12-森歩き

 城塞都市グルダは一見ここが魔物との前線を抱えるとは思えない場所だ。

 戦地となることを意識おり面白さや目新しさは少ない。

 だが、整った景観でありそれが一種の美しさとなって表れている。

 そして荒事の気配などはなく街には活気があり人々の顔は非常に明るい。

 私はそれを不思議に思い「どうしてこんなにも落ち着いているのか?」とリリーに問いかけた。


 リリーによれば「これは領軍に力があるからだ」という。

 人は力を持つとそれに溺れ思考が暴力的になる場合が多い。

 その力が原始的ならばますますその傾向は強い。

 この世界ではそれが顕著だろう。

 なぜなら魔物という一捻りで人を肉塊に変えれる存在があるのだから。

 そして冒険者はただ人が入れない未開地に入る。

 そのうちの全てが全てではないが、それをもたらす存在だ。

 そうなれば当然慢心するもの。

「私はこんなにも強いのだぞ、お前達のためにやっているのだぞ」と居丈高になる者が多いそうだ。


 だが、ここでは領軍が主導となって魔物を狩っている。

 冒険者はそれを理解しており目を付けられればどうなるかをその骨身に知らされているのだ。

 その最もいい例としては勘違いした新人を躾する事だ。

 バカはどこにでもいるので「君達はこうなったらいけないよ〜」と優しく教えてあげる訳だ。

 ここで稼げる者にそれを理解出来ない者は少なくその例外は排除される仕組みだ。


 よって領軍は民を守っていると誇り高く、民はその領軍の存在を信じている。

 そのため城塞都市グルダの治安は非常によい。

 住人達の結束は強くなっている訳だ。


 また、内容的に多少ぼかされたが、慰安として歓楽街ももちろんあるそうだ。

 しかし、それ特有の少し暴力的な雰囲気は私には感じられない。

 それは場所を区切り規制の線引を確かにしている事かららしい。

 その猥雑さを表からは見えないようにしている。

「これは絶対にだめだけどそれを守れるならあなた達の自由にしていいですよ」と店側に主体を持たせる事でバランスを保つ。

 私服の軍人を見廻りさせる事で中の治安も守っているという。


 ここは軍事拠点であり荒くれ者の街ではないのだと私は痛感した。



 ――――――――――


 魔物とは普通の獣と違い人と同じようにその肉体に魔力を得た生物を指す。

 魔物は自己を保管するためその空間に満ちる魔力もしくは他者を喰らい生を得ている。

 魔物にとって人の魔力は魅力的に映るのか近くにその存在を認めれば必ずと言っていい程に襲いかかる。

 魔物は繁殖によっても誕生するが、オスの数が圧倒的に少ないためその方法による絶対数は非常に少ない。

 では、どうやって数を増すのかというと魔物は濃い魔力の満ちた空間から湧き出るように生まれるらしい。

 魔物を討伐し数が減るとそれを補填するように暫くするとまた誕生するのだそうだ。

 これが魔物生態である。


 魔物の生まれる速度を上回るように狩りその土地を切り開き魔力を散らすと湧き潰しが出来る。

 それを行っているのが領軍、冒険者達だ。

 しかし、管理がずさんになる事で再び森が侵食すると再び魔力が満ちていきまた魔物が湧き出す。

 大森林ジュマは元々魔力が非常に濃い事もあり浅瀬であっても他所と比べそれなりに強い魔物が湧いてしまう。

 管理出来ず魔物の湧き出しを許してしまえば背後をつかれることとなり、被害は甚大となる。

 そのためキッドマン領は現状の維持に努めている状態だ。


 魔物と人類の生存競争。


 その線引となる位置に私は今立っている。


 魔物との前線は深い堀と高台が組まれている。

 その後ろに簡易的な陣幕が組まれており領軍の仮宿舎となっている。

 本格的なものはすぐ後ろに城塞都市グルダがあるためここはすぐに放棄出来る造りだ。

 とはいえ百年以上も守ってきた陣地である。

