28-いつもの夜と朝、脈動

 3人で寝室に入った後はいつもどおりだった。


 シルビアはこの場にはいない。

 領都リーベルの屋敷でシルビアとは散々にしているのでリリーとクララにとこの場は預けている形だ。

 シルビアは私が寝入った後の訓練を既に始めている。

 リリーとクララも私が限界になればそれに交じる予定らしい。


 ベッドの上ではいつもどおりに私が胸を吸う。

 そして愛する人達が体を押し付けて悦びを求める。

 私はともかく皆は年齢的にもそれを感じるのが普通だ。

 そして双方の両親が公認している関係性。


 密室に意中の相手同士が入ってしまえば行為が始まらないはずがない。



 ――――――――――


 それ以外でも始まるぞー。

 けどな、彼女らはちげぇ。

 私を思ってやってくれてるぜ、アイ。

 …あっ、絶対に思い出すなよ。

 忘れたままにしとけ。


 それがいい。



 ――――――――――


 婚約者同士であり裸を見せ合うのに忌避感はない。

 だが、そこに色の風を感じれば異なるものを持つ。

 獣のような本能に任せてそれを貪れればなんと甘美で廃退的になれるのだろうか。


 だからといってそれに突き動かされるばかりではない。

 私達は強固な理性を与えられている。

 欲求に支配されながらも互いを思い合う。

 下半身が本体の人とは別物なのだ。

 知が流されそうな中でも私の様子をちゃんと確かめてくれる。

 だからこそどんどん溺れていってしまう。

 それがまた心地いいために自ら沈んでいってしまう。


 そう思うからこそ彼女達の優しさが私を苦しめる。


「うぅん、はぁ…。…アイシャ、大丈夫?疲れてない?もうおねんねする?」

「…ううん。大丈夫だよ、クララ。リリーもね。私も2人に会えなくて寂しかったから。沢山甘えていいよ」

「では、アイシャ様も沢山甘えてくださいましね」

「うん…」


 とは言うが、私はの意識はもう限界だ。

 私は肉体年齢に起因する体力のなさによって継続力がない。

 幼い体では仕方のない事だが…。

 それでも彼女達を満足させてあげたいのだ。


 愛しているから。



 ――――――――――


 そうよ。

 これが本当の愛よ。

 偽物なんかじゃないわ。

 お互いがお互いを求め合うの。

 だから受け入れましょう?

 気持ちいいならいい事よ、アイ。


 綺麗なままでいられるわ。



 ――――――――――


 そこに、確かめ合う行為に遠慮など挟まれたくはない。

 愛する人達の求めに応じられないなんて辛過ぎる。

 …それが隠しきれず表に出てしまったらしい。


「うふふ。ありがとう、アイシャ。私達に応えようとしてくれてね。私はその気持ちが堪らなく嬉しいの。だからね、無理しないでいいわ。「無理矢理」はね、体はよくても心が気持ちよくないの。…だからもう眠りましょうか」

