4-家族がそろう

 シルビアの授乳プレイが終わる。

 ついでドアの向こうのルリシャナが帰る。

 そして私のお腹が満たされた。

 満足感からか一度眠り目覚めた頃だろうか。

 おそらく昼を少し過ぎた頃だと思われる。

 扉の向こうからドタドタと廊下を走る音が聞こえた。

 彼女らがやってきたらしい。



「「アイ!!」」



 ドンッ!!とドアを勢いよく開き元気な幼い声が響いた。


「あ〜!可愛い!可愛くてたまんない!!私達の天使よ!!」

「ん。まさにそのとおり」


 そう言って私の顔を覗き込んでくるのは二人の童女だ。

 彼女らは今生の私の姉達である。


 ルル・リーベル・フォン・キッドマン


 ナナ・リーベル・フォン・キッドマン


 ルルとナナは一卵性双生児だ。

 顔つきのベースは母であるルリシャナにそっくりだ。

 将来は美女となるだろう事が約束されている。

 見た目はほぼ瓜二つで髪の毛も双方腰まで伸ばしている。

 後ろ姿からはどちらがどちらなのか判別がつかない。

 しかしながら、正面からや話し声からは容易に判断する事が出来る。

 まだ、その精神性はかなりの違いがあった。


 ルルはまさに天真爛漫。

 声はいつも元気がよい。

 ややツリ目気味の瞳を大きく開いて私を見つめてくれる。

 口元は笑みを形作り常に笑顔をたたえている。

 身振り手振りも大きくやや落ち着きがないか。


 対してナナは落ち着いた雰囲気だ。

 口数はそれ程多くはなく静かに話を聞いている事が多い。

 目元は優しげに細められ口は緩く弧を描いている。

 私の小さな手を両手で包み込んで横にいる事がほとんどだ。


 総じてルルが話の大元を語りナナが相槌や細かい部分を話すのが二人のスタイルだ。

 私はもう既にルルとナナが大好きになっていた。


 これこそが「愛」なのだから。


 私が前世を捨て去る事に戸惑わなかった欲望などとは決して違う!!

 見ろ!獣共!!

 汝の愚かさを知れってか!!


