31-信頼の代償

 キッドマン領における魔物の難度区分はどれだけ大森林ジュマの奥地に生息するかで決まる。

 大森林ジュマはその性質上深く潜れば潜る程空間の魔力濃度が上がっていく構造だ。

 魔物は魔力を栄養としてその生命を維持している。

 強個体になるにつれより深部にへと活動拠点を移していく。

 その特性をそのまま活用しているのだ。

 大まかに上、中、下として大森林ジュマ浅瀬を抜いて上層、中層、下層、深層の4分割で計12位階に別けられている。


 では、ブチュリィスコーピオンはどのランクに?


 それは深層の下の魔物であり第9位階に属する。

 第9位階が魔物1体に外ではAランク冒険者6人パーティが3組合わさってやっと互角。

 倒すとするならば半壊を受け入れなければならない。

 しかし、私達キッドマン領領軍10年目小隊一部隊で時間を掛けて行える環境であれば十分にお釣りがくる程度でしかない。

 自慢に聞こえるだろうがそれだけ私達は隔絶した力を持っている。

 これも先祖がその血を研ぎ澄ませてきてくれたおかげだ。

 訓練法も歴史を重ねて効率化され我が領軍では新兵であっても外ではエリートに分類されるらしい。

 なんとも笑える話だ。


 しかも今回のブチュリィスコーピオンは蠍型で純粋に巨大化しただけの魔物だ。

 生態としては普通の蠍と大差ない。

 正直その特性のせいで第9位階では雑魚の部類だ。

 その鋭いハサミと脚による攻撃にその体格に見合った超重量での突進。

 特に注意すべきは尾節による攻めだけだ。

 終端部には鉤状の針が付いており強烈な酸を分泌している。

 下位区分の魔物ならばほとんどを溶かすため戦闘時は魔物素材に留意する必要がある。

 鉱物においても柔なミスリル品では向こう側を覗ける体にしてくれる。

 鋭利でありなおかつ頑丈さだけでも簡単に鎧を貫く。


 何よりもその位置取りが嫌らしい。

 まず、その巨躯が厄介でありインファイトであればハサミを押し出した盾で頭部や腹部への接触が出来ない。

 そこで距離を取らされているところでその尻尾が上からやってくる。

 タンクなど関係なく頭からこう門まで一差しに…。


 そうだな、アイシャ様が考案された串カツのようになるな。

 …この想像はよそうか。

 申し訳ありません、アイシャ様。


 外骨格も堅牢であり全身がまさに要塞だ。

 その鎧と中身の肉の物理耐久性には頭を抱える。

 さらに中眼と側眼による空間把握能力も優れており隙など見せない。

 これらの特長から別名「戦士殺し」とも呼ばれる。

 …が、魔法に関してはお粗末なものなのだ。


 つまり逆にいえば魔法使いなら簡単な相手なのだ。

 私達の場合は上級魔法1つでその装甲は砕け下の筋肉まで届かせられる。

 4〜5発放てばほぼ虫の息だ。

 …虫だけに…。

 …前衛が防御のみに専念し魔法使いがまず尾っポを薙ぎ払う。

 こんなのは的あての作業でしかない。


 もし魔法が使えるならな!!


「クソがっ!!」



 ――――――――――


「こちらに2人回せ!!蠍は私がやる!お前達は対象アビーを!!残りも同様の配置!8人で蠍を強襲!2人でチェチェンだ!!シルビアは必ず中央に位置しろ!!尾から出る酸を見逃すな!!」

「「「はっ!!」」」


 クソッ!クソッ!

 クソがっ!!


 完全に相手の術中に嵌っている!

 後手に回されるなど愚の骨頂でしかない!

 姿隠しに魔力放出抑制魔法陣!?

 この魔法陣の波長に合わせた魔道具しか起動しない!

 魔法武器に関してもだ!!

 最後に最高級に当たる従魔の宝珠だと!?

