6-魔力の活性化
「うむ。そろそろだな。少し怖いと思うが、安心しろ。母さんがついている」
ルリシャナがそう言いシルビアが「もちろん私もいますよ」と意気込む。
私は2歳の後半になり3歳まであと少しだ。
もうじき魔力の不活性期間が終わり体に巡り始める。
これには「やっとか」という思いで私はいっぱいだ。
正直この子供部屋に閉じ込められるのに辟易としていた。
これは私を嫌って行っているのではない。
むしろ守るために仕方のない行動というのはちゃんとわかっている。
しかしだ。
これが「外の世界を知らない子供」ならある程度は我慢が出来るのだろう。
だが、私は「前世の記憶を持っている」ためになんとも言い難い気持ちでいっぱいだった。
私を出さないためか部屋の中にはシルビアが常におり外には他にも気配がする。
最初はその事に恐怖した。
女が私の直ぐ側にいる。
しかも胸をはだけてそれを吸わせる。
何かが私を追い詰めていく。
だが、シルビアは違った。
私の事を大切に扱ってくれた。
この閉ざされた世界で私と一緒にいてくれた。
私が胸を見る事に抵抗があると感じると一時だが、止めてくれた。
まるで本当の「愛」であるかのように。
いつの間にか私はシルビアを…。
私は割り込んだ思考を放棄する。
なんとも窮屈だった。
よくあの元気いっぱいのルルが耐えられたものだ。
シルビアは私のストレスが伝わったのかもしれない。
授乳期間が終わりなんとか封印できたはずの授乳プレイを再開した。
「おっぱいを吸いますか?」とシルビアに自然に振られ私は思わず「うん」と返してしまった。
これが一時の真相だ。
…私も男の子という事だろう。
そういう事にしておこう。
それに行為の最中シルビアもとてもだらしのない顔をしている。
性的な事をシルビアは押し付けるのではない。
私の拒否の反応でそれ程の喜びを抱くのに我慢してくれた。
シルビアなら信じられるかもしれない。
…とりあえずWin-Winの関係らしい。
――――――――――
体がポカポカとする。
まるでちょうどいい温度のお風呂に入っている具合に気持ちがいい。
さもすれば力が漲り軽い全能感さえ覚える。
この感覚はなんだろうか?
もしやこれは…。
「おめでとうございます!ご主人様!!魔力が活性化いたしました!!」
目覚めた瞬間にシルビアが抱きついて来、大声でそう告げる。
どうやらそういう事らしい。
なんともまあ不思議な感覚だ。
昨日までは何もなかったはずなのに確かにそれを感じる。
言葉では表現しがたいものが私の体の中にある。
これが魔力というものか。
「すごいですよ!活性化時点でこれ程大きいなんて!!流石私のご主人様です!!」
「そうなんだ。ありがとう、シルビア」
シルビアと二人でキャイキャイと喜ぶ。
その後知らせを受けた家族が全員やって来、皆が口々に「おめでとう」と言ってくれる。
なんだか私は照れくさく、はにかみながら「ありがとう」と返せばシルビアを含め全員がノックアウトした。
私はこの頃から真に皆を…。
けれども私は弱いんだ。
…でも進んでみたいんだ。
――――――――――
「今日から家族全員で食事がとれる!なんとも喜ばしい日だ!!」
「本当ね!お母様!!アイと一緒に食事が出来てとっても嬉しいわ!!」
「ん!最高!!」
「ははは。ルルとナナはいつも「アイと一緒ならもっとおいしい」と言ってたからね」
なんとも賑やかな朝食だ。
…前世では余り経験出来なかったな…。
父と母の記憶はうろ覚えだし祖父母とのものは思い出すと悲しくて仕方がなかった。
前世の家族を忘れた訳ではないが、やっと本当の家族を持てた気がする。
本当に思い出せなくなった。
あれ程強固にしたのに。
そんなものはもう必要ないと…。
ん?…いや、いいか。
私は「ありがとうございます、ゼリミアナ」と心の内で感謝する。
そして私の愛しい家族との会話に花を咲かせた。
だが、寂しい事もある。
領主一家の席には流石にシルビアは同席出来ない。
シルビアも顔には出さないが「寂しい」というオーラを発している。
シルビアは今給仕に勤しんでいる。
今までは私と一緒に取っていたのだからそれは寂しいだろう。
これは後でシルビアのフォローをせねばなるまい。
私はシルビアがいないと「寂しい」と感じられる。
