くだんの日
「お、お、お、お、お、落ち着くんだ……!」
その日の夜、俺は自室で机に向かってひたすら同じことを繰り返し呟いていた。
それくらい、今日一日の出来事は強烈すぎた。
地味に、目立たないように生きてきた今までの人生の数万倍の刺激に満ち溢れた、とてつもない一日だった。
「そ、それが、明日も続くって言うのか?」
「アニキ、そいつは普通、デートって言うんだぜ?」
弟の指摘を、俺は全力で否定する。
「いや、あり得ない!あんなつまらないスポットにいきなり連れて行くような甲斐性ナシ、加えて会話も満足にできないコミュ障にそんな誘いをするわけがない!」
そうだ。あの喫茶店があまりにも退屈だったから、彼女は俺に"お手本"を見せてくれようとしているに違いない。
彼女はどんなことにも全力投球だ。さっきも言っていたように、この多部ログにも全身全霊で挑もうとしているのだろう。
そんな時にあんな面白みのない店を紹介されたから怒ってるんだ。こんな店のレビューを書いて、満足に単位がもらえると思うなよ、と。
時間も限られているから、土日も惜しんでレビューにふさわしい店を探そうとしているんだ。きっとそうだ!
「相変わらずネガティブだなあ。もっと自信持ちなよ。俺様のアニキなんだぜ?」
お前のその自信がどこから湧いてくるのか、俺にはそっちの方が不思議だぞ。弟よ。
「せっかくなんだから、目一杯アピールして来いよ」
「そんなことできるか!俺が彼女に告白する時は、"究極のラブレター"が完成した時だって決めてるんだから」
壁の向こうから、弟が腹を抱えて笑う様子が伝わってくる。
この野郎……!
「じゃあさ。むしろ、あっちから告白させるように惚れさせるってはどうよ?」
「お前と一緒にするな。それに、あっちは学校中の注目を集めるマドンナなんだぞ。そんなことができる訳がないだろ」
「アニキだって、その癖さえ何とかなりゃ、絶対にモテるのにな……」
最後は少し小声になって、弟は眠りについたようだった。
やれやれ、面倒なやつだ……。俺は、再び椅子に座ってPCの画面をのぞき込む。
「理由はどうあれ、まさか土曜日も彼女と会えるなんて……」
ぼうっとしながら、書き終えたラブレターの下書きを保存する。
今日のも中々の出来だったが、正直言って今の俺では冷静なジャッジができない。また後日、しっかりと校正をし直せばいい。
「ああ、早く明日にならないかなあ」
気もそぞろに、俺はタッチパッドを操作してちゃっちゃと下書きを保存し、PCを立ち下げる。
その時、いつもなら入念にチェックしていた『非公開』のチェックボックスは、浮かれきったオレの目には霞んでいたのだった……。
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