第49話 新たな世界をあなたと
「あ、目ぇ覚めたのにゃ?」
「リリさん……」
人間王国ソピアと、獣人王国リュコスの国境に作られた野戦病院(といってもはばかられるぐらい、簡素なテント村だ)の簡易ベッドの上に、アクイラはいた。
獣人騎士団をソピアへ送り届けたあと、リュコスにも魔獣が湧いているのを見て取って返し、必死で上空から獣人騎士団を導き続けた。
魔獣の数や戦力を把握して、上空からあちらへ逃げろ! こちらからせん滅を! と叫び続けた彼の喉は潰れ、翼もしばらくは飛べないほどだ。
獣人たちがなんとか踏ん張ることができた、影の功労者はアクイラなのだが――
「すみませんでした」
「なにがにゃ?」
「自分、役立たずで……」
ついに力尽きて、木の枝にぶらりと引っ掛かっていたのを収容された彼は、自身の功績に実感がないらしい。
どうにか元気づけてやってくれないか、とリリが呼ばれたのだ。
「新人のくせに役に立ちたかったとか、生意気にゃね~」
リリは、ベッドに横になっている彼のおでこを、ビシッと指で
「いだっ!?」
「入団して一年で、戦場から逃げなかったにゃ」
「……」
「あたいは、何回か脱走したにゃよ」
「え!?」
アクイラは、驚きで飛び起きた。
特攻隊長が脱走!? と、にわかに信じられないことを言われたからだ。
「だから、アクイラはすごいにゃね~」
だがリリはなんでもないかのように、今度はよしよしと頭を撫でる。
「リリさんから見て、自分は……すごかった?」
「えらいにゃ!」
「ほんと、ですか」
「あたいが嘘つくわけないにゃよ」
「ふぐ……」
「辛かったにゃね。ひとりで、空で頑張ったにゃね」
「みんな……倒れてくのに……自分は、自分はっ」
安易に助けに行かず、指示を出し続けることの辛さは、リリにもよくわかった。
助けに行く方が気持ちは楽だが、戦況は厳しくなる。時には見捨てることも、残酷だが戦場でのセオリーだ。
「アクイラのこと、陛下が騎士団幹部にしたいって言ってたにゃよ」
「え!?」
「みんなが、そう言ってるて。冷静で的確で、何よりまじめだからだって。……背負ったらいいにゃん。あたいは、そうやって生きてる」
元奴隷のリリは、同じ境遇の仲間たちが目の前で命を落とすのを見ながらも、今まで生きてきた。
「あたいが、あんたらの分まで幸せになるにゃ! って」
「っ……」
「あーあ。空飛んでみたいのにゃ~元気になったら、連れてって欲しいにゃ」
アクイラは、涙を流しながら、頷いた。
「はい。ジャスさんに誤解されても良いなら、是非」
「にゃ!? なんでジャスが出てくるんにゃ」
「ふふ。リリさんって、人の気持ちは読むのに。自分の気持ちには鈍感なんですね」
「にゃにゃっ! 生意気にゃっ!」
ビシッ! と今度は肩をド派手に叩かれたアクイラが、「いったあっ!」とひと際高い悲鳴を上げると。
喉治ったかー、悲鳴も美声だなー! と、周囲の皆が大いに笑った。
◇ ◇ ◇
ソピアから戻ったバザンたちを、半郷で待っていた人たちは涙ながらに出迎えた。
黒豹の半獣人パンテラだけは、複雑な表情だったが――
「よかった。無事でよかった。黒豹族だけに責任を負わせるなんて!」
「俺たちだって、同罪だ」
と、人間のフリをしてソピアで暮らしていた仲間たちが涙ながらに訴え、これからは隠れず積極的に交流していく
「そうなると、やはりさらにフォーサイスに頼ることになるか……」
だがバザンは憂鬱そうな顔をしている。
「我らに返せるものが、あるだろうか」
豊富な水と土で作られた農作物が、今までの対価である。
