4.向き合う刻に
42-幸せだったあの日
「…どいてほしいのだけど」
「え〜、聞こえねぇ〜」
またか。
彼はどうしてこう私に執着し意地悪するのか。
私は彼に何かした覚えはないのに…。
何が楽しいのかニヤニヤとして嫌な奴。
だからクラスの女子に相手にされないんだよ。
そしてその鬱憤をまた私にぶつけてくる。
本当に嫌な奴。
私は廊下を通ろうとしたところで一人の男子より通せんぼをされた。
避けて端を抜けようとしても手をバッ!と立てて行けないようにされてしまう。
仕方無しに「どうしてか?」と問い掛ければ先の答えだ。
どうやら単純に嫌がらせがしたいらしい。
それらの幼稚で意地の悪い態度に不満を持ち私は相手を下から睨み付ける。
が、彼はそんなものどこ吹く風と下手な口笛をしてさらに私を挑発する具合。
…私の顔に威圧感など欠片もない事は以前より思い知らされている。
また、考えなしに腕力で立ち向かおうにも同年代と比較して小さな身体ではやりようもない。
そもそも痛みで抑え付けるなどしたくない。
私はそんな事を絶対にされたくないから。
…はぁ…、別の道から行くか。
「ッ!?痛い!!離して!!」
「へへっ、女みたいな髪してよ!情けねー!!」
踵を返して元来た方向から迂回しようとすればグッと髪の毛を掴まれた。
それはかなり乱暴な手付きであり頭部に鈍い痛みが走る。
こんな事初めて…。
…まるで昨日の夜に―からされたように。
「嫌!!」
強い恐怖が私の全身を駆け巡る。
その感覚に私は体を強張らせてギッと瞳を閉じた。
だが、私の瞼の裏には甲高い声、お酒の吐きそうになる匂い、振り上げられる大好きな人の手。
それは鮮明に刻まれている。
違う!!
―はそんな事私にしない!!
違うったら違う!!
自身に言い聞かせどもこの現実からは逃げられなんてしないのだ。
それこそ学校が終わらない限り。
「わ!?何だよ急に!!うる―」
「お前何してる!!愛ちゃんからどけ!!」
「最低!!愛ちゃんを離しなさい!!この不細工!!」
「な!?う!うるせぇ!!女がくんじゃねえよ!!」
「そんなのは関係ない!!先生を呼んで!!」
「わかった!!」
「お、おい!ずりぃぞ!」
私は解放され彼女達から抱きしめられる。
彼女らは矢継ぎ早に「怪我は!?」「痛いところはない!?」と尋ねてくれた。
私がそれに対して「皆のおかげ。ありがとう」と反応すればほぅ…と息を付き「よかった」「もう大丈夫よ」頭を撫でてくれた。
暫くして億劫そうに教師が来た。
――――――――――
子供の喧嘩などそれ程大騒ぎにはされない。
ましてや学校側としては身内の間だけで処理したい案件だ。
特に私は何というか目立つ生徒。
大人側としては私はどうしても奇異の目で写ってしまうらしい。
それはこの目の前の男性教師からしてみれば殊更のようである。
色眼鏡で判断される私は当事者であるにも関わらず主張する機会を与えられなかった。
要するにこの教師は私と関わり合いになりたくないのだ。
そういう訳でどうしてか互いに「ごめんなさい」をして終わりとなった。
それを私から聞き出した二人はというと。
「あり得ない!!愛ちゃんは被害者なのに!!私がパパとママに言うよ!!そうしたらあんな大人すぐに消してくれる!!」
「そうだよ!!あたしも愛ちゃんを守る!!任せて!!もう二度と泣かせたりなんてしない!!あんなの電話一本で済むんだから!!」
そう言って両側から私をサンドイッチする彼女達の手は私の体から携帯に移る。
ポシェットから取り出して何やら操作し始める。
私は慌ててそれを止めた。
「ま、待って!そんな事しなくていいわ!」
私は細腕で抱き着き何とか制止する。
ちょっ!?力強過ぎ!!
さっきの男子よりは確実にあるんじゃない!?
お願いだからと!止まって!!
