7-戦闘訓練開始

 私をどこかに連れて行こうとしたルルとナナ。

 それに代わりシルビアによって部屋へと連れて行かれる。

 寂しかったのか抱っこの状態だ。

「恥ずかしいから降ろしてほしい」と言ったが「時間がありませんので」と拒否されてしまう。


 …シルビア、少し鼻息が荒いし若干力が強いかな。


 シルビアはだいぶ寂しさポイントが溜まっていたらしい。


 そう私は考えられる。

 私は嫌悪感を余り感じていない。


 逆にこの状況を嬉しく…。


 運動用の服に着替えさせられシルビアと共に庭へと出る。

 そこで待っていたのは…。


 ポカンと口を開けた凛々しさが半減した女性だった。


 私は彼女のアホ面を確かめる。

 どうやら近づけるだけなら問題はなさそうだ。

 私を見る目はただ驚いているだけでそれ以外は認識出来ない。

 ねっとりとしたものは感じない。

 もちろん警戒心はなくさないが。


 何故か私は初対面の人にこのような対応をしてしまう。

 …とりあえずコンタクトをとろう。


「…あの…、訓練は今日が初日で…、えっと…、どこかおかしいでしょうか?」


 私がそう問いかけるとその女性はハッ!としたように意識を取り戻した。

 その反応からなかなか愉快な人だとわかった。


 …この人はいいかもね。


「ッ!?…いや、すまない。君がアイシャ君だな。私は君の訓練教官となるナタリア・ロンドだ。タリアと呼んでほしい」


 そう言いタリアは私に視線を合わせるよう片膝を着く。

 タリアは私に手を差し出した。


 …ここで無視するのはおかしい。

 ならば接触は致し方ないか。


 私はタリアをじっくりと見定める。


 ナタリア・ロンド


 タリアは黒髪黒目のアジア系の顔立ちだ。

 言うなれば日本人然とした容貌だろう。

 邪魔にならないためか胸元まである髪をポニーテールにして纏めている。

 キリッとした目元、意思の強そうな眉が凛々しさを表している。

 薄い唇は桜色でそれが少し彩のある白い肌と映えている。

 前世の白人種とは異なる肌色だが、私にはそれが美しく見えた。

 大和撫子とはまさにこの事かといえる女性である。


 だからかより身構える姿勢を高めてしまった。

 日本人というのが私を怯えさせる。


 しかし、タリアを受け入れるのは構わないとも思う。


 その相反する心情が私を戸惑わせる。


 タリアはキッドマン家の息女に対する戦闘指南を賜っているロンド家の者だ。

 領軍に席を置いておりその地位は高い。

 普段は領軍の戦闘訓練を指導している。

 斥候技能も高く大森林ジュマの「調査部隊特別顧問」も担っている。


 私はタリアからの握手に答えて交わす。

 それに不快さはない。

 暖かい手だとしか認識しない。


 …やっぱりいい人かも。


 共にこの場にいたルルとナナが堪えきれないと笑い出した。

 私はそれにより沈みかけた意識を持ち直す。


「あはは!ね!!アイは天使だって言ったでしょ!!タリア先生!!」

「ん。自慢の弟」

「ルル!ナナ!からかうんじゃない!!」


 立ち上がったタリアがキッ!とルルとナナを睨む。

 ルルとナナ、タリアらの会話から察するに、まあ、そういう事らしい。


 今生でもこれは切れないのだろうな。

 前世の…、何だ?


 とにかく私は父であるルーズベルトの影響を多分に受けている。

 光を返す銀糸の髪に太陽のような瞳、透けるような白い肌を持つ。

 ルルとナナが許してくれないので腰まで届く鬱陶しい長さの髪だ。

 髪は毎朝シルビアがその日の気分で結ってくれている。


 あと、黙って切ろうとしたらシルビアがすごい目をした事もあった。

 …あの目はもう見たくない。


 少し怖かった。


 …けど、嫌な怖さではなかった。


 肝心なのが顔立ちがゼリミアナを幼くしたようなものな事だ。


 ゼリミアナの人外の美しさが現れていて鏡を見た時は硬直した。

 高名な画家が人類の理想を集め完璧なバランスで作りあげたような容姿なのだ

 他人ならともかくこれが自身なのはなんと言えばよいのかわからなかった。

 ゼリミアナがこれに一枚噛んでいるのは間違いないはずだろう。


 余計なまねをしてくれた。


 ん?顔がいいのは良い事だろう?

