3.誰がための夢か
21-門での騒動
この世界の暦は一日が24時間で週が6日。
月が30日、年が12ヶ月、一年が360日となるのは前世とほぼ同等だ。
キッドマン領は温暖な気候で四季が存在し3月〜5月が春、6月〜8月が夏、9月〜11月が秋、12月〜2月が冬とされる。
6月〜7月と9月〜10月に雨季がやってくるのも日本と変わらない。
これらの重なりによってか植生に私の記憶と似たものを見るのだと思う。
今のキッドマン領の季節は秋の終盤、11月の初めだ。
私は狩りのために城塞都市グルダへ向かう道中にあり馬車の中にいる。
今回の大森林ジュマへの潜りは私だけだ。
同行者はシルビアと護衛のタリア達のみ。
ルルとナナ、それとルリシャナは貴族としての顔出しがあるらしく不参加となった。
「私はそれに出なくていいの?」と聞いたが、逆に「顔を出さない方が良い」と言われてしまった。
どうやら貴族の集まりにも色々と都合があるらしいな。
そういう訳で馬車内には私とシルビアしかいない。
「んぅ〜。この時期になると寒くなるね、シルビア。外の移動はキツイや。それでも護衛の皆に比べれば楽をさせてもらってるけどね。後でお礼をしないと」
「そうですね、ご主人様。感謝の念を忘れると人は傲慢になります。そのようなご主人様は好きじゃありません。その時は私が成敗しますからね」
私はこの季節に馬上の人となっている護衛官達に感謝をする。
その私の模範解答のような考えにシルビアはにこやかに答えた。
シルビアの軽い口振りから冗談だとわかる。
…けれども実際にそのような人物へと私が成り果てたらシルビアには迷わないでほしいと思う。
将来の事は誰にもわからない。
そうならないように努めるがどの道に転ぶかは知れないのだ。
私に奇跡が起きたのと同じに。
…よそうか。
こんな詮無い事を考えるのは無駄でしかないさ。
頭を振り、浮かんだ最悪な考えを拭っていると「えいっ」と拍子を付けてシルビアが抱きしめてきた。
シルビアの胸の中に私が収まると毛布で二人ごとを包み込む。
じんわりとシルビアの暖かさが私の芯に染み渡ってくる。
…はぁ…。
こういう時にそんな事をされるとますます好きになってしまうよ…。
「こうすると暖かいですよ、ご主人様。さらにご主人様の匂いに包まれて私が喜びます」
「…ありがとう。寒くなくなったよ、シルビア」
一気にさっきの気持ちは冷めたけどね、シルビア。
シルビアは最近リリーに似てきたと思う。
もちろん悪い方に。
心の中に留めておけばいい事を口に出すようになった。
まあ、リリーのように皆の目がある所で言わないだけマシか。
シルビアは私と二人っきりか夜の私の部屋でしかこのような事をしない。
それだけは、そこだけはマシなのだ。
そう残念に思っているとシルビアがとんでもない行動をしだした。
私が身動ぎ出来ないように加減を変えて抱きしめると私の頭皮の匂いを嗅ぎだしたのだ。
…おいごらぁ!!
「は〜。いい匂いです〜」
「ちょ!?何してるの!?止めてよ!」
「いいじゃないですか〜、ご主人様〜。夜はリリーとクララに取られるのですから。今を堪能しないと」
「それでも恥ずかしいから!シルビアだって嗅がれるのは嫌でしょう!?」
「それは絶対嫌ですけどね。当然です。でも、ご主人様のを嗅ぐのは止めません」
何を矛盾した事を言ってんだこの時々ポンコツー!
いいから止まんかい!!
そう思うが、シルビアがここまで拗ねらせている原因がある意味私のために諦観して受け入れる。
私は抵抗するのを止めた。
私が力を抜いてされるがままとなったのに満足したのかシルビアはより一層私の頭に自らの鼻を押し付ける。
シルビアがこうなっている理由。
なんというか私の見た目は人の理性を揺さぶらせ性衝動をくすぐるらしい。
ヤバいフェロモンでも出ているのではないかと思ったがそんな事はないらしい。
ただ単純に顔が整い過ぎているためとの事。
「何を意味のわからない事を…」と思ったが、どうやらゼリミアナの人外の美しさはただ人を狂わせるみたいだ。
理性の緩さが行動に表れているイカれたお姉さん達の恐ろしさを知りそうになった経験が私にはある。
ので事実と認めるしかなかった。
それがこの歳で両手の指の数を超えて足でも足りなくなりそうな勢いなのだ。
私は「えぇ…、本当なんだ…」と思うしかなかった。
いやさ、とんでもねーよ、めちゃくちゃ怖えよ。
「顔が良すぎてるので人を狂わせます!」なんて洒落にならんわ!ボケぇ!
