33-最悪な目覚め

 振動が止まる。

 同時に馬の嘶きが走った事からどうやら馬車で移動させられていたらしい。

 それがわかったところで今の私にはどうしようもないが。


「―――」

「―――」


 誰かの声、女性の話し声が聞こえる。

 他が続かない事と足音も2人分であるからこれで全員みたいだ。

 近づいてくる。


「むぅ!?」

「あれ〜?もう〜、起きちゃった〜」

「―――」

「はいはい〜。わかってる〜、アビ〜」


 突然の浮遊感に驚き私は小さく音を漏らしてしまった。

 私の込められた荷物を担いだ相手、調子からしてチェチェンはそれを聞き逃さない。

 されどそれを気にする様子もなく私をどこかに連れて行く。

 少しすると横の動きが縦の動きに変わる。

 どうやら地下に移されているみたいだ。

 10分程してか私は床に降ろされた。

 それからすぐにこの入れ物を開けているのか軽い物音が響く。


「ん…、んん!?むー!?」

「あは〜、元気元気〜。もう〜、出してあげるね〜、天女様〜」


 ギギィと蓋が開かれたのだろう軋み音があり私の体が突如触られる。

 驚愕しミノムシの如く暴れる私をチェチェンは一顧だにしない。

 床に降ろされた私は薄い袋からのそれではなくついに直接に光を見た。


「ふむ…」

「天女様〜、御開ちょ…、…お…、…やっぱり素敵…」

「おおお…」


 私は急な光の爆発にギュッと目を閉じる。

 その勢いで顔を背け―

 私は両耳の横に手を当てられぐりんと正面を向けさせられた。

 そこに痛みはなかったが、それ以外はさせないという強制力がそこにはあった。

 なんとか自分を鼓舞して薄目を開ければそこには…。


「…ゔぇ」

「へ?…な!なあ!?天女様!?は、外して!!」

「早くしろ!チェチェン!!窒息してしまうぞ!!」


 濁った二対の瞳。

 私はよく知っているはず。

 記憶にない。

 それでも知っている女共と同一のそれだ。

 それを意識したとたん私は吐き出してしまった。


 気持ち悪い!!気持ち悪い!!気持ち悪い!!

 やだやだやだやだやだやだやだ!!

 助けて!!誰か助けて!!

 もう!あんなの耐えられないよ!!

 お願い!!止めて!!

 嫌ーー!!


 チェチェンとアビーは私の予想外の反応に慌てふためき焦って猿轡を外す。

 やっとまともに使えるというのに私の口腔からはなおも胃液が出され続ける。


「ぐえ、ぶふぅ、ぶむ…」

「水!水を!!ウォーター!天女様!!」

「まず向きだ!!とにかく詰まらせないようにしろ!!」


 嘔吐が止まらない私をチェチェンとアビーは介抱しようとするが、それが逆効果などとは思いもしてない。

 彼女らに触れられれば触れられる程に私の体はより一層強張る。

 ついには痙攣まで引き起こす。


 怖いよ!!怖いよ!!

 見ないで!!私をその目で見ないで!!

 臭いが!!知らない!!こんなの!!

 嫌だ!!掴まないで!!

 無理矢理しないで!!


「かひゅー、か、むぶぇ、ぐびゅあ、ひゅー…」

「過呼吸!?気付薬!!アビー!薬!!何か持ってきて!!」

「な!?ここには回復薬はあっても!他の薬剤はないぞ!!」

「じゃあどうしたら!?天女様!!」


 恐怖が振り切れようとしたその時。


「ぐむむむぅ!!」


 雑音の中でそれだけが私の鼓膜を振動させる。

 いつも私の傍にいてくれたそれ。

 私を抱きしめ暖かく包み込んでくれた人。

 私の最初の3年間をずっと一緒に過ごした人。

 その後も力の限り尽くしてくれている大切な女性。


「…ジ、ジルビア…」

「むむむぅーー!!むぅーー!!」

「ジブッ!バァ!!シブビアーー!!」


 ゴン!と前に倒れて私は顔面を強かに打つ。

 けれどもそんな事は気にならなかった。

「シルビアの元へ」ただその一心で固定具に雁字搦めにされた体を動かす。

 シルビアも少しでも私に近づくためか側頭部を地に擦り付けてにじり寄ってくれる。

 そして私とシルビアは出会う。


 それは思いがけないもので。



 ――――――――――


 ゴンッ!!とシルビアの体が宙を浮きまるで玩具のボールのように壁に打ち付けられる。

 その後もシルビアは何度か跳ねて転がった。

 ゴロゴロと土濡れになりながらシルビアは私の目の前に横たわった。

 シルビアの着けられていた噛ませはその衝撃からか外れている。

 その赤く濡れた隙間漏れたのはシルビアの声だが、いつもとは異なる調子だった。


「ふぇ?」

「…ご、…ひゅー…」


 シルビアは半分閉じかかった瞼で私を見上げる。

 私は理解が出来ない。

 脳が視覚からの情報を拒否する。


 シルビアの胸から何か白いのが飛び出ている?

 もしかして骨?

 それってどうなるの?

 ねぇ、痛くないの?シルビア?

 どういう事?


 数秒を要しただろうか?

