22-お風呂
「到着早々災難だったな、アイシャ。風呂にでも入って体を休めてくれ。夕食の用意も出来ているから楽しみにな」
開口一番リーナより労いの言葉をもらう。
続けてクララが口を開く。
「いらっしゃい、アイシャ。…それとも「おかえり」の方がいいかしら?それより本当にアイシャはこんなトラブルに巻き込まれやすいわね。未来の妻としては気が気じゃないわ」
「あはは。えーと、まずはこんばんは、リーナ。クララはただいま。ありがとね、今回もお世話になるよ。…それとそうだね、大変な目にあったよ…」
リーナとクララが心配はしているが、若干の呆れ顔混じりに出迎えてくれる。
話の口振りからどうやら先の件がもう伝わったらしい。
まあ、ここはリーナ達の庭だ。
貴人に関わる問題が起きたのに「あー…、まだ知りません」では通らないのだろう。
そんな事ではこの広大な領地の運営など出来はしないのだから。
それよりもあともう1人の姿が見えないな?
いつもなら一番にやって来て私に人一倍の笑顔を振りまいてくれる。
その豊かな胸に掻き抱くようにして歓迎してくれる姿が見当たらないのだ。
こんな事はこの屋敷を訪れてから一度もなかった事だ。
私は屋内に入り廊下を歩きながらその事についてクララに聞く。
「ねぇ、クララ。リリーはどこにいるの?」
その瞬間聞かれたクララは頬を引きつらせる。
逆にリーナに関しては鬼の形相になった。
ドンッ!という壁を叩く音が聞こえそちらに目を向ければ…。
やはりリーナがいた。
「え、えっとね、あの子―」
「あのバカ娘は!アイシャが襲われたとの第一報を聞いて戦闘着を身に着け武器を携帯して飛び出そうとしていた!情報の精度がまだ荒い状況でな!遮二無二に戦うなど愚か者の行為だ!!それを教えるために今は教育中だ!!」
「…そういう事でね、リリーは座学中よ。夕食にはちゃんと会えるから心配しないで。ね」
「えっと…、そうなんだ。うん、わかったよ」
リーナの憤る部分が違うのではないかと思うが、ここは空気を読んで流す事にした。
何故ならそれは私だけの感覚だからだ。
女性は全て身体強化が使える。
さらに魔法も存在する。
これらをその身1つで使えるためそれを振るう人々の性格は暴力的になりやすい。
大概の愚か者は気に入らない事が起きるとそれに訴えやすいのが普通だ。
「ならば守るためにはこちらも武力で戦うしかない!」というのがこの世界の一般的な考えらしい。
それはこのキッドマン領でも変わらない。
このような思想は前世なら確実に凶弾される。
が、それをしなければ生き残れないと感じる場面が私には何度もあった。
門での騒動など「日常茶飯事」とは言わないけども小規模なそれならば少ない頻度で起こっていたのだ。
…実際にはもっと多いそうだ。
私に直接来る前に事前に防止されているらしい。
そして中には行動に移すのに成功した者がいたのは本人だから知っている。
まあ、タリアから徒手空拳の指導も受けていたので初撃で相手を怯ませた後はシルビアが捕縛していたが。
その後のシルビアの泣きながらの謝罪の方がまいった。
本当、美形って辛いわね〜。
…命の危険を感じるくらいのガチだぞ…。
こんなの経験したくなかったよ…。
昔が迫ってきた感覚がする。
そういう力に酔ったバカはこちらが呼んでもないのに集まってくるのだ。
そのための領軍であり、警邏隊、門兵達だ。
命の奪い合いが容易に出来る状況で生きている彼女らに「まずは話し合いからだよ〜。暴力はノンノン」なんて言えない。
最初から行使する訳ではないが、それをするまでの距離は反覆横飛びで超えられるくらいの身軽さでないと守れないのだ。
では何故リリーがリーナから叱責されたのかというと「前準備が浅すぎたため」らしい。
「全く!アイシャにはシルビアにあのナタリアが付いていた!お前が今出て何を出来るというのだ!!私達が出るのは十分な状況報告が集まった最後だというのに!!それがわかってないのは言語道断だぞ!!」
「まあまあお母様。リリーはアイシャの事をそれだけ愛してるのよ。わかってあげて。確かに手段としては愚策だったけど次からは学んで―」
「甘いぞ!!一度の油断が自身の命だけでなく周りの命を奪う!リリーはそれが出来る立場だ!お前が向かえばお前を護衛するために何人が共に向かうと思っているのだ!感情を律せなければならない!!」
