13-魔法袋と魔物肉
どうやらあの時の彼女達の反応はあながち間違いでもないらしい。
私は魔力を見る事ができる能力により先達の魔力操作を模倣するのが容易い。
また、魔力自体も非常に多い。
それらの要素から体の動かし方に無駄がなく非常に巧みな身体強化を行えているらしい。
さらにその能力はタリアが言っていたよう魔物の接近に対し非常に有効的だった。
今もそれは発揮されている。
「リリー!前20mの木の上から2体だ!こちらの様子を見てるよ!」
「ッ!ナナ!!投擲を!アイシャ様はさがって!ルルとシルビアは周りの警戒!」
「ん!」
「了解!」
「わかりました!」
このように私は誰よりも早く発見する事が出来たのだ。
最初は森の魔力が濃く魔物なのか空間なのかの判別がつかなかった。
が、回数を重ねる事で精度が上がり距離が伸びてきた。
まだ上層の中頃だが、探索で漏れる事はない。
これは魔物だけでなく魔力を多分に含む薬草類にも応用出来たのでそちらの採取も容易に行えた。
ナナが投げナイフで一撃でしとめる。
場所が割れたのに気付いたもう一体の魔物が飛び降りた。
しかし、彼我の距離は遠く対応は容易だった。
「ふー、助かりましたわ、アイシャ様。とても安定していまして狩りがとっても楽ですわね」
「すごいわ!アイ!やっぱり天才ね!!」
「ブラボー」
「流石ご主人様です」
出たな、シルビアの「さすごしゅ」が。
だいたいシルビアは私を褒める際にこう言う。
ついでに鼻息も荒くなる。
シルビアはこの3人の前だとご主人様呼びを隠さなくなった。
まあ、最近はポロポロと他の人の前でも漏れるようになっていたが。
そしてリリーもルルもナナもいつも大げさにほめてくれる。
私は大した事をしているつもりがないので若干照れくさい。
…すごく嬉しいけどね。
「素材の確保が済みましたら移動いたしますわ。匂いを残さないようクリーンをこまめにしてくださいまし」
「アイ。お姉ちゃんが剥ぎ取り方を教えてあげる」
「ん。警戒」
「では、私はもう一体を処理いたしますね」
その場で手際よくある程度の解体を行いしまい込む。
これらの収納には魔法袋を使っている。
魔法袋は内部の空間が拡張されており見えている以上の容量がある便利アイテムだ。
魔法袋はダンジョンの宝箱や隠し部屋から出てくるらしい。
ダンジョンはその土地の魔力そして魔力をもった生物を吸収する事で維持されている。
その空間で活動し発散された魔力または死亡した際の体内の魔力を吸収するのだ。
そのため人を呼び込む為にこのような報酬を。
つまりは餌を用意するのだ。
「貴重な魔法袋を貸していただけて助かりますわ。お母様達に感謝ですわね」
「うん。荷物が減って楽チンだよ」
魔法袋は極めて貴重だ。
ダンジョンの魔力が濃くなる奥深くからしか出現しない。
また、その出現頻度も低いらしい。
それでいて誰もがほしがるものだからか売りに出された際は非常に高値がつく。
手に入れた冒険者が手放したがらないのもある。
もし売られるならば大抵はそこの領主に優先権があり先に抑えられてしまうという。
酷い場合だと「上に献上しろ」としつこく言ってくる場合もあるらしい。
まあ、その時は冒険者ギルドに報告し別の土地に行くだけだが。
そして話を聞いた他の冒険者も続く訳だ。
人工的に作る技術もあるが、作成素材は貴重で入る容量も圧倒的に少ない物となる。
それでも商人、冒険者、軍人などに大人気だ。
そのためこれもまた高価になってしまう。
技術者も飯の種を渡したくないため門外不出として作れる者が少ない。
これによってさらに個数に制限がかかるのでより値段が上がる事になる訳だ。
技術の安売りは出来ないため当然の事だが、需要と供給が追いついていないのが現状らしい。
「こんなところかな。はい、アイ。クリーン」
「ありがとう、ルルお姉様」
「ふふん。いいのよ。私はアイのお姉ちゃんだもん」
ルルが腰に手を当て胸を張る。
どうやら喜びを表現みたいだ。
今日もお姉ちゃん節は炸裂している。
私は森の上層という事を一瞬忘れてしまう。
その可愛らしさにほっこりしてしまうのを我慢出来ないのだ。
おっと、いけないな。
ちゃんと気を引き締めないとね。
そう帯を締め直して後ろを振り返るとクリーンを掛けてくれようとしたのかシルビアの手が空を掴んでいた。
どうやら出遅れたらしい。
寂しそうに手をにぎにぎとして唇を固く引き結んでいる。