 …そのはずなのに。


 なんだろうかこの悍ましさは。


 今朝からここに来るまでの人達の様子はタリアと似たりよったりだった。

 ちなみに、私の家族も、私程ではないが、要所要所にゼリミアナの影が見てとれる。

 それらの特長が絶妙に合わさって、私を作り出している。

 恐らく家族にもゼリミアナは関係しているかもしれない。

 ルーズベルトの色相などまさにもろのため可能性は高い。


 ゼリミアナは一体何を意図してこうしたのだろうか?


「コホン!それでは訓練を始める。ルルとナナは素振りから。アイシャ君はまず魔力を掴む事から始めよう」


 タリアの声掛けより訓練が開始された。

 私は地面に座らされ座禅を組む。

「目を瞑り意識を内に向けろ」とタリアは言う。


「む。こうしてみると改めて思うが、今の段階で凄まじい程の魔力量だ」


 タリアは私の腹に手を当てそう呟く。

 止めてほしいが、仕方がない。


 仕方ないで済む程度だ。


「今からアイシャ君に向け私の魔力を流す。この魔力を認識するんだ。そして私の魔力を掴んだら今度は自分の中に流れる魔力を見つけろ」

「…うん。わかったよ」


 口調に関してはタリアから敬語を止めてほしいと言われた。

 主君の子からの敬語は何ともむず痒いとの事だ。

 実際、ルルとナナはしていないのでこれでいいのだろう。

 私としては距離を取りたいが、しょうがない。

 逆にこちらからも同様にしてほしいと伝えてある。


 距離を詰めた方が本質がわかる。


 そうしなければ何だか気持ちが悪い。


「いくぞ」とタリアが言い突然体が熱くなる。

 私が急な変化に驚いていると「集中だ」とタリアに注意された。

 私は私の中に流れる同じものを探る。

 でないと気分が悪くなる。


 …。

 …。

 …あった!


「そうだ。その感覚だ。いいぞ、筋がいい。私の流すとおりにやってみろ」


 タリアがそう言うと今までただ発せられていたにすぎない魔力が指向性を帯びる。

 私はこれに倣うように己の魔力を流していく。

 …これは血と同じようなものだ。

 血管を流れ臓器に行き渡る。

 そして筋肉に行き渡る。

 その流れを想像し同様に這わせていく。

 体に力が漲る。

 今までに感じた事のない充足感と全能感。


 私はこの世で一番強い存在なのではないかと錯覚―


 この気持ちは危険だ!!

 あの存在と同じになってしまう!!