リーナが最終的に言いたかったのはそういう事だ。
リリーは城塞都市グルダの最重要の人物に連なっている。
それが考えもなしに突っ走ればどうなってしまうのかを考えなければならなかった。
自らの行動によって引き起こされる結果を想像しなければならなかった。
別にこれは私を見捨てろと言いたい訳ではない。
今回の場合場所が城塞門でかつ私にはナタリアという強力な護衛官達がいた。
これで対処出来なければおかしいのだ。
それに門兵は万全を期そうと鎮圧兵まで呼ぼうとしていた。
ますますリリーが直接出向く必要性がない。
イタズラに命の危険の対象者を増やすだけだ。
リーナは一度声を荒らげた事で内に溜まったものを吐き出し終えたみたいだ。
その後はカラッとした笑みを浮かべる。
リーナは熱しやすいが、同時に冷静さも持ち合わせており冷めやすくもある。
私はこれが為政者に必要な素養だと思う。
ただ熱いだけでは今回のリリーのように自滅をもたらすかもしれない可能性を孕む。
加えて冷たいだけではそれを理論的に理解出来る者しか着いてこない。
なかなか難しい配分だと思うが、それをやってこそこの大領地の代官足り得るのだろう。
「ふーっ、満足した。…もう大丈夫だ。皆迷惑をかけたな。再びになるがアイシャもよく来てくれた。いつもどおり歓迎する。さあ、風呂だ!皆行くぞ!!」
リーナはそう言うと、私を抱き上げて廊下を進み出す。
リーナが「皆」と言っているとおりクララとシルビアもこれに付いてくる。
これもいつもの事だ。
もう諦めてるからさ。
最初のように抵抗しないからおろしてほしいのだけど…。
どうして皆私を人形のようにして運びたがるのか…。
――――――――――
屋敷の風呂は広いが、日本の銭湯のような大浴場程ではない。
大体ワンルームの規模程度だろうか。
一般的には十分に大きいと取れるけれども貴族としては小さい。
ここでも質実剛健の性が出ているのを見て取れる。
だが、その美観はとても素晴らしい。
美しい模様で質感はとても滑らかな。
それでいて滑りにくいよう加工された大理石を使ったタイル。
壁には色とりどりの小さな丸石を使った春の花が描かれている。
それはとても精緻で今にも香り出すようだ。
いつ見てもこの光景には圧倒される。
キッドマン家は悦に入る事はしないが、このような嗜好品に関してはある程度は許容している。
技術への投資を惜しまずそれは美術関連に対してもそうだ。
パトロンとして出資し年に何度かその成果を提出させる事で減額もしくは撤廃を決めている。
この浴場もその作品の1つだ。
「ご主人様、いつ見ても鮮やかなのはわかります。が、それでは体が冷えてしまいますよ。こちらにお掛けになってください」
「そうよ、アイシャ。我が家のお風呂を気に入ってくれてるのは嬉しいけど体を洗って湯船に入ってからにしましょうね」
「ほら、こっちにおいで。前を洗ってやろう。ここに足を乗せなさい」
「…えっと…。そのね、自分で洗えるよ?」
シルビアに早く来るように椅子をペシペシと叩かれる。
クララがそれに続く。
リーナは裸体となり顕になったその大きな胸に私を抱いて連れて行く。
問答無用で。
「自分でするよ」との意味合いを持つ私の抗議の声はどうやら聞こえていないらしい。
…いつもの事だな。
この小さな湯殿の中央には五右衛門風呂のような湯溜まりがある。
これは魔道具によって水を出しておりそれを適温にまで温めているのだ。
これは湯船も同じ構造である。
あと、それなりの値段がするらしい。
魔道具はどれも高価だという。
…現実逃避はよそうか。
ちゃんと今を見ようね、私。
「ご主人様、痒いところはありませんか?」
「アイシャ、力加減は大丈夫?痛くない?」
「おお、少しだが、この前よりも成長したな。やはり子供の成長は早い。ここもちゃんと洗うんだぞ。特に引っかかりの部分は汚れが溜まる」
私が湯を貰う時。
私は私自身で体を洗わない。
周りの女性陣がこぞって世話を焼きたがりすし詰めのような状態で。
未だに赤ん坊のような状態で清められる。
この時ルリシャナとリーナは適度な物理的距離を取ってくれはするが、ものがものなのでちょくちょく当たる。
他はもうあからさまだ。
「触れ」と言わんばかりに密着させてくる。
また、私に触る事に関しては誰も遠慮しない。
あとリーナ様、その部分に付いては言葉に出さずに洗ってくださいますか?