 その造りは堅牢であり私の目にはとても簡易だとは思えない。


「ここには今現在森での活動以外に約1400人の軍人が待機していますわ。彼女達は森との交代要員と監視要員が1200人、陣内の運営要員200人に別れてますの」

「またポイント稼ぎが始まったわ。リリーは必死なのね」

「ん。がっつきすぎ」

「お嬢様達、しっですよ。本当の事は言ってはいけません。内に留めておくのです」

「うるさいですわ!今はアイシャ様に話してるんですの!お黙りなさいな!!」


「「リリーが怒った!」」とケラケラ笑うルルとナナに「からかってはいけません」と抑えるシルビア。

 …私はシルビアが一番酷いと思うが、ここまで素を出せるのはその仲の良さゆえんだろうか。

 シルビアはなかなかいい性格をしているみたいだ。

 話が進まないので「続きをお願い出来る?」と私はリリーに聞く。

 そうすれば「もちろんですわ!!」とリリーはただちに機嫌を直してくれた。

 …だというのに「流石ご主人様です。リリーの飼い慣らし方をよく理解しておられます」とシルビアが呟やく。


 シルビアとリリーは本当に仲がいいんだよね?そうだよね?


 森への調査、討伐、採取部隊は基本6人で1小隊を組んでいる。

 斥候、タンク、前衛アタッカー、後衛アタッカー、回復兼補助担当、遊撃となっている。

 前衛アタッカーはタンクを兼任し後衛アタッカーは弓もしくは魔法使いとなっている。

 森には常に約100小隊が行動をしている。

 また、要所要所で連絡要因、交代要員としても待機している。

 約600人が森で活動しており中2日で回している。

 そして各10周したところで城塞都市グルダと交代するという流れだ。

 城塞都市グルダにいる待機組も体が鈍らないよう定期的に訓練する事が義務付けられている。


 森は浅瀬、上層、中層、下層、深層に別れているという。

 浅瀬はまだ実戦に耐えない訓練組が使用する。

 上層、中層、そして下層の一部を領軍が担当している。

 冒険者は下層以降のみしか許されておらずこれにより実力の高いものしか入る事が出来ない。

 ランクで言えばBランクからの許可であり他は排除されている。


 別にこれは冒険者を排斥している訳ではない。

 単純にそれだけの強さの証明がなければここでは簡単に死ぬからだ。

 さらに中層までは完璧にサポートし簡易医療や休息を取れる陣地さえある。

 冒険者は消耗する事なく下層に潜る事が出来、他の領地に比べ遥かに生存率が高いと評判になっているくらいだ。

 また、下層以降にも数は少ないが潜っている特別小隊もあり可能ならば冒険者のサポートも行っている。

 …行ってはいるのだが、彼女らの態度が誠実ならばの話だ。

 そして領軍陣幕とは別だが、冒険者用の出張待機所もある。

 まさにいたれりつくせりの体制であるらしい。


「以上となっておりますわ。シャナ伯母様、お間違えありませんこと?」

「ああ。合っているよ。よく勉強しているな、リリー」

「うふ!褒められましたわ〜!!」


 ルリシャナに頭を撫でて貰いリリーはご満悦そうだ。

 ついで私もリリーをいい子いい子すると「ほわ〜」と眦をさげた。

 からかった負い目がある人達はそれを見、唇を噛んでいた。


 …だけならいいのだが、目を細めて敵意が丸出しなのはどうなのよ? 

 はぁ…、仕方ないから後で私がフォローしよう。

 方法としては私が皆のお人形になるのだろうけどね。

 皆にチヤホヤされるのは、その…、まあ正直ニヤける。


 家族ってすごく暖かいよ。


 ――――――――――


「タリア、子供達を頼んだぞ。リリーは間違える事を恐れるな。今はまだそれが許されるのだから周りを頼れ。ルルとナナはまず自分達の安全を一番に考えるんだ。アイは森を歩く事に慣れろ。森は平地と異なるぞ。シルビアはアイを見ていてくれよ。ただし自分の事を第一にな。皆!気張れ!!」


