8-婚約者達
戦闘訓練を開始してから半年程が経った頃だろうか。
朝食の席に着きに食堂へ入る。
扉を開ければルリシャナが私の知らない二人組と会話に花を咲かしていた。
私に気付いたルリシャナが彼女らを紹介しようとすれば。
「おお!君がアイシャか!!おはよう!私はカタリナ・グルダ・フォン・キッドマンだ!!アイシャの母親シャナ姉さんの妹だな!つまり伯母にあたる!あえて嬉しいよ!!」
そう言いカタリナは私を両腕で力強く抱きしめる。
む、胸が!胸に溺れる!!
デカ過ぎる!!柔らか過ぎる!!
…息が…。
「お母様!アイシャ様が苦しそうですわ!!離してくださいまし!!」
そう、大人びた少女の叱責の声が聞こえる。
それに答えるように顔面にかかる圧力と息苦しさがなくなった。
…なる程、胸は凶器になりうるのか…。
嬉しくないけど1つ賢くなったな。
勢いのせいか余り嫌な感じはしないし…。
というより最近はそんな感情を過去程には抱かないな…。
それはそれでどうしてだろ?
まあ、いっか。
「あ、すまない。その…、ついな。興奮してしまってな…」
「「つい」ではありませんわ!お母様!!ご自重してくださいまし!!」
「はははっ、リリーもそこまでにしてやれ。リーナも反省しているさ」
「そ、そうだ、リリー。ちゃんと反省している。悪かったな、アイシャ」
「もう!」と言う彼女をルリシャナとカタリナが宥める。
どうやら伯母であるカタリナが訪ねてきたらしい。
という事はリリーと呼ばれた彼女は…。
「あー、ほら!リリー!お前も挨拶をしないか!」
「…お母様ったら…。ウン。失礼しましたわ。ごきげんよう、アイシャ様。わたく…し…は……」
リリーと呼ばれる彼女の私への自己紹介が途中で止まってしまう。
ん?どうしたのだろう?
私の事を食い入るようにその大きな瞳を見開いて見つめてくるけど…。
あのー、美少女にその顔をされると結構怖いのだが…。
…あと、可愛い子だね。
従姉が可愛いのは結構自慢になるぞ。
「ククッ、ほら、リリー。挨拶が途中で止まっているぞ。しっかりしないか。私にもそう言っただろう」
カタリナはどこかおかしそうにその赤目を歪めてリリーに語りかける。
リリーはそれに気付くとハッ!として頭を振る。
そして中断した言葉を言い直す。
その頬はりんごのように真っ赤だ。
あら、可愛らしい。
「申し訳ありませんわ。わたくしはリリエンタール・グルダ・フォン・キッドマンですの。年齢は12歳になりますわ。交際しているお相手はおりませんの。どうか「リリー」とお呼びくださいまし。本日はアイシャ様に会えるのを、とっても!とっても!!楽しみにしておりましたわ!!」
リリエンタール・グルダ・フォン・キッドマン
リリーは銀糸に黄金の瞳をしており私の色合いとよく似ている。
そこに私は既視感を覚えた。
肌に関しても白く、赤みが差した頬が特に目立っている。
編み込んだ髪をシニヨンで纏めている。
片方のサイドに下ろした一房は耳に掛けていた。
目元は柔らかく、嬉しげに私を見つめておりとても可愛らしいイメージの少女だ。
しかし、その可愛らしい少女のイメージとは真逆に胸元は小山程に膨らんでいる。
既に女性としての魅力を覗かせていた。
…どうにも私に色みが似ていると感じさせるね。
あと、自己紹介がお見合いっぽい。
それに何か気に入られた?
最初から好感度が高かったけど…。
…瞳がすごく、すごく綺麗だね…。
こんな子にそう思ってもらえるのは…、恥ずかしいね。
そしてリリーからお母様と呼ばれた隣の女性。
カタリナ・グルダ・フォン・キッドマン
リリーの母であり私の母であるルリシャナの妹にあたる。
傍から見てもルリシャナとカタリナが姉妹だとわかる。
そのくらいには顔の造形、色調が似ている。
その類似性はスタイルにも出ており暴力的に膨らんだ胸部に細い腰が映えている。
髪型に関しては無頓着らしい。
長く、緩いパーマがかった髪をハーフアップにしているだけだ。
私を見つめるカタリナは気持ちよくカラカラと笑っていてとても気さくな印象を受けた。
だからか私も心を開いているのか?
最近の私は変じゃないか?
…いや、最初が変だったのか?
何故、あんなにも攻撃的に…。
うーん、まあ、いい事じゃんね。
リリーはカタリナに細かい部分の造形は似ている。
が、やはりどちらかというと私寄りだ。
まさか父親が!?と思ったが、周りの雰囲気から違うみたいだ。
そんな昼ドラみたいな展開はない様子だ。
…謎だな。
何か気になる。
「私の事は「リーナ」と呼んでくれ、アイシャ。にしても驚いたな。シャナ姉さんやルーズベルト殿から聞いてはいたが、本当に「天使」のようだったとはな」
「お、お母様!余り容姿の事をアレコレと言うのは…」
「別に乏している訳でもあるまい。親戚なんだ。それに将来もっと近くなるしな」
「お母様!!」
話の流れがわからない。
それにリリーの言も当たり前だな。
普通、初対面の相手から外見を批評されるのは嫌がる。
それが高評価でもだ。
しかし、やはり嫌悪感を持たない。
リーナとリリーを私は受け入れたいのか?
どうして?
それに何でそれを不思議に?
…答えが出ない事は考えなくていいさ。
それよりもだ。
「将来もっと近くなる」とは?
疑問に思いルリシャナに目を向けると彼女は合点がいったのか頷き「言い忘れていたな」と答える。
「アイ、リリーはお前の婚約者だ」
へー、そうなんだ。
リリーが、ねー。
まあ、そんな事もあるか。
リリーなら、うん、いいかもね。
ふぁっ!?
――――――――――
「「聞いてない!!」」
ドンッ!と音を立てて扉が開かれる。
タリアと今後の訓練について話すために遅れていたルルとナナが入ってきたのだ。
ついでにルーズベルトも苦笑いしながら入室する。
「お母様!どういう事!?私のアイが!!リリーと結婚するなんて!!」
「許さない」
ルルとナナも私と同様に今知ったらしい。
私は3歳、ルルとナナも6歳の子供であり知らされてない話があっても当然だ。
それに前世の記憶によれば貴族の婚姻というものは親が勝手に決めるものらしい。
のでこのようになる事もあるのだろう。
まさか私が経験する事になるとは微塵も思わなかったが。
「許すもなにもない。これは我がキッドマン家の話だ。何も力のないお前達にどうこう言われる筋はない」
「そんな!?」
「お母様でも容赦しない」
「まあまあ、ルルとナナも落ち着きなさい。まずは朝食にしよう」
ヒートアップするのを収めるようにルーズベルトが合いの手をいれる。
ルルとナナも朝練終わりでお腹が減っているためか今は矛を収めるようだ。
…この空気でか。
はたして美味しいのかな?
――――――――――
朝食は非常にギスギスしたものだった。
まあ、それも子供達の間だけだが。
ルルとナナはリリーを射抜くように睨みつける。
リリーはこれに対しどこ吹く風となんでもない顔をしていた。
ちなみにシルビアは意外にも澄ました顔をしており通常運転で給仕をしている。
シルビアのいつもの調子と本心を知っている身からすれば不思議に思う。
ルルやナナ同様に立腹すると思ったのだが、はて?
何だか妙に落ち着いているのが気になるね。
…ちょっともやっとする。
シルビアは嫉妬はしてくれないのだろうか…。
さて、食後のお茶が終わり話が再開された。
「アイとリリーの婚約の件だが、親同士は了承しても本人達はどうだ?別に「無理矢理にでも!」という訳ではない」
ルリシャナが私とリリーに目を向ける。
強制、という訳ではないようだが…。
そう言われても私達は今日会ったばかりなのにね。
相手であるリリーも困るでしょうに…。
「わ た く し は!全く!!問題ありませんわ!!今すぐにでも正式に婚姻を結びたいくらいですの!!一目惚れですわ!!わたくし好みに育て上げますの!!」
と思ったが、全く問題ないらしい。
ある程度は私の事を聞いていたのだろう。
そして今日見え、印象どおりだと思い至ったみたいだ。
あと、少し口が軽くて考えが漏れてるよ。
けど、そんな正直さが…、好きかもね…。
「ふむ。アイ、お前はどうだ?」
どうだ?と聞かれてもさ…。
こんなの初めてだしね。
んー…。
初対面はちょっと。
可愛い子だとは思うけどね。
女性に恥をかかせるのは本意ではないが、本当に今日初めて会ったばかりの関係なのだ。
「いきなり言われても困る」というのが本心だ。
「リリーお姉様が私の事を好意的に捉えてくれるのは嬉しいよ。けど、今日会ったばかりだとなんとも言えないのが本音かなぁ」
「そうか。うむ、誠実な回答だな。そうなっても仕方がないか」
「食い気味なリリーがなんとも面白いな。それにアイシャはかなり頭が回るのだな。「こんな歳の子に聞いても」と思ったが」
「そうだろう!アイは可愛くて賢いんだ!!自慢の我が子だな!!」
「そうですわね!素敵ですわ〜!!」
ルルとナナは朝食の席で一度噛み付いた際に強く叱責されたために静かだ。
だが、私の言葉を聞くと「もっと言ってやれ!!」と言わんばかりに目を見開く。
リーナは母親であるのにリリーをいじっているが、それでいいのだろうか?
ルリシャナは親バカを炸裂させている。
リリーは「お姉様」と呼ばれた事に頬をだらしなくさせている。
何というか、カオス。
…リーナから道化扱いされた事に気付いてないね。
言葉の節々から感じていたけど…、もしやちょっとアホの子かな?
可愛いかもね、リリーって。
「「絶対に結婚しなければならない」という訳じゃないからね。それだったら「今はお互いを知る」でいいんじゃないかな?どうだい?」
ルーズベルトがそう締め一応の終わりをみせた。
だけど納得してない人がお二人程…。
――――――――――
「わたくし、妹が欲しかったんですの。ルルとナナもわたくしの事を「お姉様」と呼んでくれてもいいですのよ?ほら!」
今の状況でぶっ込んできたな、リリー。
そんな事をすればどうなるかなどわかっているはずだろうに…。
まあ、本気で言ってるのだろうね。
賢いは賢いけどアホっぽいし。
これがアホ可愛いか。
「リリー、あなた言ったわね」
「ぶっ殺す」
ほら、こうなったよ。
そして今日のナナは物騒だね。
私は飛び出そうとするルルとナナの腕を掴み抑える。
家族で話す際いつも私はルルとナナに挟まれて座るので対応できた。
私の手を振りほどく程には気を高ぶらせてなかったようだ。
ルルとナナは不満顔だが、上げかけた腰を降ろしてくれた。
リリーは拒否されて残念そうにしょぼくれている。
いや、さっきの雰囲気でそんな事を言ったら当然でしょうよ…。
リリー、お願いだから導火線に火を付けないでほしいかな。
少し辟易としたのはどうやら私だけではないらしい。
若干の苛立ちを滲ませたルリシャナが口を開く。
「埒が明かないな。ルル、ナナ、何が不満なんだ。答えなさい」
「何が不満って…。…アイが私じゃない人と…。…結婚するのが!嫌なの!!」
「「お姉ちゃんと結婚する」って約束」
そんな約束はしてませんよ、ナナ。
子供時代特有の「家族と結婚する」というアレらしい。
こればかりは時間が解決するのを待つしかないか。
変に触ると問題が大きくなる可能性もある。
そう私は思ったが、それは超強力に解決された。
「では決着だな。ルルとナナもアイと婚約すればいいじゃないか。というかその予定だぞ」
「いいの!?お母様!?」
「子供は何人欲しい?アイ。お姉ちゃんは3人以上でもいいよ。アイとなら可愛い子が生まれる。全員愛情を持って育てる。約束」
喜色満面のルルと気が早すぎるナナ。
よく喋るナナ。
…といいますか、それってありなの?
――――――――――
ありらしい。
魔力は「遺伝する」事が知られている。
そのため「より強い血統を求めて婚姻する」のが貴族としての伝統らしい。
魔法を使える程の男子が生まれたなら血の繋がった子供同士での婚姻はむしろ奨励される。
血が濃くなる事の弊害は問題無いとの事。
魔力が強ければ負となる部分を打ち消すのだとか。
何よりも外の血を入れない事による「家の支配権の維持」が重要らしい。
近親婚がタブーではないのは前世の世界史と同じだね。
そして劣性遺伝もないならメジャーにもなるか。
納得かも。
「よく、血の事を知ってるな?」とルリシャナに聞かれたけど上手くごまかせた。
まあ「転生して前世の記憶があるんです」など思わないだろうね。
そして魔力を活性化出来る程の男性はステータスが高いと見なされる。
それにより複数間の女性で「シェア」する事もあると。
魔法が使えるなら言うまでもない。
けれども大概「顔がいい」事も考慮されるそうだ。
「魔力の活性化をしている普通顔の男性」と「活性化していないが、血統的には優れており顔のいい男性」の二人。
地位のある女性が選ぶとしたら後者が多いらしい。
確かに活性化しているのは目を引く。
その血が「優秀」である事の紛れもない証明だからだ。
が、別に活性化してなくともその血筋の遺伝はする。
選べる立場ならことさらに絶対的ではない。
家同士の繋がりも考慮されるし近い間柄での婚姻による強化も貴族は重視する。
なんだかんだ言ったが「外見至上主義」と「政略」という事だね。
ちなみに魔力、顔、血統の3つ共を兼ね備えていると「完璧な存在」とみなされる。
その場合引く手あまたとなり争奪戦が勃発した事もあるそうだ。
暴力的な世界において魔力は絶対的なもの。
それを手に入れるためなら尚の事暴力は辞さない。
その男性の両親の力が弱いと悲惨な結果となる事もあるらしい。
それを聞いた際に私はチラッと目を向ける。
そして「やはりか…」と予想が当たった。
ルーズベルトが若干苦い顔をしていた。
どうやら近い経験があるのだと思われる。
度々私が「異世界に来たのだ」という事が思い出される。
婚姻に関しても大まかには一緒だが、その理由の細部ではここまで違うとは。
「それとだ。シルビアも妾としてアイの側に置く。お前達との兼ね合いがあるためだが、立場は妻と変わらない」
なる程。
シルビアは先にこれを知らされていたために余裕だったのか。
今も済ました顔で「シッ!」とガッツポーズをしている。
ポーカーフェイスを気取るなら最後までやりとおしてほしいのだが…。
…まあ、そこが可愛いいのだが。
そう、可愛い。
皆素敵な人達だ。
私は本当に幸せだ。
とりあえず婚約者がいっぱい決まりました。
しかも全員が姉さん女房です。
たった5歳で4人とは…、貴族ってすごいっすね。
驚きで頭が上手く回らず幼稚な感想しか出てこないね。
「ルル、ナナ。これで正式に姉妹ですわ。お姉様と呼んでもいいですわよ?」
リリー、同じ婚約者を持つのであって姉妹は少し違うのでは?
私がリリーにお姉様と付ける事は止めてほしいと言われた。
夫にはそのままで呼んでほしいそうだ。
まだ夫ではないが。
そしてリリーはお姉様とは呼ばれなかった。
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