 私の爆発は寸瞬後には消えてなくなった。


 何も感じないのが「本当の過去」だからだ。



「二人とも、入るときに余り大きな声を出しちゃいけないよ。アイが寝ていたら起こしてしまうだろう」



 ルルとナナが開け放ったドアを静かに閉めながらもう一人の人物が現れた。

 私の今生の父だ。


 ルーズベルト・リーベル・フォン・キッドマン


 ルーズベルトはまさに王子様然とした人だ。

 さらりとした銀糸の髪は男性にしては長く、太陽のような瞳で甘いマスクの童顔。

 北欧系なのか肌は白く線は細い。

 ともすれば女性に見えなくもない中性的な見た目だ。

 化粧を施しドレスでも着ればまさにそうだろう。

 これは社交界で名をはせたに違いない。


 悲しいかな、前世の私の外見的特長によく似ている。

 その造形ではない。


 性としてのものだ。


 だからなんだといったところか。

 過去に思いを馳せる事程無駄なものはない。

 だから忘れるんだ。


 何でかは知れないが、それがいいとは知っている。


 ルーズベルトは優しい声音でルルとナナに伝え二人は「はーい!」「ごめんなさい」と返す。

 これで家族が全員揃った事になる。


 さあ、私を愛してくれ。

 それにふさわしい対価は払うから。


 …お願いだ。



 ――――――――――


 ルリシャナはこの時間仕事があるらしく大抵この三人でやって来る。

 ルルが語りナナが相槌をうつ。

 ルーズベルトは「弟の事が大好きだ!」と全身で表現する二人の事を優しく見つめながら私の頭を撫でた。


 ルルは「今朝あった事」「これが好き、あれが嫌い」などと子ども特有に話しに纏まりがない。

 あちらこちらに飛び終着点のない話をする。

 ナナは「それはこうだった、あれはそう」などと度々飛ぶ話の補助をする。

「毎日来ているのによく話が尽きないものだ」と私は感心してしまう。

 私が寝ている事が多いので記憶にない事がほとんどなのだが、朝や夕方にも来ているらしい。

 たどたどしい喋り方で私にこの部屋の外の世界の話をしてくれる。


 胸の内に暖かな思いが湧いてくる。

 幸せで堪らない。

 夢ではないのかと思う時もある。

 酔っ払って眠りについた泡沫の夢ではないかと。


 違う。


 確かにここにある。

 この温もりはここにある。

 私はたしかにここにいる。

 あれは捨て去ったのだ。

 あんな悪夢は脱ぎ捨て甘い夢に旅立ったのだ。


 …のがしてなるものかよ。


「あ!アイが笑った!!」

「ん」

「ふふ。そうだねぇ」


 ありがとうございます、ゼリミアナ。

 私は今生きています。


 夢の中でね。



 ――――――――――


「今日からね!剣の練習を始めたの!!」


 ルルが元気よくそう言い放った。


 …ふぁ!剣!?


 いやはやまさに中世的だと感じられずにはいられない。

 私が今感じられる世界はこの子供部屋だけだ。

 正直いって今の情報では「外国だな〜」程度しか得られていなかった。

 それがここにきて剣ときた。

 前世では考えられないだろう超至近距離戦闘を行うなど。

 現代の戦闘では近距離でも200m台だったろうか?

 もちろん銃撃戦だ。

 それが剣とは時代を感じさせられる。


 …というより一旦待て。


 ルルとナナはまだ3歳ではなかったか?

 そんな子どもに剣を持たせるのか?

 …いや、剣道の練習でもその頃からやらせることもあるだろう。

 いけないな中世の甲冑戦の印象が強くて真剣で切り合うと想像してしまった。

 木刀などで素振りをしたという事だろうな。


 そうなのだろう?

 ほら、教えてくださいな。


「刃引きした鉄剣でね!素振りをしたあと先生と打ち合いをしたの!」


 …。

 …うん、確かにファンタジーだった。


 え!?

 怪我をしたらどうするの!?

 こんな可愛いルルとナナが下手をすればズンバラリンとされるって事でしょ!?

 駄目だ!駄目だ!!


 これは私のものだ!!


 っ!?…違う、そう言いたいのでない。

 私はルルとナナを純粋に心配しているのだ。


「だぁー!だだっ!!」


 私は「危ないでしょ!今すぐ止めなさい!!」と必死に伝える。

 ルルとナナが怪我なんかしたらショックで私は生きていけない!!

 今すぐその先生とやらを連れてきなさい!!


 そんな事をする奴は私が殺してやるから!!


 …違う。


「あら〜。アイもやりたいの?でも駄目よ?もう少し大きくなったらね。一緒にしましょ」


 そうお姉さんらしくルルは注意し私に「めっ!」とする。


 …それは違う!そうじゃない!!


「…ルル。おそらくアイは危ない。私達を心配」


 ナナが「テレパシーでもあるのか!?」と言いたくなる程ドンピシャで私の考えを伝えてくれる。


 そう!そうだよ!!危ないよ!!

 私のがどこかに行っちゃう!!


 …そんな最低な事を私は思っていない。


 たが、ナナの言はルルには正確に伝わらなかったようだ。


「まあ!お姉ちゃんの事を心配してくれるの!?アイは本当にいい子ね!!もう!大好き!!」


 そう言いルルは私に抱きついてきた。


 ちょっと待って、く、苦しい…。


 今の私は赤子だ。

 3歳の子どもとは大きく肉体に差がある。

 さらに外国人特有の成長速度の早さも相まっている。


 無邪気な子供が虫を叩き潰す図だ。


「こらルル。アイが苦しんでいるよ。離れなさい」

「…え?ああ!?ごめんなさい!アイ!!」


 ルーズベルトが言えば直ぐに離れてくれた。


 …ふう、助かったよ。

 うん、助かったからナナはルルを叩かないであげてほしいな。

 ペチンペチンでも何度もすれば痛いよ。


 痛みを、何故か私はよく知っているからさ。


 暫くの間ナナがルルを叩く音とルルが私に謝る声が続いた。



 ――――――――――


「でも大丈夫よ!お姉ちゃんは強いし怪我したって魔法薬に回復魔法もあるんだから!」


 な!?魔法!?


