16-くだらない争い
私の初狩りと生活魔法を授かった事を祝福するパーティーは終わった。
その翌日に彼女はやって来た。
「ごめんなさい、遅れたわ。トラブルの処理に手間取ってしまったの」
朝食を終え午前の訓練が始まるまでの間談話室で話していた時だった。
使用人からの「クラリーベルお嬢様がご到着なさいました」という報せから数分で彼女はやってきた。
どうやらかなり急いで来たようで着の身着のままの状態だ。
「クララ!いや、大丈夫さ。問題なく片付ける事が出来たか?」
「ええ、お母様。思ったより時間はかかったけど向こうの代官も納得させたわ」
「そうか。よくやったな」
「お久し振りですわ、お姉様。おかわりないようですわね」
「ええ。リリーも久しぶりね。そっちも元気そうで安心したわ。それにお父様も」
クララと呼ばれた彼女ばリーナとリリー、クリスと挨拶を交わす。
ちなみにクリスは軽く頷いただけだが、その瞳は優しさに溢れていた。
「シャナ伯母様にベルト伯父様も久しぶりね。ルルとナナは覚えている?最後に会ったのは2年前だけど…。ふふっ、大きくなったわね。見違えたわ」
「クララ、よく来た。短い時間だろうがゆっくりしていってくれ」
「僕も歓迎するよ、クララ」
「もちろん覚えてるわ!クララお姉様!会いたかった!!」
「ん。お久、クララお姉様」
ルリシャナとルーズベルトが暖かく出迎える。
ルルにナナは小さい頃に会ったきりだったようだが、ちゃんと覚えていたみたいだ。
クララに飛びつくように抱きつき再会の喜びを表現している。
あと、リリーにはお姉様はつけないがクラリーベルにはつけるようだ。
…少しだけその気持ちはわかる。
リリーって「頼れる」よりも「可愛い」が先行するよね。
「…そして君がアイシャね。はじめまして、クラリーベル・グルダ・フォン・キッドマンよ。「クララ」と呼んでちょうだい。あなたに会えて嬉しいわ」
「私も会えて嬉しいよ。こちらこそよろしくね、クララお姉様」
ルルとナナをおろしたクララがこちらに視線を向ける。
私達は初めて言葉を交わした。
そう、言葉だけだ。
…私も握手でもしたいが今は動けない事情がある。
「…ところでお父様はいつまでそうしてるの?」
「時間が許すまで、な」
呆れた様子のクララにクリスがそう返す。
私は今定位置であるルルとナナの間ではない。
クリスの膝の上で腹に両手を回された状態だった。
クリスは会うといつも構いたがる。
常識的に考えて、手を繋いだり抱っこが出来る時期が今を含めあと数年であるとわかっているのだろう。
そのためか息子が出来た喜びが止められないらしい。
まだ違うのだが、クリスの中ではもう息子との事。
どれだけ息子が恋しかったのだろうか。
以前ルーズベルトからクリスに少しだけ付き合ってほしいと頼まれた。
ルリシャナとリーナは「私が嫌になったら止めさせる」との事。
ルルとナナは「少しだけだよ、クリス伯父様」「ん」と譲っていた。
リリーは夜に時間があるので気にしてないようだ。
私を少しってなんだろう…?
まあ、構ってくれるのは嬉しいので私はされるがままで居るけどね。
…暖かいんだ。
クラリーベル・グルダ・フォン・キッドマン
クララはリーナの赤とクリスの銀が混じったのかピンクゴールドの髪色で瞳も同系色だ。
肌は父親であるクリスやリリー同様に白い。
顔立ちは母親であるカタリナによく似ておりキツめの美女といった風貌だ。
ロングの髪を大きな三編みで一本に纏めて背中に垂らしている。
印象としては大人びていて頼れるお姉さんといった感じだろうか。
また、キッドマン家の女性は皆そうなのかスタイルがよく胸元が膨満であり女性としての魅力に溢れている。
「急いできたのだろう?クリーンだけでなく湯を浴びて着替えてきたらどうだ。少し堅苦しいぞ。子供達はこれから午前の修練がある。私達もそれぞれ仕事があるし話は昼食後にゆっくりとしよう」
「そうだな。クララ、シャナ姉さんの言うとおり湯を貰い着替えて休んでおけ。昼食を共にとろう」
「そうさせてもらうわ。シャナ伯母様、お世話になるわね」
クララの格好はまさに高級軍人という風体だ。
胸元や肩に階位を示すものや勲章、飾り紐が結われていて仰々しい。
外での移動のため仕方がないのだろう。
立ち位置を明確にしておかなければ自分もそうだが相手にも不都合が起こる。
だが、この場ではかなりアンバランスだ。
キッドマン家は常在戦場の心構えなのか平服が軍服風である。
しかし、誰かに威圧や礼を示す必要はないので仕立てはいいが簡素にまとめている。
ルリシャナはそれを指摘したのだろう。
この場は一度解散し、昼にもう一度集まる事になった。
ルルにナナ、久しぶりに姉に会えたリリーはソワソワとして落ち着きがなくタリアに怒られていた。
「今が狩りの最中でも同じ事をするのか」との事だった。
…そんなタリアはクララとの話で私達がなかなかこずさりとて中止になったとの連絡もない。
だからか何かあったのかとオロオロしていたが…。
気付いたのは私だけだったので武士の情けとして黙っておこう。
この程度の事でそこまで心配してくれるタリア。
タリアも優しい人だね。
――――――――――
昼食はつつがなく終えた。
午後の執務や教養は明日に回して談話室で話している。
大貴族であるキッドマン家はイレギュラーが起き、少しの間領主側の人間がいなくとも問題なく回るのだ。
「さて、それではまたクリスの膝の上か」と思っていると素早く抱き上げられた。
私の背中が相手の胸に来るようされたので顔がわからない。
わからないが…。
…肩周りが大きなクッションに支えられているね。
これは…、すごいぞ…。
「クララ、譲りなさい」
「嫌よ、お父様。私だって抱っこしたいわ。お父様はもう何度もしているのでしょう?いいじゃない。私は初めてなんだから」
クララが私の脇に手を入れそのまま抱き上げる。
それを見たクリスが文句を言うが、言い返された言葉に押し黙る。
2人の間でバチバチと火花が飛び交う。
とりあえずおろしてほしい!!