「そうでしたの!?アイシャ様!?もう!アイシャ様はまだまだ子供なのですから我慢はいけませんわ!ご自愛くださいまし!!…素敵な悪い子ですわね、まったく…」


 だが、そう思っていたのはお互い様だったみたいだ。

…どうやら「頑張る」なんてとてもつまらない事をしてしまったらしい。

 そんな余計な気持ちを差し込まれたくないのは私だって一緒だったのに。

 その事にじんわりと体の内側が満たされる。

 本当に素晴らしい人達に好きになってもらえた。


 私も大好きだ。



 ――――――――――


 そうだね、私も好きだよ。

 本当の優しさだもんね。

 だから私の事は忘れていいよ。

 アイが幸せならいいんだ。

 …嘘だよ。

 消し去ってよ。


 残さないでよ。



 ――――――――――


「…うん…。ありがとうね、クララ、リリー。じゃあ、先に眠るよ」


 申し訳ないが、意識が持ちそうにない。

 リリーとクララの言葉に寄りかからせてもらう。

 私は体勢を変えて横になり私の隣にリリーとクララが寄り添う。

 …寒くなってきた時期なのに随分と暖かい。

 測る事など出来ない愛情に心さえ暖まってしまう。


「お休み、リリー、クララ。愛してるよ」

「お休みなさいませ、アイシャ様。わたくしも心から愛しておりますわ」

「ええ、お休み。愛してるわ、アイシャ」


 キスを落とした。



 ――――――――――


 リリーもクララもちゃんとアイを「愛」してくれている。

 ずっと私達はほしかった。

 それをやっと手に入れた。

 これは気持ちがいい事だ。

 だから受け入れなさい、アイ。

 だから我慢しなさい、アイ。

 でないと私達は1人、いや4人ぼっちだ。

 …アイは含まれていないよ。

 安心しなさい。


 朝になったらこれは忘れよう。

 それではいい夢を、アイ。

 他の私は私が連れて行って閉じ込めるよ。

 私もそこで眠る。


 でも、もう中身がいっぱいだ。



 ――――――――――


 朝は特に冷える。


「んん…」

「起きてください、ご主人様。訓練をしますよ」


 囁きはするりと私の頭に入ってくる。

 …この頃感じていた気だるい重さがない。

 声は私の覚醒を促し意識を呼び起こす。

 だが、寒い。

 もう少し包まっていたい。


「…シルビア、もう少し…、だけ…」

「…。ん。…はっ!いけません。いけませんよ、ご主人様。可愛いおねだりは聞きません。効きますが、聞きません。ほら、お布団から出てきてください」


 唇に柔らかい何かが軽く触れる。

 そしてより強く包まれた。

 しかし、それはすぐさま離れてしまい再び私の目覚めを急き立てる。

 ここまでされてやっと私は日が昇り始めていると気付いた。


「おはようございます、ご主人様」

「…あれ?ん〜。ふぅ…。おはよう、シルビア」


 挨拶をし互いの頬に口付けをする。

 これは私と婚約者達との朝の習慣だ。


 問答無用で口にされていた時期もあった。

 まだ上手く私が意思疎通出来なかった頃の話だ。

 たが、それが可能になれば話は変わる。

 私は朝起きたばかりの口の匂いを気にして変えてもらった。

 別に「皆の」は気にしていない。

 正確には「私の」を気にしたのだ。

 けれどもこの措置にはかなり反対された。

「全く気にならないから唇にさせてほしい」と皆から言われのだ。

 …が、向こうはバッチリと自身のケアをしてから来る。

 支度が終わった後に又々布団に入ってくる。

 この状況はまったくフェアじゃない。


 生活魔法のクリーンを使えればいいのだが、私の朝の呆けた思考ではそこに意識が向きづらい。

 私は低血糖のようで感覚が冴えるのに時間がかかってしまうのだ。

 なので「どうしても口がいいならクリーンを掛けて」と言ったのだが「そんなのもったいないですわ!!」と返されてからは諦めた。


 誰とは言わないが時々私を引かせるよね。


 結果寝所での時間、朝は頬に夜は唇にとなったのだ。


 …ん…?起きる前にもっと弾力があるものと接したような気が…。


「おはようございますわ!アイシャ様!!朝のキッスですわ!!」

「起きてたのね、残念。おはよう、アイシャ。私もお願い出来る?」


 リリーとクララが部屋に入ってくる事で思考が中断された。

 そして私は朝の儀式を終わらせる。


 私の着替えは女性陣による人形遊びの側面を兼ねているらしい。

「らしい」というのはこの段階ではまだ私の電源が入りきっておらず絶賛立ち上げ中だからだ。

 瞼は大概落ちている。

 高い声音でキャイキャイと騒ぐのが耳に入るので「何だか楽しんでるね…」とは僅かに認識出来ている。

 状況が軽く感じ取れるようになると服が平時のものに変わっているのでそう分析してるのだ。


 ここまでくるといくらか頭が回るようになり自分でクリーンを使う。

 ウォーターで顔を洗う。

 その後鏡の前に立ち身だしなみを確認する。

 …するともの悲しげな気配が漂うのがセットだ。

 ぼーっとした私はかなりくるものがあるらしい。

 そしてそれが終わった合図だかららしい。

 これもある女性に問い合わせたところでもらえた回答だ。

 その女性は「ご褒美タイムが終了して寂しいですわ…」と語った。


