5-初狩りと魔法

 離乳食の次期がやってきた。


 まだ授乳は受けているが、平行して進めていくらしい。

 首が座りだしたらやるのだとか。

「何を食べるのだろうか?」と私は少しワクワクしていた。


 ほぼ形がなくなるまで煮込まれた野菜がゆが出てきた。


 …ほう…。

 …こ、これを食べるのか…。


 たしか「離乳食は超薄味だ」とか「素材そのままだ」と聞く。

 これが正しい形なのだろうが、なんとも味気ない。

 しかしながら、私には拒否権がないので食べるしかない。

 それに早いとこちゃんとした食事を食べられるようにならなければ。


 シルビアの授乳プレイが終わらない。


 あんなものは終わらせなければならない。


 …でもシルビアは嬉しそうなんだよな。

 シルビアが喜んでくれるなら…。


 …迷うような事じゃないだろう。

 常識的に考えて私は精神は大人なのだ。

 体を利用して搾取するマネは出来ない!

 …それだけだ。


「ほら、アイ。あ〜ん」


 人肌まで冷ましたそれを一匙掬い上げルリシャナが私に差し出す。

 気は進まないが、食べるしかない。

 私は意を決して咥え舌の上で転がし、潰し嚥下する。


 …おや、案外悪くないぞ。

 中世の食事は現代に比べ酷く雑だと思っていたが、そんな事はなかったみたいだね。


 まず食材がよいのだろう。

 この部屋やルリシャナらの衣服からわかるようにキッドマン家は裕福であろう。

 ついで調理人の腕もいいとみた。

 丁寧に裏ごしされており口触りがよい。

 素材の甘みも強く感じられ十分に満足出来る。

 流石貴族階級というものか。


 もっともっとと私がねだれば「そうかおいしいか」と嬉しそうにルリシャナは運んでくれる。

 米と玉ねぎ、人参の甘みが出ておりとてもおいしい。

 次がどんどん欲しくなる。


 ふむ、離乳食もなかなかいいではないかね。

 くるしゅうないぞ。

 …ん?米?玉ねぎ?人参?


 え?この世界にあるの?