何故反転させた!!
クリスとの言い合いの際クララは一度私を持ち替えた。
その豊満な胸に私の顔を押し付ける姿勢にした。
クララは「渡さない!」と力が入っているのでその大きな胸で私は窒息しそうなのだ。
どうして顔を胸側にするんだ。
するならするで頭の位置を考えてほしい。
むにゅ〜と隙間が潰されるので空気が入ってこない。
…いや〜、大きいってすごいのね〜。
そんなどうでもいい事を考えながらトンットンッと私はタップする。
が、クララは気付いていないようだ。
あなたのお母様であるリーナもそうでしたね。
走馬灯でしょうか?
あの時の光景が思い出されますよ。
あぁ…、ゼリミアナの笑顔も見えてきた…。
…今そっちに行くよ…。
「お姉様!アイシャ様が苦しんでますわ!!」
「クララお姉様!アイを放して!!」
「ん!おっぱい離す!!」
「え?あっ!?」
私は「ぷはぁっ!」とやっと息が吸えた。
こんな事で死にたくはない。
助かったよ、ありがとう皆。
だけどナナ、クララをおっぱい呼びはどうなの?
事を端的に表しているけどちょっとそれは…。
私は引き離されたあとリリーの胸に収まる。
リリーも大きいがまだ成長途中なので息は吸える。
その後ルルとナナの膨らみかけのちっぱいがやってくる。
…だから何故私の顔を胸に押し付けるのでしょうか?
「ごめんなさい!アイシャ!!その、お父様が羨ましくてね。次はやさしくするわ。約束する」
「アイは私の膝の上でいい」
「お父様は黙ってて!今はアイシャと話してるの!!」
「ふーっふーっ」と息を荒らげたクララがクリスに噛みつく。
親子の再会がまるでドラマの出来事かのようだ。
理由はクソ程くだらないが。
あと「次はやさしくする」はクズ男の言葉だ。
これは信用ならないな。
先程の事があったのでルルとナナの間、リリーの膝の上で私はなんともいえない顔をする。
この顔の内訳には今の状況も入ってるんですよ、リリー。
クリスに勝ち誇った顔を向けないでほしい。
それに気付いたクリスが娘に向けてはいけない顔をしているよ。
ねぇ、アホらしくないの?
そう思ったのは私だけではなかったようだ。
「クララも兄さんも落ち着きなよ。とんでもなく情けない事で喧嘩してる自覚はあるかい?」
「それは…」
「ふむ…」
そうだ!もっと言ってやれ!でないと死の危険があるんだ!!
女性陣は興奮すると私のまさに息の根を止めにかかるんだ!!
ルーズベルトの言葉にクララとクリスは落ち着いたようだ。
私を取り合って喧嘩をするなどアホらし過ぎる。
テレビや本の世界なら笑えるが実体験は困る。
にしても、クララに当初あった「頼れるお姉さん」という印象が崩れたな…。
…あのリリーの姉という事か…、納得した。
そんな私は今ルリシャナの膝の上だ。
羨ましかったらしい。
次はリーナが控えており手をワキワキさせている。
犯罪臭いな。
「えっと…、トラブルがあったって言ってたよね?何があったの?クララお姉様」
「ん?知りたい?膝の上に来るなら教えてあげるわ」
「いいから話せ、クララ。そろそろ面倒だ」
「うっ…。お母様はアイシャを抱っこしてるくせに…」
話が進まないので今朝あった話題をクララに振ると諦めが悪いのか交換条件を出してきた。
リーナに一笑されたが、そんなリーナは次の順番が回ってきている。
ちなみに次はルルとナナ、ルーズベルトだ。
それとシルビアが「私もしたいです」とアイコンタクトしてきた。
寂しがり屋は相変わらずらしいな。
はいはい、夜にね。
――――――――――
「トラブルというのはね…」
クララが話し出す。
その瞬間クララの瞳の色が一気に変化した。
クララの瞳と目が合う。
私はゾクリと肌が粟立った。
…なんだろうかこの胸を締め付けられるような感覚は。
周りを見渡すが誰も気付いていない。
どうして?あんなにも異常ととれる鈍い輝きなのに…。
…ああ、そういう事か…。
私だ。
あの目は前世の私と同じだ。
感情を押し殺して周囲に悟らせないようにしたあの目だ。
気づいてほしいのに、気づいてほしくない。
私はまだまだ大丈夫だと誤認している。
本当は助けてほしいのに。
そんなの気付ける方がおかしいのだ。
あんな貪られている事実を知られたくない。
あんな、あんな!あんな!!
私の内側で何かが弾けた。
それが何を意味しているのかを私は知りようはない。
いや、知る必要性がない。
お前はもう違う。
私は次に進んでいる。
もうわかってるさ、何かを隠している事くらい。
だからもう暫く眠っていてくれ。
必ず、いつか必ず迎えに…。
そういう訳だ。
舐めるなよ。
そんな欺瞞で私を騙せると思っているのか?
最後に死を選ぶくらい必死に隠し通した私を騙せると思っているのか?
うんざりする程後悔したはずなんだぞ。
それでも私は死んだんだ。
見つけてやるさ。
絶対に見つける、あなたの、クララの隠した心を。
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