34-第二の産声

 力の奔流、膨大なる魔力の渦が私を取り巻いている。

 魔力を捉えられる私にはこの絶景といえる景色。

 はたまた向けられる対象しだいでは絶望ともいえる光が見えていた。


 魔力には人それぞれに色がある。

 私は今まで色々な人の魔力のパーソナルカラーを眺めてきた。

 大概それはただの原色であり正直ぱっとしない。

 輝くような眼を見張る彩りを持つ者は非常に少ない。


 ルリシャナ、ルル、ナナは真っ青なサファイアの輝き。

 血筋からかリーナ、クララ、リリーも同系統だ。

 ルーズベルトとクリスは琥珀色のトパーズの煌めきをしている。

 恐らくこれはその人が得意とする魔法に関連があると私は睨んでいる。

 ルーズベルトとクリスは回復魔法を得意とすると聞いた。

 私の個人的な考えだが、回復魔法は光を象徴としていると思う。

 それにキッドマン家は代々炎の魔法に長けているらしい。

「強い炎といえば?」と問われれば「青色」と私は答える。

 魔力の可視化を私以外に発現したとの情報は未だ得た事がない。

 ならば私に都合がいいように括り付けても問題はないだろう。


 そして魔力は感情に染まりやすい。

 人に不埒な振る舞いをしてきた者のそれは大抵濁って表現されている。

 私に邪な感情で近づいて来た女はそうだった。

 気持ちの悪い怖気を抱いたものだ。

 だからこそ事前に身構える事が出来たのだ。

 アビーとチェチェンもそうだった。


 ならばこそ私の魔力は一体何なのだろうか?


 月と太陽、陰と陽が次々と移り変わっていく。

 時に照り返す海の如く鮮やかに、時に全てを飲み込む夜のように深く。

 常に見つめていたいくらいに美しく、吐き気を催すくらいに悍ましく。

 …これが私なのだろうな。


 やるべき事はわかっている。


「…ご、しゅ…、ひゅー…」

「シルビア、大丈夫だよ」


 シルビアに両手をかざす。

 やり方は魔力が教えてくれる。


「癒しを」


 その一言に全てが詰まっていた。


 私の両手の前に何重にも幾何学模様を刻んだ魔法陣が生まれる。

 それは回る円環の内に不規則に。

 ともすれば「それこそが法則なのだ」と宣う程整然と配置されている。

 個々では意味を成さない。

 然れどもそれが精緻に合わさればこの世の理を捻じ曲げる。

 その帯にシルビアの体が包まれた。


「…ご主人様…。痛みが…」

「…大丈夫そうだね。頑張ってくれてありがとう、シルビア…」


 晴れたそこには先程までの痛々しさなど微塵も感じさせないシルビアがいた。

 私はシルビアの体を強く抱きしめる。

 まだこの世に存在する事を確かめるために。

 シルビアもこれが夢ではないのだと私に返してくれた。

 私はシルビアと体を離す。

 それにシルビアが「あっ…」と寂しげな響きを漏らす。


 今は我慢してほしいな。

 後で飽きる程にしよう。


 やるべき事はわかっている。


 次は殺戮だ。



 ――――――――――


 私の突然の変化。

 それによって行われた結果を知ってかアビーとチェチェンは呆けた顔をしていた。

 目を見開き口をあんぐりと開けたアホ面だ。

 お前たちにはそれが丁度いい。


「お待たせした」

「は?…え、ああ。…じゃない!!どうやって抑制具を外した!?あれは力任せに取り外し!…、など…」

「…アビ〜。それが〜、できちゃった〜。肌が感じるあれは〜、人が出せる魔力を〜、超えてる〜。…化け物よ…」


 アビーは段々と状況が飲み込めてきたらしい。

「チェチェンのその評価が正しい」と。

 それよりも何とも癪に障る語尾をした女だ…。

 今すぐにでも消し去りたいが…、ここは耐え時。


 苦しめてやらないとね。

 シルビアの痛みを何十倍にもしてさ。


 アビーとチェチェンは時間稼ぎをしていたのだろう。

 しかし、それは私だって同じ事だと教えなければならない。


 お前達の動きなどこの眼が捉えているぞ。

 あぁ…、わかる。

 全てが詳らかにされていくよ…。


 今なら何でも壊せそうだ。


「解放し―」

「「させると?」だったかな、アビー」


 アビーが片腕を私に伸ばす。

 そこには1つのシンプルなデザインの指輪がはめられていた。

 魔道具だ。

 その内容はわからないが、その言葉この情勢からしていいものには到底思えない。

 ならば発動させなければいい。


「遮断結界」


 私は掌を交差させるようにしてアビーに対面させた。

 そして詩を唄う。

 世界を私にとって住みよいものに変えるために。


「な!?グ、ガアァァ!!」

「あら?自業自得だよ、アビー」


 私が発動したのは「結界魔法」だ。

 遮断結界はその名のとおり内と外とを隔絶させる。

 この透明な箱では物理的なもの、魔力的なものを双方から通行止めをする。

 アビーが起動した魔道具は稲妻を放ったが、私の遮断結界によって阻まれた。

 行き場の失ったそれは拡散しアビーに襲いかかったのだ。


 アビーが倒れ込む。

 なら次は?


