夏の終わりと電信柱の間
狐照
夏の終わりと電信柱の間
夏休みも終わっちまって、新学期が始まった。
「あつい…」
夏休みが終わったら、夏が終わった気分になる。
なのに暑い日が続くのが、マジで意味分からん。
「アイス奢ってやっただろ」
強い日差しを浴びて参ってる俺とは違い、幼馴染は涼し気だ。
なんかサラっとしてる。
「お前だけ秋の太陽当たってんのか?」
「なに言ってんだよ、と、危ないから前見ろよ」
マジで言ったのにクールに躱され、その上電信柱とキスするのを阻止してくれる。
コイツは本当に同い年なのか?と思う程しっかりしてる。
後、無駄にイケメン。
優しい性格がダダ洩れのイケメンだ。
チビの頃は同じようなもんだったのに、気付いたら背丈も抜かされた。
勝っているのは成績ぐらいなもんだが、それもギリ。
「むん」
「え、急に蹴るなよ、何」
「るっせえイケメン!」
「ええ?怒るとこそこ?」
「むーんっ」
俺の複雑な気持ちなんて知らないで、楽しそうに笑って蹴りを避ける幼馴染。
俺にだけこういう感じの、幼馴染。
幼馴染は優しい。
誰にだって優しい。
幼馴染だから。
昔から一緒だから。
そういうアレで、俺は一緒に居るだけで。
一体いつまで独占出来るのだろうか。
日曜日は必ず俺の家で遊んで勉強して過ごすってのは、いつまで続けることが出来るのだろうか。
朝食を近所のコンビニで買って帰るこの道を、後何回一緒に歩くことが出来るのだろうか。
必ず俺を歩道の内側にする幼馴染の、手を、掴みたくなって、慌てて電信柱に切ってもらった。
「コラ!電信柱の間は通らない!」
「あ、忘れてた。ごめ」
だめだろ、と腕を掴まれる。
「危ないから、だめ」
真剣な顔で口調で強く注意され、思わず吹き出してしまった。
「お前ソレいっつも言うけどさあ、なにが危ないんだよ」
昔から、幼馴染は言うのだ。
建物と電信柱の間は通ってはいけない、と。
自分にぶつかってもいいから、通ってはいけない、と。
誰にだって優しい。
けど多分、電信柱の件は俺にだけ言っている。
そう思うとなんだか嬉しくなって、幼馴染の手を振り払い隣のマンションと電信柱の間を、
「とつにゅー!ははは、マジで何があぶねぇ…え?」
また心配させようと、そう思ったんだ。
腕をまた掴んでもらおうと、そう思ったんだ。
なのに、何、コレ。
電信柱の間、通ったら、世界が汚い紫に染まっていた。
全部紫の膜が貼っていた。
地面が沸騰してるように動いてる。
いや、建物という建物が蠢いている。
変な、甘い、匂いが、する。
わかる。
しらないけど、わかる。
ここは俺が居た世界と違うって。
ここは俺が居ていい世界じゃないって。
逃げないと。
なんか来る前に。
どうにかなる前に。
体が硬直して動かせない。
瞬きも出来ない。
息苦しい。
危ないって、こういう、意味だったのか?
今となってはもう遅い。
注意してもらっていたのに。
俺はもう、幼馴染に逢えないんだ。
そう思ったらボロクソ泣けた。
「だから危ないって言っただろ」
幼馴染の声がした。
声がした方を向きたいけど体はやっぱり動かなかった。
その代り、幼馴染の腕が腰に回って、俺は力強く引っ張られた。
そのまま胸の中、抱き締められ、紫じゃない地面が見えて嗚咽が漏れた。
幼馴染が優しく背中を撫でてくれた。
「もう大丈夫だよ」
ボロボロ出る涙を優しく拭われ、ますます視界が滲んだ。
「…もぅ、あえないがどおもっだ…」
「泣かないで、今日からずっと傍に居るから」
そんな優しい口調で抱き締めて頭撫でられたら、泣くっ。
底なしの優しさに、俺は抱き付き頷きまくった。
「もう二度と、俺の傍を離れたらだめ」
言い含めるように幼馴染が続ける。
「電信柱の間も通っちゃだめ」
「ひとりで出歩いてもだめ」
「ずっと俺の傍に居ないと、駄目、だ」
俺にとっては良いことずくめの内容だった。
嫌がる要素が何処にもない。
だってこれで俺は心配しなくて済む。
期限が無くなって、ひと安心だ。
あ、でも、俺はずっとがいいけど、幼馴染が心変わりしたら?
急な不安を涙と一緒に拭うように、
「嫌だって言っても、許さない、から」
潰す勢いで抱き締められた。
背筋ゾクゾクってした。
幼馴染の新たな一面に涙も引っ込んだ。
「……あいす、溶けてね?」
「…かも、ははは」
まるで何も無かったかのように幼馴染は歩き出す。
俺の手をしっかり掴んで。
「うかれすぎて飛びそう」
「…手も、離したら、だめ」
夏の終わりと電信柱の間 狐照 @foxteria
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