 ゼリミアナに「魔法の世界だ」と聞いてはいたが、実際にこの世界の人間から言われるとまた違う。

 それが家族ならなおさらだ。


 見たい!見てみたい!!


「だぅ!だーう!」

「んー?なーに?お姉ちゃんと遊びたいの?いいわよ〜」

「ずるい。私も」


 そう言ってルルとナナは興奮して伸ばしていた私の手を両側から優しく掴む。

 そしてゆらゆらと揺らす。

 ルーズベルトはそれを目を細めて眺めている。


 …チギャウ…、…チギャウ…。


 時間が来たのかルル、ナナ、ルーズベルトは帰っていった。

 入れ替わりにルリシャナがやって来、乳を与えて去っていく。

 ついでにシルビアが出ない乳をくれる。

 お腹がいっぱいになると私は眠たくなり抵抗を許さぬまま眠りに落ちた。

 そんな私を優しくシルビアが見守ってくれる。

 授乳プレイさえなければシルビアはいい子なんだが。


 そこだけが気持ちが悪い。


 …そう思う部分と暖かさを覚える部分がある。

 私はどうしたのだろうか…。

 シルビア、あなたは私にとって…。


 結局、魔法は見れないままだ。

 何度かルルとナナに伝えたのだが、どうやらテレパシーはないらしい。

 口惜しいが仕方がない。

 成長を待つとしよう。


 …ん?あれ何?

 中世にライトってあるのかな?


 しかもここは科学技術の発展がなく魔法文明の世界のはずだ。

 しかし、天井にあるあれは間違いなく光の玉だ。


 …これが魔法か!!


 拍子抜けしてしまった。

 なんだ、私は生まれた直後から見ていたのか。


 はぁ〜。


「だぅ〜」

「ご主人様?照明魔法具が気になるのでしょうか?」


 シルビアが問いかけてくる。

 私はじーっとアレを見つめていたらしい。

「そうなんですよ〜」よろしく「だぅ〜」ともう一声出せば「でしたら」とシルビアが手のひらをこちらに向けてくる。


「ライト」


 そうシルビアが呟くと手のひらに優しい光源が生み出される。


 これが魔法か…。


 なんとも不思議な世界に来たものだ。

 確かにこれがあれば科学技術が発展しないのはわかる。

 恐らく、その他にもあるのだろう。

 魔法具とやらも存在し電子機器の代わりをしているのだと思われる。


「これは生活魔法と言いまして他に火付けを行う「ファイア」飲料水を生み出す「ウォーター」小さな風を生み出す「ウィンド」体を清潔にする「クリーン」がありますよ」


 そうなのですか。

 勉強になりました。

 ありがとうございます。


 私が粗相をした際、なぜだか妙に全身がさっぱりとしていた。

 それはクリーンをかけてくれていたからだろうか。

「おかしい」と思っていたが、赤子とはそんなものなのかと考えていたから私は気付けなかった。


 赤子の頃の記憶などない。

 その他の記憶も曖昧だ。

 いや、確かにある。

 辛いが、確かな形である。

 それが「本物」で「偽物」はない。


 だから現実に集中しろ。


「ご主人様も大きくなりましたらお勉強しましょう」


 どうやら私にも使える可能性があるらしい。

 なんとも楽しみだ。


 シルビアが教えてくれるのだろうか…。


 シルビアに教えてもらいたいな…。

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