 しかも中身が物理耐久性最強種ブチュリィスコーピオンなんてふざけてるだろ!?

 クソのオンパレードじゃないか!!

 ただの愉快犯ではないぞ!!

 神国か!?もしや王国も!!

 どうしてここまでの大事がまかり通っている!?

 領軍は一体何をしていた!!


 …落ち着け、私。

 これで最後と決まった訳ではない。

 今得られる情報から敵の計画を予想しろ。

 私の焦りは部下達に伝わる。

 そうなればアイシャ様を失う事に繋がる。


 そんな事させてなるものか!!


「かかれ!!」

「「「ウオォォーー!!」」」


 命令を出しそれぞれが目標に迫る。

 アビーにチェチェンはこの場から離れるらしく開いた空間から林の方へと逃げ去るが…。

 いや、だからといってアイシャ様をシルビアのみでここから出すのは危険だろう。

 敵が2名とは限らず形勢の把握が出来ない現状は待機が妥当だ。


 私は身体強化を全力で発動する。

 出し惜しみなどはしない。


 ブチュリィスコーピオンとの距離をコンマ1秒足らずでゼロにし肉薄する。

 余りの速度に衝撃波が出、姿勢の制御に少し手こずってしまう。

「冷静になれ」と念じて置きながら何たる無様。

 やや気合いが空回りしているらしい。

 まだ修正は可能なので反省するのは後。

 今は目の前の敵に集中しろ。


「ガアァ!!」

「GiieEaaaーー!!」


 前方に繰り出されたハサミの一撃を避け腹と地面の間に入り込む。

 戦士が1人で相対するならここしか安全圏はない。

 すぐさまなくなるがな。


 私は戦闘時に武器類を用いない。

 投げナイフ等を投擲する事はあるが、それはまた別だろう。

「では何か?」と問われればこの両拳を構える。

 私のスタイルは魔法による広域殲滅。


 それと徒手空拳による格闘戦だ。


 急制動、腰を落として踏み込み、今までの全ての勢いを上方に放つ掌底に込める。

 地を踏みしめ、腰を捻り、腕を突き上げる。

 流石に今の状況でこの外骨格は砕けない。

 ならば内部浸透で動きを阻害する。


 ついでにアイシャ様と離れてもらうぞ!!


