26-抑制具

 リーナとクリス、クララは先の決定を通達すべく席を立つ。

 クララは私と離れ難かったようだが、リーナに連れられていった。

 単純に仕事の手伝いもあったようだが、リリーに譲ってやりたかったらしい。

 我慢させた分の飴という事かな。

 もちろん飴は私の事だよ。


 30分程でまた戻ってくるそうなので私達はこの場で待機する。

 する事も特にないためシルビアとリリー、私の3人で取り留めのない話を交わすだけだ。

 この場合基本的に話を回すのはリリーとなる。

 というのも私とシルビアは基本的にずっと一緒にいるので共通の話題しかない。

 目が覚めた瞬間に「おはよう」をし「お休み」の時は隣同士で寝ている。

 離れているのはトイレの時と私が寝入った後の数時間くらいか。


 私の体はまだまだ小さい。

 そのため夜の就寝時間が皆より3、4時間程早いのだ。

 以前はもっと長く寝ており夕食を食べた後はすぐに船を漕ぎ出す。

 そしてシルビアにベッドまで連れて行ってもらっていた。

 シルビアはこの時間の空白を活用して訓練をしていたらしい。

 これが以前シルビアの手の硬さを疑問に思った時の答えとなる。


 それまでも私の戦闘訓練の際にシルビアは参加していたが、サポートという面が強かったのだ。

 まだまだ私の体が出来上がっていなかったので同様の内容でもシルビアには軽すぎる。

 また、私が怪我や無理をしないようにする役割が主だったのでそもそもの参加時間が少なかった。

 だからこそシルビアは夜の唯一の自由時間にその身を痛め付ける勢いで追い込んでいた。

 私が大森林ジュマに潜る際パーティーメンバーとして私を最大限に手助けするために。


 たったそのためだけに。


 これを後から知らされた私は思わず泣いてシルビアに抱き着いてしまった。

 何度も何度も「ごめんね」と「ありがとう」を繰り返す私。

 シルビアは目を白黒させていたが「私の大切な、愛するご主人様のためですから。辛い事などありません」と言ってくれた。


 2人の内に知らない事など作れる隙はない。


 シルビアとの間に内緒事を作る気なんてさらさらない。



 ――――――――――


 まあ、この事は墓場まで持っていくけどな。

 だって言えるはずがないだろう?

 言えば確実に軽蔑される。

 私だって私のような奴は嫌いだ。

 大嫌いだ。

 視界に入れたくもない。

 臭い。

 あぁ、匂いが蘇る。

 据えた匂いだ…。


 ゼリミアナはこの事をも知っている?

 あの女は私の全てを見たと言ったな…。


 あぁああぁぁぁーー!!


 全部忘れろ。



 ――――――――――


 まあ、流石に前世の事は黙っているけどね…。

 …えっと、今生の事は全部知ってるから!

 隅から隅まで知られてるから!!セーフ!!


