのかもしれない。

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