24-恐ろしいと経営条件

 リリーは「うきゃ〜ですわ!」とその透明感のあるソプラノでなければはっきりと奇声と言える言葉を発して私に突進してくる。

 その口元からはわずかに涎が垂れており今この瞬間は私にしか意識を避けれない状態のようだ。


 わっ!?キモい!!

 シルビア!クララ!カバディ!カバディして!!

 あれは無理!!怖過ぎるわ!!


 リリーのあまりのトチ狂いっぷりに私はただ恐ろしさしか感じられない。

 身を守るためにシルビアの胸に顔を埋めて必死の力で抱き着く。

 シルビアは私の恐慌を察してくれたのかその体で包み込むようにしてリリーから遠ざけてくれる。

 クララはリリーと私との間で立ち塞がり壁となってくれた。

 流石に妹といえどアレは許容出来なかったらしい。


 待って、え…?

 アレ私の婚約者なの…?

 …ヤバ過ぎでは?


「邪魔ですわ!どいてくださいまし!お姉様!!わたくしのアイシャ様が寂しがっておられますわ!!」

「はぁ…、リリー、落ち着きなさい。どこをどう見てアイシャが寂しがってるといえるの?逆よ。あなたを怖がってるわ。一回鏡を見てきなさい」

「そんな事ありませんわ!わたくしとアイシャ様は愛し合っておりますもの!!わたくしにはわかりますわ!!」


 確かにリリーの事は愛しているけれど今のリリーは生理的に受け付けられません。

 早くいつもの綺麗なリリーに戻ってください。

 …いつものリリーは見た目はともかく中身はどうだろうか…?

 うーん…、綺麗…、かなぁ?


 その後もクララとリリーの言い合う声が続く。

 といっても興奮したリリーが一方的につのっているだけだ。

 こんなリリーは初めて見る。

 いつも元気で笑顔が可愛らしいリリーだが、これ程攻撃的になっているのは見た事がない。

 リリーに一体何が起こったのか私にはわからない。

 それでもここは私が出るしかないのだろうか?

 我を忘れる程気が昂っている人間の前にお目当てのものが出れば大抵ただでは済まないが…。


 …うん、まだ死にたくないよ、私…。


 そんな私の葛藤はリーナの一声で吹き飛ばされた。


「いい加減にしろこのバカ娘が!!お前は先程までの謹慎で何を反省してきたのだ!夕食の席まで外されたいのか!?答えろ!!」

「え?あ、あの…、お母様…?わたくし、あの、あれ…?えっと、今何を?」

「答えろと聞いている!リリー!!」

「はいですわ!!申し訳ありませんでしたわ!!」


 いやはや助かりました、リーナ先生。



 ――――――――――


「アイシャ、遅くなった。すまない。問題の奴らの処理をしていた。それといらっしゃい」

「ううん。大丈夫だよ、クリス伯父様。迷惑をかけちゃったみたいでごめんね。ありがとう、お世話になるよ」


 リーナの怒り狂う旋律とリリーの哀れな響きをBGMとして開け放たれたままのドアからクリスが入ってきた。

 クリスは音の発生源をチラッと見ただけですぐに私へと声を掛けてくる。

 クララもあれから平常運転となり私の隣で「もう大丈夫よ。お母様が一喝すればリリーはすぐに元に戻るわ」と私の手を握りながら気を和らげようとしてくれる。

 …どうやらこれらから察するにそれ程珍しい事ではないらしい。


 リリー…、ますます残念だよ…。


 クリスは私の脇に両手を入れて抱き上げ一度ギュッと抱きしめる。

 いつもならそのまま膝の上に移行するのだが、執心せずに席に降ろしてくれる。


 おや?パターンが異なるな?


「リーナそこまでにしておけ。もう食事が来ている」

「だからお前は…、…はぁ…?…おい、クリス。それは本当か?」

「そうだ」


 リーナの言葉が途中で勢いをなくし空気に溶ける。

 リーナはクリスが言った言葉を理解出来なかったのか。

 それともしたくなかったのか聞き返した。

 だが、答えはもうそこまで来ていたようだ。

 クリスが先程自分が入ってきた扉に手を向けると配膳係の使用人が何とも言えない顔で待機していた。


「…すまない、入ってくれ…」

「あの、はい、畏まりました、お館様」


 彼女達は一切の無駄言を言わずに仕事をこなしてくれる。

 …この場合これでいいのだろうか?

