25-上下の境目
大満足な夕食が終わり談話室へと移動した。
そこで私達はここ1ヶ月の各々の状況を話し合った。
まあ、各々といっても皆私の話を聞きたがるので約半分の時間は私が話していたと思われる。
特にリリーとクララが聞きたがる。
私がある話を終えると別の質問をして会えなかった期間の事を全部知ろうとするのだ。
これにより私だけでおそらく一時間以上は話していたのではないだろうか?
「お疲れ様です。お水をどうぞ、ご主人様」
「うん。ありがとう、シルビア。…ふぅー。やっと落ち着いたよ」
「その…、ごめんなさいね、アイシャ。愛してる人の事は何でも知りたいと思っちゃうみたいなの」
「本当はずーっと側にいたいくらいですわ!やっぱり寂しいですの…」
「そう思ってくれるのは嬉しいよ。私もリリーとクララの事はいつも想ってるからね」
そう告げればリリーは輝かん限りに破顔しクララは恥ずかしそうにはにかんでしまう。
素敵な人達、愛してる人達にこんな反応をされると自然と口角が上向いていく。
…喜んでくれてこちらも満たされるが、なんとも気障で身震いする事を言ったな、私…
やや後悔したが、そんな言葉が不意に出てしまうくらいにリリーもクララも大切な女性となったのだろう。
そういう事ならばしょうがないと先の発言に言い訳する。
「ククク、何とも仲睦まじいものだな。娘夫婦が親密で良かった良かった。ほら、アイシャ。そろそろ私の膝においで。クリスも疲れただろう」
「いや、まだ―」
「疲れただろう?うん?」
「…うん。そうだな…」
先程まで会話に参加せず優しげに笑みを浮かべていたリーナが言葉を発した。
どうやら私の所有権を指摘したかったらしい。
そしてクリスはリーナに逆らえないみたいだ。
これは尻に敷かれる…、いや、この世界ではこれが普通の夫婦の形なのかな?
「お呼ばれした事だし…」とクリスに振り返れば眉間にシワが寄っている。
けれどもリーナに逆らえないようで腕の力が緩む。
そしてクリスは肩を落として私に行くように促す。
えっと…、じゃあ行くね?
私はまだいるからさ、その…、また来るよ。
とりあえずクリスの膝からピョンっと降りてリーナの元へ向かう。
クリスの「あぁ…」と漏れる声とリーナの「よく来た。ゆっくりするといい」という少し弾んだ声が見事な対比だ。
クリスのオーバーさとのギャップにちょっと笑いそうになるから止めてほしいな。
私は抱き上げられ暫くリーナにモゾモゾされた後体を固定される。
私の後頭部と同位置するものがものなのでジャストフィットする形を探していたみたいだ。
結局正面に座する事は出来なかったのでリーナの肩周りに頭を置く横座りをする。
で、背中とお腹に腕を回され私の手もリーナに回すよう促される。
こうなると体勢を複雑化させた部位が頬に当たるのだが、リーナは気にしないし私もいつもの事なので慣れてしまった。
まあ、私の視界の約半分が不鮮明になるがね。
リーナは満足げな息を吐いた後話を切り出した。
「さて、互いの近況報告も済んだ。今日の件といこうか。クリス、一応の解決はみせたのだろう?」
話の内容は城塞門での騒動に移るらしい。
私も気になってたので丁度いいタイミングだろう。
リリーも自身があんな惨状を引き起こした原因なためか前のめりとなり少し険しい顔になる。
場には今しがたまでの和やかな空気が追いやられ若干張り詰めたものが順順に満たされていく。
緊張が高まっていく…、高まっていく…、高まるが…。
…、あれっ?どうしたのクリス?
何故かクリスが話始めない。
つーんとそっぽ向きこちらにというよりリーナに顔を背けた状態となる。
はー、普通の男性がこれをしたらただ腹が立つだけだね。
でも、クリス程中性的で顔が整ってるとそんな感情が湧きづらいなぁ…。
やっぱりイケメンはズルいねぇ。
けど、リーナには通じていないみたいですよ?