 私の知性は再起動を果たす。

 そんな残酷な理解はしてほしくなかった。


 この状況から私には「シルビアが死にそうになっている事」がわかった。


「シルビア!?そんな!?どうして!?嫌だよ!!シルビアッ!!」

「ぁ…あぁ…。ガハッ…。…ご主人様、どうか…、お逃げくださ、ぅ、ぃ…」


 シルビアに駆け寄る。

 けれどもどうしてよいのかに心当たりがない。

 明らかな重症であり動かしてはいけないのは確実。

 私にはその次が皆目検討も付かない。


 シルビアが!!私のシルビアが!!死―


 最悪の未来が私の脳内を駆け巡る。

 それと並行して何か懐かしいものが浮かぶが、それを気にしている余裕はない。


「チェチェン!?何をしてるんだ!?」

「だって〜、このシルビアっていうのが〜、チェチェと似てるから〜。チェチェの〜、天女様に媚びてて〜、ムカつく〜」

「だとしても目の前で殺すな!関係性の深さは見て取れるだろうが!精神を壊す気か!バカが!!クソッ!捕まえて早く逃げるぞ!!」


 問われたチェチェンが軽い調子で何かをアビーに告げる。

 それにアビーが動揺して返す。

 私は数テンポ遅れて言葉を飲み込んだ。


 逃げる?捕まえる?

 シルビアにこんな事をしておいてお前達は逃げるつもりなのか?


「おい!早く妖精を眠らせろ!!後から都合のいいように誤魔化すんだ!!衝撃の時間が長いと上手く行かないぞ!!」


 アビーが私の腕を掴んで引っ張る。

 シルビアから私を遠ざけようとする。


 妖精?私を見てる?それに先程の天女は?

 …もしかして最初から狙いは私?

 私が目的でシルビアは襲われた?


「は〜い。あはは〜。こんにちは〜、チェチェの〜、天女様〜。ううん〜。今日から〜、ご主人様〜。そう呼ぶわ〜」


 シルビアの姿が目の前に立つチェチェンにより隠される。

 私はアビーからチェチェンに渡されその胸に抱かれた。

 チェチェンは息のかかる距離で満面の笑みを私に向ける。


 …どうしてお前は笑っている?

 どうしてお前が私をご主人様と呼ぶ?

 どうしてシルビアは死にそうになっている?

 これは誰のせい?

 これは私のせい?

 …。


 頭がどうにかなりそうだった。

 いや、すでにどうにも取り返しのつかない事になっていた。


 ふざけるな。

 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。

 シルビアを、私の愛しているシルビアを傷付けた。

 また私は奪われる。


「また奪われる」というところに何か違和感を覚えるが、振り返る時間はない。


 また私は侵される。

 また私は愛する人を失う。


 ガラスを引っ掻くような不快感を「愛する人」という単語に抱くが、そんな余裕はない。


 力のない、ちっぽけで惨めな前世と変わらない。


 何故か及ばなさへの慟哭を私の中で私に対して向けられる…。

 刹那、流されてしまいそうになるが、それを無視する。


 そんなの許せない。

 私は力を得たんだ。

 魔力を得たんだ。


 ゼリミアナより「魔力を得た」部分でどうしようもない怒りが湧く。

 私はそれをアビーとチェチェンにぶつける。


 今生こそ私が強者となるんだ。

 魔物を何体も倒してきたんだ。

 そうだ。

 私は魔物を倒せるだけの力がある。

 何とか私の力でシルビアを助け―


 瞬間、仄暗い波動が溢れて止まなくなった。


 …違う…。

 目の前のこいつらは人間なんかじゃない、魔物だ。

 狩りの対象だ。

 殺すんだ。


 誰かから…、違う。

 忘れてしまった大好きな人、愛したかった人から耳元で囁かれる。

 だが、それは私の言葉として形作られていた。


「こっ ち に お い で」


 閃光が爆発した。


 突風が巻き起こり私を確保していたチェチェンがそれに弾き飛ばされる。

 私の施された拘束が解けていく。

 首筋のチョーカー、いつの間にか腕に巻きられていたらしい金属の腕輪が弾け飛んだ。

 戒めがなくなった体で私は立ち上がる。


 私の視界は美しい光に埋め尽くされていた。

 私はその光景に…。


 その美しさに抑えきれない程の愛おしさを感じて。


 その美しさが残酷なまでの殺意を私に沸かせて。



 ――――――――――


 あいと―――はずっと奪われてきたわね。

 強い力を持ったゴミに弱い力のあいと―――は逆らえなかったわ。


 あの時泣いているあいを見ている事しか出来なかった。

 あいが壊れてしまわないようにするしか出来なかった。

 あいを1人にしてしまって記憶も消せなくなった。

 しまいにはあいを…。


 でも!今は違うのよ!!

 ―――はね!世界を超えた時にすごく沢山のエネルギーを奪ったの!!

 まだ馴染みきってなくてほんの少ししか使えないけどそれでも昔とは桁外れなのよ!!

 …本当にすごいのよ?

 これが全部使える頃にはあの女にも勝てるようになるわ!!


 この世界を全部あいのものに出来るわよ!!


 楽しみね!あい!!

 嫌なものは全部壊せるの!!

 それであいの好きなものだけに出来るわ!!

 あいを犯そうとする女共を皆殺せるのよ!!

 うふふ!理想郷だわ!!


 弱かった昔のあいと昔の―――はもういないの

 あいと―――の邪魔をするゴミは皆殺すの。

 不公平だったのがやっと公平になったわ。

 手始めにコレを始末しましょうね。


 まだまだかかるけどまたあいに会えるようになるの。

 …そのためにあいと少し離れないといけないわ。

 あいはいい子だから我慢出来るわよね?

 だけど―――は寂しいの。

 だからあい達を貰っていくわね。

 あいにとっては辛い記憶だから別にいいでしょ?

 前よりも強く閉じ込めて二度と出れないようにするから安心して。

 ―――が抱きしめて一緒に眠ってあげるわ。

 …あら、もう時間ね。


 暫くの間さようなら、あい。

 必ずあいのもとに帰ってくるわ。

 それまで元気にしててね。


「愛」してるわ、あい。

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