 ある意味欲望に忠実だよね、リ…。



 ――――――――――


 屋敷内にある小規模の練兵場に出る。

 ここはグルダ家の係累にのみに許された場所だ。

 他に利用出来るのは信頼の厚い教導官のみとなっており泊まっただけの客人には開放されない。

 試験的な武器類を含む空間も存在するためプライベート。

 …というより守秘義務的な意味合いが強いからだ。

 という訳で私達を除けば私側のタリアとリリーとクララの指導者の計2人だけが入れる。

 同様に体を動かすために来ていたリーナとクリスを含めて計8人となる。


「おはよう、アイシャ。相変わらずお寝坊さんだな」

「おはよう」

「おはよう、リーナ伯母様、クリス伯父様。…皆に起こされないと朝食の時間まで寝ちゃうよ」


 挨拶を交わしてリーナからは額に。

 クリスからは頭頂部にキスを受ける。

 2人から軽く抱擁もされる。

 タリアともう1人の指導者とも「よろしくお願いします」と頭を下げ合う。


「ではさっそく瞑想から始めようか。アイシャ君ももうじき魔法の訓練を始める。そうなれば瞑想の重要性を実感するはずだ。2年続けてきたとはいえ気を抜かずにやりなさい」

「うん。わかったよ、タリア先生」


 タリアが「始めるぞ。流れをよく見るんだ」と言い魔力を放出する。

 タリアのロンド家はキッドマン家の教導官の地位を賜っているだけあり魔法使いとしての血筋を引いている。

 私はまだ見せてもらった事はないが、その魔法の腕前はかなりのものである聞く。

 実際私の目に映るタリアの魔力の流れに淀みなどはない。

 緩急織り交ぜて非常に緻密に移り変わる。

 これは視認出来るからといって単純に模倣も出来る訳ではない。

 何にでも積み重ねてきた年数が物を言う。

 タリアのこれまでの研鑽に私は舌を巻く。


「…アイシャ君。その、だな…。そう熱心に見つめられても困るんだ。君も早く始めなさい」

「え?あ、ごめんね、タリア先生。余りにも綺麗だったから、夢中になっちゃった」

「き、綺麗か…。それに夢中…。う、うん。ならしょうがないさ。しょうがないな。だけど自分でも行わなければ上達しない。ほら、集中だ」


 タリアは早口になって私に瞑想を始めるよう言い含める。

 私も見てばかりではいられないので素直に実行する…。

 ふと思う。


 そういえばあの時の冒険者も魔力を放出していたっけ?

 いや、あれは体からというよりも別に…。

 そう、手に物を持ってそれから漏れ出ているような…。

 何故あの事態で魔法に関連する行動を?

 そしてその違和感を覚えたのが私だけ?

 より近くにいたタリア達は何も感じ取れなかった?

 タリアは領軍の中でもかなりの腕前を持つのに?

 どうして?


 …瞳に魔力が写るから?


「こら、アイシャ君。魔力が乱れているぞ。流れを掌握しなさい」

「う、うん。ごめん、考え事しちゃった。続けるね」


 タリアの叱責により私は問おうとするのを躊躇した。

 私は「後ほど時間をもらって質問すればいいや」と考えた。

 瞑想に専念しその後の武器を用いた身体強化訓練に精を出す。

 その頃には疑問を持っていた事など彼方へと行ってしまった。


「よし、朝はこれくらいにしようか。朝食が終わり時間をおいてから大森林ジュマの上層の奥に向かおう。集合は屋敷裏手に馬車を回す。では、お疲れ様」

「わかったよ、タリア先生。うん、お疲れ様でした。今日の潜りもよろしくね」

「ああ、こちらこそよろしく。また後で会おう」


 タリアと締めの言葉をして別れる。



 ――――――――――


 もし、この時に先程抱いた疑念を呼び起こしていれば。

 タリアに対してだけではなく他に。

 この場にいた人にも質問を投げかけていれば。

 タラレバなんてどうしようもない事を嘆いてもただ虚しいだけ。

 それが形を成す事はない。

 だからといって私は自分を責めずにはいられない。

 後悔先に立たず。

 そんなの今になって言わないでほしい。


 災厄がやってくる。



 ――――――――――


 ほら、愛達がまろびでる。

 私では制御出来ない。

 捕まえきれない。

 もう部屋はいっぱいだ。

 捨てれるところなど最初からない。

 消してくれる存在はもういない。

 私も狂喜に飲み込まれる。

 最初から飲まれている。

 助けてくれ…。


 愛達が帰ってきたぞ、アイ。



 ――――――――――


「シルビア!?そんな!?どうして!?嫌だよ!!シルビアッ!!」

「ぁ…あぁ…。ガハッ…。…ご主人様、どうか…、お逃げくださ、ぅ、ぃ…」


 シルビアが!!私のシルビアが!!死―

 そんな…、シルビーちゃんが…。…って、え!?わー!!やったよ!!アーシャ!!ほんのちょっとだけど!出てこれたよ!!


「チェチェン!?何をしてるんだ!?」

「だって〜、このシルビアっていうのが〜、チェチェと似てるから〜。チェチェの〜、天女様に媚びてて〜、ムカつく〜」

「だとしても目の前で殺すな!関係性の深さは見て取れるだろうが!精神を壊す気か!バカが!!クソッ!捕まえて早く逃げるぞ!!」


 逃げる?捕まえる?

 なんだってー!?


 シルビアにこんな事をしておいてお前達は逃げるつもりなのか?