私のお腹に回されたリーナの手からお怒りを感じてしまいますわ。
ハリー、クリス。
私、リーナに潰されます。
「おい、クリス?」
「…」
「話さないか」
「…」
「…いい加減にしないか…、なぁ…」
リーナが話を促すがクリスは応対しない。
そして私のお腹はじわじわと締め上げられていく。
いやー!!
クリス!早う話して!早う!!
さっきのご飯が出ちゃうのぉー!!
「ク、クリス伯父様、私も聞きたいな。話してくれない?」
「アイシャがそう言うならしょうがない。あいつらはな…」
嘔吐の危険を察知した私は何とかクリスに語り始めてもらおうする。
焦りからか自分でも気持ち悪いと思うお願いをしてしまった。
だが、それが功を奏しクリスの口がやっと開く。
すごく滑らかに開き早口で回りだす。
ほんならはよせいや。
リーナは不満そうに「ふー…」と息を吐き出すと一度だけきゅっと私のお腹を締めてやっと力を緩めてくれた。
…た、助かったぜ…。
――――――――――
件の3人組の彼女らは冒険者らしい。
私に対して耳に耐えない口説きをしてきたのがBランク。
他2人はCランクの上位との事。
元々パーティーを組んでいたのはCランクの2人だけであり大森林ジュマに潜るにあたって短期でBランクの彼女を雇い入れたという。
こういう形態は珍しい事ではないそうで互いの戦闘スタイルのみで判断して一時的な共闘は日常茶飯事との事だ。
組んで解散を繰り返し実戦をとおして自分達に合った固定メンバーを探していくスタイルだそう。
元々組んでいたパーティーが音楽性は関係なしに解散する自体もある。
そのため常にある程度の流動性が発生しているらしい。
だからこそ個々人の性格を後から知ってトラブルになる事もよくあるみたいだ。
実は前のパーティーで問題を起こして追い出されたために1人だった。
見栄を張るために実力に数段誇張を入れていた。
金遣いが荒く必要準備金で渡した金を私用で使った。
入ったパーティーの持ち物を狙っており戦闘途中でそれを奪って逃げ出した。
まるきり全てがそうではないが、危険が多い仕事なのに少数でいるのは色々と理由があるものらしい。
それでも頭数を揃える利点は言うまでもないので何度も試行して仲間を手に入れるのだ。
そして今回の2人組は結果最悪の人物を引いてしまった。
「アイシャが到着した頃に領軍物資を積んだ大規模な商隊が検閲されていた。門兵の業務を圧迫するため閉門時間に合わせて来るようになってたのだが、少し早めに到着したらしい」
クリスの言葉に「確かに私も遅い時間帯についたな」と当時の状況を思い出す。
まあ、私は貴人用の門を使えるので余りにも非常識な刻限でなければ大丈夫なのだが。
それに到着予定も伝えていた。
検閲開始時には他に列を作っていた人影はなかったのだが、途中で例の3人組が現れたらしい。
しかし、門兵達はほぼ総出で検閲業務に駆り出されており冒険者に気付かない。
冒険者側としてはこれから世話になる場所で文句を言い領軍しいては代官に目を付けられたくない。
双方の事情が変に噛み合い冒険者らは不満を溜めていった。
そこに私の馬車が通りがかり別の門、貴人用の門をくぐり抜けようとした。
件のBランク冒険者は私の馬車を見て「そこいらの商人だ」と思ったみたいだ。
どうやら私の馬車の外見的特徴から勘違いしたとの事。
キッドマン家が中身を重視し外側の飾りに無頓着な姿勢が災いしたらしい。
だとしても警護にそれなりの人数がおり全てに魔獣が与えられているのを見逃すのは彼女の落度だろうな。
そして残念な彼女は「順番を抜かすな!割り込みをするな!そこを通っていいならまず私達からだろう!」と騒ぎ立てたそうだ。
お仲間2人は明らかに手練の護衛と思われる人と魔獣を見て硬直。
それに臨時パーティーのバカが食って掛かって硬直。
中から私が出て硬直。
さらに私に手を出そうとして硬直をしていたらしい。