食料の安定供給でなんとか成り立っていた取引だが、半獣人の強みや価値を前面に打ち出さないと、いくら庇護されていたとしてもまた差別の対象になる。
すると、エリンがあっけらかんと
「みんな、冒険者になっちゃえばいいよ」
と言う。
「は!?」
「ソピアだとね、冒険者って一応ちゃんとした地位なんだよ。半郷のみんな腕っぷし強いしさ。ランク上げちゃえば誰も文句言わないと思うよ?」
「そ……れはそうかもだが、非戦闘員は……」
「ワビーみたいに、薬草作るだけでも立派な任務だけど。あと未知の土地
「!!」
「今冒険者ギルド再編中だし、なんたってギルドマスターが」
「っ、ダンにすぐ相談だ!」
「あはは~! アーリンも、じいじに会いたいよね~?」
「きゃっきゃ! だん、だんー!」
「「しゃべった!!」」
――はじめての言葉が、ダンだと!? とバザンはショックでしばらく動けなかった。
◇ ◇ ◇
「あの、ガウルさん……」
「なんだ、アズハ」
フォーサイス家の中庭、以前皆で招かれた上品なガゼボ。
お茶を楽しむ銀狼の向かいで、杏葉は戸惑っていた。
「あの、のんびりお茶をしていても良いんですか?」
「ああ。準備には色々根回しが必要なんだ」
「根回し? て、ガウルさんがやりたいこと、の?」
「そうだ」
すると、いつの間にか杏葉の背後に立っていた人物が
「根回しで、エルフ大使を呼びつけないで欲しいヨネ」
と愚痴った。
「ランさん!」
「やー、アズハ。ひさしブリ。元気そうでヨカッタ」
ランヴァイリーがニコニコと両手を広げて待っていたので、杏葉は椅子から立ち上がって振り返り、ハグをする。
「かわいい服ダネ。よく似合ってル」
「あ、ありがとうございます」
ぽ、と赤くなる杏葉が身に着けているのは、薄い水色のワンピースだ。
ガウルの母であるサリタから贈られたもので、白いコサージュがついている。
ランヴァイリーは慣れたエスコートで再び杏葉を椅子に座らせると、ガウルが渋々、と言った様子で座るように促した。
「ったく。ハグぐらいでヤキモチ妬かナイ」
「ぐ」
「へ!?」
「え? ええ? まだそんな感じナノ? オイラ付け入る隙ある感じカナ!?」
「ガウッ! ない!」
ガウルの迫力で、ガシャン! とテーブルに乗った茶器が鳴った。
「はうっ」
「うぐ、すまん」
「んも~せっかくコレ、持ってきたノニ」
ランヴァイリーがチョキの指の間にひらひらと挟んでいるのは、何かの書類のようだ。
「謹んで、受け取らせていただく」
「ハイ。確かに渡したヨ」
「え?」
「あ。アズハは、こっちネ」
と、ごそごそ腰につけた小さな革鞄から取り出したのは、やはり小さな箱だ。
「長の指輪と、交換しヨ」
「あ……」
石から光を失ったがずっと身に着けているのは、エルフの里長であるククルータヴァイリシュナからもらった指輪だ。
ランヴァイリーが開けて見せてくれた箱には、それとほぼ似たようなデザインの指輪が入っていた。
「だいじょうぶ。これも長からダヨ」
「っ、はい!」
きらりと光る大きなターコイズと、複雑な文様が入った大きめの指輪。
違和感があったはずが、今やこれがないと落ち着かない。
「よかった……気持ちが落ち着く気がするんです」
「うん。精霊が好む石だからね」
「そうだったんですね!」
そのやり取りの間、じっと書類を見ていたガウルが顔を上げた。
「ラン……手を尽くしてくれて、ありがとう」
「いえいえ。エルフにも、いっぱいいいこと、あるしネ」
「そうだといいな」
言いながら、ガウルが懐からあと二枚の書類を取り出した。
「思ったより早かった。これで、正式発足できる」
「そっかあ! それはめでたいナ。みんな呼んで、パーティ開こうヨ」
「ふむ。それは良いな」