私の一部のように。
――――――――――
「さて。今までは「部屋の外には出れないのに変に興味を持たせるのはいけない」と情報を絞っていた。しかしそれも今日から解禁だ。気になる事は何でも聞いてくれ、アイ」
「お姉ちゃんもね!何でも教えてあげる!!アイ!!」
「私も。教える」
ルリシャナが優しげに言う。
ルルが食い気味にナナは静かだが、声の調子は力強い。
ルーズベルトはその光景に目を細め笑みを浮かべている。
涙がこぼれそうになる。
ほしかった、ずっと。
本当の…。
私はそれをぐっと堪えて質問をした。
私は臆病で疑り深い。
裏切られたくない。
もしそれが偽物だったら。
私は2回目なんて…、もう。
――――――――――
アーカイト王国最南端キッドマン辺境伯領。
キッドマン辺境伯領は「大森林ジュマ」と南で接しており人類と魔物との「勢力圏争い」の最前線である。
王国建国以来から南進し続け広大な領地を持つ大貴族だ。
大森林を切り開いて得た土地は全体として温暖な気候であり四季がある。
中央に王国の中心へと向かう大運河。
東に鉱山地帯を西には港湾があり海と接している。
かつての未開地領域は栄養に富んで肥沃し大穀倉地帯を築いている。
我が領民のみならず王国の腹を少なからずも支えている。
大運河と海を利用した運搬業も手広く展開してあり人と物の移動が盛んだ。
また、林業も営んでおり紙の一大生産地でもある。
これによる領民の識字率も高い。
教育に対する奨励を出しており優秀な文官を多数抱えているらしい。
何よりも重要なのが大森林ジュマの魔物素材と薬草類である。
これらは未開地領域に満ちる潤沢な魔力を受けている。
そのため非常に高価であり我が領地の最大産業となっている。
この大森林ジュマの魔物との戦闘で領軍は精強であり王国随一の練度を誇っているとの事。
「簡単に言うとだな「王国の金を握っている」訳だな。我がキッドマン辺境伯領は」
ルリシャナがそう笑いうそぶく。
茶化しているように聞こえるが、まさにそのとおりだろう。
農業、林業、鉱業、漁業、運搬業、魔物素材や薬草類。
全てを網羅しており幾つかは国内最大だという。
何よりも人の流れを掴んでるのが大きい。
大運河と海により一度で大量の移動が可能となっている。
そして各町主要街道での関税を撤廃しているらしい。
なくす事で人をさらに呼び込む事に成功している。
逆にさらなる利益を上げているそうだ。
また、キッドマン家は実質剛健である。
得た莫大な金銭を魔物の侵攻から守る軍備と各街町村の警備へ。
また、領民の生活水準向上のための施策にまわしている。
領主自体も給料制を敷いており不透明な金の流れがないよう監視もしているという。
「人こそが我が領の生命線であり力だからな。これを滞らせるなど愚の骨頂でしかない。本当に終わってしまうんだよ。この領が」
それは魔物との戦闘行為が「日常」だからこその考えだろう。
聞けば「腐っている貴族」も多いとは言わないが、いると言う。
若干濁された事から本当はもっと多いのだと思う。
人の欲望に限りがないのは前世と変わらないみたいだ。
むしろ私の家族の方が貴重だろう。
ルリシャナは英気に満ちている。
ルーズベルトはその優しげな瞳の奥に確かな力強さを持っている。
ルルとナナも両親の教育の成果か粗暴なところなど一切見えない。
上がこれならば下も当然だろう。
わかってはいた事だが、とても素晴らしい家族に出会えたようだ。
なら、私も信じても…。
だが、怖くて堪らないんだ。
だけど…、それでも…。
――――――――――
「キッドマン領についてはある程度わかったよ。他に気になったのが…」
この屋敷は本当に大きい。
今まで過ごした私の部屋は学校の教室程度の広さだ。
部屋に備え付けのドアの向こうに簡易キッチンに風呂。
そしてトイレがありシルビアの部屋さえもあった。
となればそれ相応に建物自体も大きい。
現在家族と談笑している食堂に至るまでの道も長かった。
そしてここに来るまでに多くの人を見た。
何とその全てが「女性」であったのだ。
別にメイドというなら不思議でない。
そのような役割と思われる人もいた。
スカートではなくパンツスタイルの執事ルックだったが。
ただ、要所要所で見た警備兵も全員女性だったのだ。
一体男性は何処へ?