「破ァ!!」

「GHuU!?」


 裂帛の叫びと共に放ったそれはブチュリィスコーピオンの体を10m程後方に吹き飛ばす。

 それでもその五体には痛みなどないのだろう。

 奴の体格を考えればたったそれだけという数字だ。

 ここで流れを止めず奴の影に入り込むため落下地点まで私は駆ける。


 瞬動と呼ばれる歩法だ。

 膝を抜いて倒れ込みその下の動きを一気に横の動きに移行させる。

 脳への視神経の伝達をバグらせまるで蜃気楼のように姿をくらませる。

 これは人間だけでなく魔物でも効果を発揮する。

 これを一度で終わらせず短距離で複数回発動させ数々の幻影を生む。

 さらに一直線ではなく千鳥足のように左右に。

 ユラユラと体を揺らす事で達人が持つある種の「予感」すら困難にする。


 また、魔力を内に隠蔽して殺す事で魔力感知からも逃れる。

 この時最初から完全には殺さない。

 直前に一度だけ強く魔力を開放してから全てを内にしまい込む。

 そうする事で「まだその場に留まっている」と誤認させるのだ。

 この魔力外部放出抑制下で必要かはわからないが、獣の感は馬鹿にできない。

 それでも私は技の全てを繰り出す。


 …かかったぞ!間抜けがな!!。


「GGghaAーー!!」


 奴はその硬質な甲冑からは想像も付かない柔軟性で尾の付け根、人でいえば臀部に該当する箇所を横に捻らせる。

 そして一直線にそのを解き放ち「一本の槍」のように突き刺した。

 それは空気を引き裂き金切り声を挙げる。

 目で見てからでは避ける事など不可能だろう。

 また、魔法障壁の貼れない身体強化に付随する肉体の硬質化では対応しきれなかった。


 それは私が魔力を放った場所を正確に貫いていた。


 だが残念、ハズレだ。

 私はもういないぞデカブツ。

 …案外変に頭の回る魔物の方がやりやすいな。

 ああ、それが当たれば確かに私は死んでいたよ。

 鋭過ぎる感が仇となったな。


 頭部を上にかち上げるようにされたため奴のその両側にある複眼は私を見失っていた。

 奴はその類まれなる感覚器官を信頼して私のデコイに気付けていなかった。


 私の作戦勝ちだ、獣の感よ。

 ムチのように振り回すかその酸で雨を降らせばよかったものを。

 その慢心がお前を殺すのだ。


「その槍!貰い受ける!!」

「t!?gUGYaaAaーー!?」


 わざわざ手の届く位置に降ろしてくれたのだ。

 その気遣いを無駄にしては人としていけないだろう。


 ここはその変幻自在ともいえる可動域を誇るために他の関節部よりも柔軟性に富んでいる。

 それはねじり切り易さに繋がる。

 私は奴の、私の腹回りを超えるそれを両腕で胸に抱えると勢いを付けて体を縦に一回転させた。

「ブチブチ」と奴にとってはノイズを。

 私にとっては楽団が奏でる旋律に等しい音を鳴らす。


 まあ、そのために魔力をほとんど持っていかれたがな。

 だが、もう攻撃力に振る必要性はないぞ。

 これは奴の外骨格と同等以上の素材であり現状で唯一傷を付ける事が出来る最高の武器なのだからな。


 ありがたくお前の武装を使わせて頂こうか!!

 さあ!こちらは矛を手にいれたぞ!!

 かつての強者が今や獲物だ!!


「GhUuAaeEーー!!」


 奴は始めよりも短くなり動きやすくなったその身を翻してハサミを振り回す。

 やっとその恵まれた体格の利用方法を思いついたらしい。

 らしいが…。


 …なんだ。

 それなりに利口だと思っていたのにもう忘れてしまったのか。

 お前が出出しにそれをした時私はどこにいたんだ?

 あぁ、足りない頭では想像付かないか。


 では!答え合わせだ!!