 逆に居た堪れない状況にならないだろうか?

 先程の騒動の一因である私は非常に恥ずかしいのだが。

 私がそう思っても彼女らとしてはそれ以外の行動などとてもとれないのだろうな。

 まあ、何とも締まりのない終わり方だが、これにてリリーは解放されたのだ。


 めでたしめでたしといこうではないか。

 もう、それでいいよ。


 私はお腹がペコペコだよ。



 ――――――――――


「…うむ。リリー、一度でいい。待たせた皆に謝罪しろ」

「…はいですわ…、お母様…。皆様、特にアイシャ様…、先程のはしたない言動大変申し訳ありませんでしたわ…。深く反省いたしておりますの…」


 リーナの促しにリリーが謝罪の言葉を持って応える。


「ああ、わかった。もういいさ。アイシャもいいな?」

「えっと、うん。気にしてないよ、リリー。いつものリリーに戻ってくれて良かったよ」

「うぅ…、アイシャ様ぁ…。ありがとうございますわぁ。わたくし、アイシャ様の事を深く愛しておりますぅ…」

「…よくわからないけどありがとうね。私もリリーの事を愛してるよ」


 やっとの事で丸テーブルに全員が腰を降ろした。

 このテーブルのサイズは6人で丁度いいくらいでその都度人数によって変えている。

 席順としては私の隣にシルビアとクララ。

 そこからリリーがシルビア、クリスがクララの隣に座りリーナが私の目の前へとくる。

 シルビアは隣に座ったリリーの脇腹に軽く肘を入れておりさらなる反省を促しているみたいだ。

 それが出来る程シルビアとリリーの仲は深まっている事がわかる。

 本当に二人は…、なかなかリリーへの攻撃が止まないな。


 えっと、シルビア、もう止めてあげなよ。

 肘で小突くのと同時に今しがたの痴態の詳細を伝えるのは残酷だよ。

 ほら、リリーは赤を通り越して青い顔をしているじゃないか。

 大丈夫だよ、リリー。

 あんなのちょっと驚いただけで嫌いになんてならないさ。

 いつものリリーより少し変だっただけだよ。

 気にしないでいいんだよ。


 そう慰めたのだが、何故かリリーは涙目になっていた。


「流石ご主人様です。追撃の手を緩めません。そんなご主人様も素敵です」


 ん?どうして「さしゅごしゅ」が出たんだ?