…フォローしとこうかな。
「シルビアもしてくれようとしたんだね、ありがとう」と言うと「いえ、出過ぎたまねでした」と答える。
…殊勝な態度だが私は知っているぞ。
あれは次のチャンスを逃さない目だね。
シルビアの言葉を素直に受け取ってはならないのだよ。
という訳で次はシルビアの側に寄っておこうか。
――――――――――
初狩りに関しては特に何事もなく終了した。
私は皆の狩りに散々に同行していた。
よって狩りに適した地形、魔物の動き、どうすれば容易く倒せるのかをこれでもかと見聞きしていたからだ。
そのような事より終始「こんなものかー」で終わってしまった。
「私の時もそうでしたよ。大した感動はありませんでした」
「やっぱりそうなんだ。狩りには常に気を引き締めるけど終わった後は何だか力が抜けちゃたよ」
「ふふ、そうですね。それでもおめでとうございます、ご主人様。」
「…うん。ありがとう、シルビア。今日も付いてきてくれて助かったよ」
近頃はシルビアと2人で森に潜っていた。
ルルとナナは私の事を心配したためにくっついていたしリリーは引率の経験を積むためだった。
私がある程度慣れればそれは互いの成長の妨げでしかない。
そういう事で早期にパーティーは解消。
それぞれの指導官や護衛管と共に潜る事となった。
ただ、シルビアだけは別だ。
シルビアは私の護衛のため私に同行する事が続行されたのだ。
その事にシルビアが勝ち誇った顔をしていたためかちょっと揉めたのには苦労させられた。
「それでは調理いたしましょう。といっても伝統的に塩を振り焚き火で焼いただけですが。それでも初めての魔物のお肉は美味しいですよ」
「…それは楽しみだね。早くやっちゃおうよ」
森を出たところで火を起こし調理をする。
キッドマン家ではサバイバル術も習うため自身でこの程度の用意は出来る。
私は肉に歯切れが良くなるよう切れ込みを入れその隙間に塩を少量刷り込む。
種類が少なく基本的なものしかないが香辛料もあった。
パンチが付くように。
また、肉の臭みをごまかすために持ってきていたのでこれも合わせる。
串に刺し火の加減が丁度いい位置に置いておく。
「まるで新婚夫婦みたいですね」とシルビアがニコニコしながら呟いた。
何だか、そう言われると恥ずか…。
…そうか、この世界の夫婦は森で魔物を狩りその肉を焚き火で焼くのか。
それは衝撃的な情報ですね。
全然キュンキュンしないよ。
少しセンチメンタルになったかも、シルビア。
…焼けたみたいだし食べようか。
「ん!?なにこれ!?シルビア!!凄い体がポカポカするよ!!」
「ご主人様、それが魔力を取り込む間隔です。これにより人類はその肉体を強化し魔物を遠ざけてきたのですよ」
一口かじり、嚥下し、胃に落とした瞬間体に力が湧いてくる。
森に潜り若干疲労していた体に活力が漲ってきた。
とても不思議な感覚だが、私はこれに覚えがあった。
魔力を初めて自覚した時のものと同じだ。
なる程、これが魔力を取り入れるという事なのか。
あと、凄く美味しくもある。
調理法ゆえに筋の部分は避けたものの赤身が多い。
その見た目から淡白な味わいかと想像していた。
が、全くそんな事はない。
脂はないが、その身は繊維が容易に解けそれとして噛みごたえがよく食感が気持ちいい。
肉自体の旨みも強い。
少し癖はあるが、この程度なら逆にそれがいいアクセントとなっている。
香辛料を使用しないパターンも野手溢れており「これこそが良いのだ」と感じられる。
恐らく魔物の肉に含まれる魔力を旨みであると認識しているのだろう。
このような効果を持つ魔物肉。
それをを取引する際はその内包する魔力量で値段が釣り上がり高価となっていくらしい。
含まれる魔力量に味自体も関係してくるため単純な需要が高くなるのも関係するみたいだ。
それがキッドマン領では毎日大量に手に入るためとても安価だそう。
また、魔力を内包する魔物肉は腐り辛く外への運び出しにも向く。
輸出する際は外に見合った値段を提示するので笑いが止まらないそうだ。
そうはいっても「命を賭けた値段」だ。
それが高値となるのは当然だろう。
「初めての時は特に変化を大きく感じますが、次からは大丈夫ですよ。それといつまでも同様の魔物、量で魔力が取り込める訳ではないです。次第に慣れていきます。それには量はもとより魔力の濃い魔物の肉が必用となります。刺激がなければ成長しないという事ですね」