「ほら!返してやるよ!!元々の位置は私も忘れてしまったがな!!」

「GU!?tu…」


 再び奴の腹の下にいた私は鋭利な針を突き上げた。

 それは奴の頭部に突き刺さる。

 どうやら神経は本体と分離された後も反応するらしい。

 自動的に酸を吹き出し見る見るうちに穴が広がっていく。


「おっと、そういう仕掛けなのか。こういうのは初めてだったからな。勉強になったよ」


 溢れ出てきた雫を避ければドォーン!!と砂埃を立てて崩れ落ちた。

 まずは一体だ。


「こちらは終わった!私は主の護衛、に…」


 振り返り形成を伺う。

 私の言葉は尻すぼみに消えていく。

 そこにいたのはもう一体のブチュリィスコーピオンに今まさに止めをさそうとしてる8人だけ。

 それだけ。


 ここにシルビアとアイシャ様の姿はなかった。



 ――――――――――


 林に向かえば倒れている部下2名にその付近に土塊。

 伏せている2人の様子を確かめると目は開き、息も正常。

 ただ、麻痺状態で声を挙げられずこちらに危機的状況の連絡を取れなくされている。

 その隣で山になっているそれ。


 精巧なトラップ付きゴーレムの残骸。


 姿隠しは本人の魔力が割れないためではなかった。

 人とゴーレムとの魔力消費の仕方の差、違和感を誤魔化すためだった。

「もしかしたら魔法陣を壊されてしまうかも」と。

 さらに私達の対抗魔道具により姿隠しが看破される事も織り込み済みだったのだ。

「まさかあの時よりも魔力が明らかに多いのに偽物とは思うまい」と。

 というよりAランク冒険者相当の魔力量を保持しているのにそれをゴーレムと疑うはずがない。


 消費されたのは「写身の人形」といわれる最高位の錬金術士でしか作成出来ないゴーレムだ。

 材料に第8位階以上の魔物素材を必要とするかなりの高級品となる。

 さらにゴーレムの動きの精度が上がる程それは増していく。

 それでいてそれ程便利な物ではない。

 ゴーレムの内包魔力は注入して保持出来るのではなく対象者のをコピーするだけ。

 都合よく貯められる技術はまだまだ未完成だ。

 しかも量が多くなればそれ相応の高位素材をまた必要とする。

 ましてや魔法などもちろん使えず身体強化も本人より数段落ちる。

 稼働も自立ではなく本人の現在のトレースであるために危険作業でしか使い道があまりない。

 視覚、聴覚、発声を共有する「鏡の魔道具」も伝達速度、鮮明さを出すにはまた上等になっていく。

 加えてどれらも対象者が近い位置にいなければならない欠陥品。


 門での騒動は態と。

 問題のある人物とわかっていてあのバカBランクを選んだ。

 そいつが起こす事で自分達に注意がいかずさらに魔力を覚えさせる。

 用心として魔力を魔道具にコピーさせるのだ。

 重要人物の警護官なら直近の注意人物の魔力は覚えさせられる。

 実際私はアイシャ様の言葉であの時の魔力波長、足運びからある程度の力量を想像した。

 加えて魔力の多寡より「まさか偽装をなどしまい」と疑いもしなかった。


 想像するに二人は魔力が回復する側からそれを発散させ外の一般的なCランクまで落としていた。

 不自然さがばれないよう本人専用の魔力抑制具をわざわざ1から作り出して。

 それにより捕縛した後も我々は魔力の虚偽に気付けなかった。

 あの騒いだだけの段階で「自ら抑制具を着用しているかもしれない」そんな事を気に留める者はいない。


 魔力抑制下でこちらが索敵を出来ない。

 それだけでなく魔道具すら使えない状態にも関わらず相手は一切その手を緩めなかった。

 本人がこの場にいない事を徹底して隠していた。

 そのためにかなりの値がする魔道具類を使い捨てにしてでも…。


 一体いつからこの計略を仕掛けていた?

 周到過ぎる企みの後ろを、餌を私達は追いかけさせられていた?

 相手は釣り針を咥え込むのを今か今かと待ち焦がれていた?

 どの大組織がこの計画に関わっている?

 アビーは?

 その向こうのチェチェンは今どこに?

 アイシャ様はどこに連れ去られている?


 仲間を信頼する事で目の前の魔物に全ての意識を割いていた。

 そうでなければ魔物と私の立ち位置は真逆になっていた。

 この制約下で1人で抗うなどはっきりいって正気の沙汰ではない。

 本来は持久戦を想定しており向こうの増援待ちだったのだ。

 他に構う余裕などなかった。

 それは向こうの部下達もだろう。


 …言い訳が止まらない…。


 ブチュリィスコーピオンは本命の策ではなくそれこそ猟犬の役割だった。

 アビーとチェチェンは魔力を人形に宿す事で隠密しこちらの意識が別方向になるのをじっと待っていた。

 追い込みに成功した後の確実なるトドメを待っていた。

 私達は容易い獲物として狩られていた。


 …私達の本来の目的は敵を撃退する事ではない。

 アイシャ様をお守りする事だった。

 仕方のない信用のしっぺ返しが来た。

 目的と手段を取り違えた。


「だからといってこの代償はあんまりだろうが」


 私は誰にともなく呟きを漏らす。


 あぁ…、血の気が引くとはこういう事なのか…。

 何故、何故こんなにも易易と私は…。


 命を捧げるべき主、アイシャ様を失った。

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