 ルリシャナはそう言うと「行くぞ!」と部隊を引き連れ森に入っていった。

 私達は今日一日のみの森への潜りである。

 私がいるので上層の触りにいくかどうかくらいだ。

 ルリシャナとの合流は2日後となっており下層から深層に潜るらしい。

 その彼女達の魔力は静かだが、深く研ぎ澄まされている。

 いうなればそれだけの実力がなければならない場所とわかる。

 私達はまだまだ「おこちゃま」という事だな。


「リリエンタール。我々は直ぐに助けに入れる距離にいる。何かあれば声をあげなさい」

「ええ、わかりましたわ。よろしくお願いしますわね」


 タリアの口調はリリーが願ったものだ。

 タリアは最初固辞していたが、リリーが「教わる立場ですわ。それは明確にしなければなりませんの」と言った事で了承された。

 リリーはタリアと言葉を交わすとこちらを見やる。


「今回は大森林ジュマへのアイシャ様の初めての潜り。ですので狩りではなく森歩きですの。アイシャ様は動きをよく見ていてくださいまし。わたくし達は浅瀬を中心とし時間があれば上層を覗きますわね。極力戦闘は避けますわ。斥候としての技能を磨く事を目的と致しますの」

「了解」

「ん」

「承知しました」


 馬車内での浮ついた雰囲気はない。

 ここはもう戦場なのだという空気が場に満ちている。

 今から私はここに向かうのだ。

 ここで命の削り合いを演じるのだ。


 …だというのになぜだか手が震えてしまう。

 寒くもないのに震えて止まらない。

 歯の根が合わずカチカチと鳴ってしまう。


 これは…。


――――――――――


 覚えてないからな、アイは…。

 怖いよ…、すごく怖いよ…。

 いいわよね、そんなご身分で。

 押し付けてトンズラだもんな。


 だから忘れてままでいいんだ。


――――――――――


 何かが、私の中の何かが叫び声を上げている。

 そう、それは私ではない。

「私ではない!!」と強く念じなければならない。

 だから別の理由付けを私は探す。

 …そうだ、これならどうだ?


 確かに私は強くなった。

 タリアから十分に森の上層で通用するとお墨付きをもらったえる程に。

 だが、1つ気を抜けば簡単に死んでしまうのだ。

 それだけ魔物は恐ろしい存在なのだ。

 私はそれが怖いのだ…。


 そう自分を納得させる。

 けれども恐怖は止まない。

 …どうすればいいんだよ。

 わからない。

 わからない。

 

 わからないよ!!


 お願い!誰か助けてよ!!


 決して動かない口で私は絶叫する。

 私の体は一歩も動けず瞼さえ落とす事が出来ないでいた。

 心臓の音がうるさい程に響く。

 キーンと耳鳴りがする。

 全身から脂汗が滲み出る。


 記憶の中の、存在しないはずの幼い私に黒い影が覆いかぶさった。

 それは私を地に押さえつけ、それで…


 突如私の手が暖かいものに包まれた。

 私はこの手をよく知っている。

 冷たかった体にまるで暖かいお湯を掛けられたように全身が和らいでいく。

 そうなれば固まっていたそれが解されて力が戻ってくる。

 これは、この手は…。

 

