20-料理を再現

 余り思い出したくない前世において私は少年期の終わりから長らくお1人様だった。

 そしてそんな私にはお金をかける趣味が出来なかった。

 仕方のない事だった。

 年齢が若すぎる事。

 親戚に大金を奪われた事。

 将来を考えて大きなお金を動かす事は出来なかった。

 だが、そんな私にも趣味があった。


 料理をする事だ。


 別に最初は趣味にする程にのめり込んだ訳じゃない。

 必要にかられてだった。

 自炊しないとお金の節約ができないため面倒くさいけど始めた訳だ。

 そしてどうせやるならおいしいものがいい。

 それを進歩させていったらいつの間にかはまってしまったのだ。

 また、料理をしている時間、調べている時間は良かった。

 爺臭い言い方になるが、色々な現実と柵を忘れさせてくれた。

 食べ物というのは奥が深く凝れば凝る程時間とお金を持っていくのでそこの見極めは大変だった。

 だが、その時間、料理の時間は確かに私を救ってくれていた。


 まあ、最終的にはどうにもならなかったのだがな。

 強烈な感情の迸りに耐えきれず終わらせた。


 レパートリーとしては和風料理が中心だったが、洋風に、中華にも手を出した。

 ネットの動画サイトで大概の料理は知れた。

 また、レトルト食品、冷凍食品等の裏側にある原材料表示を見て何から作られているか調べる事もあった。

 それと凝り性だったのか調味料やスパイスについても調べて作り方や特徴を掴んでいた。

 出汁やベースに関しても手を出せるものには出していたしそれ以外も自作出来る部分はやっていた。

 発酵食品も身近なものならそれなりに詳しいと自負している。

 それ程までに料理に関して時間を割いていたのだ。

 だからか今生でも私の料理好きは変らない。


 大森林ジュマでの狩りや採取で様々な食材に触れられる機会も増えた。

 今ある調味料を使い食材への下ごしらえを工夫して家族達の舌を楽しませる事もしている。

 同行する機会の多いルルやナナからは「やっぱりアイは天才よ!」「ん。大好き」と称賛されている。

 シルビアは「結婚後は毎日ご主人様の愛の手料理が食べられるのですね」とニヤニヤしていた。

 他の者も似たような感想をくれるので舌の構造は前世と同じなのだろう。

 私の思い出補正でなくてなによりだ。


 だが、問題はある。

 この世界は魔物肉が美味しすぎる結果か余り調理のレパートリーが発達していない。

 それらはおいしい事はおいしく調理技術自体はある程度はある。

 しかし、食材に頼っている部分が多いのは否めない。

 それは私には物足りない。 


 つまり、自分で作るっきゃない訳だ。


 なんだかんだ長くなったが要するに前世の食べ物を食べたいって事だ。



 ――――――――――


 この世界の植生は前世とほぼ同じ種類だ。

 見た目も味も似通っている。

 見た目が似ているのはわかる。

 人が同等なのだから植物、動物が同等でもおかしくないだろう。

 だが、味が似ているのは長らく疑問だった。

 なぜなら品種改良が前世に比べ未熟だと思ったからだ。

 前世の食べ物は長らくおいしくなるよう掛け合わされてきた。

 だが、この世界は前世でいう中世の時代でありまだまだ発展途上だ。

 だからこそどうしてこんなにもおいしく感じるのか謎だった。


 魔物肉を食べその疑問は解消された。

 何故なら人は魔力を「旨味」と感じるという事だ。

 魔力は魔物肉だけではなくあらゆる有機物、無機物に微量に含まれているらしい。

 実際、魔力を見える私の目はそれを捉えている。

 つまり、私が今まで口にしていた食べ物にも含まれていた訳だ。

 それによって前世と同等レベルにおいしいと感じていたのだ。


 これは何とも言えない行幸だった。

 農業改革から始めなくてすんだのだものな。

 私にそんな知識はないので本当に助かった。

「肥料?うんこあげれば?」

「水?いっぱいじゃだめなの?」レベルだ。

 農業に関する私の知識こそうんこだ。


 何よりもキッドマン領は温暖な気候でありかつ四季があった。

 日本と同じだ。

 そして日本と同じに米があり日本と同じでおいしかった。

 農耕民族日本人は勝利したのだ。

 おいしいものを求める感性も同様なので精米技術もまだ荒いが存在する。

 炊きたての米なんて当たり前だ。

 そしてさらに「米ぬか」がとれるという事だ。


 ぬか漬け大好き。



――――――――――


「…ご主人様…、何をされているのですか…?…その…、すごい匂いですよ」

「何って。ぬか漬けだよ、シルビア」

「…ぬか漬け?ぬかとは飼料として使う、あの米や麦の外側の部分ですか?…食べられるのですか…?」


 シルビアの言うとおりぬかはこの世界ではまだその程度の利用価値しかないらしい。

 わざわざ風味を良くするために剥いだ部分をまた食べはしないようだ

 という訳でシルビアが知らないのも無理はない。


 だってこの世界にぬか漬けはまだないもの。


 私は今ルリシャナにお願いして貸してもらった倉庫にいる。

 そこでぬか漬けを作っているのだ。

 ぬか漬けはその匂いがかなりくる。

 温度管理、通気性を良くする事、よく空気に触れさせるために混ぜる事等をしてもその匂いは残る。

 作業で近づく分より強く感じるか。

 身体強化によって普段から五感が強化されているならばこの匂いは少々キツイだろう。

 私も前世との感覚の違いに少し戸惑っている。


「だから手伝わなくていいよ、シルビア」

「…いえ、ご主人様がされているのですからお手伝いいたします」


 そう言って眉をしかめながらも手伝ってくれるシルビアを嬉しく思う。

 前世の私に手伝ってくれる人なんていなかった。


 …なかなかいいものだな、こういうのも…。


 そう思っていると「夫の趣味に付き合う良き妻ですから、私は」とのシルビアのセリフに手が止まる。

 とりあえず褒めてほしそうだったので手を綺麗にした後、シルビアの頭を撫でた。

 嬉しそうだったのでまあいいだろうか…?