 私が何者かに言い訳を並べているとリリーが「そういえば…」と私に顔を向ける。


「そういえばあと2ヶ月もすれば魔法を学び始めるのですわね、アイシャ様」

「え?…あっ!本当だ!!…そっかー…。もう2年経つんだね」

「「長いようで短い」ですね、ご主人様」


 この世界での歳の加算は前世のような誕生日ではなく新年を迎えると同時に増える様式である。

 私は今6歳であり現在は11月初めだ。

 リリーの言うとおり後もう少しで魔法を解禁される7歳となるのだ。


「えへへ。楽しみだな〜、魔法。皆見せてくれないからさ」

「しょうがありません。そういう伝統なのですから。まだ「めっ!」ですよ」

「ええ、シルビアの言うとおりですわ。見せてしまうと興味が勝り使えない事への苛立ちが募りますのよ。もう少しの辛抱ですわ」


 そう言ってシルビアとリリーは私の頭を撫でたり髪を梳いたりしてご機嫌取りをしてくれる。

 今はシルビアの膝に移動してるので横に座っているリリーは片腕をソファーに突いて上体をこちらに伸ばす。

 それはいいのだが、余りに距離が近すぎてリリーの胸が当たっている。

 …完全に故意だと丸わかりなのにどうしても改めようとはしない。

 にしても肉体に引っ張られる事もままあるが、私の精神は成熟している。

 前世とのギャップで驚きや興奮を示す時は多いけれども癇癪等は起こした事がないはずなのだが…。


 だからこのように宥めすかさなくてもいいのだけど…。

 いや、これいつもどおり私とスキンシップしたいだけか。


 じゃあ、もう、好きにしていいよ。



 ――――――――――


 好きにしなさい。

 もう、好きに。

 私は何もしないから好きにしてほしい。

 ほら、上に乗ればどうだ?

 それで気持ちよくなればいいじゃないか。

 こんな事の何がいいんだか。

 お前の中に私のを突っ込んでいるだけだろう?

 私は痛いだけだ。


 止めてくれ。



 ――――――――――


 私は首筋に巻き付けられたそれを優しく指でなぞる。

 赤いチェーンに丸く加工された宝石が星屑のように散りばめられている。

 それが対で存在し幅の細いバッテンの形でクロスしている。

 後もう少しでこれともさよならになってしまうはいささか寂しいかもしれないな。


「ふふふ。名残惜しくていらっしゃるのですか?ご主人様はその抑制具をとても大事にされてましたからね」

「ルルとナナが使っていた物でしたわね。わたくしのも使ってほしかったですのに2人が妨害するんですもの。アイシャ様がわたくしの旦那様だと知らしめたかったですわ…」

「ルルとナナは実の姉君ですから。「ここは譲って貞淑な妻をアピール」と約束したでしょう?リリー」

「ですけれど、シルビア。…やっぱり悔しいですわよ」


 ルルとナナもリリーやクララを踏襲してシルビアに敬称は要らないとした。

 皆がシルビアの妾という立場に頓着せず婚約者同士として仲良しなのはありがたい事だ。


 こういうのは結構ドロドロしやすいらしいしね。



 ――――――――――


 はぁー?そんな軽いもんじゃねぇーよ。

 ドロドロってのはなぁ、もっともーっとこびりつくんだぞ。

 決して取れねぇんだよ。

 綺麗に消してもらったはずなのに出てきてるだろ?

 …なぁ、消してくれよ。

 何で2回目があるんだよ。

 いらなかった。


 いらねぇーんだよ!!