 これは今の私が大好きな手だ。


 顔を上げると震える私の手をシルビアが握ってくれていた。

 シルビアは「大丈夫です」と口の動きで伝えてくれる。

 そしてぎゅっとさらに力を入れてくれる。


 …生まれてからずっとこの手に守ってもらってきたんだね…。


 いつの間訓練してたのか豆だらけで表面が固くなっている。

 シルビアはいつも私の側にいてくれて努力している姿など見た事がなかった。

 いや、自分の事に必死で見ようとしなかった。

 こんなにも頑張っている手をしているのに。

 前世の女性の手とは明らかに違う。

 これを守りたいと思う男性は少ないだろう。

 だけどもそんな違いなど詮無い事だ。


 私の大好きなシルビアの手だ。


 それだけでいい。


 それだけが全てだ。


 いつの間にか私の震えは止まっていた。

 かっこ悪いが止めてもらった。

 ならもうこんな姿を見せてなどいられない。

 私はご主人様だから。

 守ってもらってばかりではいられないから。


「大丈夫。行けるよ」


 私の顔色を見ていた皆に伝える。

 私はこの世界で生きて愛する人達を守る。

 その力を得るために進む。

 進み続ける。


 過去の私は「愛」はもういない。

 ここにいるのは「アイシャ」だ。


 振り返るな。



 ――――――――――


 恥ずかしい。

 私は非常に恥ずかしい。


 何が「この世界で生きて〜」だよ。

 凄く恥ずかしいよ。

 さっきまでの自分を殴りたい…、んきゃ〜。


 私はタリアに教わってきた事をその場その場で最適にこなしていた。

 別に必要以上に警戒し息を切らすような事はしていない。

 十分に配分を考えて行動していた。

 適度な緊張感と共に森歩きをこなそうとしていた。


 が、そもそもその必用性がない程森は管理されていた。


 湧いてくる魔物の多くは「領主一家が来た!!」と必用以上に気合を入れた領軍がまたたく間に始末していた。

 そのため急な接敵が全くない。

 しかも「そっちに行きますよ〜」という掛け声付きである。

 流石にこれにはリリーも呆れてしまい配置に戻るように言う事態となった。

 私も警戒を解いた訳ではないが、どうにも緊張感が抜けてしまった。


 そう!こんな事をされてしまったのだ!!

 ものすごく自分に発破を掛けた後で!!

 あぁ…、恥ずかしいよ…。


「その…、彼女達は本日厳命があると言われてな…。特にアイシャ君の初めての狩りというのもあり…。えー、非常に…。そう、非常に職務に励んでいるといえて…」

「ええ、わかっておりますわ、タリア先生。わかっておりますの。ですがそれとこれとは別と言いますわね」

「…そうだな。ああ…、まったくそのとおりだ…」


 羞恥心に悶る私の横。

 そこでタリアがリリーに言葉を尽くしていた。

 まあ「これはないわ」と誰もが抱く惨状である。

 立場あるタリアには色々と付き纏うのだろう。


「罰則を与えるなどいたしません。安心してくださいまし」とリリーに言われ、タリアはほっと胸を撫で下ろした。


「アイシャ様を見る彼女達の顔は忠誠を誓っているのがわかりますわ。…空回りしていますけど、ね。はぁ…、少し休憩いたしましょうか」

「は〜い」

「ん」

「準備いたしますね」


 リリーの言葉どおりだ。

 領軍の兵士達は私を見ると「覚悟完了!」とくわっと目を見開く。

 そして敬礼をして去っていく。

 どうやら若干暴走しているらしい。


 その後普通のイノシシを私1人で仕留めた。

 身体強化の恩恵は凄まじくまさに止まって見える状態だった。

 イノシシが突っ込んで来るのを待たずに私から仕掛ける。

 私は横に周って首筋に短槍を突き刺した。

 勢いが付きすぎており手首まで入り込んだのは失敗だったが、初めて自分で獲物を得たのだ。


 私が短槍を使用しているのは剣だと距離が近すぎるためだ。

 私には前世の感覚が中途半端に残っている。

 それでも狩りに対する恐怖心はさほどない。

 恐らく「武器を用いて自身で肉を得る」というのが非現実的で実感が余り湧かないのだろう。

 が、その代わりに違和感が大きかった。

 そういう訳で距離が適度にとれ森で振り回すのに問題ない短槍を選んだのだ。


 仕留めた感動だったりだとか命を奪った動揺は感じなかった。

 …いや、感じる暇がなかったが正しいか。


 まず、さっとシルビアが抱きついて来、クリーンを掛けて口々に私をもてはやす。

 そこにルルとナナ、リリーがすかさず参加する。

 一拍置いてタリアと護衛の皆が加わる。

 どこにいたのか領軍の兵士もやって来る始末。

 最初はそれが気恥ずかしくもあったが、嬉しかった。

 けれども全く終を見せなければ段々と困惑に変わるのは仕方ない。

 最後には「これは将来とんでもない大物になるぞ!!」と言い出す周りと冷静になる私が完成した。

 胴上げまでされた時は私は只々遠くを見つめていた。


「「「わーっしょい!わーっしょい!」」」

「ありがとう、もういいよ。本当にもういいんだ。…お願い…、もう止めてよ…」


 恥ずか死ぬよ。


 けど、少しだけはにかんでしまった。

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