なんとまぁ…。
お二人は可哀想としか言えないな…。
「パーティーの面談時は外側を取り繕っていたらしい。「あんな本性が隠れていたとは知らなかった」と言っていた」
「そうか。まあ、冒険者が仲間に恵まれないのはよくある話だな。…うむ。問題の奴は半年間の無賃労働だ。他の2人は素性を纏めたら罰金。そして解放でいいだろう」
「うん。後で伝えてこよう」
リーナの暫定にクリスが頷く。
彼女らの今後が決まった瞬間だな。
「いやいや。問題を起こしたとはいえ半年の拘束とタダ働きは無茶苦茶じゃないか」と思うが、これがこの世界の普通だ。
というよりこれは優しい方の判定でかなり甘い罰に当たる。
クリスはそれで文句ないといった感じだが、シルビアにリリーやクララが不満顔なのがそれを意味している。
なぜなら前世江戸時代よろしく斬り捨て御免がまかり通っている世界なのだから。
前世もそうだったが、貴族の力は平民にとっては非常に大きい。
貴族と同じ物を身に付ける事は許されず色まで指定されていた程だ。
そしてこの世界の暴力性は前世を遥かに上回る。
舐められたらかなりの確率で不幸がやってくる。
そのためリーダーにはより強い力が求められその権力は前世以上と私は教わった。
キッドマン家としては領民に無意味な乱暴はしないが、他はお察しとも聞く。
それを踏まえた上で先の事件が起きた。
キッドマン家でも「まじかこいつ…」と思う程だ。
私はキッドマン領領主ルリシャナが第3子だ。
当主の息女そして最重要地城塞都市グルダの代官であり当主の妹の息女の婚約者だ。
タリアは当初話し合いで解決しようとしていたが、そもそもあの段階で何も言わずに殺しても良かったのだ。
さらに護衛対象である私に声を掛けあまつさえ「自分のものになれ」と言った。
役満の状態だったのにさらに役を切ってきたと等しい事をしたのだ。
当然「知らなかったのです!」では済まされない。
私は正直「あっ、あの人達終わった…」と思ったくらいだった。
「カタリナ様、お言葉ですがそれは少し軽すぎるのでは?ご主人様に下品で下劣極まりない言葉を吐き。ましてや「こっちに来い」とまで口にしました。該当の1名に関しては極刑が妥当ではありませんか?他も連帯責任としてそれ相応の罰を与えるべきかと」
「そうですわ!わたくしのアイシャ様を誘うなど許されない事ですわ!!」
「私もそう思うわ。これを許せば冒険者が増長しかねないもの。締めれる口実を向こうから渡したのだからやるべきよ、お母様」
わぉ〜、婚約者達がヴァイオレンスです〜。
…ちょっとふざけたが、これがこの世界の普通なんだよな。
私はそうまで思わないけど…、でも逆の立場だったら私も同じ意見を出したかもしれないね。
愛する人が顔もしれない男から口説かれたら居ても立っても居られない自信がある。
その時大手を振って揮える権力があるなら迷いもしないかもしれない。
私なんかを愛してくれる人達を渡すものか。
何だかやけに攻撃的な方向に沈む。
私は別にそんな性格ではないはずだが…。
そんな考えに没頭してボーッとなっているとリーナがこちらに目線を向けているのに気付く。
私は胸が邪魔なので首を少し倒してそちらに向ける。
リーナと顔を見合わせた。
「リーナ伯母様?何?」
「うぐっ!?…アイシャはやっぱり可愛いな〜。いや、なんでもないぞ〜。ほら、いい子だな〜」
明らかに話があったはずだが、一瞬でその雰囲気が霧散した。
残念な事に今のリーナはただの親バカになってしまっている。
「出会った時からもう息子だ」とリーナに以前言われた。
クリスに続いてリーナも息子がほしかったらしい。
クリスはそれがオープンだっただけだった。
リーナは私をその豊満な胸に押し付けると優しく髪を梳いて猫なで声を出す。
キリッとした眦を限界まで下げており口元もだらしない。
それだけでは我慢出来ないのかついには額にキスまで落としだした。