これは安心出来るのか?
女が多過ぎる…。
「ん?それがどうかしたの?アイ?お姉ちゃんも、女の子よ?」
「私も。もちろん女の子。見る?アイならいいよ」
「ルル、ナナ。アイが言いたいのはそういう事ではないようだよ。「何故僕達と同じ男性が見当たらないのか?」という事だよね?」
コクリと了承の意を示せば「それは簡単な事だよ」とルーズベルトは返す。
「男性は魔力がほとんどない人が多いからさ」
…ん…?…どういう事だ?
それは地獄なのでは?
昔の…。
まだ、駄目だよ。
誰かが耳元で囁いた。
――――――――――
この世界には魔力があり空気と同じように流れている。
魔力は生物、無生物問わずに流れている。
しかし例外がある。
生物における性差において男性のほとんどに魔力が極微量しかないのだ。
それがこの世界にとっての普通である。
そのために男性の就職先のほとんどが清掃員に受付員、事務員、文官等魔力を必要でない職業となるらしい。
男性の母数の内100人に1人が身体強化が使える。
そして500人に1人が生活魔法を使える。
魔法に関しては1000人に1人という程度しかいない。
女性に関してはまず身体強化を全員使える。
血統を精査してきた貴族が大部分を締めて生活魔法は10人に1人。
そして魔法は100人に1人の割合だ。
男性も女性も血統による魔力の遺伝を強く受ける。
だが、男性は「遺伝はしているが、それが本人の能力として反映されずに埋没してしまう」という形だそうだ。
「僕やアイのように身体強化をこなせる程の魔力を持つ男性はとっても少ないんだ。魔力の有無がわかるようになった頃はアイの魔力の多さにびっくりしたんだよ。まさか親子で魔法使いなんてね」
ルーズベルトがにこやかに笑いルリシャナが「そうだったな」と頷く。
ルルとナナは「へー」と余り感心がなさそうに私の両側から抱きついている。
ここを定位置にしたらしい。
ちょっと暑いかな。
…うん、外的な暑さだけだ。
…でも、心地いいかもね。
魔力を持ちそれを使って肉体の強化をするのが当たり前なのだ。
単純な力仕事をこなせない男性はその職種にはつけないらしい。
それは他にも電波しているのだろう。
恐らくこの世界は「女尊男卑」であろう。
前世での男女の関係性がひっくり返っていると思われる。
魔物との命の奪い合いがあるのだ。
その差はさらに大きいだろう。
こんな世界なのだ。
これは私に魔力を与えてくれたゼリミアナに、感謝しないといけないな。
でなければまた奪われ支配されていた。
暑い、暑い、暑い。
「アイ、まだまだ聞きたい事は多いだろう。だが、それはまた昼食の席でしようか」
「そうだね。もうすぐナタリアが来る頃かな」
「あ!準備しないと!!アイ!行くよ!!」
「ん。アイも一緒」
ルリシャナとルーズベルトの言葉に弾かれるようにする。
ルルとナナが私の腕を掴みどこかに連れて行こうとする。
突然の動きに私の脳内は乱れた。
それに私は一安心する。
よかった、私は助けられたよ。
ありがとう、ルル、ナナ。
…何に対してのありがとう?
「ま、待って。一体何なの?」
私がそう問えばルリシャナが笑って答えた。
「魔力が活性化したんだ。もちろん戦闘訓練だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます