10-キッドマン領を取り巻く状況
「さて、子供達が退場したところで本題といこうか」
そう切り出せばこの場にいる全員の顔が切り替わる。
先程まで自分達の子がいた時の和気あいあいとしたものではない。
この領の今を、未来を担う者へと変化する。
「はぁ〜、嫌になるね…。面倒な事は考えたくもないものさ。子供達の事だけに集中したいよ」
「わかるけどね。でも、これがあの子達のためになる。それなら頑張れるだろう?カタリナ殿。シャナもね」
リーナが愚痴、それを見たベルトが宥める。
「だったら面倒事はさっさと終わらせよう。他の仕事もある。子供達との夕食にも遅れたくはないしな」
「それは間に合わせないとな。リリーに嫌われてしまう」
「はは。私も早く終わらせないとね」
リーナにはこの1月程の期間王都へ出向してきてもらっていた。
中央の貴族を探ってもらうためだ。
王都の駐在代官自体は別に送っている。
が、伯爵位を持つリーナが出向いた方が早い話もある。
大体年に一度程度の割合か。
社交のシーズンでこっちとあっちを移動し情報の精査と報告をしてもらっている。
その度に「辛い、辛い」と小言を言ってくるが、本人も事の重要性をわかっているために断わりはしない。
「黙ってやれ」とは思うが、仕事はちゃんとするので少しの愚痴は流してやろう。
「今回の王都行きだけどね…」
その苦り切った顔からある程度は察せられる。
「荒れたよ」
だろうな。
王国は既に「泥舟」だ。
――――――――――
「「大地の守護者たる矜持」それを忘れた愚か者共。そう言わざるを得ない光景だったな」
フンッと一つ息を付きリーナが吐き捨てた。
我ら貴族は人民の守護者だ。
貴族はその地位の高さ故に血統を選ぶ事が出来た。
単純に見目が良い者を好きなだけ選べる。
そして強い魔力を持つ者を選別出来た。
魔力が遺伝するのはこれまでの歩みより明確である。
ならば魔力量が高くその親和性の高い者同士が子を生せばより強い魔法使いが誕生する。
それを繰り返してきたのが貴族なのだ。
だからこそ貴族は領主となり得た。
その周りより強い魔力を用いて土地を切り開いてきたのだ。
人を呼び、耕し、子を生ませ、富ませる。
それを守護するのが貴族だ。
いや「だった」か。
「奴らの腹はまるでオークのように膨らんでいた。「その練度で一体何を守れるのだ?」という程度の緩慢さだったぞ」
「ああ…、それはオークに失礼か」とリーナは鼻で笑う。
「「安寧」が「退廃」を呼んだのだ!!開発しようと思えばまだまだ土地はある!!されど奴らは今の自分を守るのに必死だ!!土地を!!民の事など見ておらぬ!!」
ドンッ!!と拳をテーブルに叩きつける。
言葉は強いが、まだ冷静さは失っていなかったようでテーブルは壊れずにすんだ。
一呼吸置きたいのかリーナは水を飲む。
今この場には私達3名しかいない。
私がおかわりを入れてやれば「ありがとう、シャナ姉さん」とリーナは言う。
続きを話し出す。
「今回運河は使わずに陸路を通ったのだがな。…酷いものだったよ。兵の巡回が少なく、魔物に、盗賊におびえていた」
押し殺した怒りからその光景が目に浮かぶ。
きっとその領地の民は疲弊しているのだろう。
領主が仕事をせず、さらに金を回さず自らの悦のみを尊ぶ。
管理者側もまた少ない椅子を奪い合う。
本当に必要なところには見向きもしない。
それに雇用されてる側はそれを見「ならば自分も」と汚れていくのだ。
すべてが清廉潔白などありえないと知っているさ。
我がキッドマン領でも犯罪は起こる。
「皆が皆幸せならいいのに」と夢見る少女の時代はとっくに過ぎ去った。
だが、奴らはそれに近づけようという貴族の義務を放棄している。
許される事ではない。
事ではないのだが…。
「それは私達の領分ではない。私達の土地はここキッドマン領のみだ。キッドマン領が民のみの幸せを考えろ。そして私達の富を築くのだ」
「…わかってるよ、シャナ姉さん。少し感傷に浸っただけさ」
「気持ちはわかるけど…、ね」
フーッとこもった熱を吐き出すようにリーナが長く、大きく息を吐く。
ベルトは気遣わしげにそれに相槌をうつ。
ここで熱くなっても何も変わらないのを知っている。
私達は私達のために行動しなければならない。
さて、続きを話そう。
――――――――――
「中央の腐敗は酷い。法衣貴族は「どのパイをとるか」の奪い合いの状態だった。「今無いものに何を熱くなっているのか?」と言いたかったぞ」
「未開発領域の開拓にそれを誰の領地にするか…、か」
「ああ。流石に大森林ジュマの話は出さない分別はあったが…、どうだかな。裏では狙っているかもしれん。駐在官にはそのあたりを探るよう言い含めておいた」
「助かる。「そこまでバカではない」と思いたいがな。今の状況では最悪を考えねばならん。過去を思えば可能性はある」
現状王国では領地と領主の数が飽和している。