評価までも頂きますと何とも言えない感情となります。
何卒、何卒よろしくお願いします。
ここにいる私達はクリーンを使えるが、スポンジやタオルを用いて洗う作業をする。
何故かというと単純に気持ちがいいからだ。
そして私に構うのはスキンシップがしたいためらしい。
それにしては少々激しいものではないだろうか?
これによって私は全身隈なく成長を見届けられているのだぞ?
「親しき仲にも礼儀あり」はこの世界には存在しないのか?
けれどもそこに恥を感じるのは私だけだ。
向こうも同じ状態なのだが、むしろ「もっと見ろ」という姿勢だ。
女性社会な事が関係しているのか外見への美的感覚は前世以上に強いと思える。
恥ずべきところがないように常に肉体の美を鍛え続けている。
だからこそ心を許し私的な関係を、愛情を深めたい相手にはじかに褒めてほしいらしい。
そのため外見に関する直接的な表現に忌避感を持ち得ないみたいだ。
今も「私の胸はどうだ?好ましい形か?」や「お腹はどう?ほら、触ってみて」に「鎖骨の浮き出方が素敵です」と私は語りかけられる。
一つ一つに応じなければ拗ねられてしまうのでしっかりと向き合わなければならない。
特に私感だけではなく客観的な意見を求められる場合もあるのが難しい。
なんというか相変わらず私に対してだけは貞操観念がぶっ壊れているなぁ…。
愛する人達だけでなく母に伯母までなんてとても複雑な気分…。
これでは将来何かあった時この件で脅されそうだよな。
はっはっは…。
はっ!まさかそれが目的でこのような状況をつく―。
いや、なわけないよな。
…そうだよな…。
周りの趣味である私の時間の掛かる長ったらしい髪を最後に洗い終える。
ちなみに洗うのに使っているのは界面活性剤の効果がある植物の実だ。
これに花の香りを混ぜたもので前世の物程の泡立ちはないが、十分に綺麗になる。
私はこれにぬかを混ぜる事でさらに洗浄効果と美肌効果を出した物を作った。
それは女性陣にも受けがいい。
これで私の悟りを開きそうな時間は終わりを。
迎えない。
次は一緒に入っている女性陣を私が洗う番だ。
といっても私一人では時間が足らないので背中だけだが。
3つの頃から行っている習慣だけれどもやはり慣れない。
皆前世の感覚からすればもちろん今生でもだが、美女と美少女だ。
しかもその肢体も魅力に溢れている。
よって彼女らの肌に直接触れるというのは私にとっては色々と苦行だ。
まだ、肉体的にそれを表現する機能は育ってない。
いないが、後数年もすればそうともいえない。
愛するのベクトルが家族とは違う人達がいるのだから反応してしまうのではなかろうか?
婚約者なのだから生理的な変化を見せるのは当然だからそこの羞恥心は少ない。
だけどその姿を母と伯母には絶対に晒したくない。
絶対にだ。
…まあ、流石にその時には別々で入っているだろうから要らぬ心配かな。
…だよな…?