「そうなんだ。そういう訳でうちの領軍は精強なんだね」
「ええ。大森林ジュマは近くまた、容易に魔物を見つけられます。それでいて魔力も濃いですからね。ただ、それだけではありませんよ。私達の母が、祖母らが生存競争よりその身を昇華し続けました。ご先祖様達の努力の結果私達はその血の努力を受け継げ最初から遠い位置でスタート出来ています」
ただ食べたからといってそれだけで魔力を受け入れられる訳ではない。
その魔力を受け入れる体の容量「魔力容量」が必用となる。
これを増やすには鍛錬を必用とする。
また、個人で成長限界もあるらしい。
これは「アスリートは体を強くするため食事を必要とするが、トレーニングをしなければ意味がない」のと同じだ。
そして才能もそれに関連してくる。
誰も彼もが高みへとは到れないみたいだ。
そしてご先祖達がそれを繰り返してきてくれた先に私達がある。
優秀な血統となるために戦ってきてくれたのだ。
私は「しっかりと感謝をしましょうね」と言うシルビアの言葉に頷き祈りを捧げる。
魔物との戦闘は精神を研ぎ澄ます。
それは肉体の強度、魔力容量を上げるらしい。
戦闘時での魔力の高ぶりによる一時的な没入状態。
魔物との戦闘における双方の魔力の発露に肉体は大きく影響を受ける。
魔力容量には「ただの訓練」と「魔物との戦闘行為」にそれぞれ限界があると知られているらしい。
ただの訓練では魔力容量上昇値はそれ程高くはないらしい。
魔物との戦闘が最も効率よく魔力容量を向上させる事が出来るとの事。
…それを時代を重ねて続けてきてくれたご先祖様に自然と頭が下がる。
だが、これは広く知られてないようで魔物との戦闘が多いキッドマン領以外では認識がかなり低いらしい。
というのも他領では魔物領域がキッドマン領より圧倒的に少ない。
よって領軍が魔物との戦闘行為に駆り出される頻度が低くなる。
また、キッドマン家もこの情報を広めるつもりがない。
これは領地の防衛に関わってくる問題でもあり他領に、他者には広く知られてほしくない事柄だからだ。
わざわざ相手に力のコツを教える程親切ではないのだ。
「では、魔物との戦闘が生業の冒険者はどうなのか?」というと彼女らもよくは知らないらしい。
魔物領域での活動を生業とする冒険者達も全てが全て戦闘行為をする訳でもない。
そこには調査や採取が主目的の者もいる。
それに多くの者が早々に命を落とすため上位層の者は「元々が魔力容量の多い者達だ」と決めつける節があるそうだ。
あとは「単純に自身の弱さを認められない者が多いため広まらないのではないか」とシルビアは言う。
「さあ、食べてしまいましょう。どうぞご主人様」
「ありがとう。でも、私だけ食べるのも味気ないかな。…シルビアも食べない?」
「よ!よろしいのですか!?もちろんいただきます!!」
シルビアの食付きぶりに若干面食らう。
しかし、これには当然の理由があった。
初狩りの獲物は特別な意味を持つらしく家族で食べ、祝うとの事だ。
ここには単純な仲間意識とはかなりの乖離があるらしい。
友達、親友程度ではまずあり得ない。
肉親もしくはそれに近しい関係性。
そして将来の愛を誓う者同士。
分け与えるのは「貴方の事を私の一部としたい」という意味合いを持つ。
それを与えられてシルビアは大層ご満悦だ。
…私にとってはとっくにシルビアは大切な存在なのだから。
それこそ生まれた時から側にいてくれた。
家族同様、特別な人として愛しているに決まっている。
ずっと一緒にいたいよ。
家族とリリー、リーナともう一人へのお土産分を残して2人で食事に舌鼓をうった。
終始シルビアははしゃいでおりそれをもたらしたのが自分だと思うとこそばゆかった。
「結果はわかっていたが、改めておめでとう、アイ」
「おめでとう!これでまた一緒に行けるわね!」
「おめでと。頑張った」
「もうそんなに大きくなったんだね。おめでとう」
初狩り自体は大した事はなかった。
しかし、こうも賛辞を送られると面映ゆい。
祝福に感謝を返し皆で私が取ってきた魔物肉に舌鼓をうつ。
私以外にとっては真新しさなどないはずだが、口々に美味しいと言ってくれた。
…こんなに嬉しい事はないね。
幸せってこうなのかな。
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