39-妙な空気
「上が会議に遅れるなど言語道断だぞ!!謝罪の言葉次第で許してやろうとは思ったが!もう我慢ならん!!お前という奴はいつもいつもそうだ!!」
「うへぇー…。シャナ姉はほんと怒りっぽいよ。そんなんじゃアー君に嫌われちゃうよー?「鬼ババァ」ってね!」
「アイシャの事は今関係がない!!それにアイシャはとってもいい子だ!!比べてお前はこの場を何と心得ている!ルイーナ!!態度を改め…。私の事を「ババァ」と言ったか?」
イーナは「しまった!」といった風に口を両手で抑えた。
…わざとらしい挙動でそれを行う。
あいつはその仕草がシャナ姉さんを苛立たせるとわかってやっている。
どうにも二人は売り言葉に買い言葉で喧嘩する事が頻発する。
「そこに直れ!ルイーナ!!いいか!お前は!!」
「うるさい!うるさい!うるさーい!!」
そして今回も本格的にスイッチが入った。
…だが、シャナ姉さん、ここにはナルフもいるんだぞ…。
そのナルフは…。
はぁ…、そうだよな、信じられないよな。
そうだ…、これが家族の前での姿だよ。
だがな、常日頃でないのはわかってくれ…。
私が見やったナルフは目の先の光景を理解出来ないのか口を半開きにして驚愕している。
甚だ残念な事にルイーナ…、イーナはこういう妹だ。
また、シャナ姉さんもそれに我慢ならない性格をしている。
二人は仲はいいのだが、時に水と油な一面もあるのだ。
ルイーナ・エルゲルテ・フォン・キッドマン
イーナは私達と同系色の肌、瞳を持つ。
同様な色彩の髪は肩口までのワンレングス。
が、所感に当たっては正反対でキツめの印象が強いキッドマン家の女にしては珍しく柔和な顔立ちをしている。
そのパーツは私の娘であるリリーに近いだろうか。
背に関してははかなり低い。
領の平均的な女性の身長が大体170cm頃に対してイーナは158cmしかない。
そのためある意味目立ちやすい背丈を誤魔化すべく15cmの厚底靴を常時履いている。
通常は逆に人目を引きそうなものだが、流石は暗部筆頭たる所以か不自然さなど微塵も感じさせない。
まあ!流石は「私の妹」というべきか!!
…しかし、対象的にその乳は豊かで血の影響が伺える。
が、ちみっこいのにそこだけ膨らんでいるのを本人は気にしているらしい。
そのため胸を潰すような下着を身に着けて隠している。
普段のイーナは内面が子供のまま大きくなったようなものだ。
いや、外見は今でも相当幼く愛嬌がある。
その見た目からはアンバランス差がない。
昔は私の後ろをちょこちょことついて回るのが可愛らしかった。
しかし、大人になってもこれとは。
イーナ、頭が痛いぞ…、全く。
締めるべきところはちゃんとしているのはわかっている。
その愛嬌を役立てているのも知っているさ。
けれどもお前という奴はもう少し周りに配慮というものをだ、な…。
いや、たとえそうであってもナルフの存在を忘却するか?
あいも変わらずシャナ姉さんとイーナの見るに堪えない言い争いは起こり続けている。
私はそこにどうしようもない違和感を抱く。
…それは今置いておこう。
とにかくさっさと止めて再開させねば。
それに只々恥ずかしいわ。
限界に達した私は二人の間に割って入ろうとする。
が、私の出る幕はなく新たな参加者によって幕引きされた。
こんなところに出張ってくるとは想像も付かないお方によって。
それは全員の注意が外れた不意の一瞬。
いつの間にか一匹の黒毛の美しい猫がここにいたのだ。
――――――――――
猫は笑う。
「カッカッカ、娘っ子共は今持っても昔のままじゃな。これではヌシ達の母であるアイナも浮かばれんぞ?」
その猫は器用に表情を歪めてニヒルに笑う。
そしてどこから発声しているのかわからないが、妙に色気のある声音でそう語った。
通常ならば「猫が人の言葉を話すなど!?」と驚愕するもの。
けれどもこの場にそれを口に出す者はいない。
皆彼女の正体を知って…。
そういえば一人存じないのがいたな。
まあ、目下構っていられる余裕がこちらにもない。
悪いが、暫くの間捨て置かれる事を我慢しておいてほしい、ナルフ。
私達もそれなりに焦っているのでな。
「な!?猫様!?…どうしてこの場にいらっしゃったのでしょう?」
シャナ姉さんの驚愕の声が轟く。
が、それは直ちに引っ込められ真剣な様子で猫様に相対した。
それはそうであろう。
猫様が顕現するという事はだ。
「キッドマン領の危機、代替わりなどの事態には陥っていません。猫様、一体何が?」
猫様がお姿を現すのは多くの場合私が述べた事象発生時となるからだ。
そのためシャナ姉さんと私はそのいわれを猫様に訊ねる。
キッドマン領に未曾有の何かが起きたのか…。
緊縛感が私達の間で高まる。
が、それはシャナ姉さんと私だけだったみたいだ。
そこに愚妹といえる行為でイーナが押し入った。
「トゥリエ様!!姉達が僕を虐めるの!!何か言って!!」
「ルイーナ!?お前!猫様の名を呼ぶなど!!」