 大変だったのはここまでくる事だ。

 たった5歳の子供が「倉庫を貸して?あと、お米を精米した時に出るぬかがほしいの。塩もいっぱいね」と言うのだ。


 まず却下される。

 私でも却下する。


 そのため交渉は難航した。

 が、最後には勝ち取った。

 私は色々と失ったが勝ち取ったのだ。

 条件としてはまず屋敷の使用人に魔物肉を与える事。


 そしてルリシャナの胸を吸う事。


「なんでー?」と思った疑問はルリシャナより説明された。

 シルビアにリリー、最近加わったクララを見て自身も久しぶりに吸われたくなったらしい。


 第三者から胸を吸っている事実を突き付けられるのはかなりキツイです。

 そしてクララの事もバッチリ知られてましたがな。

 私の私生活とはどこに…。


 というか吸われたいのか。


 という事で吸った。

 何よりも私の授乳プレイに対するハードルはすごく低い。

 シルビアの胸はルリシャナと平行して吸っていたし、リリー、ついでゼリミアナにクララも加わった。

 近しい人限定だが、胸を吸うなんて大した事がなくなっていた。


 …慣れって怖いね…。


 さらにルリシャナの胸は最近もよく見ていたのが大きかった。

 この世界、清潔さを保つために生活魔法のクリーンはあるが、それは使える者が限られる。

 そのため生活魔法を使えない者は体を洗うのに湯に浸かる文化がこのキッドマン領にはあったのだ。

 これにリラックス効果もある事から私達もほぼ毎日お風呂に入っている。

 そして私の場合それに女性陣が着いてくる。


 私の知る限り貞操観念は前世と逆転している部分もあるだろうが、恥じらいは同様だと思う。

 むしろ私の周囲は異性に肌を見せる事を極力避ける。

 夏場でも薄着をしない傾向からかなり固い方だと思う。

 ルリシャナは普段夫であるルーズベルトに対しても普通の男女として適度な距離間で接しているくらいだ。


 だけど私は別らしい。

 私が入る際はまずシルビアが補助として一緒に入る。

「もう必要ない」とは言ったが拒否された。

「私、ご主人様なのでは?」と思ったがそれはそれ、これはこれらしい。

 そしてそこに他の女性陣がなだれ込んでくる。

 もちろん肌色面積しかない格好だ。

 強制的にこの状況に慣れさせられたし幾人かは吸っている関係だ。

 動揺するのはそれが普段見慣れないものだからだ。

 まあ、同時にありがたさもなくなったが。


 そんな訳でルリシャナの胸を吸うのに抵抗はなかったのだ。

 ルリシャナにはシルビアやリリー、クララに対するような気持ちは湧かないためスムーズに事を終えた。

 スムーズに出来るだけの経験があるのが嘆かわしいけどな。

「うむ。なかなか良かったぞ。また機会があれば頼む」とルリシャナは満足そうに言っていた。

 またとの要請を受ける程満足していただけた。

 それほど私の技術は進歩していたのだろうか。

 まあ、誇りに思えない誇れもしない技術だが。

 というよりどうして私の周りは私に胸をあげたがるのだろうか…?


「ご主人様?大丈夫ですか?」