何も聞かされていない杏葉は、ぼんやりとそのやり取りを見ている。
「そうと決まれば、アズハ。ドレスを作ろう」
「え? ……え?」
「何色がいいか……」
杏葉が助けを求めてランヴァイリーを振り返ると、とても優しい顔で見つめられた。
「ランさん……」
「エルフってさあ、ながーい命、すんごい退屈なンダ~」
「はい。想像もつきませんけど」
「ウン。つまんなくって、怠惰で、毎日どうしようもなかったのに、アズハが可愛くってサ」
「へ!?」
ぱちん、とランヴァイリーが大きくウインクをする。
「そばで、見守らせてネ――そしたら、退屈しないからさ!」
「おい、ラン」
「分かってるヨ~見るだけだヨ~」
「……」
「何、言ってるの!?」
「「なんでもない」」
◇ ◇ ◇
そうして、フォーサイス伯爵邸での、パーティ当日。
結局杏葉は『ガウルのやりたいこと』も『何のパーティ』かも教えてもらえず、若干すねていた。
ドレスにしても、結局ブランカが「わたくしにお任せを」と秘密にされてしまい――今日着せられたのは、白地に銀糸の刺繍がたくさん入っている、まるでウェディングドレスのような仕立てだった。
改めて鏡を見た杏葉は、ものすごく恥ずかしくなる。
「なんか……花嫁さんみたい……」
「あら、違うの?」
いつの間にか、控室に杏葉を呼びに来たブランカが、確信犯の顔をしている。
今日は淡いパステルイエローのドレスで、彼女にとても良く似合っていた。
「え?」
そのブランカが振り返る先に立っていたのは、黒タキシード姿で緊張した面持ちのガウルだ。
銀色のタイが、彼の毛色に合っていて素敵だ。
「ガウルさん?」
「ああ、アズハ。とても綺麗だ」
「っ、ありがと、ございます……」
ゆっくりと杏葉に近寄ったかと思うと、さっと銀狼が
「アズハ、大好きだ……俺の唯一にして最愛の人。どうか、俺の生涯の
「!」
魔王との戦いが終わってから、フォーサイス伯爵邸で過ごす日々は、杏葉にとって大変に穏やかで居心地よかった。
けれども、心はずっと宙ぶらりんで、不安だったのも確か。
そんな杏葉に寄り添い、側にいてくれと何度も言葉で表してくれたガウル。臆病な杏葉は、ようやく安心して甘えられるようになった。
きっとそれが伝わってのことだろう。静かに待っていてくれたその優しさに、自然と涙が溢れる。
「もちろんです! ずっと……ずっと一緒にいます! 私も大好き! ガウルさん!」
「ああよかった」
ホッとして立ち上がる銀狼の後ろで、ブランカが涙を拭きながら
「さ、いきましょ。皆が待っているわよ。騎士団長と奥様のこと」
と促す。
「ああ」
「へ!? 騎士団長……? 辞めるって……」
ガウルは、ただぱちん、と大きなウィンクをした。
「行けば、分かる」
優しいがしっかりとしたエスコートで向かった先は、伯爵邸でもっとも広いバンケットルームだ。
シャンデリアが
だがそこにはゲストとして、ソピア国王アンディと側近ネロ、冒険者ギルドマスターのダンとジャスパー、エルフの里長シュナと大使のランヴァイリー、半郷のバザン、エリンとアーリン、そして獣人のリリ、クロッツ、国王レーウが勢ぞろいして待っていて――皆の笑顔に背中を押されて、そろりそろりと入っていく。
フォーサイス伯爵マルセロが
「ようやく、新郎新婦の入場、だな」
と声を掛ける。
そんな黒狼を支えるようにして立っていた伯爵夫人のサリタが、手に持っていた大きなブーケを杏葉に手渡した。
「アズハさん。ガウルのこと、よろしくね」
「っ、はい!」
皆が拍手でふたりを迎えてくれる。
「ガハハハ! おめでとう、ガウル! アズハ!」