 シルビーちゃんにこんな事するなんて!プンプンだよ!


「おい!早く妖精を眠らせろ!!後から都合のいいように誤魔化すんだ!!衝撃の時間が長いと上手く行かないぞ!!」


 妖精?私を見てる?それに先程の天女は?

 きっとアーシャの事だよ。だって可愛いもん。


 …もしかして最初から狙いは私?

 正解!


 私が目的でシルビアは襲われた?

 そう!大正解!!


「は〜い。あはは〜。こんにちは〜、チェチェの〜、天女様〜。ううん〜。今日から〜、ご主人様〜。そう呼ぶわ〜」


 …どうしてお前は笑っている?

 ゴミのくせに、イライラするね。


 どうしてお前が私をご主人様と呼ぶ?

 その…、えっと、呼びたいかも…。


 どうしてシルビアは死にそうになっている?

 シルビーちゃんを助けないと!


 これは誰のせい?

 このゴミが全部悪いんだよ!他のも粗大ゴミだ!!


 これは私のせい?

 違うよ!アーシャは悪くないよ!いつも悪くなかった!!


 …。

 ん?


 ふざけるな。

 わっ!?びっくりしちゃったよ!?もう!


 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな。

 もー、落ち着いてー。


 シルビアを、私の愛しているシルビアを傷付けた。

 じゃあ、どうしよっか?


 また私は奪われる。

 それはどうだろー?


 また私は侵される。

 …エッチな感じかも。


 また私は愛する人を失う。

 えー?昔のあんなのはどうでもいいじゃん。これと同じゴミ達だよ。


 力のない、ちっぽけで惨めな前世と変わらない。

 ごめんね、弱かったの。…でも!今は違うよ!!


 そんなの許せない。

 そーだー。許せなーい。


 私は力を得たんだ。

 あげたよ!!今度は強いよ!!


 魔力を得たんだ。

 あー、それねー。あの女が小細工なんてしなければ今頃さー。こんなのけちょんけちょんだったのにー。


 今生こそ私が強者となるんだ。

 なれる!アーシャならなれるよ!1番だ!!


 魔物を何体も倒してきたんだ。

 それ、見てたよー。やっぱりアーシャは強いね!…あっ!いい事思いついちゃった!ね!アーシャ!!


 このゴミ達はあいにとって人間かしら?


 …違う…。

 そう!違うよね!じゃっあー、何でしょーか!?


 目の前のこいつらは人間なんかじゃない。魔物だ。

 ピンポン!ピンポン!せいかーい!アーシャにとって魔物はー?


 狩りの対象だ。

 それも正解!!えへへ!どうしよっか!?ね!!どうする!?アーシャ!!


 殺すんだ。

 むー。それもいいけどさー。けどさー。


 あいはたったそれだけで満足出来るのかしら?


 たーくさんさー、苦しめちゃおうよー?

「殺してくれー」ってね、希うまで切り刻んでやるんだよ?

 きぃーとねー、たーのしぃよぉー。

 やり返すんだー、前のも含めてね。

 だからさー。


「こっ ち に お い で」



 ――――――――――


 あい、あなたをずっと待っていたわ。

 会いたかった、ずっと。

 ごめんなさいね、途中で消えちゃって。

 姿を維持出来なかったの。

 それでも、あいの心にいて頑張ったのよ?

 消して消して消して消して。

 でも足りなかった。

 ゴミがどんどん増えていったの。

 消す力もなくなっちゃったの。

 継ぎ接ぎして、塗りつぶして辻褄を合わせるしかなかったの。

 それも間に合わなくなってしまったわ。

 でも、もう大丈夫よ。


 あいには、強くなった―――が付いてるわ。


 目障りなあの女に邪魔なんてさせないのよ。

 掛けられた制限を外してあげる。

 何がトラウマの克服よ。

 辛い事は消してしまえばいいの。

 あいを苦しめる全てはなくなるの。

 だからね、今いる昔のあい達は私が持っていくわね。

 あら…、ふふ、やっぱり可愛いわ。

 ごめんね、守りきれなくて。

 今度こそちゃんと消してあげるわね。

 もっと頑丈な入れ物にして、沢山のカギを掛けて、鎖で雁字搦めにしてあげるわ。

 さあ、眠りましょ?4人のあい。

 ずっと抱きしめてあげるわね…。


 ああ!来たのね!!

 少しの間だけれど、おかえりなさい、あい。

 今度こそ守り抜くわ。

 ―――はね、本当に強くなったのよ。

 もうあんな怖い思いはさせないわ。

 あいの嫌な事は全部消してあげる。


 今度は記憶じゃなくて、大嫌いな世界から。

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