「ご主人様!!」

「がら空き〜、だよ〜。チェチェの〜、ご主人様〜」


 チェチェンはアビーが魔道具を私に向けた際その背に隠れるように移動していた。

 そこで隠密をし迂回して私の背後に迫っていたのだ。

 だが、そんな小細工は私には通用しない。

 この眼を偽る事は二度とさせない。


 二度とだ。


「影渡」

「つか!…、へ!?」

「な!?ご主人様!?」


 私は自分の影に沈み込む。

 そしてチェチェンの影、背後より飛びだした。


「影魔法」影渡。

 影を媒介して物質の転移を行う魔法。

 今はそれだけで十二分。


 チェチェンは何かを私に触れさせようとしたのかその両腕を前に伸ばしている。

 振り向こうとするが。


 遅い。


「ああぁぁあぁああーー!!」

「終わりかな?ん?」


 私はチェチェンの腰に手を伸ばして魔力をそのままに解放した。

 魔力は私が思うに「エネルギーの塊」だろうか。

 それを何も加工もせず支配もせずに解き放てばどうなるか。


 それは熱エネルギーへと変換される。

 他にも光や音、圧力として大きなロスは発生するが、そこはある程度指向性を事前に決めてやる。

 私は一体何度になったのかもわからない赤々とした両手でチェチェンの腰を掴んで離さない。

 チェチェンはそれから逃れようと暴れるが、私の膨大な魔力に任せた身体強化を超えられないみたいだ。


 あはは、苦しめよ。


「離せ!!離せぇーー!!」

「する訳ないだろうが。痛みを知れ、クソ女が」


 チェチェンの腰から火が上がる。

 だが、必要箇所以外を燃やす事はない。

 私が空間に満ちる魔力を支配下に置く事で制御しているためだ。

 魔力により発生したものは何も考えなければ物理法則どおりに行動する。

 しかし、同じく魔力を用いて効果範囲を指示する事も出来るみたいだ。

 だからわざわざ限定させる。


 まだまだ遊び足りないからな。


「止めて!!ご主人様!!痛い!!痛いの!!」

「誰が誰のご主人様だ。私はお前など知らないぞ」

「ああぁーー!!あ!!あ!…あ、あぁ…」


 チェチェンも身体強化で抵抗するが、それは延命にすらならない。

 腰は徐々に炭化していきやがてチェチェンは反応を示さなくなった。

 私は面白くなくなったチェチェンをアビーの元へと投げ捨てる。

 そして二人の元へと私は歩いていく。


「な、なびを…」

「…動けないみたいだね、アビー。好都合かな?」


 アビーは指先を震わせる程度しか出来ないらしい。

 それでも腰を床に擦付け何かをしようとしている事はわかる。

 魔力波長を感じる事からまだ魔道具を隠し持っているようだ。


 思考の反復をしないのか?この猿は。

 私にはバレバレだというのがわからないみたいだね。


「うぐぅぅ!!がうぁあーー!!」

「うるさいぞ、アビー。大人しく処刑を待てないのか?」


 私はそれをアビーの腰の肉ごと踏み潰した。

 結界を体に沿うように発動させており暴発しても心配はない。

 どうやら魔法はかなりイメージによって補完されるらしい。

 私が防護スーツのような想像をして発動すればそのとおりにしてくれた。


 さて、これでやっと無力化出来た訳だ。

 じゃあ、次は?どうする?


 お楽しみの時間だ。


「簡単には終わらないぞ。覚悟しろ。私のシルビアを殺そうとした罪は重い。何度も、何度も味わってもらう」

「がはっ。な、なんで…」

「お前の疑問など知った事ではない。だが、そうだな…」


 私は痛み故か両目に涙を溜めたアビーを見下ろす。

 そしてその傍にそっと両膝をついた。

 私はアビーの両頬に手を優しく当て微笑む。

 私は常々周りから「天使」だと言われている。

 ならそのように振る舞ってやろうではないか。


 見た目だけは。


 アビーは救ってくれると思ったのか引きつりながらも口を弧に曲げた。

 では、その勘違いを正してやろう。


「ただ、ただ苛つくからだよ、アビー。あなたの存在が私を苛立たせるんだ。なら、そんなものは散々に苦しめた挙げ句に殺した方がスッキリしない?あなたはどう?アビー?」

「…ふぁ…、そん、なぁ…」

「あはははは!!いいよ!いい顔だよ!!今までお前がそうさせてきたのだろう!?私のシルビアにしたように!!それが返ってきただけだよ!!アビー!!」


 アビーは絶望に染まる。

 私はそれを見、笑う。

 狂ったように笑う。


 今度は私が奪うのだと理解したから。


 この世界では強者なのだと理解したから。

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