 私を無理矢理に―


 そう連想したところで突如途切れる。

 私は一体何をしていたのかがわからなくなる。

 …とりあえず魔力を閉じようか。


「タリア先生。その…、一旦止めてもいい?」

「ほう…、飲まれなかったか」


 タリアが魔力を流すのを止める。

 私も同様に動かすのを止めた。


 タリアによると初めて魔力を認識した時その力から暴走する者が多いらしい。

 それを抑制するための隔離であり最初の指導であるとの事。

 過去には魔力に目覚めたばかりの子がまだ不活性の子を殺めてしまった事があったそうだ。

 そうでなくとも制御できずに周りに被害を。

 自身を傷つけてしまう事があるらしい。


 そのために指導官または親からの訓練を受けなければならない。


「アイシャ君は心の制御も出来ているな。ナナはともかくな、…ルルはひどかったぞ」

「ちょっと!?タリア先生!?アイに言わないでよ!!」

「…自業自得…」

「言ったわね!ナナ!!」


 ぼそっと余計な一言を言ったナナにルルが掴みかかる。

 すぐさま側にいたシルビアに止められたが。

 どうやらルルはその猪突猛進的な性格が災いしたらしい。


 なにはともあれルルとナナに何ともなくてよかった。

 ルルとナナの傷付く姿など見れば私は卒倒してしまうよ。

 ならばそんな事で争わないでほしいよね。


 私はその旨をルルとナナに伝える。

「だから喧嘩はやめてほしい」と。

 二人がまだ口で争うのを止めるのに参加する。

 そうすればルルとナナは心配されたのが嬉しいらしくすぐさま機嫌を直してくれた。


 私に配慮されるのが「嬉しい」か。

 そんなの知らなかったな。

 そしてそれに応えてくれる人達。


 …私も「嬉しい」よ。



 ――――――――――


 ルルとナナは型の履修に移行するようだ。

 私はタリアに「まずはゆっくりと魔力を全身に行き渡らせていけ」と言われ行う。

 ルルとナナ、タリアが流している魔力を見、模倣する。

 心臓を中心として頭部に四肢、内蔵各部に血流の如く意識して魔力を流す。

 またあの全能感が襲ってくるが先程のように飲まれはしない。


 一度経験した事でこの気持ちが錯覚だと気付いているためだ。


 そう、全部錯覚だ。

 押し流せ。

 これが「私」だ。

 過去に飲まれるな。

 今を生きるんだ。


 アイはアイなんだから。


 だからもう行く。

 今は思い出さないでほしい。

 ずっと眠っている。

 アイが受け入れられるようになったらでいい。

 少しずつ少しずつでいいから。


 頑張って、アイ。


 暖かさが私を包んでくれる。

 私はとても酷い事をしたのに私のために。

 私はどうしてそう考えるのかさえ忘れてしまったのに。


 …ありがとう。


 今の私はわからないけどありがとう。


 刹那に浮かび、また沈んだ。


「…妙にスムーズだな…。キッドマン家の者は魔力量、親和性共に優れている。とはいえそれは習熟の速度と関係ないはず、…だが。逆に大きすぎる魔力に振り回される事もある…」

「そうなの?ルルお姉様とナナお姉様、タリア先生の魔力を見て、真似ているだけだよ。皆の魔力の流れが綺麗だから、すごくやりやすいね」

「き、綺麗か…、その、…ありがとう。…は?魔力が綺麗?見えてる?」


 何故だか訝しげなタリアに私はそう言葉を返す。

 すると初め会った時と同様に凛々しい顔を崩した。

 ポカンと口を半開きにしていてアホっぽいな。

 綺麗な女性といえど可愛らしさよりアホらしさが勝つ。


 それが何だかおかしくて私はクスッと笑ってしまった。


 私は自然と笑えた。



 ――――――――――


 それよりも見える事が何かおかしいのだろうか?

 ここの私以外の皆は綺麗なオーラを纏っている。

 これが視認出来るのが普通なのでは?


「…アイシャ様。今私が流している魔力を見る事が出来ますか?」


 邪魔をしないように、今まで私の側から少し離れた場所にいたシルビアがそう言い近寄ってくる。

 初めは全体がポワッとしており判別つかなかった。

 が、近づくにつれその全容がわかってくる。

 右手少量、左足に多くの魔力を流している。

 なる程。

 強弱の違いも出せるのか。

 私は見たままをシルビアに告げ同様にやってみせる。

 シルビアは驚くと同時に喜色にその相貌を崩した。

 そしてシルビアが突然私に抱きついてくる。


 ちょっ!びっくりするよ!

 もー、そういうのは外でしないでよ。

 ちょっと恥ずかしいから、ね。


「すごいです!アイシャ様!!合っています!そのとおりです!!」

「…本当に「見えている」というのか…」


 その後タリアに何度か同じ事をされ全てに正答する。

 疑いようがないとわかると、何故こんなにも驚いたのか教えてくれた。

 その事実に私は驚いた。


 普通「魔力が目に見える」という事は無いらしい。


 対象に触れたりだとか修練を積み経験を重ねる事で感じ取れるようにはなる。

 が「見える」というのは聞いた事がないらしい。

「もしそれが出来れば相手に対して大きなアドバンテージを取れるだろう」と。


「歳をとった魔物、元々が強個体の魔物はその膂力だけが脅威なのではないのさ。最も恐ろしいのは魔力を隠しその存在を「隠蔽」してしまう事なんだ。いつの間にか近寄られ奇襲される。それに合い退却なんて珍しい事ではない」


