38-暗部

 私とシャナ姉さんは部屋を移動する。

 階段を降り地下へと進んでいく。

 先程までのは表向きに起こった部分であり次は裏側。

 降り立った私達は重厚な扉の前に立つ。

 ここは特に外に知られたくない話しをするための場だ。

 とはいってもそれ用の歩哨はいるのだが…。


「既に人払いも済んでいる…、か。…はぁ…、ここは私の屋敷だというのに」

「悪いな。今回はリーナを関わらせてない。そのため色々と横槍を入れさせてもらった」

「わかってるさ。「アイシャの事になると制御が効かない」だろ?十分に知ったよ。だから次は教えてくれ、シャナ姉さん」

「はは、いい薬になったな。…私だ。入るぞ」


 シャナ姉さんがドアを独特なリズムでノックする。

 これは味方が訪ねた時の合図、シャナ姉さんがしたのは領主のものだ。

 扉の向こうからも返されそれから一拍置いてギギッと重い音を立てて開く。


「お待ちしておりました、お館様、リーナ様」

「うむ。…ええとだな」

「はい、今の名前は「ナルフ」です」

「…そうだったな。すまない、ナルフ。お前達の名は残せない」

「いえ、承知しております。…その御心を頂ける事こそ私達の喜びです」


 頭を下げた女が顔を上げる。

 そこに特長はない。

 ないからこその纏まった美しさがあった。

 それを利用して化粧で様々な人物に化けるらしい。

 私の傍にも一時いた事があるが、それを落としている今とはまるで別人だ。

 私は「よくもこう上手く演じるものだ」と感心する。


 軽くはここまでにシャナ姉さんから述べられていた。

 首防犯の仲立ちをしていた人物、ナルフ。


 アビーとチェチェンの片割れであった彼女だ。


「ふむ。やはり何もしていない方がいいな。本当にお館様が迷惑を掛けるぞ、ナルフ」

「ッ!?…リーナ様、ありがとうございます。ですが、私は拾ってもらった身ゆえ。この特技を活かし潜入工作が出来るのを真に渇望しております」

「…それは幼児期の刻印付けされた心象だよ。私達はそれを行使している。…そのナルフ達暗部によって我がキッドマン領が支えられているのは事実だ。助かっている。ナルフ達の忠誠に、感謝を」


 私とシャナ姉さんの労いに「…そんな…。それだけの賞賛をくださるだけで…」とナルフは涙を滲ませた。

 …確かにその献身には礼をしている。

 だが、それを口にする事のメリットを加味しているのもあるのだ。

 単に「お前」という駒の扱いではなく「ナルフ」と呼ぶのも計算ゆえだ。

 女として容姿をそれとなく褒めるのも忘れない。


 そこには心はない。


 あってはいけない。



 ――――――――――


 キッドマン家暗部の歴史は長い。

 というのは大森林ジュマが利権の塊のような土地だからだ。

 魔物素材、薬草類、美味な野菜果物類等の自然の恵み。

 そこを切り開いて出来る肥えた土地。

 それを狙っていた者達は途轍もない数だった。


 過去のまだまだ防備が未熟だった時代は「外様の専横が苛烈だった」と残っている。

 正面からならまだしもそんな事をする輩が正々堂々などあり得ない。

 成果が出たと判るやいなや真っ白だった書面に有りもしない実績を書き連ねる者。

 現場にはいもしない自身の係累の名を上げて取り分を要求する者。

 新たな王国法を起草して土地を切り分けるもしくは転封しようとする者。


 当時のバカは腐る程の量だったらしいな。

 …今もそうだがな。

 まあ、昔と違いバカは幼稚になった。

 さらにこちらには代々の叡智がある分かなりマシだ。


 このバカを未然に防ぎ時には首を刈ってきたのが我がキッドマン家暗部だ。

 これらを跳ね除けてきた先祖方には足を向けては寝られない。


 暗部には4つの組織がある。

 暗器、専用魔法、専用魔道具作成の「白猫」。

 全体の情報統括の「青猫」。

 最終的な荒事、裏側での戦闘専門の「赤猫」。

 スペシャリスト、最も危険の多い潜入工作員の「黒猫」だ。

 白、青、赤は表の組織と秘密裏に連携している部分もある。

 が、黒は完全に区分されている。


 その活動において外での明らかな違法行為をも辞さないためだ。


 そのため黒猫構成員の名簿はない。

 なおかつその名前はコロコロと替えられる。

 黒猫は体系が成熟してからはかなりの数減ったのだが、やはり命を落とす事もある。

 その場において私達との繋がりを断つため。

 キッドマン家との関連性を捨てさせてトカゲの尻尾切りをするために。


 暗部自体は各家からの排出または孤児の受け入れとなっているが、黒猫はその危険性から志願制だ。

 キッドマン領存続のためになくてはならない存在ではある。

 しかし、そこに強迫的要素を散りばめてしまえば敵中にて裏切る可能性がある。

 だからこそ名誉や周りからの押し付けをなくしてその内に問わせるのだ。


 …上の立場でなら善い事だが、募集を掛ければ毎回かなりの志願者が出る裏の部署。

 命を捨ててでもこの地を護りたいのだとか…、な。

 バカ者共の集まりだよ…。

 だからか。


 心を捨てなければならない、が。


「ナルフ、誰かいい相手はいないのか?縁を持つ事の危険性は承知しているが、その働きに報いたい。仮の身分を与えて少しの間の休暇はどうだろう?他の手の空いている黒猫もな」

「おお、それはいいな、リーナ。どうだ?ナルフ。流石にこのキッドマン領の人間に限るが、つかの間の自由でも」

「そ!そんな!?…では。その…、出来ましたらなのですが…」


 おや?