この状態のリーナは私と二人きりの時しか見られなかったので皆がいる場ではかなりレアだ。
…レアだからって少しキャラが崩壊してるよ、リーナ。
「…リーナ…」
「んん?…お、おぉ。…別にいいじゃないか…。クリスだっていつも似たようなものだろう?私だってアイシャをとにかく愛でたい時くらいあるさ!」
クリスの言葉にリーナは開き直ったみたいだが、それでいいのだろうか…。
ちなみにギャラリー達はこれを見、沸騰しているみたいだ。
私を抱き締めて離さないリーナを睨みつけ「私のご主人様を…」「許せませんわね」「流石にね、お母様」と口々に発する。
「流石にこれは形成が悪い」との考えに至ったリーナは一時的に私を手放す事にしたようだ。
なおかつ向けられた敵意を擦り付ける事も忘れない。
今日は厄日だね…、リリー…。
「すまない、アイシャ。また後でな。リリー、今日はアイシャと過ごす時間が少なかっただろう」
「まあ!お母様!そうですわ!そのとおりですわ!!アイシャ様!!どうぞこちらに来てくださいまし!!」
そんな訳でリーナからリリーにパスされる私ですね。
私は景品か何かかな?
んー?どうだろ?
受け取ったリリーは周りの視線など一顧だにしない。
というより私以外は視線に入らないようだ。
弾けんばかりに喜色を顕にし真正面から私を抱きしめる。
そう、私の顔がリリーの胸に。
リリーと出会ったのは私が3歳の頃か。
思えばあれからもう2年強も同じ時間を刻んだのだな…。
リリーと一緒にいるとパワーを貰える。
私の事を愛してくれるのは皆同じだが、リリーはそれに一切の遠慮をせず皆の前でさらけ出してくれる。
自分のちょっとアレな願望さえも裸の心でむき出しだ。
私もリリーもあれから大きく育ち心を通い合わせたものだな。
特にリリーは胸を…。
…ええ、息が出来ないのです。
これは走馬灯ですかね?
私は何度胸の恐ろしさを教えられればいいのか。
――――――――――
まだトリップしきれていなかったらしくリリーは私の必死のタップに気付いてくれたよ。
もう少しでゼリミアナの胸に飛び込んでたけどね。
そして出来上がるリリーとリリーに抱かれた私を取り囲む女性陣の図。
えー、あなた達。
私を心配してリリーを説き伏せてるようだが、私知ってるよ。
シルビアもクララもチラチラと私に視線を寄越しているからね。
ついでさっきリリーを生贄に捧げたリーナもそっち側に加わってるのは何故でしょうか?
あなた、私が一命を取り留めた直後「今ならもう一度いけるかも」って顔をしてましたよね?
私を取り合う女性陣の絵は結構キツイものがあるのだけど…。
結局リリーの意思は鋼のように固く謝りはするが、私を離す気はないようだ。
リリーは先程のリーナと同じ形で私を固定する。
なんやかんやあったが、話は再開されたのだ。
「はて、何の話だったか…。おお、そうだった。冒険者の処遇だな。他の意見は聞いたのだが、当事者のアイシャのは聞いていない。さて、どう思う?アイシャ」
私はリーナから意見を求められる。
リーナは熟考する時間をくれるようだ。
けれどもたとえ急かされたとしても私の中ではもう回答は出ている。
先程の周りの様子から「私ならどうするか?」をずっと考えていたためこれにはすぐに答えられる。
私はリーナに目を合わせそれを吐き出す。
「私はリーナ伯母様やクリス伯父様の意見に賛成かな。最も問題の彼女、半年の無賃労働でいいと思うよ」
その瞬間リーナの纏う雰囲気が変化した。
今しがたまでの柔和なものから張り詰めた激動へとスイッチしたのだ。
今のリーナはここ城塞都市グルダの最高責任者だ。
これに人任せな思考停止は見せられない。
ややもすれば私はその程度だと切り捨てられるだろう。
――――――――――
それは絶対にだめだ。
アイは使えないといけない。
でないとアイはまた1人だぞ。
都合のいいだけの人間か?