――――――――――


 時にはシルビア、ルル、ナナ、ルーズベルトからも食事の手伝いをしてもらう。

 といっても「あちら側からやらせてほしい!」とねだるほどだが。


 にしてもこの世界の食物はどうやら地球のものと似ているようだ。

 今まで食べてきたもののほとんどが記憶にあるものと一致する。

 よく潰されているために全容はわからないのだが、色味も似て見える。

 なんとも不思議だ。

 いや、科学技術が魔法技術に置き換わったと考えれば似た姿形で思考、生活様式もほぼ同等なのだ。

 食物だって同様でもおかしくないのか。


 そう独り言ちている私は今シルビアからの授乳プレイを受けていた。


 早く成長せねばなるまい。


 気分が悪い。


 …そのはずだ。



 ――――――――――


 私は1歳になった。

 そんな私の今現在最も格闘している事。

 立ち上がり自らの足で歩く事だ。

 私は早く歩けるようになりたい。

 なりたい理由がある。


 それは一人でトイレに行けるようになるためだ。


 現状私の粗相は全てオシメに回収されシルビアらに拭かれるというサイクルとなっている。

 これはとても恥ずかしい。

 大人としての思考回路を持つ私に取っては非常に辛い。

 特に「おちんちん、可愛い♪」とニギニギするのは勘弁願いたい。

 私が拒否しても「綺麗にしないと駄目だから」と実行されてしまう。

 それこそ謎原理の生活魔法クリーンの出番ではないかと思うのだ。

 思うのだが、やってくれる人らが使いたがらない。

 触れ合いたいのだそうだ。

 拭き終わった後には使ってくれるのに。


 不愉快でしかない。


 …そうなのだが…。


 同時にこそばゆさも感じる。



 ――――――――――


「それでね!飛び出してきたグリーンウルフをお姉ちゃんがバッ!って斬ったの!!一撃で仕留めたのよ!!」

「私も。ザクッてしたよ」


 そう身振り手振りでルルとナナが伝えてくれる。


 この世界には「初狩りの儀」というものがあるらしい。


 キッドマン家に連なる者達はだいたい5〜7歳程でこの行事を行うそうだ。

 内容としては魔物を一体自身の力のみで倒すというもの。


 この事を聞いた時私は大変に焦った。


 地球の獣でさえ大人が怪我や死ぬ事があるのだ。

 ましてやここは魔力がある世界。

 人に魔力があるように魔物にも魔力がある。

 その膂力はこの世界にもいる魔力を持たない普通の獣と比べ桁外れだという。


 ルルとナナが死んでしまう!!

 私の!私の!!

 大切!!な…。


 …なんだ?


 とにかく私はたいそう狼狽した。

 そんな私に対し自身を心配してくれる事にニヤニヤするルルとナナ。

「お姉ちゃんは強いから」「ん。楽勝」「ベテランの人達が着いてきてくれる」「…可愛いアイ」と私に言葉を掛けてくる。

 最終的に「私も経験しましたから問題ありませんよ」と言うシルビアに「ルルとナナを守って」とお願いする事でなんとか納得した。

 シルビアは隠しきれないニヤケヅラで了承してくれたのだ。

 

 こういう事は不思議と慣れていた。

 過去にやっていたのか?

 それは引くな。

 そんな自分は死んでしまえ。


 …私は逆行から現在へと帰還する。


「凄い!強いんだね!!」と私が言えばルルとナナの舌は脂が乗ったかのように滑らかになる。

「この時はあーで、そうなった時はこーで」と饒舌に話し出す。

 普段物静かなナナでさえ興奮気味に話す始末だ。


 ほんに、愛しくて仕方がない。

 乗せられているなど思いもしないのだろうな。 

 おバカな子程可愛いという事か。


 吐き気がした。


 そう思ってしまった自分に。


 こんなにも愛しいルルとナナに何て事を私は…。


 …愛しい…。


「それでね!倒した魔物を解体して食べたの!!すっっごく!おいしくて!!それで!体から力がいっっぱい!湧いてくるんだよ!!」


「すっっごく!」と「いっっぱい!」のところで、全身で伸びをするようにルルが答える。

 可愛らしくなんともいじらしい光景だ。


「おいしかった。アイもね。初狩りが終わったら、食べられる。まだ我慢」


 ルルに続けと言わんばかりにナナが私にそう告げる。

 こちらも素敵な事だ。


 …だというのに私は計算しているのか。


 気持ちが悪い。

 どうして私はそんな…。


 ルルとナナなら信じても…。


 キッドマン家というか多くの家では子どもは3歳まで子ども部屋だ。

 もしくは家のみで行動を束縛される。


 それは「魔力の不活性状態」が原因だ。


 そして不活性状態からある程度魔力が馴染むまでの期間魔力を多分に含んだ食べ物は毒であるという。

 それを探るためにも初狩りが目安となっているとの事。


 魔力がない存在というのはこの世界ではとても脆弱らしい。

 魔法があり魔物がいる。

 そんな世界においてそれは両腕を縛られている状態とほぼ同等との事だ。

 活性化され始めるのは3歳前後でありその頃から屋敷内だけだが、出歩く事が許可される。

 特に暗殺の危険性がある貴族は厳格にこのルールとも言える伝統を守るらしい。


 私が生まれてからルルとナナに出会うまで4ヶ月の期間があり「あの頃は早くアイに会いたかった」「ん。寂しかった」とルルとナナが言う。


 …私もルルとナナに早く会い心の隙間を埋めてほしかった。

 埋めたはずなのに溢れてくるのだ。


 違う!単純にルルとナナに会いたかっただけだ!!