 ナルフは最初固辞しようとしていたが、すぐさま考えを改めると覚悟した顔付きになる。

 いや、別にそれはいい。

 提案した私としては断られないのは望外のものだ。

 …が、嫌な予感がする。

 ちらりとシャナ姉さんを伺えば同様の様子。

 これは…。


「ゴホン。ええ〜、出来ましたらなのですが…」


 ナルフは一度咳を付いて気合を入れた。

 そこに前置きがあるのは認可される可能性が低いためか…。

 そしてナルフは放つ。

 私達に向け90度以上に腰を曲げて。


「私!ナルフは!!アイシャ様の影になりたいと愚考いたします!!」


 爆弾を放つ。



 ――――――――――


 そんな気はしていた。

 アイシャは外に出る際フードを深く被りその相貌を隠している。

 自身も注目を集める様相だと承知しているのだろう。

 だが、絶対にバレない訳ではない。

 ふとした瞬間に見られてしまう事はある。

 そうなれば目撃した相手はどうなるか。

 大概は夢見心地のまま固まる。

 行動に移そうとしても護衛官が付いているために思い留まる。

 一部はそれでも行動に移す。


 恐らくナルフはこの件でアイシャを遠目にでも捉えたのだろう。

 どうやら当てられてしまったらしい、が。

 けれどもナルフはその一部ともある意味異なる。

 大方はアイシャを手にしたいという感情を抱くのだが、何だか様子が変だ。

 いや、間違いなくアイシャに惹かれてはいる。

 いるのだが…。


 …畏怖か?

 その中に畏敬や怖れを含んだ崇拝を込めている。

 一体何故?

 あんな可愛いアイシャに?


 シャナ姉さんもそれを不思議に思ったらしい。

 まずは否定ではなくナルフにその訳を訊く。


「ナルフ、主家の影になりたいと希望してくれるのを嬉しく思う。だが、突然言われても困ってしまうぞ」

「それは承知しています。ですが、今回の例もあります。アイシャ様の周り、特に裏側はより厚くすべきではないでしょうか!」

「…力が入っているな。もしやアイシャを好きになったか?」

「はい!!それは!もち…。いえ、滅相もございません」


 …人には意外な一面があるというが、何とも…。

 まさか黒猫が引っかかるとは。


 ナルフはシャナ姉さんの言にとびきりに破顔した。

 が、ただちに取り繕う。

 しかし、出来ていないのは本人もわかっているらしい。

 手を後ろに回して何やらゴソゴソとしている。

 どうやら意識の外からの事、突発的な事に弱いらしい。


 まあ、アイシャに係る事例だけだろうがな。

 …私も人の事はいえないのだった…。


 しかしながらナルフのそれは的を得ている。

 アイシャの守護を固めるのは賛成だ。

 ナタリアが次よりいるとはいえそれを掻い潜る策がない訳ではない。

 影はとっくに控えさせているが、さらに深い闇を知っているナルフならば適任か。


「お館様、ナルフならば「実力」は足りるぞ」

「ふむ、そうだな。ナルフは条件次第ではナタリアをも倒せる。アイシャの影の補充もしようとしていたところ」


 私とシャナ姉さんの辞にナルフは顔を期待に染める。

 可能性が高い事を感じたようだ。


 だから黒猫がそう表に出すのは…。


 だが、まだその心内を私達は聞いていない。


「何故だ?ナルフ。何故それに立候補した」

「リーナの言うとおりだ。私もそれを聞かなければ首を縦に振れないぞ」

「それは…、その…」


 ナルフが言い淀む。

 そこに秘められているのは言い辛いというものではない。

 告げる事により「誰かの不利益になる」というのが暗に含まれていた。


「私の口からはまだ。報告の任を帯びてますのは総括のため」

「む。そういえばまだ来ていないな」

「ああ、呼んでいたのか。…珍しい。あいつが遅れるとはな」


 どうやらこの場にあと一人が来るらしい。

 その人物より報告があるためにナルフは閉じたみたいだ。

 と、噂をすればだ。



「ごめ〜ん。遅れちゃった!てへっ!」



「…」

「…お前というやつは…」


 その態度に私は言葉もない。

 シャナ姉さんは額に青筋を立てている。


「ルイーナ!!何をしていた!!」

「謝ってるでしょ。怒んないでよ」


 明らかにこちらを舐め腐った態度で軽く応じる彼女。

 彼女はひょっこりと頭を出した天井裏の隠し通路からスッと降り立つ。

 音を漏らさず空気を揺らさず。

 まさに暗部の総括に座する事を体現している彼女。


 私の妹、ルイーナだ。

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