見捨てられれば何が残る?
さすればこの内側を直視しないといけないぞ。
――――――――――
刹那に何かが浮かんだが、私の記憶には遺らない。
「…ほう。アイシャ、それがどう意味するかしかとわかっているのだろうな?うん?アイシャは優しい。まるで砂糖菓子のようにな。もし「ただ可哀想だから」との理由であったならば…。私は件の冒険者らの首を落とさなければならなくなるぞ」
リーナは普段私に向ける瞳の色とは真逆の光を湛えた。
それに当てられたのかリリーの腕の力がじわじわと苦しい程に強まってくる。
そしてリーナは最後通告を私に出した。
「聞かせろ、アイシャ」
…ふぅー…。
大丈夫だよリリー。
私もリーナもこれが試験だとわかっているから怖がらないで。
それに私はちゃんと私自身の意思を持ってるからね。
安心してね。
リリーの腕を優しく撫でそう告げれば「わかりましわ、アイシャ様…」と答えてくれる。
そしてまだ緊張気味なリリーに比べその言葉を聞いたリーナは笑顔を浮かべていた。
先までの印象は払拭していた。
ちゃんと意図が伝わった事に満足しているらしい。
――――――――――
そう、わかっているな。
いい子だ、アイ。
アイは捨てられない。
大丈夫、大丈夫だ。
拾ったままでいてくれる。
アイはずっと価値を示すんだ。
そうすれば「愛」してくれる。
――――――――――
私の頭の中で何かが弾けた。
それを気にせず私は舌で唇を湿らせ語る。
「優しさなんかじゃないよ、リーナ。こう見えても私は結構腹黒だからね」
「くくっ、そうだったな。その天使のような見た目に騙されてしまうよ、アイシャ。悪い子なアイシャも好きだぞ。…さあ、続けてくれ」
…言う必要が合ったのかわからない事をリーナに述べられたが…。
とにかく私の思惑を表そう。
「連れ立っていただけで問題行動をしなかった2人はほとんど処罰なしでいいと思う。もう1人の彼女も最終的には放して構わないかな」
「でも…、それだと私達が下に見られるわ、アイシャ。…あなたを標的にした事は一旦置いておくわね。これは城塞都市グルダを与る代官一家としての見識よ。…本当にそれだけよ…」
「本当にそれだけなの?」と言いたくなるクララの意見も無視はしない。
「今回の争点はそこだね、クララ。ねえ?クリス伯父様。彼女達は初犯なんでしょ?」
「そうだ。だからだな?アイシャ」
「うん。そこが大きいと思うんだ」
「あの…。どういう事ですか?ご主人様」
シルビアが手を挙げ当然の疑問を挟んでくる。
クララも同じくわからないようで困り顔だ。
リリーは私を絶対的に信頼しているのか目をキラキラとさせて見つめてくる。
…リリーは私が見てないといけないね。
――――――――――
それでいい、アイ。
有用性を示し続けろ。
そうすればほしかったものをもらえるぞ。
ずっとこのままでいられる。
幸せな夢の中だ。
あぁ…、夢だけを見ていたい。
――――――――――
…えっと…?…まあいいか。
「2回目なら流石に思い知らせる必要があるからさ。そんな人は反省なんかせず次はもっと大事をもたらすからね。消しちゃった方が楽だよ。こっちとしてもね」
「なるほどね。初犯かどうかの重要性はわかったわ。けれどもそれで刑罰を下げる必要性がわからないわね。今回は厳罰に値する事よ。その命を持ってね」
「うん。だからこそ私達の慈悲深さを領民にアピールする絶好の機会なんだよ」
クララがさらに踏み込んでくる。
そしてそれは最もな理由だ。
立場からとられる区別は明確にしなければならない。
だからこそだよ、クララ。
これを逃す手はないのさ。
――――――――――
意思を持つ事の愚かさを教えてやる。
逆らうな、歯向かうな、抵抗するな。
全部私にした事だろう?