二人はそれを受けてか渋々ながらも指を離してくれた。
そうして再び私の首、腹に両手を回して安心させてくれる。
ほんの数分の話し合いから戻ってからずっとこの調子だ。
くっつき過ぎて傍から見ればどちらが慰められているのかわからないだろう。
「ありがとう、二人共。でも、本当にそんな事しないでいいわ。あの子も「もうしない」って言ってくれたから」
そう二人を宥めるが、なかなか聞く耳を持ってくれない。
「絶対に嘘だ!!あいつはいっつも愛ちゃんの事見てるんだから!!キモ過ぎ!!中身も不細工の癖に愛ちゃんに近寄んな!!」
「ね!!マジキモい!!あいつ死ねばいいのに!!愛ちゃんがトイレに行った後あたし達の隙を突いてこっそり出てたの!!うえっ!!」
…少しだけ…、かなりやんちゃかな…。
私の一言で教師から例の男子に波及してしまった。
いや、身から出た錆なので擁護する気は毛程もないが、これでは私が参る。
話が大きくなってほしくないのだ。
それが伝わったらしい。
「…愛ちゃん、嫌かな?」
「あたし…、迷惑?ね?教えて?」
私が眉根を寄せていれば両隣から不安気な弱々しい響きがする。
そんなコロコロと変容する表情に私は苦笑してしまう。
…本当に二人は優しいね。
こんな可笑しな私に君達は勿体ないよ。
ありがとう。
「ううん。二人にはいつも感謝してるわ。逆に私が迷惑でしょ?私に付いていてくれるからふ―」
「そんな事ない!!」
「あたし達は愛ちゃんが好きだから一緒にいるの!!」
そう二人は畳み掛けるように言い放つ。
そして再度ギュ〜と私に抱き着いた。
その行動に私は思わず頬がほころんでしまう。
だからか私も二人を強く抱き返す。
この赤面した頬を隠したいからだ。
「わっ。あはは、3人で、だね」
「うふっ、愛ちゃんもぎゅ〜」
本当に大切な二人だ。
――――――――――
「そっか、お母さんに迷惑掛けたくないんだ。わかった、愛ちゃん」
「じゃあ、あたし達がもっと警備しないと。これからはトイレにも付いていく事にする」
「だね。愛ちゃんなら女の子のを使ってもいいよ」
どうしてかを丁寧に伝えれば二人は納得してくれた。
何も、考え足らずに突っ走るような子達ではない。
むしろとても聡明な女の子だ。
…そのはずだ。
それゆえに私に張り付きになってしまい他の同性の友達が出来ていないのが心苦しい。
こんなに素敵な二人ならば多くの人に囲まれるに違いないのだから。
「ねぇ?やっぱり迷惑じゃない?私なんて気にせず他の子と遊んでていいのよ?」
私が遠慮がちにそう告げれば二人は顔を見合わす。
そうしてプッと吹き出すと優しい笑みで私を見返した。
…どうしたの?
何か変な事言ったかな?
小首を傾げる私に二人はさらに笑みを深めた。
「何言ってんの。あんなガキッぽい奴らお呼びじゃない。私とつるんでいいのは愛ちゃんだけ」
彼女は私の肩に手を回してグイッと引き寄せる。
「うん。あたしが認めてるのは二人だけ。だからね。良かったらこれからも一緒にいてくれないかな?」
もう一人の彼女は私の片腕を自身の膨らみかけの胸に当てた。
…そんな風に言ってもらえるのが堪らなく嬉しいよ。
でもね。
しかし。
「けど…、私皆に避けられてるでしょ?こんなだから…。可笑しいのは知ってるわ。無理しないで。…二人が心配なの」
そう憂わし気に私が問えば二人は目をパチクリとしばたかせた。
「え?避け…。あぁ。それ愛ちゃんは知らなくていいよ」
「えーと、その、お構いなく。うふふ」
…私は何だかはぐらかされてしまう。
二人はパタパタと手を振って「関係ない」と不思議な対応を私にする。
明らかに私にまつわる事であるのに何故だろうか?
それこそ私に配慮しての事ではないのか?