レーウの大きな一声で、全員が大きく手を挙げた。と――
「わあ!」
「おお」
真上に降り注ぐ、色とりどりのフラワーシャワー。
杏葉の喜びで集まってきた精霊たちも、光を振りまいている。
「ありがとうございます、陛下」
「うむ。期待しているぞ、ガウル」
「はっ!」
それを聞いた、ピンクのミニドレスを着たリリが、勢いよくぴょん! と飛び跳ねた。
「自由騎士団、バンザーイ! にゃん!」
「ちょおリリ! だいぶ早いってえ!」
「ジャス、うるさいにゃ!」
「えぇ……」
「はっは! 騎士団長! せっかくだ、今後の意気込みもどうぞ!」
ダンがおちゃらけてガウルに振ると
「ごほん。国境と種族を超えた自由騎士団は、皆様のご尽力によりこの通り、無事発足致しました! 今後とも、何卒ご協力賜りたく……」
となんとも固い言葉だらけだったので
「うーわあ! 固い固い、固すぎるヨォー! その名の通り、自由にやるからよろしくネ! でいいじゃんネ!」
ランヴァイリーが邪魔をする。
「ねえアズハ! オイラが副団長だからネ。ガウルが嫌になったら、いつでも言ってネー!」
「えええ!? え、と、なりません!」
「いやほら、いつかは、ネ~?」
「絶対に! なりません! ずっとずっと! 大好きだもん!」
「ああああ! ふられタ~~!」
「見苦しいぞ、ラン」
「
「やけ酒には付き合ってやる」
――ドッとみんなが笑って、今度はシャンパングラスを掲げて乾杯を交わし始めた。
「ガウルさん、ありがとう!」
笑顔の杏葉が、ガウルの首元に抱き着いていつも通りもふもふを堪能すると、ガウルはすかさず横抱きにして
「こちらこそ」
ちゅ、とキスをした。
「!」
目が真ん丸で驚いている杏葉に、ガウルは
「……嫌だったか?」
きゅーん、と耳を垂らす。
「まさか!」
すぐに杏葉からもキスを返したら、慣れなくて犬歯にしてしまい、ふたりで笑いながら何度もやり直す。
それは
「ガウルさん、大好き! 愛してます!」
ガウルの透き通るような青色の瞳がキラキラと輝いていて――杏葉はそれをずっと見ていたい、と心から願った。
◇ ◇ ◇
「――こうして、この世界にやってきた人間の女の子は、魔王を倒して銀狼騎士団長のお嫁さんになりましたとさ。おしまい!」
「はああ~……面白かった! かあさま、ガウルとアズハってすごーくがんばったんだね!」
「そう。自由騎士団のおかげで、ソピアやリュコスを自由に行き来できるようになったの。それから、アズハがこうやって共通の文字を作って、みんなに教えて回っているのよ」
「そっかあ。かあさまも頑張って、その文字でこのご本、作ったんだよね? すごいなあ。ぼくも、たくさんお勉強しなくちゃ!」
「ふふ。ゆっくりでいいのよ。さ、もうおやすみ?」
「はあい」
人間の顔に白い狼の耳と尾を持つ男の子は、そうして素直にベッドに入って、すうすうと眠りについた。
それを優しく見つめてから、白狼の女性はそっと部屋を出て行く。
穏やかな月の光が、地上に降り注いでいる。
そんな静かな夜が、今や世界中に、訪れていた。
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最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
楽しかった! と思っていただけましたら、一言でも感想を頂けると励みになります。
良かったら、評価★★★いただけますと、とっても嬉しいですm(__)m
ネタバレあとがきに続きます。
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