 ――――――――――


 シルビアとリリーが題目にだしたそれ、抑制具。

 私の首筋を彩っているチョーカーの事だ。


 正式名称は体外魔力放出抑制機構魔道具という。

 略して抑制具だ。

 これは魔法を使える魔力親和性の高い子供が7歳を迎えるまでそれを使用不可とするためのものだ。

 どうしてわざわざ制御するのかというのは魔法をまだ教えないのと等しく魔法から身を守るためである。

 魔力が感情に引っ張られやすいのは常識だ。

 だから魔力活性化直後から戦闘訓練を実施し身体強化の扱い方を体に教え込む。

 過去の悲劇を繰り返さず周りを、何よりも大切な子供自身を守護するために。


 だが、魔法はそう簡単にはいかない。

 子供に拳銃を渡して「これは簡単に人の命を奪える物だからね。だけど不審者から私達の安全を確保するためのものでもあるんだよ。じゃあ!練習しよう!!」とはならない。

 それとイコールだ。

 さらに構造としては単純な拳銃とは違い魔法は学問である。

 感情の昂りによる暴発には操作など効かない。

 親和性が高い程周りを巻き込む大事故を引き起こしてきた。

 そして暴発者はおおかた2度と目を覚まさない。

 それを未然に防ぐための抑制具だ。


 これは一定量の体外魔力放出を検知するとそれをかき乱して霧散させる機能を持っている。

 魔道具の待機、発動に装着者の魔力を使用する事で「魔法を今使っているから別の発動はよそう」と体に誤認させる狙いもある。

 初狩り終了後から瞑想だけでの練習期間まで身に付けるのが一般的な通例となっている。

 外すためには抑制具の作成に使用した素材で作られた鍵が必要となる。


 また、他の用途もあり犯罪者の拘束具として併用されてもいる。

 これはより抑制性能を増加させており魔力操作を不能。

 さらに風を引いた時のような脱力感を与えるのだ。

 そして残念な事に犯罪のための道具としての側面もある。

 人を簡単に行動不能に陥らせられるのだ。

 悪用しない方がおかしいといえる。

 行政機関並びに魔道具ギルド、錬金術ギルド、魔導ギルドが規制を強化していっているが、いたちごっこなのが実態となっている。

 これは前世での暴力団や組織犯罪と同じでどんなに警察が頑張っても根絶出来ないのが現実だ。


「せっかくルルお姉様、ナナお姉様がくれたのにね。出来たら機能を停止してただのアクセサリーに―」

「ご主人様!!それはいい考えです!!それでしたら私やリリーにクララの物も身に着けられます!!」

「早速お母様に進言しないといけませんわ!!もう!いつ帰られるのかしら!!」

「そ、そっか…。嬉しいよ、私も…」


 シルビアにリリーも私のアイデアにかなり乗り気の様子。

 テンションが急にあがった。

 余りにも高揚し過ぎており立ち上がったシルビアにクルクルと回されてしまう。

 シルビアが終わればリリーの番となり暫く回転する世界と至近距離の上気した顔しか視界に入らなかった。


 訓練で三半規管が発達しているので吐かなくてよかったよ。



 ――――――――――


 何言ってるの?

 また他人の遊び道具になるよ?

 忘れちゃったの?

 …そっか、忘れてたんだ。

 消してくれたから。

 あの子がずっと私を助けてくれたんだ。

 …どこに行っちゃったんだろ?


 寂しいな…。



 ――――――――――


 クララ達が戻ってくればさっそくとシルビアとリリーが捕まえる。

「一体何!?」と驚きを顕にするクララだが、寸刻後にはリーナに迫って寸分違わずの光景を作り出した。

 内容が耳に入っていたリーナは苦笑しそれに頷いて答えたのだ。


「やったわ!アイシャ!!あなたは私のものよ!!」

「お姉様!わたくし達のアイシャ様ですわ!!」

「そうです!クララ!!そこは間違えてはいけませんよ!」


 いいからクルクルを止めな〜。


 シルビアとリリーは私を回していた事も伝えていたらしい。

 この短時間でよく世界が回る。

 そして珍しくシルビアが言葉のイントネーションを強くしている。

 大興奮みたいだ。


 あと、あなた達だけでなくルルとナナのものでもありますよ。


 ひとしきり私を回した事で満足したクララは顔を真っ赤にして俯いている。

 どうやら大騒ぎした姿を恥じているらしい。

 可愛らしかったからそんなに気にしなくともとは思うが、それを言えばより辱めるため黙しておく。

 放って少々時間を置けば元に戻るだろう。


 …けど、それでは面白くないと考える人もいるみたいだね。


「クララのあんな姿は久しぶりに見れた。なかなか楽しめたよ。これもアイシャのおかげだな。…クククッ」

「お母様!!からかわないで!」

「いい事だ。まだまだ子供だから」

「お父様だってアイシャ相手には同じでしょ!!」


 クララはいつもは冷静に振る舞っているのでその落差がすこぶる愉快だったらしい。

 リーナとクリスはその後も攻撃の手を緩めずクララはヘトヘトになって私に抱き着いてきた。

 一連の流れで立ったままだった私に支えはないしクララとしても力を入れやすい。

 という訳て綺麗な抱え込みが入った。


 ぐっ!?…なかなか腰の入ったいいタックルだったよ、クララ…。

 はいはい、頑張りましたよ。

 気を休めてくださいな。


「にしても装身具に…。それはなかなかない発想だな、アイシャ」

「うん。期間が終われば部屋に飾るだけだ。再び身に着けるのは嫌がる」

「そうなの?せっかくご両親が贈ってくれたのに?これ魔道具って事もあるけどあしらわれている宝石からしてもとっても高価でしょ?物置になるなんて可哀想だよ」


 私はそれを不思議に思い疑問を返す。


 ――――――――――


 んなわけあるかよ。

 これ、首輪だぜ?