 よくわからないけどなんか素直に喜べないぞ…。


 リーナが騒動の締めをリリーにさせる。

 これにて本当に終わりとなりやっと食事がスタートされた。

 そして彼女が1番に手を伸ばしたのはやはり反省が足りなかったのか…。


「はぐ…、うぅん、うん。おいしいですわ〜!アイシャ様が考案された串カツはとってもおいしいですの!!ソースの種類もたくさんで飽きる事がありませんわ!!」

「…リリー、お前が最初に手を付けるのは…。はぁー、もういいか…。確かに手が止まらなくなるな」

「うん、タルタルがおいしい」

「そうね。素材をそのまま味わえる塩もいいし、レモンを絞るとまた変わるわ。私はおろしポン酢が一番好きよ。シルビアは?」

「クララはそれですか。私は辛いのが好きなので七味マヨ、食べるラー油です。あと、タバスコが特においしいですね」


 リリーは手を付け味わうと私に最高の賛辞を送ってくれる。

 リリーは裏表が無くてさらに一切の遠慮をせずにズバッと本心を告げてくれるから一番信頼出来る。

 他の人だと私に遠慮するかもしれない。


 だけどその変わり身の早さも目をみはるものがあるよね…。

 両頬を抑えてその味覚に身もだえしており「本当に君反省してるの?」と言いたくなる気持ちはわかるよ、リーナ。

 まあ、リーナも感情の切り替えが上手いしリリーのこれも才能という事にしようよ。

 それにニコニコと頬張るリリーは可愛いしね。

 その笑顔だけで私は幸せになれるよ。

 …だからずっとそのままのリリーでいてほしいな。


 深い、とても深い慈愛の籠もった瞳を私はリリーに向けた。

 どうやらリリーはそれを感じ取ってくれたらしい。


「やだ…、アイシャ様にとっても愛されてますわ…」


 リリーは照れて俯いてしまった。


 そうじゃないよ…、リリー…。



 ――――――――――


 皆が舌鼓を打っている調味料やソース類はここでしかほぼ作る事が出来ないという。

 それは加工法の流失対策もあるが、大元は別にある。

 というのも他所では原材料の栽培自体が上手くいっていないのだ。

 これらは大森林ジュマからもたらされる作物を植えて作成している。

 それは本来植生する気候がバラバラの種類を多分に含んでいるのだ。

 当然環境条件を無視して栽培する事は普通出来ない。

 そう「普通」は出来ない。


 だが「魔力」がそれを可能にした。


 この世界の存在の全てには魔力が流れておりもちろん大地にも流れている。

 魔力は血の性質と似ている。

 簡単にいえば血液型のような特長があるのだ。

 この特長が条件を無視するのに役立っているらしい。

 キッドマン領は未開地領域を切り開いて出来た土地である。

 薄くはなったが、無論同じ魔力特長を持っている訳だ。

 それは遠くなればなる程別の特長を含み細分化していってしまう。

 キッドマン領領外になるというなれば「親戚でもない全くの他人」となってしまう。


 その血、魔力に植物が拒絶反応を示してしまうのだ。


 以上が他領からの略取を防ぐ間接的な手立てになっている。

 盗まれそれを栽培されるのは生産農家の死を意味するから本当に助かる繁殖形態だ。

 実際キッドマン領からかなり離れた他領がマネしようとしたらしい。

 雇った冒険者を送り込み怪しまれない程度に採取したとの事。

 が、持って帰ってきた本体はすぐさま枯れ果て種は発芽さえしなかったと聞いた。

 ルリシャナが大笑いして「そんな常識的な事もわからないバカがいるんだ。アイも気を付けろ。バカはわからん」と私に教えてくれたのだ。


 私は「どうして結果を詳細に知っているのか?」というところが気になったが、それは無視された。

 その件を私は把握してなくていいらしい。

 というのも領地のこれは情報網に関係するからだ。

 事情を解すれば狙っている他者から襲われる。

 つまり私を守るためには存在自体を告げないのが1番なのだ。


「じゃあ、そこは諦めたから私も採取をしたい」と言ったが、これは駄目だった。

 これらが採れるのは中層以降だからだそうだ。

 残念な事に今の私ではそこまでの潜りは許可されていない。

 現在私が潜れるのは森の上層までだ。

 森の中層からはまるっきり景色が変わるらしい。

 摩訶不思議な現象に奇妙な見た目をした魔物が多数出現すると聞いている。

 環境が上層とはまるっきり異なっているとの事。

 これらと万全に戦うには私では時期尚早と判断されているため私の世界はまだ広がっていないのだった。


 はっきりいって今の潜りは普通の山や森の景色でしかないのでこれにはとても遺憾に思っている。

 現状「普通の田舎の山だね」しか感想が出てこない。

 余りにも目新しさがなく困っているくらいだ。

 魔物に関しても「ちょっと大きくて目が凶暴でヤバい殺気を放っている普通の種だね」くらいしか印象がない。

 せっかくの異世界探検なのに前世と変わりなくてがっかりしたものだ。