だけど元々そういう行動をとっていた人らが強く影響を受けるらしいとこれまでの経験でわかってるからね。
誰もが誘蛾灯のように誘われずそこは良かっ…、良くないね。
そういう奴らに襲われそうになるたび私のSAN値がガンガン削られるよ…。
気持ちが悪いんだ。
当事者となる私は誰がどう狙っているのか実際にやってこないとわからないのが辛い。
実際こういうのは一歩離れた距離にいる人の方がわかりやすいみたいだ。
シルビアにルルとナナ、リリーやクララからは何度も助けてもらっている。
ルリシャナやリーナは雇人を選ぶ立場としてそこにも気を使う羽目になっているのには申し訳ない限りだ。
まあ、そこを突き抜けてやってくるある意味すごい人達は後を立たないが…。
その情熱を別の所で燃やせと言いたい。
そんな訳でこの美貌(笑)の私は朝に昼、夕方はルルとナナを始めとしてルリシャナ、ルーズベルトに拘束される。
ルリシャナが理由を付けて授乳プレイに参加したのがいい例だろうか。
その行為の回数はそれほどでもないが、現在も時々誘われている。
胸をあげたい衝動を時々抑えきれなくなるらしい。
ルルとナナは時間があれば私にピッタリとくっついてくるしルーズベルトはよく膝の上に乗せたがる。
城塞都市グルダに向かえばリリーにクララ、リーナとクリスもこれに参加するのだ。
だからこそ夜のシルビアの時間は寂しさをつのらせた分酷いものだ。
見栄を張って他に人がいる時は表に出さない。
だからこそこの程度のシルビアははっきりいって普通だ。
ならばこのくらい流しても問題ない。
問題がなくなるまで繰り返されたから…、な。
「ご主人様、いい匂いです」
…そっか、…好きにしていいよ…。
…えっと…、私も、シルビアを嗅い…、あっ、だめですか。
すみませんでした、シルビアさん。
――――――――――
城塞都市グルダの門を潜ろうとしたところで外から騒ぎが聞こえてきた。
馬車の進行方向で騒いでいるらしくそのまま抜けられないのか一度停車する。
貴人用の通行口での騒ぎは珍しい。
どうやらなかなか大きな問題が起きたようだ。
約5分経っても馬車は進まない。
「ご主人様、いけませんよ」
「でも…、気になるでしょ?」
馬車の窓に掛けられたカーテンを引こうとしたらシルビアに止められた。
道中ならともかく城壁の直ぐ側のここで警戒する必要性は低いと思う。
が、護衛の立場からすると許可出来ないようだ。
私自身それでシルビアやタリアを含めた護衛に迷惑を掛ける訳にもいかないので「ごめんね。軽率だったよ」と手を引っ込める。
だが、問題は向こうからやって来たようだ。
ドアを軽くノックされると共にタリアから声を掛けられる。
それにシルビアが了承すると外よりドアを開けられた。
タリアは公衆の場での丁寧な言葉使いで私に状況報告をあげる。
「申し訳ありません、アイシャ様。騒ぎを起こしている者がなかなか引かずさりとて私共にはここでの権限が無いものでして。今都市内より鎮圧隊が向かっています。少々お待ち―」
「なあぁ!?おい!とんでもねぇなあ!!王都でも見た事ないぐらい美形のメスガキじゃねぇーかー!!おい!アイシャってーのか!?こっちこいよ!!」
「き、貴様!!斬り殺されたいのか!!」
タリアが開いたドアの向こうから3人組の女性達が見える。
その内の1人が軽薄そうな見た目と同様に軟派な言葉を私に投げかけてきたみたいだ。
私は視線をそちらに向ける。
彼女が私を見つめる瞳は完全に獲物を見定めたものでありギラギラとして気味が悪い。
タリアが凄むが、向こうは相手にせずケラケラと笑っているばかりだ。
その目はますますギラついて鈍く光る。
依然私に向けられたままである。
それに参加していない2人は声こそあげないが、その目は大きく見開かれて私に固定されている。
声を掛けてきた方はあからさまだが、こちらの2人はなんだか様子が違うけど…。
2人の方に目を向けた時私は違和感を覚えた。
んむ?なんだか魔力が揺らいでいる?