しかし、その後幾ら私が訊ねても二人はその疑問にはそっぽを向いたままだった。
――――――――――
時間は食後のお昼休み。
私達は大抵図書室へと行く。
そこで本を読むか参考者を広げている。
これらは二人からのお下がりだ。
私の学校の図書館はかなり人気がありいつも席の取り合いがされている。
が、因みに私達はそれに加わった事がない。
何故なら私達の定位置は必ず空けられているからだ。
これは私が嫌われているからだろうね。
影で「可笑しな奴が座っている席は雑菌」とか言ってるのかも…。
だからといって教室にいれば例の男子が近寄って来ようと周りをうろちょろとする。
非常に鬱陶しいので私はここに避難するしかないのだ。
彼はこの空間が苦手のようでここまでは着いてこない。
彼自身が避けられている事を理解している女子ばかりがここにはいるからだ。
…というより私以外は全員女子だね。
それとなく周りを見渡して確認すれば女生徒のみ。
私を挟むようにして座る二人が居なければかなりの地獄だった。
異性から嫌われれば陰湿なイジメが付き物だろう。
間違いなくかの男子よりも凄惨なものとなる。
ここでも私は守ってもらっている。
「…そういう訳じゃないけどね。まあ、気にしないで」
「ごめんね、愛ちゃん。あたし達で独占したいから」
二人に謝意を示せばそう返ってきた。
私はその要領を得ない回答に質問を投げる。
「それって―」
「続きしようか」
「昨日はどこまでだったかな?」
が、すれどものらりくらりと躱されてしまった。
ここでも私ははぐらかされる。
「あの…」
私が二人を訝しげに眺めていると一人の女子から話しかけられた。
…恐らく席が埋まっているためだろうか。
この女子は私達がいつも座っているのを知っていたのだろう。
人気な場所を専有していると当たりを付けたのかもしれない。
さらに周囲より敬遠されている私なら交渉しやすいのか。
つまり「どけ」という事だろう。
…てっ、え?何?
私が席を立とうとすれば二人が私の肩を抑えて押し留めてきたのだ。
そして私に微笑むとその女子を連れて行ってしまう。
私に声の届かない位置まで距離を取ると数分で二人だけがこちらに戻ってきた。
何事もなかったかのように席に付く二人。
え?何なの?
「えっと、どうしたの?」
「愛ちゃんは気にしないでいいよ。話は付けたから」
「さっ、続きをしようよ。ここ愛ちゃんはわかる?」
やはり私ははぐらかされる。
――――――――――
流れて放課後になる。
特に残る用事のない私はそのまま帰るだけだ。
だが、一人では帰らない。
というのも…。
「愛ちゃん、迎えが来たよ。帰ろう」
「よし。あたしもオッケー。帰ろ!」
「ええ。いつもありがとう」
私は二人の家のどちらかから送迎してもらっているからだ。
無論提案された当初は断った。
「流石にそんな負担を掛ける訳にはいかない」と。
しかしながら、悲しい事に私は貧弱だったのだ。
二人はやんわりと拒否する私の腕をひっ掴み引っ張っていってしまった。
いくら私が踏ん張ろうともちっとも止まらずただ虚しくなるだけだった。
結局伴われた先の一台のミニバンにそのまま引き込まれて決着してしまった。
都合がいい事に私の家は同一方向にあるので最寄りまで相乗りしている形だ。
二人の両親からも「身を守るため」と許可を貰っている。
私は時たま菓子折りを渡していた。
「今日もありがとう。また明日ね」
「うん。バイバイ、愛ちゃん。まっすぐ帰るんだよ?寄り道は絶対に駄目だぞ?わかった?」
「バイバイ。また明日ね、愛ちゃん。少しだけど気を付けてね」
10分程話をすれば別れの時となる。
明日もあるというのにこの時間は悲しい気持ちになってしまう。
二人も同様なのか車の中でハグしてさよならを交わすのが恒例である。
私は降りると車が角を曲がるまで二人に手を振った。
そしてくるりと回れ右をする。
私はほんの10m程度進んで路地に入る。
そこここに分岐した道を迷わず前進する。
もとい私は一切の思考をしていない。
一歩踏み入れれば勝手に両足が動いていくのだ。
…どれくらいそうしていただろうか?
突如道が開けた。
私は駆け出す。
そして歓喜の混じった声音を張り上げる。
「ただいま!――!!」
自分でも今日一番の声が出たとわかる。
それだけこの時を待ちわびていた。
ややもすれば後ろに気配が現れる。
ふふっ。
「だーれだ?」
後頭部に柔らかい感触がして私の視界が閉ざされた。
けれどもそこに恐怖は微塵も用い得ない。
只々幸せが湧き起こるだけだ。
だって私の大好きな人だから。
「――!!」
振り返ればそこには。
「ピンポン!ピンポン!せいかーい!」
私の大好きな――。
「おかえりなさい、私のあい」
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