 初回は心の葛藤と争い格好良く決めたのにこれだったので景色を楽しむ暇などなかったよ。

 という訳で今の潜りはあんまり記憶に残るようなものでないのが現状だね。

「なんか面白い特徴でもないかな〜」と探したがなかったね。

 ああ…、普通やなー…、だよ。


 …本当にそれだけだ。

 他意はない。

 思い出したくはない。

 この景色の中で私は。


「ご主人様?どうかされましたか?余り食事が進んでないように見えますが…。もしや体調が悪いのですか?」

「…え?あぁ。ううん、大丈夫だよ、シルビア。皆がおいしそうに食べるから嬉しくてね。「頑張って良かったなぁ」って思ってたんだ」

「そうだったの。とってもおいしいわ、アイシャ。ありがとうね」

「アイシャ様はすごいですわ!最高の旦那様ですの!!」

「ええ。ご主人様は最強ですね、リリー」


 突然訪れた侘びしさに嘆いているとシルビアから心配する言葉を掛けられた。

 周りを見渡すとリーナとクリスは子供達の会話に入るつもりはないようだが、気遣わしげに私を見てくれていた。

 これに対し「いや〜、前世と今生の違いが可愛いくて綺麗な婚約者がいっぱい出来たしかなくて苦笑いしてたんですわ〜」なんて言えない。


 そう思っている。

 それしかない。

 それだけのはずだ。

 大丈夫、もう忘れてる。

 初めても次もなかった。


 とりあえず言葉を濁してみると予想以上の感想が帰ってきて少し申し訳なくなった。

 リリーなんてシルビアの言葉に「ですわ!!」と元気よく返している程だ。


 なんというかリリーの声を聞くとほっこりするね。

 やっぱりリリーに元気がないと私はだめだよ。

 それと私は最高で最強らしい。

 子供のような表現だが、ちょっと嬉しいかも。


 今私の周りにいる人達は違う。

 違うとわかっている。


 なのに怖い。



 ――――――――――


 串カツの内容としてはバラ肉を主体として玉ねぎを。

 もしくは葱を交互に挟んだスタンダードなものを始めササミにエビやイカ。

 野菜系はレンコンにショウガの甘酢漬け、ナス、輪切り玉ねぎ、しし唐、アスパラがある。

 変わり種としてご飯を肉で巻いたもの、トマト、チーズなんかも用意されていた。

 箸休めにはぬか漬けに浅漬けだ。


「エビやイカはたしか地域によっては食べてこなかった歴史があるから…」と思ったが、どうやらそこでも前世と似ているらしく既に食用にされてた。

 しかし、困ったのはソースを作るための海藻類や干物類だ。

 海藻は海の草としか思われてなく食用自体はされていたが干して出汁を取る事はまだ未知だった。

 煮干しやアゴ、鰹節に関しても同じだ。


 そんな訳で「こんな事が出来ないかな?」と私が告げれば「じゃあやってみよう」となり、試作をしてくれた。

 結果は大成功となった。

 前世の感覚の私としては当たり前でしかなかったが、周りは衝撃的だったらしい。

「まさか草からこんなにもおいしい風味が。利用価値のない小魚に価値が」と喜んでいた。

 その他加工品もかなり好評で原産地から私宛に感謝状が届いたほどだった。


 私、その地域に行った事もないんだけどさ。

 なんか複雑だよね…。


 その他醤油に味噌、マヨネーズ、七味、ラー油、タバスコ。

 大変だったが、愛する人達の笑顔を思い浮かべれば「早く食べさせたい!」と頑張れたものだ。

 これらも大ヒットし安定供給に向けて加工場を増築している最中だ。


 ルリシャナはこれらを名産品のない寂れた村にて生産拠点とした。

 労働者はその土地の人間もだが、仕事が飽和し、人のあぶれている町からも呼んだ。

 何故なら他では新たな商品制作に対して不満しか起こらないと考えたからだ。

 たとえ善政を敷いていたとしてもそれに慣れれば新しい不満などポンポンと草のように生えるもの。

 幸福の中にさらなる幸福を求める性。

 そこに「必ず成功するから場所を空けて人員をもって来い!」なんて吹聴しようものなら暴動のタネにされる。

 領主とはいえ権力を振りかざせば人は着いてこない。

 それをすれば領の生産性は落ち自分の首を締めるだけだ。

 それを狙っている者達がいるのもある。


 だからこそ限界集落や土地しかない場所を選んだ。

 広大になれば利用価値のない場所などいくらでもあった。

 試作を味見した住民は文句を言わずむしろ「是非とも手伝わせてほしい」と迎え入れてくれた。

 仕事がなかった者は言うまでもない。

 それには準備期間中は公共事業とし参加者には給与を支払い納税も無しとした事。

 さらに秘密保持のため通常より多くの兵士を巡回させるのでただでさえ良い治安がさらに向上する事。

 また、生産後の赤字分の回収期は4公6民だが、その後は本来の2公8民に戻すとしたのも大きい。


 キッドマン領でこの税制が可能なのは他の収入源で十分にお釣りがきているためだ。

 わざわざ潜在的な敵を作る必要性などなく放っておけば勝手に金を生んでくれるために優しく絞るとる訳だ。