「んっ…。うふふ、アイシャ、くすぐったいわ。もう少し力を入れて大丈夫よ」
「あっ、ごめんね、クララ。こうかな?」
「ええ、それぐらいがいいわね。こっちもしてね」
頼みますから声は出さないでください。
伯母であるリーナがすぐ隣にいるんです。
私は心を閉ざす。
閉ざしてしまいたい。
そして全てを消し去りたい。
あの頃とは違うのに?
…あの頃?
――――――――――
「ふ〜。気持ちいぃ〜」
「クククッ、そうだな、気持ちいいな。でも熱くなったら言うんだぞ、アイシャ」
「うん。そこはやせ我慢なんてしないよ」
「お水もちゃんと飲むのよ。いつでも出してあげるからね」
「私もです、ご主人様」
私は今リーナの膝の上に座りその膨らみを枕にして体をほぐしている。
いや、挟まっているの方が正しい形態だろうか。
「なんちゅう体勢やねん」と思うが、これには正直に仕方のない事情がある。
というのも私が普通に湯船に座すると湯に顔が沈んでしまうのだ。
その姿勢は大体の人間が死ぬ。
そのため順番に女性陣の膝を借りている訳だ。
私はさながら猫のポジションだ。
猫は水を嫌うが。
「座椅子か何かを沈めてそれに座るのは?」と提案したが、却下されたので今の形に落ち着いた。
「私の自由意志とは?」とこの件については考えさせられた。
時には諦めてしまうのも人生を上手く生きるコツだよね。
明日はクララで明後日はリリーが待っている。
クララは明日の今頃を想像したのかいつも以上にその笑みを深めている。
クララの美しさをさらに際立たせる魅力的な表情だ。
しかし、客観的に整理すれば男児の体を隅から隅まで見つめ明日の座椅子要員としての喜びを噛み締めているともいえる。
…それについては私は自身の婚約者な事を加味してノーコメントを貫こう。
愛していればアバタもエクボなんだからさ。
私は答えのない問題は放棄する。
そして意識して湯船を眺める。
壁には春の花が描かれていたが、湯船にはそれに比類した芸術作品はない。
いや、ある意味芸術的といえるのか?
ここには湯の底に弱い光を発する魔法陣が刻まれているのだ。
これは魔力の回復促進と疲労回復、傷の治癒効果が刻まれている魔法陣だ。
媒介となるのがただの水なのでそれほどの効果はないのだが、体の芯から得も言われぬ安らぎが巡る。
リラックス効果は前世の名湯に引けを取らない。
いや、効能でいえばそれ以上だろうか。
これは領都リーベルの屋敷にもあり風呂の時間はまさに夢のような心地だ。
そのため私は男性にとってこの心休まるかどうかは余りいえない状況を「…まあ、これがあるから休まってるかな…?」程度には好んでいる。
「はぁ〜。お風呂「だけ」はずっと入っていたいよ〜」
「本当、アイシャはお風呂が好きね。ウォーター。ほら、湯あたりしないよう飲んで」
「…ん…、…んぐ。ぷぅー。ありがとう、クララ」
「どういたしまして」と言うクララとそれを羨ましそうに見つめるシルビア。
おっと、リーナの体が震えたぞ。
…あー、なるほどね。
確かに意味がわかると笑いたくなるかもね。
湯船の中にコップなどはない。
これを飲む際私はクララの手酌に口を付ける形をとらざるを得ない。
どうやらシルビアは自分がこれを私にしたかったらしく若干ぶすっとしている様子。
シルビアの様子はこちらからは丸見えなのでリーナはそれを見、笑いをこらえているらしい。
シルビア本人は隠しているつもりのようだが、唇が窄まっていてその感情が手に取るようにわかってしまうのだ。
「ククッ、愛されてるな」
リーナは私のお腹に回している腕の力を少し強くする。
そして耳元に口を近づけ囁くように言った。
が、私はそれに返答しない。
…知ってるよ。
その分私も愛してるからね、シルビア。
言葉に出すのは夜の時だけでいい。
だって恥ずかしいから。
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