 斥候にとって特に重要なのが魔物の痕跡を探る事らしい。

 それは足跡やマーキング行為に留まらない。

 魔物の「魔力痕跡」を探るらしい。

 これが不得手な者はただの戦闘職になるしかない。

 それ程に調査部隊にとっては重要な要素であり必須項目だという。


 しかし、魔力を隠蔽されると途端にこれの難度が上がる。

 通常、魔力は自然に体外へ極微量発散されている。

 斥候はこれを認識して魔物の接近や痕跡を探っている。

 だが、今まで発していた魔力を突如認識出来なくなる状態。

 魔物が魔力をその内側に隠すとまるで透明になったかのように錯覚してしまうそうだ。

 これに惑わされずに検知するのが斥候職の仕事の大半らしい。


「アイシャ君は私が隠蔽した魔力でさえ見抜いた。これでも調査隊の特別顧問なんだぞ。少し落ち込んだよ」


 冗談混じりの声だが、その真剣さはタリアの目が伝えてくる。

 どうやら本当にすごい事らしい。

 ルルとナナも「すごい!すごい!」と私の腕を掴み、ブンブンと振る。


 私は特別らしいぞ。

 うっふっふ。

 素直に嬉しいね。


「さて、そろそろいい時間だ。昼食をとろう。今日はアイシャ君の魔力覚醒があったために取れなかった。だが、明日からは朝練と朝食後から昼までの2部練となる。寝過ごすんじゃないぞ」

「うん。お疲れ様でした」

「バイバイ、タリア先生〜」

「ん。明日」


 タリアはそう言うと帰っていった。

 私は昼食は家族と取るしタリアはこれから領軍での仕事があるらしい。


「明日もよろしくお願いします」と別れを告げた。


 タリアとの訓練が楽しみだ。




 ――――――――――


「タリア先生!!もうすぐね!アイが一緒に参加出来るようになるの!!」

「ん。楽しみ」


 ルルとナナが鼻息荒く私に言う。

 彼女らは弟君にあたるアイシャ君の事になるといつも嬉しげだ。

 物静かなナナでさえ興奮気味になる。

 戦闘指南を始めた3年前からこの調子だ。

 いや、時が経つにつれひどくなっているか?


「天使」だの「世界の宝」だの若干鬱陶しいと感じてしまうのは黙っている。

 まあ、それ程弟が愛しいのだろう。

 主家の家族の仲が良好なのは喜ばしい事に違いない。

 キッドマン家では無いが、中央では身内での骨肉の争いなどよく聞く話だ。

 市井にまで聴こえる事もある程に悍ましい件に発展した時さえあった。

 血族で蹴落としあうなど考えられないな。


「それは、しみだな。まさか「男子」に教える事になるとはな」


 男性の魔力保持者は珍しい。

 戦闘訓練を行うとなれば尚更だ。

 我がロンド家の歴史でも数少ない。

 しかも魔法まで使えるという。


「さあ、お喋りはおしまいだ。今日は森の浅瀬に行くぞ。帰りは2日後だ」


 この時私はそう気楽に考えていた。



 ――――――――――


 おい!!聞いてないぞ!?

 こんなになんて!?聞いてないぞ!?

 …いや、ルルとナナは天使だと言っていたか…。


 まさにそのとおりだった。


 可愛すぎるだろう!?

 こんな可愛い生き物がこの世界に存在したのか!?

 これは…、姉バカになってしまうのもわかるな…。

 私も開けてはいけない扉を開き新たな癖に目覚めてしまいそうだ…。


「〜おかしいでしょうか?」

「ッ!?…いや、すまない。〜」


 アイシャ君の言葉にトリップしていた意識を取り戻す。


 …危ない、頭の中で授乳していた。

 それに抱きしめようと腕を広げていた。

 あと、そもそも私は乳が出ない。

 シルビアはこの天使と3年間常に生活を共にしていたのか…。

 よく正気を保て…。

 あの目は何かを悟っているな…。


 私も危ないかもしれないぞ。


 というかこの天使、じゃない、アイシャ君に戦闘訓練を施すのか?

 …それはどうなのだろう?

 いや、キッドマン家の人間として生まれたのだ。

 将来は「大森林ジュマに潜る」というのはわかっているのだが…。


 何かあるならば私が全てを叩き潰す。

 魔物だけでなく俗な考えを持つ「人間」も必ずだ。


 にしても…、あ、甘やかしたいな…。

 あ〜、キュンキュンする〜。

 これは堪んないぞ!!


 ロンド家に生まれて最高だ!!

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