 こんなにも大好…き、な…。

 私は…、…愛してる…。


 混ざる思考に私は頭を振った。


「今は窮屈だろうけどあと一年の辛抱だから。そうすればアイもルルやナナと一緒に外に行けるようになるよ」

「私も!早くアイと魔物を狩りに行きたい!!」

「大丈夫。アイは私が守る」


 ルーズベルトが言いそれにルルとナナが続く。

 狩りに行けるのは少なくとも5歳からだが、訓練は受けられるだろう。

 まだ先の事なのだが、楽しみに待っておこう。


「うん。私もルルお姉様とナナお姉様と一緒にしたい」


 私がそう言えば嬉しそうに体をくねらせるルルとナナだった。


 そうまで単純だと私のようになるぞ。

 だから自己防衛をしないと。

 この調子では私が守らないといけないな。

 ルルもナナもとても可愛いか、ら…。


 私のように?

 私が守る?


 確かに…、…可愛い…、よな。


 それは、そうだ、当たり前だから。



 ――――――――――


「お父様。アイにあの事を教えてもいい?」

「私も。アイに見せたい」


 問われたルーズベルトは少し悩んだ様子だ。

 そしてシルビアに目を向け「大丈夫だと思われます」と返されると「いいよ」とルルとナナに答える。

「はてさて、一体なんのことだろうか?」と思えば「「ライト」」と二人は小さく唱えた。

 私は「まさか」と思いルルとナナに目を向ける。


 小さな手のひらには光球がそれぞれ浮かんでいた。


 私はそれにどうしようもなく焦った。


 熱中する何かがあれば「捨てられる」と思ったからだ。


 そんなのは嫌だ!!

 ルルとナナの傍にずっといたい!!

 こんなにも!私は愛して!!…。

 …ルルとナナから愛されたくて…。


 どうしたのだろうか。


「えへへ。初狩りが終わった後神殿に行ってね。生活魔法を神様に授けて貰ったの!」

「まだ先の事。だけどこれを起点にして他の系統の魔法も覚えていく。強くなったお姉ちゃんをどんどんアイに見せていく。これは必然」


「えへん!」と胸を張るルルと「任せて」とキリッとした顔を浮かべるナナ。

 ナナがすごく喋っている事実にやや驚く私だ。

「それもアイが外に出れるようになってからね。ここではあんまりやってはいけないよ」と注意するルーズベルト。


 初狩りを修了すると神殿に行く。

 そこで神様に祈りを捧げる事で魔法の核となるものを授かるらしい。


 しかし「誰もが得られるものではない」との事。


 まず身体強化が使える事。

 これが第一段階となる。

 魔法を使うためには魔力の「拡張」と「親和性」が必要だ。

 拡張はほとんどの人が出来ても親和性は先天的であるらしい。

 そして親和性の度合によって生活魔法を。

 次に魔法が使えるかどうかが決まる。

 魔法は属性魔法の事であり生活魔法とは明確に区別されているらしい。


 パソコンに例えると拡張が「メモリー」親和性が「CPU」に近いだろうか?

 機械とは違い親和性のチップを取り替える事などは出来ない。

 そして拡張メモリーにも搭載できるユニット数があるという。

 これらは遺伝性が高く血統的に精査してきた貴族は大概魔法を行使出来るらしい。

 過去にシルビアが「勉強しましょう」と言ったのは私にも使える事がわかっていたからだそうだ。

 生後半年行かない程度で判別出来、私は問題ないとの事。


 楽しみだな。


 やった!!

 捨てられずにすんだ!!

 価値を出さなければ!!


 愛し続けてもらえるように!!


 これ程のものが無償などあり得ない!!


 …でももし、もしも本当に何の対価もなく…。


 そんな事はないさ。

 だったら何故?

 何故―


 …はぁ、はぁ…、はぁ。


 二人が帰った後「私も頑張ったんですよ」と少しいじけたシルビアを慰めるのに苦労した。

 最終的に授乳プレイをする事で許してくれた。

 2歳となった今でもやっている。

「このままなし崩し的に続かないよな?」と気になるこの頃だ。


 感覚が麻痺してきた。


 この行為に幸せを…。

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