「え?ああ、大丈夫だよ。うん。何かを得るには何かを失わないとね。それが人生だよね、シルビア」

「えっと…、私がいますからね。任せてください。お守りします、ご主人様」

「…ありがとね、…シルビア…」


「シルビアも同じ穴のムジナだよ」とは言わなかった。


 それが男の責任のとり方だからね。



 ――――――――――


「これはおいしいな!」

「うん。すごいよ、アイ」

「おいしいわ!アイ!!とってもね!」

「ん!おいしい!」

「流石!ご主人様です!!」

「ありがとう、皆。喜んでもらえて嬉しいよ」


 はい、シルビアの「さしゅごしゅ」いただきましたー。


 今回は試食会だ。

 少し不安だったが、米食文化があるおかげか皆の口にあったようだ。

 成功に安堵する。


 漬けたのは大根にキュウリ、ナス、人参、白菜、大穴としてトマトにピーマン、キャベツだ。

 正直どれも生でもおいしいので浅いぬか漬けでも十分にうまかった。

 もちろん大穴勢もいけた。

 もっと時間が経てば素晴らしく化けるだろう。

 個人ごとに好き嫌いもあるようだが、皆それぞれ好みを見つけてパクパク食べてくれる。


 他にも根本的な不安部分があった。

 魔力を含む食材は腐りずらくなり「もしや発酵さえも阻害するのでは?」と思っていたのだ。

 魔物肉程多量ではないが、ここキッドマン領で育てられた野菜はそれなりに魔力を含んでいる。

 魔力活性化前でも食べられる程度だが、それでも魔力は魔力。

 失敗する可能性も考えていた。


 しかし、それは杞憂だったみたいだ。

 後でシルビアに聞いたところ普段魔物肉は食べる前に数週間程保存してから調理するらしい。

 その方が遥かに味が良くなるとの事だ。

 つまり寝かせる技術は元からあったみたいだ。


 なんだ、答えを知っている人は直ぐ側にいたらしいね。


 どうやら魔力は人間の害となる腐敗は阻害するが、益となる酵母菌の発酵は受け入れるみたいだ。

 これは大きな発見だった。

 さらにレパートリーが広がるな。

 まだまだ私には作りたいものでいっぱいだ。


 この笑顔があるから。


「ん?アイは?」

「あっ、私はいいよ。ナナお姉様達で全部食べて。そんなに量もないしね。私はおいしく食べてくれるのが嬉しいから」

「そっか。ありがと。おいしい」

「…うん。どういたしまして…」


 私は前世料理が趣味だった。

 だが、こんなにも充実してなかった。

 1人で作って、1人で消化する。

 楽しくもあったが、どこかむなしい気持ちもあったのだ。

 だが、ここには全てがある。

 愛する人達が私の作った料理をおいしいと食べてくれる。

 これ程の喜びがあったのだと初めて知った。

 …こう、思うのは何度目だろうか?


 ありがとう、ゼリミアナ。

 私をこの世界に連れ出してくれて。


 …こんなに喜んでくれるならもう少し凝ったものの方が良かったか?

 美女と美男、美少女が漬け物をパクパク食べる図。

 …漬け物かぁ…。


 いや、おいしいならいいのか?

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