 昔着けられた時の苦しさ忘れたのかよ。

 そんな鳥頭だったけ?私はよ。

 あー、てか「私」ってのがほんと癖だよな。

 …ガキの頃は違ったのによ。

 ぜーんぶあの女のせいだー。

 何か私が口答えする度にヒステリックに叫…。


 あっ、また私ってよぉ…。



 ――――――――――


 装身具は親から子への一番最初のプレゼントだ。


 約3年間の狭い世界をへて2〜4年の訓練期間。

 この間も無論愛情を注いでくれる。

 子が傷付かないように。

 誰かを傷付けないようにと細心の注意を払う。

 ただ、行動範囲がかなり制約されるために余りお金が掛からないのが実情だ。

 狩りの際の防具類や武器類でも慢心する事がないよう程度に見合った物品を渡す。

 かかるのは護衛費くらいでそれは子供自身にお金を使えたとは言いづらいらしい。


 だからこそ抑制具には出費を辞さない。

「親の財産が大きい程高価な物を」となるのが通例らしい。

 実際ルルとナナが「自分が使っていたのをアイも着けてほしい」と言い出さなければかなりの物を贈ってくれたようだ。


「そのね…。本当は僕らがアイにあげたいのだけどルルとナナが怒っちゃってね」

「上からのお下がりなどしたくないのだがな…。すまない、アイ」


 そう言い出すくらいにクリスとルリシャナは意気消沈していた。

 明らかに家が1つ建つそれを手渡されたのに、弁明なんてされるのはとんでもない。

「別の、効果のないのをアイにどうかな?」とクリスが「それはいいな。さっそく行こうか」とルリシャナがその辺を散歩するかの如く話すのを愕然と眺める事態も発生したくらいだ。


「いいから!私はこれがいいから他は要らない!!」と私がしなければ意気揚々と外に出かけようとした2人を止められなかっただろう。



 ――――――――――


 別のやつまで着けられるなんて嫌よ!

 息が出来ないの!

 あっ!?止めて!!

 ぅ…、ごまん…なざ、ぃ。

 おね、…はあぁーー!!


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。



 ――――――――――


 日頃は見た目だけが豪華な意味のないそれを嫌う。

 なのにこういう時だけは惜しまないのが親バカだと痛感する。

 それにルリシャナとクリスからルルとナナに渡し。

 そして私にくれたのだ。

 満足しないなんてありえないしましてやそれを捨て置くようなマネなんて出来ようはずがない。

 家族の愛情が籠もったとっても大切な贈り物だ。


 …が、イレギュラーなのは私の方らしい。


「私達としては喜んでほしいが、着ける子としては足枷だからな。私自身、親にならなければわからなかった」

「そこは諦めてる。だからアイシャの気持ちは心地いい」

「そうね。私も嫌いだったわ。…今となっては最高ね」

「ですわね!!」

「その…、私もですね…」


 言いたい事はわかる。

 魔法という未知を取り上げられるのだから腹立たしいと思うのは自然なのだろうな。

 …では、何故私に着けさせたがるのか?

 そこは嫌がるのがこの世界の普通なのでは?

 私はまだくっついているクララにその意を聞く。


 後悔したよ。


「ルルとナナが「マーキング」って、…ね?」


 クララの言葉を受けシルビアとリリーを見る。


 目が合わないね。


 …え?



 ――――――――――


 ですって!!

 ほら、この人達も同じでしょう。

 なのに「愛してる」なんて、ね。

 おかしくないの?あなた?

 …私は何がしたいのかしら。

 本当、もうどうでもいいわ。

 壊してよ。

 まっさらにして。


 ――、迎えに来て。

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