味あわせてやる。
気持ち悪いの!!気持ち悪いよ!!気持ちわりぃ!!
私をその対象に見ないで!!
止めてよ!怖いよ!!
もう私を壊してくれぇ!!
――。
――ちゃん。
――。
全部消えろ。
――――――――――
どうしてか動悸がする。
それでもこれを気づかれてはいけない。
それだけはわかっている。
私はリリーの腰から片腕を外し胸が当たらないようにする。
私の激しい鼓動が聞かれないようにする。
離した腕を誤魔化すために横に広げて指揮者のようにそれを揮った。
「「誰でも間違いは犯す。たった一回のそれで終わらせるのは余りにも非道ではないか。その相手がたとえ領主の係累だとしても…」なんて思う者は少なくないよ。弱い人達ならなおさらその傾向が強いね。だからそこに罠を仕掛けるんだ」
クララからリーナに視線を移す。
リーナはいやらしく笑っていた。
「甘〜い蜜を垂らしてあげるんだよ。「あぁ…、我らが領主様は最初の一回ならばとんでもないご無礼だろうとも許してくださる!ほんに寛大なお方なのだ!!」ってね。そしてそれを領内にばら撒く。実際のモデルケースとしてさ」
さらにこれは貴人の統制にもなる。
もし次が起きたならば十中八九キッドマン家以外の貴人に対するそれだろう。
その時その当事者となる貴人は思うはずだ。
「キッドマン家の者が水に流したのに私がここで激高すれば越権行為と見なさせるのではないか…」とこちらに配慮するだろう。
しょうもない事で足蹴にする領内の上役は少ない。
しかし、絶対にいない訳ではない。
これの意識改革をも出来るのだ。
リーナとクリスは腕を組んで愉快そうだ。
シルビアとクララはようやっとリーナが言いたかった事を理解したようで関心している。
リリーは私を抱きしめる。
グリグリと私の首筋に顔を埋めて感情を示していた。
これちゃんと聞いてるんだよね?
髪の毛が当たってこそばゆいよ、リリー。
シルビア、リリー、クララの言いたい事はわかるけどね。
そこで手を緩めるのはもったいないチャンスだったんだ。
もっと利用しないとさ。
もったいないよ。
そうだろう?
なあ?
――――――――――
あいつらはわかんねぇんだよ。
人の痛みがわかんねぇんだよ。
だからあんな事が出来んだよ。
私が思い知らせてやる。
私が私にした同じ事を味あわせてやる。
人に出来んだからお前も出来んだろ?
ほら、やれ。
こんなんの何が良んだよ。
気持ちわりーなー。
――――――――――
しっかりと上下関係を教えこんでそれでいて向こうから網にかかるようにしてあげないと。
強すぎても弱すぎてもいけない。
けれど向こうが勝手にこちらの都合がいいようにそれをぼかしてくれたら。
喜んで圧力を受け入れてくれたら。
「これをあと何回か繰り返すんだ。そのたびに大仰に広める。そうすれば近い未来に「仏の情を持った支配者」と「盲目な私達の崇拝者」の関係が出来上がり。そして支配者側の一番は私達でその下は勝手が出来なくなる。めでたしめでたしだね。私達だけにとってさ」
人は優しさなんかでは行動しない。
そこに利益があるからやるのさ。
そこの塩梅さえコントールすれば最高の甘露になるよ。
――――――――――
え?「どうして私がそれを知ってるの?」って?
…別に経験談よ。
本当、気持ち悪いったらないわ。
私はよく知ってるの。
だっていっばいされたもの。
いっ〜ぱい、ね。
痛かったわ。
苦しかったわ。
辛かったわ。
何で私がこんな目に合うんだろう?
もう、嫌だよ。
嫌なのに何で皆止めてくれないの?
気持ちよくなんかないよ。
…ねぇ、どこに行ったの?
また消してよ。
じゃないと私がいなくなるんだ。
――、会いたいよ。
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