「おーおー、双方静まれ静まれ。依然としてイーナもお嬢のままじゃな。今少しレディとしての嗜みを身に着けねばならぬぞ?シャナはもそっと落ち着くのじゃ。こやつが妾達の前でふざけ倒すのはいつもの事じゃろうが」
私はガクリと思わず転けそうになる。
シャナ姉さんに至っては怒りが再燃してしまった。
…何というか白けたな。
猫様の言に「裏切り者!!」と叫ぶイーナ。
シャナ姉さんは頭を冷やしたのかイーナを睨むだけに留めている。
が、その手は拳を形作りブルブルと震えていた。
待て、私はイーナに対し何も責め立てていないぞ。
…そんな事はどうでもいい。
ともかく惨状ともいうべき光景をこれ以上繰り広げるのは勘弁してくれ。
余りの馬鹿げた振る舞いに私の隣に位置しているナルフはついには目と耳を塞いでしまったぞ。
上司のそれに知らんぷりをしてくれる部下とは如何に…。
あー、何というか本当にすまない。
…もう、ここは「同類」だと思われたくないから一時無言を貫くが吉か。
私は悟りを開きかけた。
そう「かけた」だ。
それはイーナが放った言葉で又もや焦燥感に上書きされてしまった。
「久しぶりに出てきたトゥリエ様が「アー君に会いたい」って言うから連れてったのに!!集合に遅れたのもアー君からなかなか離れてくれないからでしょ!!全部トゥリエ様のせい!!」
「カカ、それは悪かったの、イーナ。あの魂の波長はどうにも離れがたくてな…。アイシャはほんに魅力的な童じゃて。ヌシには迷惑をかけた。スマンスマン」
「むー…。ならしょうがないかな。アー君の吸引力はヤ―」
パンッ!!と拍手がされイーナの発言が途中で止められる。
その発生源は伺うまでもない。
シャナ姉さんが非常に冷めた目付きで一人と一匹を眺めていた。
――――――――――
「お待ち頂きたい。猫様、…もしや「アイシャにお会いした」と申されましたか?それも母である私ではなくイーナに命じて?…それはどういう了見かお答え頂きたい」
シャナ姉さんが底冷えする響きで猫様に問う。
問われた猫様はそれに対し面白可笑しそうに目を細め口を曲げていた。
「カカ、…シャナ、ヌシも親の顔をするようになったか。いやぁ…」
「聞いてますのはその事ではありません。何故アイシャに―」
シャナ姉さんの追求は予想外の一言で遮られた。
それはまさに私達自身でもコントロール出来ない部分。
どうしょうもなく狂しい程に求めている部分。
「「女の面」も混ざっておるかえ?ええ?」
「ッ!?」
だからここにはナルフが居るんだぞあんたら。
そういうまさに内輪の話はまた別にしてくれよ。
はぁ…、アイシャの顔でも見て癒やされてこよう。
ついでにおっぱいでも吸ってもらおうかな?
疼くなぁ…。
…おい、どうして集中が出来ない?
私は一人己の内に疑問を湧かせる。
自己の乖離にパニックになりそうになる。
されど会議は廻る。
「…否定はしません。ですが、今それは関係ない事。はぐらかさないでください」
シャナ姉さんは一呼吸置いた後にそう告げる。
そこには様々な想いが込められていた。
…断ち切ろうとしても心の内が囁くのだろう。
未練がましく「この子がほしい」と。
首を振れども振れども「アイシャなら嫌な顔一つせずにその股を開いてくれる」と。
…私がそうだからな。
何とか表に出さないで耐え忍んでいる。
はは、伯母として最低だと自認しているよ。
シャナ姉さんは「話を逸らすな」と再度詰める。
だが、今回はそこが重要だった。
そこが私の異変の正体だった。
「何を言っておる。そこが最も関係あるのじゃぞ?」
「…と、言いますのは?」
瞬間空気が変わる。
元より軽軽しいものではなかったが、より重苦しいものへと移行したのだ。
その源たる猫様はシャナ姉さんの疑問にすぐさま応答せずに辺りを見回す。
正確には「睨みを効かせた」か。
シャナ姉さん、イーナ、私、ナルフをその縦に伸びた瞳孔でねめ付ける。
視線を受けた私の体が硬直する。
いや、この場の全員がそうだった。
その瞳には「虚偽をする事はつゆも許さぬ」と示されていたからだ。
このような事をして猫様は一体何をお考えに…。
「カカカ、そう震えるでないわ。なに、少々逃げられんようにしただけじゃよ。軽い児戯じゃ。…じゃが、その程度では簡単に墜ちるわ、たわけが」
粛々と。
けれども確かな迫力を持って猫様が吐き出す。
「今まではまだ耐えられたがの、カカ」
猫様は私達を嘲笑う。
「今のアイシャでは喰われてしまうぞ、ワッパ共」
歯をむき出して猫様がそう断言した。
…仰せられたアイシャに「喰われる」とはどういう事なのか。
それはアイシャから「性的に」という事か?
いやいや、だからどうして前触れもなく突拍子もない方向…、に飛、ぶ…。
あぁ、なる程、ストンと落ちたぞ。
アイシャより「心を喰われる」という事か。
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