身体強化ではこんな風な事は起こらないし…。
でも既視感があるような感覚だな…。
私がその事に思慮を巡らそうとしていると突如その光景が除かれた。
「あぁ!?てめぇ!どけよ!!お前は興味ねぇんだよ!!そっちのチビを出せ!!普通の女はお呼びじゃねんだよ!!」
「シルビア!アイシャ様の前からどくなよ!!おい!馬車を進めろ!!轢いても構わん!!」
シルビアが私の前に進みい出、彼女らの視界から私を隠したのだ。
その行動が癪に障ったのか問題の彼女はシルビアに対し口汚く罵ってくる。
どうやら彼女はノーマルのようだが、私には興奮を催すらしい。
この事実から彼女は小児性愛者なのかもしれない。
変態め!タリアさん!成敗してしまいなさい!!
…はあ…、わかってるさ…。
ここでも私の見た目が災いを呼んだらしいね。
馬車がタリアの言葉を受け再度進み始める。
タリア他数名の護衛はその場に残りこちらに来ないよう押し止めるようだ。
後でするお礼が増えてしまった。
別に嫌ではないが、こんな形にされると仕事を増やされた気分だよ。
彼女らに向け舌でも出しておこうかな?
アッカンベー…、は流石に幼稚過ぎるか…。
止めておこうね。
「ご主人様!?大丈夫ですか!?どこにも怪我はありませんか!?」
「タリア先生にシルビアが守ってくれたからね。大丈夫だよ。ありがとうね」
心配してか私にシルビア抱き着く。
体に異常がないかを触診してくるシルビアに私はそう告げる。
…おい、まさぐってくるな。
そこまでくると少し内容が異なってくるぞ、シルビア。
大丈夫、視線で妊娠なんてしないし私は男だよ?
そこを聞いてくるのは違うでしょ?
お風呂で毎日見てるし夜は抱き着いてくるじゃないか。
…はあ、わかった。
もう好きにしてよ…。
ん?さっきも同じような事を考えたか…?
私達がこうまでふざけられるのもタリア達が無事だとわかっているからだ。
私の目は魔力を捉えられる。
彼女らとタリア、私達の護衛官を比べた際比較にならない程の差があったのだ。
もちろん私達側が優勢に。
それはタリア自身も感じていただろう。
私も接触前にタリアがドアをノックした際に伝えていた。
というのも明らかに面倒事であった事が察せられたためだ。
馬車の壁程度の厚さなら問題なく向こう側の魔力を視認出来る。
他にこの差を埋められるとしたら魔力の籠もった武器。
もしくは魔道具類になるが、それはタリア達も熟知している。
対抗策は幾重にも持っているためそこに隙はない。
何よりもそれをこの場に出されて私が傷付く方が問題だったのだ。
だから彼女らがこちらに標的を換えた瞬間すぐさま馬車を出させた訳だ。
都市内に入ったので私はカーテンを開ける。
馬車に取り付けられた窓は外から内へは曇ガラスのようで内から外へは鮮明となる。
前世の「マジックミラー」に似た構造をしているそれだ。
先程シルビアがカーテンを引くのを止めたのはたとえ内部がわからずとも視線を向けられているのは気付かれるからだ。
警邏隊が私達とは逆方向へ急行している。
おそらく先程の門に向かい鎮圧活動をするためか。
急いで駆けていくのが目にとまった。
この馬車とすれ違って何のアクションもしなかったのがその証拠だ。
あんなしょうもない騒ぎのために出動する彼女らも大変だ。
私はそんな彼女らに心からのエールを送る。
変態は怖いので思いっきりやっちゃってください。
あっ、特に顔を中心にお願いします。
あのニヤケヅラに怖気が走ったので。
グーパンでこう…、ガッと。
声に出さない分別はまだあるけど結構私もきていたみたいだ。
本当に気分が悪いんだ。
あの目。
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