 別に領民を丁寧に扱うのは優しさなどではない。

 乱暴な言葉で言えば金を生む存在を大事に磨いているだけだ。

 そしてこの時点でも領主側としても得はちゃんとある。

 これにより新たな収入源が出来れば製法を盗まれないよう領民同士の集団意識が勝手に生まれる。

 こちらが気にしなくても自衛してくれ警戒に割く経費を削減出来る。


 あとたくさんの便利な者達を私達にくれた。

 何もなかったのに確実に売れる物を与えられ厚いサポートもしてもらえる。

 これに反発するバカはいなかった。

 皆喜び勇んで迎え入れてくれた。

 バカではないけど皆バカだ。

 私は経過報告に来た住民代表を影からこっそりと見た。

「無碍に扱うなど愚か者の行為だ」と以前にも教えられたが、実際に目にするとその重みと利用価値がわかった。


 そこには心からの笑顔を浮かべて領主を崇める存在。

 勝手に必要以上に働いてくれるマリオネットが完成していたのだ。

 ルリシャナがこれを求めている事を私はこの時初めて知った。


 …そうだ。

 思い出した。


 私もこれになろうとしたんだ。



 ――――――――――


 彼女は何かを差し出した事などわかっていないのだろうな。

 その微笑みに裏はなかったが、私には薄気味悪さを感じさせた。

 それと同時にどうしようもない安心感を私に与えてくれた。

 彼女が帰った後「勉強になったか?」と笑い優しく私の頬を撫でてくれたルリシャナの手はその大きさ以上に大きかった。

 おかしいかもしれないが、この時私はルリシャナの子供で良かったと思えたんだ。


 何かを得るためには何か対価を差し出さなければならないとルリシャナは示していたから。


 私に価値がある限り私はルリシャナからの愛を受けここにいられるとわかったから。


 ずっと捨てられてしまう事が怖かった。

 私には無償の愛など信じられなかった。

 そんなものが存在しないと知っていたから。


 だから私はアイを演じ続ける。

 だから私はアイを踊り続ける。

 だから私はアイを唄い続ける。


 ずっとあなたの「愛」で包まれたい。

 ずっとあなたの「愛」がほしいまま。

 ずっとあなたの「愛」を注いでいて。


 昔の愛には「愛」がなかったから。

「愛」を求める苦しみが愛の心を殺した。

 愛の事をちゃんと見て「愛」してほしかった。

 求められたのは愛の「愛」ではなくただの肉だった。


 だからこれを失わない。

 絶対に。

 私の事をアイの事を「愛」してくれる。

 そんな人は今までいなかったから。


 そう誓った時の私の瞳は何色だったのか。

 私には見れやしない。

 ルリシャナは気付いてくれない。

 助けてくれる人はもういない。


 目の前で見てたのにあなたは知らんぷりなの?

 この中に隠されたドブがわからないのでしょう?

 これが天使ですって?

 何を言ってるのよ、あなた。

 おかしいんじゃないかしら。

 それでアイのお母さんなの?

 あぁ、消えてちょうだいよ、私なんてね。


 汚いよ、私。

 凄く汚いんだ。

 洗ってもね、取れないよ。

 どんどん汚されていく。

「止めて!」って言っても止めてくれないね。

 もうアイのママはアイを見ないでほしいな。

 なくなっちゃえ、私なんか。


 ほんとさ、こんなに苦しぃんだぜ?

 どーしてお前はきれぇな顔で笑ってんの?

 意味ワカンネ。

 もうしーらね。

 勝手にアイの母親ごっこしてていーよ。

 しんどいからさ。

 死ねよ!!私なんかよ!!


 本当になんて素敵な世界なのだろうか。

 私に2回目を与えてくれた。

 そして私はきっと3回目がないとわかっている。

 なんて貴重な奇跡。

 ありがとう、ゼリミアナよ。


 どうしてこうなったのか。

 最初は確かに信じられなかった。

 けれども時を重ねていくにつれて変わったはずだった。

 この人達なら「大丈夫」だと確信した。

 なのに溢れてくる。

 思考が安定しない。

 正と負が入り乱れる。


 愛が滲んでくる。



 ――――――――――


 何か混ざったような気がしたけどなんだろうか?

 …忘れた…?

 まあ、いいや。


 そんなこんなでこれら料理の影の主役であるソース類は私にとって非常に感慨深い訳である。


 いや〜、タバスコを試作した時の痛みはすごかった〜。

 発酵による炭酸で爆発した時なんて堪らなかったよ〜。

 …目をくり抜きたくなったよ…。


「おいしそうに食べてくれるとこんなに嬉しいんだね」

「…なんだかそれ以上の重みのある言葉ですね、ご主人様…」

「その…、目が暗いわよ、アイシャ」

「憂いたアイシャ様も可愛いですわね!!」


 そりゃあねぇ…。

 過去は痛みで堪んなかったし。

 今は喜びで堪んないのよ。


 あとリリーはちょっと違うね。

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