土地を耕し食い扶持を増やせば人が生まれる。
人が増えればさらに土地と食い物が必要になる。
今までは足りていた。
王国は広大で未開地を切り開いてきた影響か土地の力は強く、良い穀物が育った。
だが、長い時が経つにつれ容易に開発出来る土地が少なくなった。
土地の魔力は使われ食物の質も落ちてきた。
けれども人は子を生む。
そして貴族も子を生む。
だから席が足らなくなる。
王は褒美に土地の切り取りではなく金と勲章、名誉を与えるようになった。
特権を与えて脳みそを騙すのだ。
「お前にやる家は無いけど偉いんだぞ。すごく尊敬されるのだぞ」と耳元で囁く。
最初はそれで良かった。
その名誉に希少性があり周りに自慢出来たからだ。
だが、その数も時間が経つにつれて増えていく。
増えていけば褒美に渡す金も減っていく。
先の事を考えていけばそこにも予算を組むのは当然だ。
前例があるからとどんどん下がっていく褒美の内容。
価値は下げられた。
しかし、人の欲望は下がらずまだ上があると天を仰ぐばかり。
だから貴族は王を敬わなくなった。
当然だろうな。
満足出来る褒美を用意出来ない者に付き従う必要はない。
「私こそが支配者になるのだ!与える者になるのだ!奪う者になるのだ!」と喚き散らすバカばかり。
王の求心力は少なく貴族は増長していく。
この国は「熟成」してしまった。
「実った」のでない。
「腐った」のだ。
上がそれならば下もそれにならう。
腐った組織には腐った者が席を置く。
では、まだ未成熟な者達は?
より強く腐り果てるだけだ。
「今の王は優秀だよ。こんなにもなっている王国を何とか形にしている。改革案もだし口うるさい貴族共を押さえつけている」
「そうか。彼女は良くやってくれているか」
「それは今の中で唯一の良い報せだね」
それならばまだ暫くは大丈夫そうだな。
彼女が堪えてくれるならば安心して任せられるだろう。
まだ時間は稼げるのだ。
こちらも準備に時間がかかる。
せめて後12、3年は持ってくれなければ困る。
最悪の事を考え準備は万端にしなければならない。
「「こちらからも余剰分の援助は出す」と彼女に伝えてくれ」
「受け取ってくれるか?言い方は悪いが、あちら側に取ってみれば私達を強請っているのと変わらないぞ」
「受け取ってくれなければ。共倒れはごめんだぞ」
「しっかりとこちら側の利点を伝えればわかってくれるはずだよ。彼女は愚かではないからね」
「ふむ。後でしたためておこう」
リーナにそう伝える。
彼女からはこちらに頼る事を良しとしないだろうな。
しかし、そんな事は知ったこっちゃない。
あれだけの迷惑を掛けておいてさらに面倒事の種など蒔かれては止められなくなる。
いよいよこちらも動かざるを得なくなる。
まだその時ではない。
時間が必要だ
たとえ彼女が生贄となろうとも。
キッドマン領を、私の子供達を。
ルル、ナナ、アイ。
必ず守り抜く。
――――――――――
大体の事は話終えたか。
ぐ〜と伸びをし固まった肩を軽く回す。
話題の重さに体が固まってしまった。
こんな時は子供達の顔が見たくなってしまう。
…私は弱くなってしまったのだろうか。
その愛らしい顔を見、抱きしめてしまいたい。
領主などではなくただの母親に帰りたくなる時がある。
ルルとナナを授かった時か。
幸せが2倍きたと思うと同時に責任が2倍きたと体が強張った。
初めての妊娠、出産、育児。
世の母親達はこんなにも辛い思いをしているのかと頭が下がった。
「もう次はいいかな…」と思っていた。
だが、私は欲張りだった。
「妹か弟が欲しいの」とねだるルルとナナの可愛いいお願いに逆らえなかった。
…いや、噓はよそうか。
私自身もさらに幸せがほしくなってしまった。
生まれたアイシャを見た時心から神に感謝した。
「ありがとう。こんなにも愛しい存在に出会わせてくれてありがとう」と。
ルルとナナも姉としての責任が生まれますます成長していった。
嬉しくもあったが、親として寂しくもあった。
私は弱くなどなっていないさ。
領地や民という確かにあるが、どこか漠然としたものだけの守護者ではなくなったからだ。
我が子をこの手でこの力で守らなければならない。
私は親になったのだ。
我が子がならせてくれたのだ
それの邪魔をすると?
「ルルにナナ、アイのため、邪魔するクソ共には容赦などしない」
リーナとベルトの目を見る。
そんなに私は怖い目をしているか?
そうなのだろうな。
私は母なのだから。
「私達は「今」守護者だ」
だが、昔は違った。
「私達は「かつて」狩人だったのだ」
前人未到の地を駆け切り開いてきたのだ。
この血にはそれが脈々と受け継がれている。
思い知らせるのだ。
「その事実をその躰に刻み込んでやる」
二度と忘れぬようにな。
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