凶弾と背面キャッチ
翌日──
狙い通りの時間に、待ち合わせの場所に到着。完璧なタイミングだった。
ところで、待ち合わせの時、最も目立たないタイミングって何時だか分かる?
オーソドックスに5分前?社会人としては正しいのかもしれないが、俺的にはNGだな。
正解は、『相手がやってきた1分後』だ。
これなら、無駄に相手を待たせることもなく、逆に自分を長いこと待たせてしまったのでは?という罪悪感も生じない。
どうだ、完璧だろ?
なに?どうやって相手が到着するタイミングが分かるのかって?
そんなの、待ち合わせ場所の近くで目立たないように見張ってりゃいいだけじゃないか。もともと目立たないように景色に溶け込むのは得意中の得意だしな!
それはさておき、今は彼女のことを忘れちゃいけない。
俺に気づくと、元気よく手を振って迎えてくれる。
「おっはよー。佐藤くん、今日もよろしく!」
「おはよう。なんだか、いつもにも増して元気だね」
初めて見る彼女の私服。
ノースリーブの、丈の長いワンピース。いつもの活発なイメージとは違って、落ち着きのある清楚なお嬢様って感じだ。
正直言って、めちゃくちゃ可愛いし、似合っている。
その証拠に、さっきから周囲の視線が思いっきり彼女に集中していた。特徴的なのは、視線の主は男女を問わないってところ。
改めて思うが、彼女はやはり特別な存在なのだ……。
「約束通り、今日は私のお勧めスポットを紹介するよー!」
清楚な見た目にそぐわず、袖まくりをして(ノースリーブなのであくまで仕草だけね)ブンブンと腕を回す。
見た目とのギャップの激しさに、周囲の視線がさらに密度を増す。もちろん、そんなことは彼女は一向に気にしない。
「ああ、よろしくね」
口から心臓が飛び出そうなほどドキドキしているのだが、そんなのはおくびにも出さずに軽く微笑む。
しかし、一体どんな一日が始まるのか……。俺には想像もつかなかった。
「よっしゃー!またもホームラーン!」
「わー、凄いね(パチパチ)」
甲高い金属音と共に、吸い込まれるように場外のネットを揺らす打球。
聞いて驚くな。なんと、ここ多部商店街にはバッティングセンターまであるのだ!
そしてなんと、彼女が選んだおすすめスポットがここだったのだ!
「部活がお休みだから、こうやって体も動かさないと鈍っちゃうもんね」
とは彼女の談。きっと、普段は休日も部活で汗を流しているんだろう。そのルーティンを崩さないように、今日、ここを選んだってわけだ。
切れの良い、腰の入ったフォームで豪快にホームランを量産する彼女を見つめながら、俺の心中は複雑な思いでいっぱいだった。
これは、間違ってもデートで来るような場所じゃない。
万が一、いや、
それと同時に、不思議な闘志が湧いてくるのも感じていた。
そう簡単にいくはずがない。それでこそ、青蓮院琴音だ。
そんな彼女だからこそ、俺は毎日のように"究極のラブレター"を書き続けているんだから。
「さ、次は佐藤くんの番だよ!」
額の汗を指で弾きながら、自分のバットを俺に渡してくる。
「佐藤くんも豪快にかっ飛ばしてよね!」
いくら彼女の頼みでも、絶対にそんなことをするわけにはいかない。
彼女の選んだコースは『プロ仕様、初心者お断り』なのだ。こんな剛速球のマシーンでホームランなど打とうものなら、どれだけ周囲から注目されるか分かったもんじゃない。
事実、さっきまでの彼女の注目の集めっぷりたるや、よそ見してデッドボールを喰らってた男子もいたほどだ。
いつものように無難にやり過ごそう。
というわけで、俺は狙いすましたように内野安打とゴロを繰り返した。少しだけ惜しい当たりを混ぜるため、特大のファールも交えつつ。
平均的な高校生なら、こんなもんだろ。
「佐藤くん、本気出してないでしょ?」
「ぎくっ!?」
無事にやり過ごせたと思ったら、何故か彼女に咎められてしまった。
まさか、わざとやってるって見抜かれたのか?
「もっと思いっきり振ってごらんよ!フォームは悪くないんだからきっと飛距離も伸びるって──」
そう言いながら、彼女が俺の立つ打席に近づいてくる。
その時だった。
「……っ!」
使い古されたピッチングマシーンが投球動作に入るのが見えた。
そんな!さっきのが最後だったはずなのに!まさか、老朽化で故障したのか?
しかも、このコース……まずい!このままじゃ彼女にぶつかる……!
そう思った刹那、俺はバットを放り投げ、彼女をすり抜けるように前に出た。
彼女の視線を遮るように、ピッチングマシーンに背を向ける。これで、少なくとも彼女にボールが当たる心配はない。
後は──
「どうしたの?佐藤く──」
振り返った彼女めがけ、狂ったマシーンから放たれた、時速150㎞近い速度のボールが飛んでくる。
すんでのところで間に割って入ることができたが、このまま彼女を庇ってボールの直撃を受けるようなことは避けたい。
そんなことをして、目立つのはごめんだ。最善の策は、これしかない。
彼女の視線の死角になるように背中に伸ばした
「──え?」
何が起こったのか分からなかっただろう。おそらく彼女の目には、いきなり目の前にボールが現れたようにしか見えなかったはずだ。
事情が呑み込めず、茫然と俺に尋ねる。
「そのボール、どうしたの?」
「……記念に持って帰ろうかと」
どうしようもなく苦しい言い訳だったが、押し通すしかない。
それに、おそらくこの流れだと……
「あれ?どうやらマシーンが壊れたみたいだよ?青蓮院さん、ひょっとしてマシーンにライナー直撃させたんじゃない?」
「そんなわけないでしょ!でも、確かに調子悪いみたいだね。エラー音が鳴ってるもん」
よし、うまくごまかせた。
あとは、パンパンに腫れた左掌をさり気なくポケットに隠してここを去るだけだ。
「仕方ないから、他のところに行こう」
そういって、少し強引に彼女をセンターの外に押し出したのだった。
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